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創立20年史 財団法人日本身体障害者スポーツ協会

No.17

14.昭和53年度事業

1.第14回全国身体障害者スポーツ大会

長野県 松本市
昭和53年10月28日~29日
参加選手873人 役員等1,021人 計1,894人
スローガン 「さわかに,あたたかく,ひたむきに」


皇太子殿下のおことば

 第14回身体障害者スポーツ大会に当り,たゆみない努力によって障害を克服され,力強く生きておられる皆さんと共にこの開会式に臨むことを誠にうれしく思います。
 この大会が回を重ねるごとに多くの人々の深い理解の下に一段と充実されていくことは,大変喜ばしいことであり,大会関係者の努力に対し,深く敬意を表したいと思います。
 近年,身体障害者の人々が社会の各方面で立派に活躍されていることは,非常に心強いことでありますが,更に,この大会を契機として,身体障害者の人々が一人でも多くスポーツに親しむことにより心身の健康を保持し,明るく未来へ進んでいかれることとなるならば,この大会の意義は一層深まることと思います。
 ここに参加された皆さんがスポーツを通じて友情を深められ楽しい思い出を作られることを期待しております。そして,この大会が全国の身体障害者の方々に大きな励ましとなるとともに多くの人々の身体障害者への理解の深まる契機となることを望んでやみません。
 今日は,天気に恵まれず,選手の皆さん,関係者の皆さんのご苦労も多いことかと思いますが,どうか皆さんはくれぐれも身体に気をつけてください。
 ここに希望と友愛の祭典が豊かにみのることを期待し,大会に寄せる言葉といたします。


1 全国身体障害者スポーツ大会について

1 趣旨
 全国身体障害者スポーツ大会は,全国の身体障害者が一堂に会し,スポーツを通じて,体力の維持,増強,残存能力の向上等を図り,一般社会の正しい理解と認識を深め,あわせて身体障害者の自立更生の助長に寄与することを目的としている。

2 開催のいきさつ
 昭和39年11月,「国際身体障害者スポーツ大会第1部(パラリンピック)」及び同時に行なわれた「全国身体障害者スポーツ大会第2部」は身体障害者の自立更生の促進と一般国民の理解を深め,身体障害者への援護に大きく寄与し,成功のうちに終了した。
 これを契機として国は,昭和40年6月厚生省社会局長通知をもって,毎年国民体育大会の直後に全国身体障害者スポーツ大会を開催することを定めた。
 これに基づき「第1回大会」が,昭和40年岐阜国体の直後に開催され,以来この大会は,国民の理解と協力を得て年々充実発展し,毎年秋季国体の開催される都道府県において実施されている。
 昭和53年には,やまびこ国体終了直後松本市において「第14回全国身体障害者スポーツ大会(以下「第14回大会」という。)」が開催されることになった。

2 大会開催の基本方針

 第14回全国身体障害者スポーツ大会は,第33回やまびこ国体(秋季大会)終了直後に長野県松本運動公園陸上競技場を中心会場として,全国からの選手,役員をはじめ県民総参加のもとに実施することとし,その基本的な考え方を次のようなものとする。
○大会を契機に県民の一人ひとりが身体障害者に対する深い理解と関心を高め,県民の福祉の心の高揚を図っていく。
○「さわやかに あたたかく ひたむきに」のスローガンのもとに全国からの参加者にまごころと友愛をもって温く迎え,希望と友愛にみちた大会にする。

3 選手団宿舎で選手を御激励

 皇太子殿下,皇太子妃殿下は,10月27日長野県選手団の宿舎である松本市美ヶ原温泉“ホテルニューことぶき”に行啓になり,長野県選手団83名のうち車いすバスケットボールチーム12名が演ずる“車いすダンス”を御覧になり,引続きその他の選手による“日常生活を語る集い”を御覧になり,選手に親しく激励のお言葉を賜わった。
 選手一同は,両陛下から親しくお言葉を賜わったことに深く感激し,大会における検討と自立更生の意欲を誓い合った。
1 日時 昭和53年10月27日 15:25~16:25
2 御説明者 長野県社会部長 赤尾 邦男

4.記念たばこの発売

 記念たばこのマイルドセブン100万個で,一面には「第14回全国身体障害者スポーツ大会記念」として,車いす常用者のアーチェリー競技を描いたものを,また,片面には「第33回国民体育大会秋季大会記念」としてフェンシング競技を描いたもので,県内を中心に全国のたばこセンターで昭和53年10月15日から一斉に発売された。

5.県民運動と善意の協力

 全国から参加する選手,役員等を県民総参加のもとに,まごころと笑顔で歓迎するとともに,身体障害者に対する正しい認識を深め,社会福祉への理解と関心の高揚を図るため,県民運動を展開した。

1 「さわやかに あたたかく ひたむきに」のスローガンのもとに,この大会を県民総参加によって成功させるとともに,これを契機として県民一人ひとりが身体障害者に対する正しい理解と福祉に対する関心の高揚を図り,もって福祉社会の確立を期するため,県内各界の代表70団体より成る県民運動推進協議会(会長 黒田県社会福祉協議会々長)を設置し,それぞれの立場で県民運動を推進した。
○推進運動の目標は,「啓蒙運動」,「友愛を広める運動」,「福祉の町づくり運動」の3項目を柱とし,県民運動を展開した。
(運動の期間)
 昭和53年3月13日から10月31日までを目途とし,その後も引き続きそれぞれの立場で将来にわたり継続的に推進し,県民生活のなかに定着するよう努めた。
(具体的な推進項目,推進団体等については別表のとおり)

2 愛の折鶴
 身体障害者に対する理解及び第14回大会に対する県民の関心を深めるため,一般県民に千羽鶴を呼びかけるとともに,県内小学校459 校の児童,児童福祉施設入所者,精神薄弱施設入所者等にも作成を依頼して40万羽(5,000レイ)の千羽鶴を作成し,松本駅頭等にといて,各都道府県・指定都市の選手・役員に贈呈して歓迎の意を表した。

視覚障害者直線走
視覚障害者直線走

3 まごころの塔
 全国から参加する選手・役員団を友愛とまごころで迎え,第14回大会のシンボルとするため,県内の老人クラブ,社会福祉施設入所者,身体障害者福祉協会々員等の温い協力を得て,飾花バラを8,300 個作成,このバラを地元青年団体連絡協議会の人たちが中心となり高さ7mの歓迎塔「まごころ塔」へ飾付けた。
 県内の青少年から社会福祉施設入所者,身体障害者,婦人及び老人達のまごころの結晶のもとに集い,仲間の幸を願って塔に下げられた鐘を打ち,その響きわたる音の下で友愛を確かめあい,友愛の輪を広げていた。

4 やまびこ福祉展
 県において従来から毎年開催している心身障害者福祉展を53年は,全国身体障害者スポーツ大会を記念して大会場の一隅に開設し,本県における心身障害者の概要及び関連施設を紹介するとともに心身の障害を克服して製作した作品等を展示し,広く参会者に心身障害者の福祉に対する理解と援護思想の普及を図った。
 会場には9のコーナーを設け数多くのパネルや製品を展示し,参会者に情報の提供と感動を与えた。
 入場者は2日間で約3万1千人を超える予想以上の盛況であって,心身障害者福祉に対する理解と関心が一層深められ成功裡に終了した。
場所 長野県松本運動公園ふれあい広場内
日時 昭和53年10月28・29日(2日間)

コーナー 出品点数
パネル 写真 作品又は製品
資料・施設コーナー(心身障害者の概要と施設の紹介) 7 8 -
職業コーナー(自分にあった職業を選ぶために) 8 10 23
作品コーナー(心身障害者の製作品) - - 119
補装具コーナー(障害者の手足となる補装具) 1 - 17
自助具コーナー(生活を助ける用具) - - 22
移動浴槽コーナー - - 1
電動車いすコーナー - - 3
身障スキーコーナー(ハンディスキー) 6 6 9
ギャッジベットコーナー - - 1


5 大会に寄せられた県民の善意
 第14回大会の趣旨に賛同された多くの方々から物心両面の御援助を受け,都道府県・指定都市の選手・役員団の激励及び大会運営のためにこれらを活用し大会をよりスムーズに運営することができた。
 また,各参加選手には想い出の大会となり,ここに御援助を頂いた方々に改めて,厚くお礼を申し上げるものである。

6 成功・必勝祈願祭及び自動車パレード等の実施
ア 成功・必勝祈願祭
 第14回大会を契機に県民一人ひとりが,障害者を深く理解し社会福祉の高揚を図るとともに,参加される選手・役員団を温く迎え,本県での大会が楽しい思い出となって希望と勇気がもたらされるように大会の成功と本県選手が健康で目ざましい活躍をして優秀な成果を揚げるように祈願祭を実施した。
日時 昭和53年8月26日
場所 松本市深志神社
参加者 県身体障害者スポーツ大会推進委員及び大会出場選手ほか
イ 自動車パレード及び推進大会
 県社会福祉協議会が実施する心身障害者の生活圏を広めるブロック住民集会に,身障協会々員の参加を図るとともにブロック内(県内8ケ所)を自動車パレードし,大会の啓蒙と住民の関心を高め協力,参加を呼びかけた。
 最終日の9月29日には,松本市農協会館前で推進大会を実施し,「第14回大会を成功させることは福祉社会の向上発展への基盤を形成する」という大会宣言をアピールし万雷の拍手を浴びた。
7 車いすステッカーの配布
 身体障害者が事由にタクシーに乗れるように,タクシー乗務員に対し,講習会を実施し受講後車いすステッカーを配布するとともに各県の選手・役員団の宿泊する旅館にも趣旨を説明し,このステッカーを配布し身体障害者の便宜を図った。

6.式典をかえりみて

 10月に入りずっと晴天が続いており,国体開催期間中は,1度の雨もなく成功のうちに終了したが,本大会の4~5日前から気象状況に変化のきざしがみえ始め,大会当日の天候を懸念していたが,大会前日から強い雨が降り出し夜半には1時止んだが朝方になり,また降り出すというあいにくの天候となった。
 このため判断が非常に難しい場面に直面し,態度決定時刻を1時間繰り下げ強行と決定した。
 開会式はこのような悪天候にもかかわらず開門と当時に観客がぞくぞくつめかけ,集団演技が開催される頃には,スタンドにもちろん,場内観覧席まで立錐の余地もない程であった。
 選手団の入場は,北海道を先頭に菅野小学校生徒による鼓隊の誘導によって,明るく,喜びと闘志を満面にたたえ,胸をはって堂々と展開された,それぞれの身体の障害を乗り越え,車いすに乗り,松葉杖に身を支え,同僚の助けを受けて各県選手団の行進する姿は,会場を埋めつくした観衆の一人ひとりの心に深い感動と,強い感銘を与え,惜しみない拍手は友愛のきづなを一層強いものとし,会場いっぱいにおしつつんだ。
 大会副会長の開会宣言に続いて大会旗が聴覚の障害を克服してみごとな演奏を披露する県立長野,松本両ろう学校生徒による鼓隊に誘導され入場するや会場の拍手は一段と高まり,式典は最高潮に達した。
 炬火入場,あいさつ,皇太子殿下のおことばと式典は予定どおり進行し,最後に,関崎富士夫選手の力強い選手代表宣誓に続いて,菅野中学校生徒の手で五色の風船が放たれ,青空一ぱいに花が咲いたように広がり会場に色どりを添え,開会式は厳粛な中にも友愛の輪を広げる人間愛をかもしだす,感動的な雰囲気の中に展開された。
 翌日の閉会式は,以前として止まない雨がますます厳しさを増すばかりで豪雨となり,やむなく荒天時のプログラムで行った。しかし,吹きつける雨の中を一般観客は続々とつめかけ体育館に収容しきれず外まで溢れる盛況であった。
 本県身体障害者を代表して竹鼻美智緒さんが朗々と述べる別れを惜しむ言葉,続いて盲学校生徒による惜別の歌「今日の日はさようなら」は,役員選手団をはじめ,観客の胸にひときわ深い感銘を与え,参会者全員が一筋の糸で結ばれたかのような一体感が湧き,陸上競技場では味わうことのできない暖かな雰囲気が会場一杯に広がり,次期開催県の宮崎県旗掲場へと式典が進行するにつれ感動はより高まった。選手団の退場に際し,各県選手団の身の廻りの世話を一手に引受けたコンパニオン及び婦人の手により役員選手の愛の鈴「鳩ぐるま」が贈呈され選手団退場が開始されると競技役員団,長野県選手団,手話通訳者,コンパニオン,大会関係者が体育館の外まで延々と人垣をつくり,音楽隊の奏でる螢の光の行進曲にのって退場がはじまった。あふれる涙をこらえ,お互いに握手を求める涙の離別のシーンがそこにあった。短い2日間に幾多の出会と,数数の想い出が限りない惜別の想となって,まさに「さわやかに あたたかく ひたむきに」の大会スローガンにふさわしい,感動的なフィナーレで幕を閉じた。
 いつのまにか,あれほど激しく降り続いた雨も止み,夕闇の空に星がきらめいていた。
 2日にわたって悪天候という,最悪のコンディションの中で,皆がベストを尽して,あれほどの演出をしたということは,これからの大会に一つの指針を示したと言っても過言ではないだろう。

7.大会の概況

1 はじめに
 27日の午前11時頃から降り始めた雨は,ときに激しくときに小雨となりながらも降りやむことなく,29日の閉会式の終了間きはとなってようやく雨がやむという競技会を行うには最悪の条件となってしまった。ちなみに,大会期間中の陸上競技場における気象状況は,次表のとおりであった。

(注)雨量は松本測候所調べ

時間 天候 気温 湿度 気圧 風向 風速 雨量
時間 一日
27 - 曇・雨 - - - - - (mm) (mm)11.5
28 12:30 13.0° 87% 938 南東 1.2 (1.0) 42.5
13:00 13.5 88 938 東南東 0.3 0.0
14:00 12.5 89 938 南々東 0.8 2.5
15:00 11.5 89 938 0.8 2.0
16:00 10.0 86 938 南々西 0.9 2.5
29 9:00 13.0 76 937 南々東 2.5 0.0 24.0
10:00 12.5 87 937 6.0 0.5
11:00 10.5 93 937 1.9 0.5
12:00 11.0 86 937 2.0 3.0
13:00 9.5 93 937 3.6 1.5

 こうした悪条件にもかかわらず,棄権した選手は,1日目が2名(陸上),2日目が9名(うち陸上2名,水泳7名)と少人数であったこと,大会中の選手の傷病等のうち外傷者は10名,打撲・ねんざは7名という数字は,先催県の例からみても多いというほどではなく,むしろ少ない位であり,傷の症状も軽度のものばかりであったこと。また,競技進行予定表の時間内に競技運営が終了したことは,荒天時における競技会として,とどこおりなく実施できたと評価している。

2 競技運営の概況

(1) 陸上競技場
ア 競技開始前,フィールドのところどころにたまった雨水の排水も,自衛隊員の支援を受けて,競技役員,補助員などの懸命の努力により,水たまりもなく,競技が遅れることなく開始できた。
イ 競技種目別のプラカードを用いて,選手の召集,競技場への入場が整然とできるようにするとともに,どの競技に参加する選手かわかるように観客の便宜を図った。
ウ 聴覚障害者には,選手召集時から競技場退場まで,1組に2名づつ手話コンパニオンが付添し,競技役員と選手の意思の疎通を図った。
 また,時に,介護を要する選手には,個別にコンパニオンが入場から退場まで付き添った。
エ スラロームと100m障害競歩については,1日目と2日目のピットを替え,メインスタンド前とバックスタンド前のトラックでそれぞれ実施し,バックスタンドの観客の目の前で,これらの競技が観戦できるようにした。
オ 2日目の60m直線走は,フイルド面のいたみから,危険防止のため,メインスタンドまえのトラックに変更して行った。
カ 競技をおえた選手の体を暖めるため,入浴,温水シャワーの便を供した。
 また,毛布の貸与,控所に石油ストーブを配置した。
キ 晴天のときでも,本大会の進行予定では,所定の時間内に終了できるか危ぐされるほどの厳しい日程であったにもかかわらず,終了予定時間内にすべてがおさまったことは,競技役員と補助員が黙々と従事してくれた結果である。
ク 表彰式は,次のような工夫をして進行をスムーズにするとともに,入賞者の栄誉をたたえた。
 なお,表彰式の企画・運営は,実施本部が中心となって行なった。
(ア)入賞者の確認の担当係を従前よりも増員した。
(イ)表彰式の案内(放送)は,最少限にとどめ,場内放送との調整に時間をとられないようにした。
 なお,どの競技種目の入賞者であるかわかるように競技種目名を記入したプラカードを用いた。
(ウ)表彰者の担当時間帯を1人15分と定め,その時間内を専任で表彰に携わることにした。

(2)体育館
 卓球競技と車いすバスケットボール競技が行なわれた体育館は,過去の実績が評価された長野県チームの人気に加え,雨天のため館内はホールにまで観客があふれ,その熱気は,ゲームのすばらしさの感動とともに,本大会のふん囲気を一段と盛りあげることになった。
〔車いすバスケットボール〕
ア 開会式の選手団の入場行進には,松本ろう学校の鼓隊(開会式のメンバー)が参加した。
イ 地元チームは,準決勝で優勝した北九州チームと対戦し,惜しくも1点差で敗れてしまった。
ウ 小学生のミニバスケットボールチーム男女各2チームを招待し,公開試合を行った。エ 表彰式は,補助員,ミニバスケットボールチームの小学生から,競技役員が演奏するバンドの彰賞歌にあわせて,選手1人ひとりにメダルを授与(敢闘賞を含めて)し,選手を激励した。
 表彰式終了後,選手,競技役員,補助員,その他参加者による交歓の場を設け,長野チームの選手が中心となって踊るディスコダンス,「若者たち」の合唱などを行った。
〔卓球競技〕
ア 会場がサブアリーナであるため,6コートしか設置できない不便はあったが,進行にあっては,特別なものを除き,選手がゲームを連続して行なうことのないよう配慮した。
イ 車いす,松葉杖に体を頼りながら,びしっ,びしっ,びしっとスマッシュをきめる選手の機敏な動きに,観客の中から驚きの声とともに盛んに拍手が上がっていた。
ウ 表彰式は,入賞者がビクトリーのV字形に整列し,その内側のセンターに表彰台を置き,彰賞歌が流れる中でメダルを授与して,入賞者の感激を一段と盛り上げた。
 なお,開会式も他と同様に実施した。

(3)アーチェリー競技場
ア 射場は,球技場の一角を利用して実施したが,同一敷地内に大会関係者の控所があるため,競技中の選手の心理的負担になるけんそうが心配されたが,そうしたざわめきもなく,また,雨にもめげず大会新記録を出す選手もいるなど,競技運営も一応の成果を上げることができた。
イ 射場の付近に公園の遊歩道があるため,競技中は通行止にするなど危険防止にも配慮した。
ウ 開会式,表彰式も他の競技と同様に行った。

(4)盲人野球場
ア 前日からの雨のため,1日目はグランドコンディションが悪く,実施要領で定める荒天候の場合で対応し,試合は中止し,野球場で抽選し準決勝への進出をきめた。
イ 開会式は,長野ろう学校の鼓隊(開会式のメンバー)による選手の入場行進などを予定していたが取りやめとなった。
ウ 2日目は,コート上に水がたまるなど,コンディションは競技できる状態ではなかったが,競技役員,補助員等が懸命に排水に,砂入れに従事し,遠来の友にゲームをやらせたいと努力したのと選手の試合をしたいという熱意とがみのり,「ドロ」まみれのゲームとはなったが,とにかく,2ゲームを消化することができたのは,この大会を感動的なものにするひとつのエポックになったと思う。
 ゲーム進行中,1挙手1投足ごとに「ドロ」に足をとられるのをみるにつけ「ケガ」を心配したが1人の負傷者も出なかった。

(5)水泳競技場
ア プールは,主会場から遠く離れていて,大会のふん囲気がここまで伝わるか心配していたにもかかわらず,雨の中,入場制限して屋外に観客をまたせるほど参集し,競技会を盛り上げていた。
イ 水泳競技に人気が集ったのも,この会場が市街地にあるというだけでなく,次のような心あたたまるエピソードが生れるムードがかもし出されていたためだと思う。
 会場となった勤労身体障害者屋外プールを利用する市内G小学校の児童たちが,同プールで練習に励む選手のHさんを知り交流が始まり,小学生たちはHさんが入賞してほしいと「ともに泳ぎ」ながら激励するなど大会を迎えた。
ウ 公式競技のスタートに不慣れな選手の中には,スタートにまごつく人もみられたが,懸命に泳ぎぬきゴールする選手に盛んな声援が送られていた。
エ 競技運営にあたっては,水温29℃,室温30℃~32℃に保ち,選手が泳ぎ易くするとともに,表彰台上にすべり止めをほどこしたり,観客席は,子供用プールの上に仮設席を設けるなどした。また,開会式,表彰式も他の競技と同様に行なった。

3 おわりに
 大会本番は,すべて雨との戦いであったが,降りそそぐ雨のなか,一心不乱に競技する選手の姿,凍れるような手足の冷たさにジッとこられて大会をささえた人々の姿に,それぞれの立場で感動を覚え,さわやかな余韻を残して大会の幕を閉じることができました。

肢体不自由100m競走
肢体不自由100m競走

- 10

21
(土)
22
(日)
23
(月)
24
(火)
25
(水)
26
(木)
27
(金)
28
(土)
29
(日)
30
(月)
31
(火)
11

1
(水)
業務概要
1  ライオンズ・クラブ - - - - - 60 - - - - - - 60 松本駅での出迎え及び出迎えバス乗車までの案内・介助
2  ロータリー・クラブ - - - - - - 60 - - - - - 60 同上
3  民生委員協議会 (男子) - - - - - 41 43 - 10 21 20 - 135 駅ホームから改札口までの案内・介助及び見送り 
(女子) - - - - - - - 40 40 - - - 80 ふれあい広場での湯茶等のサービス
4  日赤奉仕団 - - - - - 30 48 61 50 60 20 - 269 総合案内所(駅前)・練習会場・体育館等での湯茶接待等
5  母子会 - - - - - 10 10 - 10 10 10 - 50 総合案内所(駅前)での湯茶接待等
6  連合婦人会 - - - 29 - - 36 - 20 3 26 - 114 観覧袋の袋詰め,総合案内所(駅前)・練習会場等での湯茶接待等
7  明るい社会づくり推進協議会 - - - - - - 85 228 36 - - - 349 運動公園内での車いすの介助,陸上競技場内・周辺の清掃等
8  信州大学身障問題研究会 - - - - - - - 20 20 - - - 40 運動公園内の車いすの介助
9  手話サークル - - - - - - - 11 11 - - - 22 ろうあ者コーナー及び総合案内所(駅前)でのろうあ者への応待
10 老後を幸せにする会 - - - 48 - - - - - - - - 48 観覧袋の袋詰め
11 PTA連合会 - - - 204 - - - - - - - - 204 贈呈袋の袋詰め
12 老人クラブ連合会 17 13 11 14 15 19 20 20 64 34 - - 227 装飾花の管理,市営野球場・勤労身障者屋内プールの清掃
13 松商学園・インターアクトクラブ - - - - - - - 20 20 - - - 40 運動公園内における車いすの介助
14 農友会 - - - - - - - 10 10 - - - 20 ふれあい広場での湯茶接待
15 環境衛生協議会 4 3 4 - - 11 21 30 35 34 - - 142 清掃奉仕,観覧席の水滴除去等
16 体力づくりの会 - - - - - - - 6 7 - - - 13 ふれあい広場での湯茶接待等
17 ボーイ・スカウト - - - - - - - - 174 - - - 174 陸上競技場内・周辺・体育館・球技場・サブトラックの清掃等
18 ガール・スカウト - - - - - - - - 138 - - - 138 同上
19 青少年団体連絡協議会 - 40 - - - - - - - 20 - - 60 まごころの塔への飾花バラの飾付け
20 松本ステーションビル - 15 - - - - - - - - - - 15 駅ホーム等の三本旗の差し換え
21 青年会議所 - - - - - - - - 200 - - - 200 後夜祭の企画運営
22 社協 (県) - - - - - - - 9 9 - - - 18 FMラジオ受信機・車いすの貸出し及び福祉展の運営
(市) - - - - - - - 9 9 - - - 18 ふれあい広場の企画運営
23 歓送 長野駅 {市連合婦人会,日赤奉仕団ほか} - 48 25 - 73 改札口から汽車乗車までの案内・介助及び見送り
塩尻駅 - 55 55 - 110
24 美須々ケ丘校・JCB - - - - - - - 12 12 - - - 24 駐車場から運動公園までの案内・誘導
21 71 15 295 15 171 323 476 875 285 157 - 2,703 -

主題:
創立20年史 No.17

発行者:
財団法人日本身体障害者スポーツ協会

発行年月:
昭和60年3月31日

文献に関する問い合わせ先:
〒162
東京都新宿区戸山1-22-1
戸山サンライズ内
TEL 03-204-3993