音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

第1節 国際動向からみた福祉的就労分野の今後の課題と方向

松井 亮輔(法政大学現代福祉学部)

1.就労継続支援事業(非雇用型)を一般の職場に準じた就労の場として条件整備するうえでの課題

障害者権利条約第27条労働及び雇用1項で規定された「あらゆる形態の雇用」に含まれるとされる「代替雇用(保護雇用)」のベースとなっているのは、国際労働機関(ILO)が1955年の総会で採択した「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告」(第99号勧告)などである。同勧告では、「通常の競争的雇用に適さない障害者のために、保護された状況のもとで訓練ならびに雇用を行うための制度」(第32項)を「保護雇用」と規定し、そのための典型的な施設としてシェルタード・ワークショップ(以下、ワークショップ)を挙げている。ILOの「障害者の職業リハビリテーションの基本原則」(1985年第3次改定版)によれば、ワークショップは、「一般雇用に就く(または復職する)ことができない、またはできる見込みがない障害者のためのほぼ永続的な就労の場」238と定義されている。この定義によれば、わが国の授産施設や就労継続支援B型事業などは、ワークショップに該当するといえる。

また、第99号勧告では、「賃金及び雇用条件に関する法規が労働者に対して一般的に適用される場合には、その法規は保護雇用の下にある障害者にも適用されるべきである」(第35項)と規定されていることから、欧米諸国のなかにはワークショップ等で保護雇用されている障害者についても、この規定に従って労働保護法を適用する国が少なくない。

たとえば、米国の公正労働基準法では、ワークショップも含め、事業主は身体または精神障害のために生産能力が低下している者に最低賃金適用除外を認めているが、最低賃金適用除外の者も労働者と見なされ、一般の労働者と同じ権利と保護が与えられる。ワークショップ利用者も含め、事業主が障害のある労働者に最低賃金以下の賃金を支払うには、職務で求められる具体的な要件を分析し、作業標準を設定することを労働省から求められる。その標準をベースに、障害のある労働者に対してその生産性に応じた賃金が支払われる。その額が最低賃金を下回る場合には、適用除外が認められるが、この適用除外申請は毎年しなければならない。しかし、州のなかには、たとえばアリゾナ州のように、最低賃金適用除外規定を廃止したところもある239

一方、わが国では、福祉工場および就労継続支援A型事業を除き、就労継続支援B型事業など、その他の福祉的就労の場で就労する障害者については、労働者性がないとして、労働基準法や最低賃金法などは適用除外となっている。2007年5月に厚生労働省労働基準局長名で出された通達「授産施設、小規模作業所等において作業に従事する障害者に対する労働基準法第9条の適用について」240によれば、「小規模作業者等で訓練等の計画が策定され、それに基づいて作業に従事する障害者には労働者性がない」とされる。具体的には、「①小規模作業所等において行われる作業が訓練等を目的とするものであることが定款等の定めにおいて明らかであり、②当該目的に沿って訓練等の計画が策定され、③小規模作業所等において作業に従事する障害者又は保護者との間の契約等において、これらの訓練等に従事することの合意が明らかであって、④作業実態が訓練等の計画に沿ったものである場合には、当該作業に従事する障害者は、労働基準法第9条の労働者ではないものとして取り扱うこと」と規定されている。

この通達では、小規模作業所等における訓練機能が強調され、それを根拠に利用者の労働者性が否定されているが、訓練による能力向上の効果が期待できる期間は精々2年(現に、就労移行支援事業では訓練期間は原則として2年とされる。)であり、それ以上にわたる期間まで訓練とするには無理がある。つまり、一定期間以上にわたった授産施設等を利用している障害者(実際には、授産施設等利用者の約4分の3は、在所期間3年以上の者で占められている。)については、そこを訓練でなく、就労の場と位置づけ、労働者に準じた処遇ができるような条件整備がなされるべきであろう。

原則として利用者と雇用契約を締結している福祉工場や就労継続支援A型事業は、利用者に最低賃金以下の賃金を支払う場合には、所管の労働基準監督署にその対象となる利用者ごとに申請する必要がある。2008年7月施行の最低賃金法改正法第7条では、「精神又は身体の障害により著しく労働能力が低い者」については、「当該労働者に支払おうとする賃金額は、最低賃金額から当該最低賃金の適用を受ける他の労働者のうちの最下層の能力者より労働能率が低い割合に対応する金額を減じた額(つまり、労働能率の程度に応じた率を百分の百から控除して得た率)を下回ってはならない」とされる。改正前は、最低賃金適用除外とされていたのが、改正法では「減額が可能であれば、適用除外とするよりも最低賃金を適用した方が、労働者保護に資する」という考え方にかわったわけである241。この法改正では、まったく想定されていないが、もし減額措置による最低賃金が授産施設等の利用者にも適用できれば、それに伴って利用者も労働者性を認められ、労働法の保護を受けられるようになろう。

今年9月1日付で厚生労働省により公表された2009年度の時間当たりの最低賃金は、全国加重平均713円(東京791円)となっている。最低賃金の減額措置では、前述したように、「当該労働者に支払おうとする賃金額は、最低賃金から当該最低賃金の適用を受ける他の労働者のうちの最下層の能力者より労働能力が低い割合に対応する金額を減じた額を下回ってはならない」とされる。つまり、減額の基準となる「他の労働者のうち最下層の能力者」とくらべ、対象となる障害者の労働能力が仮に50%低いとすると、対象となる障害者の時間当たりの工賃は356.5円になる(一般的には、これが、減額が許容される限度額と思われる)。この障害者が仮に1日6時間、月20日間授産施設等で就労すると、月当たりの工賃は4万2780円で、福祉工場および就労継続支援A型事業を除く、授産施設等の平均工賃(2006年度月額1万2222円)の約3.5倍に相当する。

2006年末に政府の障害者施策推進本部で決定された重点施策実施5か年計画(2008~2012年度)では、平均工賃を2011年度末までに倍に引き上げることが目標とされる。そして、その目標達成を支援するため、授産施設等における仕事の確保に向け、官公需の優先発注や、企業から授産施設等に対する発注を促進するための優遇税制の創設242などが行われている。しかし、これらの取り組みにより、たとえ現在の平均工賃が倍になったとしても、減額措置された最低賃金をクリアすることは困難である。つまり、現在目標とされている平均工賃は、授産施設等の実態243からはやむをえないかも知れないが、求められる水準と比べ、低すぎるといえる。

昨年5月この工賃倍増を実現するための有力な手段として、「ハート購入法」を議員立法で制定する動きがあった。同法案は、国、地方公共団体、独立行政法人などの公的機関に対して、多くの授産施設等が取り組んでいる名刺や封筒などの製品、施設や公園の清掃、売店やレストラン運営のサービスなどを、毎年度年間計画を立て、随意契約などで優先的に購入したり、利用するよう努力義務を課すことを意図したものである。結局、同法案は民主党などの反対で実現しなかったが、利用者の工賃を減額措置による最低賃金の適用が可能な水準にまで底上げするには、授産施設等がこのような法制度により、公的機関や民間企業などから相当額の収入が得られる仕事を安定確保すると共に、経営コンサルタントなどからの助言を得て、仕事のやり方の改善や新たな仕事の開拓、それに必要な職員や利用者の能力開発などへの取り組みが求められる。

しかし、逆に懸念されるのは、授産施設等がこのような取り組みを継続的に展開することが困難と判断すれば、生産活動にしばられない事業、つまり就労支援を中心としたものから、それ以外の、たとえば、地域活動支援センターや生活介護事業などに転換することである。

本研究の一環として昨年8月欧米の14ヵ国の関係者を対象に実施した「保護雇用分野における労働法の適用に関するアンケート調査」へのニュージーランド関係者からの回答によれば、「これまで47年間にわたり、ワークショップがそこで就労する障害者の能力に関係なく、最低賃金を支払うこと、および年次有給休暇や疾病休暇を与えることを免除してきた、障害者雇用促進法(1960年制定)が5年の移行期間を経て、2007年11月に廃止された結果、ワークショップの中には、利用者が地域で無料のボランティア活動をする「地域参加」と呼ばれるプログラム提供に転換するところも出てきた。そのため、ワークショップが障害者雇用促進法を順守する必要がなかった頃と比べ、同国で就労する障害者数は減少している。具体例としては、同国で最大の障害者サービス提供団体が、すべてのワークショップを閉鎖したため、障害者の多くはその影響を大きく受けている。障害のある家族の一員が毎日ワークショップに通い、そこで少しでも仕事をし、それに対してごく少額でも報酬を得てくることに満足していた家族にとっては、(ワークショップの廃止は)きわめて不評」という。

したがって、利用者に対して、減額措置による最低賃金の適用が可能な水準以上の平均工賃確保に向けて、授産施設等の取り組みを促進するには、民間企業への税制上の優遇措置による発注の奨励や官公需の優先発注といった制度などによる支援だけでは十分ではない。

2.福祉と雇用の分立から融合へ

政府の重点施策実施5か年計画(2008年度~2012年度)では、授産施設等から一般就労への年間移行者数を5年間で約2000人から9000人に増やすなど、福祉から雇用への移行の促進が目指されている。それを実現するための方策のひとつとして、授産施設等の利用者が、施設の職業指導員などの支援を受けながら、小グループで企業や官庁で就労する「施設外就労等による一般就労移行助成事業」が2008年度に制度化されている。同事業は、「施設外就労を行う授産施設等に対して助成を行うことにより、一般就労への移行や工賃(賃金)の引き上げに資する取組の促進を図ることを目的」としたものである。これは、「施設外授産の活用における就職促進モデル事業」として2001年度から一部の都道府県で試行されてきた事業を発展させてもので、当初は「授産施設に入所又は通所するものが、授産施設に作業を発注する企業等の事業所において授産活動を行うとともに、授産活動終了後に公共職業安定所等が職業相談、個別求職開拓、職場定着の支援を行う等により、授産施設から一般就労へ結びつける支援体制のあり方を検証し、障害者の就職促進を図る」ことが目的とされた。

したがって、これらの事業は、企業や公共職業安定所等、労働行政サイドの機関との連携を強化することで、授産施設等の利用者の就職促進などを図ろうとするものであるが、それはわが国の障害者雇用の柱となっている、雇用率制度などと直接リンクした形にはなっていない。

日本と同様の雇用率制度をもっているドイツやフランスでは、保護雇用は雇用率制度とリンクされている。たとえば、ドイツでは、わが国の就労継続支援B型事業に類似する「障害者作業所」について、基本的には労働法は適用しないものの、障害者の一般雇用対策のベースとなっているのと同じ法律である、社会法典第9編「障害者のリハビリテーション及び参画」(2005年改正)で規定している。雇用率制度の対象となる事業所がそれらの作業所と請負供給契約や役務給付契約を締結した場合、その契約額に応じて調整賦課金(わが国の障害者雇用納付金に相当)を減額するといった仕組みを整備するなど、一般雇用施策と福祉的就労施策をリンクさせている244。それに加え、障害者作業所で就労する障害者には、年金保険、疾病保険、介護保険および労災保険への加入が義務づけられ、それらの保険料は国などが負担することになっている245。また、障害者作業所では、そこを利用する重度障害者246が代表を選び、その代表は作業所の経営者と処遇について交渉する権限を与えられるなど、部分的とはいえ、労働者に準じた権利が認められている。

また、雇用および職業における障害などを理由とする差別禁止を目的として2000年に制定された、欧州連合(EU)の「雇用及び職業における均等待遇のための一般枠組設定に関する指令」(雇用均等一般枠組指令)に対応するため、2006年に施行されたドイツの「一般均等待遇法」では、不利益待遇からの雇用者の保護の適用範囲には、「経済的な従属性を理由に労働者類似のものと見なされる者」(第6条)として、障害者作業所の重度障害者も含まれる。そして、これらの重度障害者にも苦情を申し立てる権利が認められている247

なお、ドイツでは、障害者作業所の利用者への賃金補填制度はなく、作業所の工賃(2002年の平均月額は、159.81ユーロ)で、生活費に不足する部分の所得保障は、年金などで行われている。

それに対し、フランスでは、わが国の福祉工場や就労継続支援A型事業に相当する適応企業で就労する障害者には、労働法が完全適用され、最低賃金以上の賃金を保障するため、国の補助が行われている。また、わが国の授産施設等に相当する労働支援機関・サービス(ESAT)利用者には、労働法は適用されないが、国からの補助により最低賃金の55~110%が保障されるとともに、年次有給休暇や疾病休暇を取る権利が認められている248

わが国では、障害者自立支援法に基づき、就労移行支援事業および就労継続支援事業(A型、B型とも)を利用する障害者は、利用料の定率負担を求められるが、前述のアンケートに回答を寄せたドイツの障害者作業所をはじめ、各国のワークショップなどで就労する障害者にはそうした利用料の負担制度はないという。それは、欧米諸国では、一般就労に向けての訓練や、一般雇用にかわる就労の機会の提供を目的としたワークショップなどは、雇用対策の一環、あるいは雇用対策と密接にリンクしたものとして位置づけられているからである。わが国でも福祉工場や就労継続支援A型事業はもちろんのこと、授産施設や就労継続支援B型事業などについても福祉施策から切り離し、雇用施策の一環として位置づけるか、あるいは雇用施策と密接にリンクさせるべく、法改正が必要と思われる。

そうすることで、一般就労を目指すという目的は同じであるにもかかわらず、職業能力開発促進法に基づく職業訓練では、訓練手当が支給され、障害者の雇用の促進等に関する法律に基づく障害者就業・生活支援センターやジョブコーチなどによる支援は無料。それに対し、就労移行支援事業では利用者の負担が求められる、といった制度上の矛盾が解消される。また、障害者が報酬のある就労機会を求めて授産施設等を利用しているにも関わらず、利用料の定率負担を求められる、といった不合理な状況が改善されることになろう。その法改正に合わせて検討が必要と思われるのは、就労移行支援事業や就労継続支援事業などの形態である。EU諸国、たとえば、英国の保護雇用の全国的組織であるレンプロイ公社249の「インターワーク」に象徴されるように、保護雇用されている障害者についても、従来のワークショップ内でのグループ就労支援からワークショップ外での個別就労支援への転換、つまりワークショップで保護雇用されながら、個々の障害者のニーズや適性に応じて、地域にある一般企業等での就労を支援するという、「地域に開かれた保護雇用」(ワークショップは、一般企業で就労する保護雇用障害者のサポートセンターとしての役割を担う)への転換が進んできている250。これは、保護雇用もできるだけ「障害者に対して解放され、障害者を包容し(inclusive)、及び障害者にとって利用しやすい(accessible)労働市場及び労働環境」にすることを意図したもので、障害者権利条約第27条で求められるものに沿ったものといえよう。

したがって、わが国でも「施設外就労等による一般就労移行助成事業」などをさらに積極的に拡充すること等により、就労移行支援事業や就労継続支援事業などを実施する福祉的就労施設についても、一般企業などと密接にリンクした、地域に開かれた就労支援機関として整備される必要がある。福祉的就労と一般雇用を現在のような分立したものから、一体的に展開できるような融合した仕組みに転換することで、ドイツやフランスなどにおける保護雇用障害者と同様、福祉的就労施設で就労する障害者についても、労働者に準じた処遇の確保が可能となろう。

おわりに

昨秋以降、急速に深刻化する不況で、解雇される障害者が増えている251。職を失った障害者の多くは、労働市場でつぎの仕事を簡単に見つけられないことから、職を求めながら、職に就けない「有効求職者」が今後さらに増えるものと思われる。前述したように、福祉的就労施設での平均工賃が、一般企業のそれとくらべ、きわめて低く、地域での生活を維持することが困難な現状では、たとえ他に選択肢がないとしても、福祉的就労施設での就労をすすんで希望する有効求職者は、ごく限られると思われる。したがって、福祉的就労施設をそうした障害者にとって実質的な代替雇用の場とするためには、福祉的就労と一般雇用とのリンクを強化し、その融合化を図ることで、両者の格差をできるだけ縮小し、福祉的就労施設利用者にも労働者に準じた処遇が確保できるような条件が整備される一方、それにあわせ、社会的企業や協同組合など、多様な就労の場を創出することなどで、その選択肢を増やすことも求められる。

また、近年、あらゆる年齢層に非正規雇用が広がるなど、労働条件の悪化が進んでいる。ILOが提唱する「ディーセント・ワーク」(働き甲斐のある人間らしい仕事)をいかに障害者も含む、すべての人に保障するかが問われている。そのための社会的条件整備なしには、障害者の就労状況を大きく改善することは期待できないであろう。