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国連世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society : WSIS)

国連世界情報社会サミットの成果と問題点―障害者コーカスの立場から―

河村宏
国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所 障害福祉研究部長

項目 内容
転載元 リハビリテーション研究 No.126(2006年3月)、発行 (財)日本障害者リハビリテーション協会

1.サミットの成果

国連総会は、2001年の12月21日の決議(A/RES/56/183)で世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society: WSIS)の開催を決め、ITU(国際電気通信連合)が事務局となって、2003年12月10-12日(ジュネーブ)と2005年11月16-18日(チュニス)の2回にわたってサミットが開催された。それぞれ175カ国11,000人(ジュネーブ)と174カ国19,000人(チュニス)の元首を含む政府、国際機関、企業そして市民社会の代表が参加した。それぞれのサミットでは、基本宣言と行動計画(ジュネーブ)、チュニスコミットメント(政治宣言)とチュニスアジェンダ(実施計画)が採択され、デジタル・ディバイドの解決策においては一定の成功を収めたものの、最終段階までまとまらなかったインターネットの管理運営問題は事実上先送りとされた。

筆者は、障害者の完全参加と機会均等のためには、障害に関わるデジタル・ディバイドを解消し、いわゆるデジタル・オポチュニティーを実現することが必須であるという認識でこのサミットに関わって4年になる。当初は、国連の2015年までに達成すべき目標として採択されているミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)に障害に関わる問題が全く言及されていなかったために、「MDGs以外は扱わない」という政府間合意を崩すのに非常に苦労したが、最終的には、基本文書で「障害がある人々(persons with disabilities)」という文言でディバイドの存在の確認とその解決が行動計画の目標に含まれることが明らかにされた。

チュニスアジェンダのパラグラフ90は、次のように述べている。

「ICTが経済成長と開発に果たす役割に留意して、我々はすべての人が情報と知識に公平にアクセスできるように努力することを再確認する。(中略)---障害者を含むすべての人のアクセスを促進するユニバーサルデザインの形成と支援機器の利用に特に留意しつつ(以下略)」

これによってミレニアム開発目標から外されていた障害者の機会均等の問題が、国連のサミットのレベルで確認され2015年までの達成目標の一つとして追加されたのである。従来の合意との整合性を確認しながら議論が進む国連の文脈においては、サミットで合意されたこの文書は次の発展のための重要な手がかりである。

サミットを評価するもうひとつの重要な指標は、障害者の参加である。チュニスサミットでは、WSIS障害者コーカスはジュネーブ・サミットに続く第2回の「グローバルフォーラム」を2日間にわたって主催し、IDA(International Disability Alliance: 国際障害同盟)を構成する8団体のうち6団体がこれに代表を派遣した。重度の障害がある参加者を含む多くの人が150人収容の会場を埋め、時には全く入場もできない満員の盛況を示した。

ユネスコは、グローバルフォーラムとは別に、障害者コーカスと連携して「障害者のICTアクセス」と題するセミナーを開催した。

これらの障害に関わるイベントは、2003年のジュネーブと比べると質量共に格段の飛躍を示し、フォーラムの開会式に現地の障害者の就労支援団体の会長を務めるチュニジア大統領夫人が参加し、チュニスのメディアには連日WSIS障害者コーカスに関わる大きな報道が目立った。

政府代表を中心に構成されたサミットの本会議においても、サミットの総合的な目標に関するパネル討議に障害者コーカス推薦のタイのモンティエン・ブンタン氏が参加し、「グローバルフォーラム」は、数百のサミット関連イベントの中から選ばれて閉会式直前の総会で報告した18のイベントの一つになった。これにより、障害に関わる問題と障害者の活動は、最終段階でWSISの表舞台に登場し、これからの実施プロセスを迎えることになったのである。

2.市民社会の中の障害者コーカス

市民社会(Civil Society)という国連の文脈の概念は、一般にはなじみがないが、WSISの目標達成の実施プロセスを考える上では、この点を考慮しておくことが重要である。国連は言うまでもなく各国政府によって設立されている各国政府が主役の機関であり、ITUやWHOなどの国際機関ですら議決に参加しないオブザーバーである。ところがデジタル・ディバイドを解決するために開催されたWSISにおいては、南北格差の問題と共に、ICTの利用から阻害されている人々の問題は、政府を代表する外交官と国連専門機関の専門家だけでは解決できないということが自明であった。国連は、先にミレニアム開発目標を設定した際に、政府、国際機関、企業と共に、そのどれにも属さない団体と個人を市民社会と称し、この4つのすべてのセクターの連携による取り組みを呼びかけていた。国連の文脈で、"multi-stakeholder approach"と言う時は、この4つのセクターのすべてが連携した取り組みを指すのである。

市民社会は極めて広い範囲を指しており、いわゆるNGOはもとより、大学や学会等の研究団体、地方自治体なども含む。WSISはかつて無く市民社会に開かれたサミットであると評価されるが、それでも、WSISの準備過程を含めてすべての会議に参加するためには、政府代表の評決による認証を受けなければならないのである。特に準備段階に組織的に参加するためには、必ず認証を受けた団体からの信任状を持って参加する必要がある。

WSISは、会議の運営に関する協議のために、政府代表と市民社会代表が協議するために、双方がビューローと呼ばれる代表団を準備過程で構成した。市民社会グループはこのため、テーマ別に問題意識を共有する人々が自発的に集まって作る「ファミリーグループ」を構成し、それぞれの「ファミリーグループ」が代表者を選び、WSIS市民社会ビューローを構成した。障害問題のファミリーグループ(Family on Disabilities)という奇妙な名称のグループは、2003年にジュネーブ・サミットに向けた第2回準備委員会(PrepCom2)の市民社会グループの全体会議において、DAISYコンソーシアムを代表して出席した筆者が提案し、合意された。ファミリーグループの互選で、筆者がグループの世話人(Focal Point)に選任され、DAISYコンソーシアムがグループの事務局とされ、以後今日に至っている。世話人の機能は、市民社会ビューローを通じて政府ビューローと手続きに関する協議を行い、WSISの運営を円滑に行うこととされており、そのために、メーリング・リストの管理と障害がある参加者のWSIS参加支援、サミット・イベントの提案と実施、活動記録の保存と公表などを行ってきた。

WSISの市民社会グループは、手続きに関して政府ビューローと協議を行う市民社会ビューローとは別に、政策的内容に関する自発的なワーキング・グループを設けて市民社会グループとしての意見表明を行うことがある。市民社会としてのサミット宣言はその例である。また、政策的な意見表明をしたいときは、テーマ別に政策を決定する自発的な集まりであるコーカスを自発的に設けて、コーカスの名前で意見表明をすることになる。WSIS障害者コーカスは、会場確保と招集は世話人(Focal Point)が行ったものの、問題に関心のあるすべての人に開かれた議論の場で、自発的な集まりである。従って、最終的に採択文書で取り込まれた「ユニバーサル・デザインと支援機器の開発」という要求は、WSIS障害者コーカスの提案として、委員会で正式に議長から発言機会を得て発表された。

デジタル・ディバイドに関するチュニス・サミットの採択文書は一定の前進を見せたが、市民社会の中での障害についての認識の低さを痛感することも度々だった。政治的な人権を語る市民社会グループの中には、露骨に障害者の問題は些細な問題であるとの認識を示す者もおり、政府代表団に対してだけでなく、市民社会グループの中でも常に問題提起が必要だった。この状況は公式文書に障害者の問題が明記された今日でもあまり改善されていない。

3.障害者自身の参加

チュニス・サミットに代表が出席したIDAの構成団体は、障害者インターナショナル、リハビリテーション・インターナショナル、世界盲人連盟、世界ろう連盟、世界盲ろう者連盟、世界精神医療ユーザー・サバイバー・ネットワークであるが、このほかに、アメリカ自閉症協会から自閉症当事者のスティーブン・ショア氏とけやきの郷の須田初枝氏と阿部淑子氏が参加して自閉症スペクトラム障害者のニーズを明らかにしたことが特筆される。

日本から参加し発表を行った障害当事者は、石川准氏(静岡県立大学)と山根耕平氏(浦河べてるの家)である。

チュニスのグローバルフォーラムでは、登壇した発表者と司会者の過半数をはるかに超える14名が障害がある人々だった。発表者以外にもたくさんの障害のある参加者がいたが、現地のサミット事務局とNGOは延べ6台のリフト付バスを用意し、運転者は車椅子利用者と同じ宿に泊り込みという特別体制を整えた。サミット会場近くには車椅子で泊まれるホテルが極端に少なく、会場から60キロ以上離れたホテルを障害者コーカスの主たるホテルとせざるを得なかった。サミット会場そのものが極めて隔離されており、ホテルとの間を自由に行き来することは全く不可能で、他のホテルに宿泊している人々との交流は極めて限られたが、逆に、障害者コーカスの中では強い連帯が生まれた。チュニジア政府が組織した現地事務局は、障害がある参加者にはVIP用の入り口の使用を認めてセキュリティーチェックの時間を縮めるなど、できる限りの配慮の姿勢を示した。現地NGOが用意したボランティア・アテンダントは、フランス語はそれなりにできても英語によるコミュニケーションが困難な方も見られ、必ずしも有効に機能したとは言いがたい。

グローバルフォーラムの会場は、演壇と同時通訳ブースのある立派な設備だったが、一日目は誤解によりスロープが無買った。それにもかかわらず、W3C/WAIのジュディー・ブルワー氏は、文句一つ言わずに演壇の床にマイクを置いて3時間近いセッションのモデレーターを精力的に務めた。その後、関係者の努力により、サミット最終日のフォーラム二日目には演壇にスロープが付き、この日はブルワー氏は、愛用の電動車いすに乗って颯爽と登壇することができた。また、車椅子利用者に搬送時のトラブルが多く見られた。航空各社に車椅子の安全な扱いについての申し入れと支援を行う必要を痛感する。

自閉症のショア氏は、フラッシュ、熱、音響に極めて敏感なため、自分の発表の出番まで、狭く暑い会場で待機することが困難なことも度々あったが、支援スタッフとの連携で無事調整し、自身の自閉症の体験を中心に発表を行い、聴衆に感銘を与えた。統合失調症の山根さんは、帰国直前までは目だって疲れた様子はなかったが、帰国後しばらく休養が必要だった。

このように、様々な苦労をしながら多くの障害当事者が参加したが、驚くべきことに、障害のある参加者からは、苦労話と共に、出会いを楽しみ連帯を感じて元気が出た、という感想を聞いている。

4.再び各地からの取り組みへ

2002年6月に「ICTアクセシビリティ・セミナー」が国連TWGDC(ESCAP Thematic Working Group on Disability Concerns)、DAISYコンソーシアム、W3C、タイ政府、タイDAISYコンソーシアムの共同主催で開催された。バンコクで開催されたこのセミナーは、ICTアクセシビリティへの関心をICT開発の早い段階で持つことが重要であるというメッセージを宣言にまとめ、その内容は第二次アジア太平洋障害者の十年の「びわこミレニアムフレイムワーク」に引き継がれた。更に、その取り組みは2003年1月に日本で行なわた世界情報社会サミット・アジア・太平洋地域会議に報告され、その後のWSIS障害者コーカスの主張の柱となっている。同様に、平行して進められている「障害者権利条約」の一部にもそれは反映されている。

障害に関わるデジタル・ディバイド解消とデジタル・オポチュニティー実現をめぐるサミットで合意した目標の実施に移る時には、"Think Globally, Act locally" (地球規模で考え、地域で行動する)という考え方が特に重要であると思われる。サミットに結集する時は終わり、その成果を生かして、それぞれ身近な課題を解決する取り組みを進め、それをグローバルに交流し、協力しあうという日常的な取り組みが中心になるのである。

津波、地震、水害等で多大の犠牲を払い、今なお復興までの遠い道のりを歩んでいるアジアでは、障害者が自然災害に対して安全を確保するための取り組みは最も緊急な課題の一つになっている。チュニスのグローバルフォーラムの防災に関する特別セッションのフォローアップとして、ITU、UNESCO、WHO、ESCAP等が現在進めている早期警戒システムと、アジア各地で進められている障害者と高齢者の防災の取り組みの連携によって、今懸念される防災における更なるデジタル・ディバイドを防ぎ、障害者を含むすべての地域住民の安全を守る取り組みが緊急に必要とされている。たとえば、この連携を具体的に組み立てることが、アジア地域における一つWSISのフォローアッププロジェクトになる。これにアジア地域で成功すれば、世界の各地で障害がある人々が参加する防災システム構築に向けた取り組みの手引きとすることができるのである。

また、WSISの成果をアジア、アフリカ、アラブのそれぞれの地域で進められている「障害者の十年」に有効につなぎ、2010年に予想されるWSIS行動計画の中間総括と2015年の最終年を共通の目標にして行動計画を立てることが肝要と思われる。

なお、WSISの障害者コーカスのほぼ完全な活動の記録は、WSISの主要な公式文書と共に、(財)日本障害者リハビリテーション協会のWSISホームページ(http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prompt/wsisindex.html)で公開されている。

[資料]

情報社会に関する障害者のチュニス宣言 2005年11月18日

世界情報社会サミットの第1段階と第1回の情報社会における障害に関するグローバル・フォーラムの歴史的な成功を回想し、

すべての人のための情報社会に関するジュネーブ宣言とサミット基本宣言および行動計画の精神に鼓舞されつつ、

同時に、単に「すべての人のために」と言うときにともすれば障害の問題が見落とされる結果、障害者が排除され、無視され、忘れられ、そして置き去りにされるという事実に鑑みて、紙に書かれた言葉を実行に移すことの困難さを懸念しつつ、

本当にすべての人のための情報社会を築くために、障害者個人、障害者団体、友人たち、友達、そして世界中のあらゆる部門の共感する人々の団結とその力に確信と期待を持って、

サミット第2段階において、ここチュニジア共和国チュニス市で2005年11月18日に開催された第2回情報社会における障害に関するグローバル・フォーラムの参加者は、

  1. 政府、民間セクター、市民社会および国際機関が、サミットの文書で確認されたすべての事項の実施、評価、モニタリングへの障害者の参加を保障することを要請し、
  2. 障害者のアクセシビリティを保障するために、情報通信機器およびサービスに対する支出の計画立案、開発、分配および戦略的配置のすべてにわたって、ユニバーサルデザインと支援機器の利用に留意しながら、障害者と障害者のニーズが含まれることを強く要請し、
  3. すべての人のための情報社会の実現を目的とした国際的、地域的、あるいは国内の開発計画と資金提供あるいは援助が、メインストリーム化と障害に固有な対応の両方のアプローチを通じて障害者を排除しないものとなることを強く求め、
  4. すべての政府に対して、情報とコミュニケーションにおける障害者のアクセシビリティに関わる重要な事項を包含する「障害者権利条約」の交渉、採択、批准および施行の過程を、特に国内法の制定を通じて、支援することを要請する。