第1章 福祉的就労における労働保護上の問題点
第1節 わが国における福祉的就労に関する制度と就労状況
佐藤 宏(元職業能力開発総合大学校)
古田 清美(社会福祉法人 全国社会福祉協議会障害福祉部)
1.福祉的就労の範囲
本研究会の目的は、いわゆる福祉的就労に従事している障害者が労働法の適用外にあるため、労働法上の保護を受けていないという問題とその対応策を検討することにある。そこで、ここでいう「福祉的就労」にはどのような人たちが含まれ、どの程度の規模で存在するかについてまず確認しておきたい。
「福祉的就労」という言葉は、政府の障害者関連文書においてもしばしば用いられているが1、その定義が明確に示されているわけではない。一般には、福祉施策の下で就労の場の提供を受けていることと解されよう。このような意味での福祉的就労は必ずしも障害者を対象としたものだけに限定されるわけではない。障害者施設以外の福祉的就労の場としては、生活保護法上の授産施設や社会福祉法第2条第2項第7号による社会事業授産施設がある。
また、障害者自立支援法に基づく障害福祉サービス事業のうち、生活介護事業には、「創作的活動又は生産活動の機会の提供」(障害者自立支援法第5条第6項)を行うことも含まれており、こうした生産活動に従事するサービス利用者の中には、就労実態からみて福祉的就労に従事していると見なし得る者が相当数存在するとみられる。さらに、地域生活支援事業の地域活動支援センターも、後述のように多くの小規模作業所の移行先であり、同様の実態であるとみられる2。
しかしながら、本稿では、データ上の制約もあり、また論点の拡散を避ける意味で、便宜上、障害者の就労支援サービス分野に限定して論ずることとする。もとより、労働保護上の本質的な問題は、ここで論ずる障害者就労支援にかかる施設以外であっても共通しているであろう。
このように限定した場合の障害者の就労支援にかかわる福祉的就労には、わが国の現行制度を前提とした場合、具体的には次の3類型が含まれる。以下、各制度の内容を見ておく。
- ①障害者自立支援法による障害福祉サービス事業における就労
- ②障害者自立支援法成立以前の旧障害者福祉各法に基づく就労施設における就労
- ③小規模作業所・共同作業所における就労
(1)障害者自立支援法による障害福祉サービス事業における就労
これには、次の3種がある。
1)就労移行支援事業
就労を希望する65歳未満の障害者であって、通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれるものにつき、生産活動、職場体験その他の活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練、求職活動に関する支援、その適性に応じた職場の開拓、就職後における職場への定着のために必要な相談その他の必要な支援を行うものである(障害者自立支援法第5条第14項、同施行規則第6条の9)。
2)就労継続支援A型事業
通常の事業所に雇用されることが困難な障害者のうち、適切な支援により雇用契約等に基づき就労する者につき、生産活動その他の活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援を行うものである(同法第5条第15号、同施行規則第6条の10第1号)。
3)就労継続支援B型事業
通常の事業所に雇用されることが困難な障害者のうち、通常の事業所によって雇用されていた障害者であって、その年齢、心身の状態その他の事情により、引き続き当該事業所に雇用されることが困難となった者、就労移行支援によっても通常の事業所に雇用されるに至らなかった者その他の通常の事業所に雇用されることが困難な者につき、生産活動その他の活動の機会の提供その他就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援を行うものである(同法第5条第15号、同施行規則第6条の10第2号)。
このうち、就労移行支援事業及び就労継続支援B型事業の利用者は、事業経営体との間に雇用関係がなく、従って労働法の適用がないことを前提としている。これに対し、就労継続支援A型事業は、原則として、その利用者は事業体と雇用契約を締結し、従って労働法の適用があることを前提とする。ただし、一定範囲で雇用関係のない利用者の就労を認めているため、同一事業所内に雇用関係にあるものと無いものとが混在している。
ところで、労働法上の労働者であるか否かは、就労の実態により判断される。したがって、上記各事業では利用者の就労実態が厚生労働省の通達が示す基準に従っていることを前提としている3。
なお、各事業の定義にもあるとおり、これらの事業は就労の場(生産活動その他の活動の機会の提供)であると同時に、職業訓練機能及び各種の就労支援機能を併せ持っているとされている。
(2)障害者自立支援法成立以前の旧障害者福祉各法に基づく就労施設
障害者自立支援法施行後も、経過措置として平成24年3月31日までの間であって政令で別途定められる日まで、旧法に基づく障害者支援施設は事業を継続することができる。福祉的就労分野に該当するものとして、具体的には次のものがある。
1)旧身体障害者福祉法による施設
身体障害者入所授産施設、同通所授産施設、同小規模通所授産施設、身体障害者福祉工場
2)旧知的障害者福祉法による施設
知的障害者入所授産施設、同通所授産施設、同小規模通所授産施設、知的障害者福祉工場
3)旧精神保健及び精神障害者福祉に関する法律による施設
精神障害者授産施設(入所)、同(通所)、同小規模通所授産施設、精神障害者福祉工場
上記各施設のうち、各福祉工場の従業員は雇用関係にあることを前提としている。それ以外の施設の利用者は、昭和26年以来、原則として労働基準法の適用を受けない(労働者性が無い)ものとして取り扱われてきているが4、具体的には、その就労実態によって判断されることとなる。
(3)小規模作業所・共同作業所
小規模作業所は、1960年代末から障害者の働く場を求めて各地の障害者の親の会、家族会、障害者団体等が主体となって設立した共同作業所に始まり、その後急速に増加したものである5。これらの小規模作業所は各障害者福祉法に基づく福祉施設ではないため、永らく「法外施設」、「無認可施設」の扱いを受けてきた。
こうした小規模作業所に対する国の補助制度が1977(昭和52)年度に開始され、また、これとほぼ同時期に各地方自治体からの補助金制度の導入が行われるようになり、 交付対象となる小規模作業所の数は年を追って増大することとなった。さらに、2001(平成13)年度から社会福祉法及び各障害者福祉法に基づく障害者小規模通所授産施設制度が導入され、最低定員数が20人から10人に引き下げられるなど認可要件が緩和されたことにより法内施設(社会福祉法第2条第4項第4号及び同法施行令第1条各号による社会福祉事業)への移行の道が開けたが、数千カ所もある小規模作業所のうち、当該制度に該当できたものはごく一部であり、大多数の施設は依然として法外施設の地位にある。
障害者自立支援法の制定により、これらの小規模作業所等は、いずれも障害者自立支援法に定める新体系による事業、たとえば生活介護、就労移行支援、就労継続支援、地域活動支援センターなどのいずれかに、遅くとも平成23年度末までには移行することを迫られることとなった6。しかし、平成20年度までの実績で見る限り、小規模作業所のうち、新体系への移行が終わっているものは56%程度(平成20年10月時点)にとどまっている。また、移行先の約60%は地域活動支援センター(障害者自立支援法第5条第21項)である7。
以上の状況を踏まえて、小規模作業所の利用者の労働者性に関しては、次のようにいうことができる。
- ① 新体系による事業のうち、就労移行支援事業、就労継続支援事業(A型・B型)に移行した事業体は、上記(1)で述べたことがそのまま当てはまる。
- ② ①以外の事業に移行した事業体は、その事業の目的から見て、生産活動の比重が小規模作業所よりもさらに低いと思われるので、その利用者は労働者性がないものとして扱われるものと思われる。ただし、この場合においても、事業及び就業の実態により判断されることになる。
- ③ 新体系に移行せず、従来の小規模作業所として存続している事業体がなお多数ある。今後、制度改正に伴い国の補助だけでなく地方自治体レベルでの補助金も逐次廃止傾向にあるなかで、そのまま存続することが困難となるおそれが強いが、あえて新制度に移行せず、旧来の事業形態を選択するところもあり得る8。
小規模作業所が新体系に移行せず従来通りの事業を行った場合には、これまでの労働基準法の適用に関する通達の運用状況等からすれば、これらの事業体の利用者は、労働者性が無いものとして扱われる蓋然性が高いが、その判断は就業の実態に応じて判断されるという点ではかわりなく、この意味で、労働法上の位置づけがあいまいなまま就業している人たちがなお多数存続することになるおそれがある9。
2.福祉的就労対象者の規模
上に述べたような意味での福祉的就労の対象者はどのぐらいいるであろうか。厚生労働省の推計によれば、平成18年時点で法定社会福祉施設の在所者が約28万人(通所約12万人、入所約16万人、なお、このうち授産施設在所者数117,539人、福祉工場3,531人)、小規模作業所の在所者数が約5万人(施設数5,094カ所)とされている10。
こうした旧福祉施設における就労者は、障害者自立支援法が平成18年10月1日に施行されて以後、逐次新体系へと移行しつつある。そこで、こうした動向を踏まえて最近の状況をみておく。
(1)新体系移行済み施設
障害者自立支援法制定後の福祉的就労に関する統計としては、現在のところ法施行後1年後に行われた厚生労働省「平成19年社会福祉施設等調査」があるのみである。これによると、平成19年10月現在で新制度に該当する事業体は1,983施設、在所者数は31,235人となっている(表1)。このうち、雇用関係が成立している就労継続支援(A型)事業は、148施設2,423人に過ぎない。残りの9割以上の利用者は労働者性がないとされる就労移行支援事業または就労継続支援(B型)事業に属する。
施設数 | 在所者数 | |
---|---|---|
就労移行支援事業 | 603 | 6,789 |
就労継続支援(B型)事業 | 1,232 | 22,023 |
(非雇用型・小計) | 1,835 | 28,812 |
就労継続支援(A型)事業 | 148 | 2,423 |
合計 | 1,983 | 31,235 |
資料出所:厚生労働省「平成19年社会福祉施設等調査結果」
(2)旧制度による福祉的就労施設
障害者自立支援法施行時点の平成18年10月時点の旧制度下における福祉的就労分野の施設数は3,820施設、在所者数は121,070人であった(表2)。ただし、これには雇用契約による就労を前提とする福祉工場が含まれているので、これを除くと3,697施設、在所者数は117,539人となっている。障害者自立支援法制定1年後の平成19年10月現在の状況を見ると、旧制度のままの施設数は3,124施設(福祉工場を除くと3,051施設)、在所者数は102,290人(同100,153人)であり、1年間に施設数で696(福祉工場を除くと646)施設、在所者数では18,780人(同17,386人)の減少となっている。この減少分が新制度に移行した結果であるといえよう11。
このように、障害者自立支援法施行後、逐次新体系への移行が進みつつあるものの、現時点ではまだ一部であり、なお、原則として労働者性が認められない旧制度の下で就労している障害者が10万人以上残されている。もっとも、厚生労働省障害保健福祉部障害福祉課の資料によれば、旧制度から新体系への移行は引き続き進んでおり、平成21年4月1日時点では、旧制度に基づく施設のうち、新体系へ移行済み施設の割合は42.4%となっている12。
施設数 | 在所者数 | 対前年増減 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
平成18年 | 平成19年 | 平成18年 | 平成19年 | 施設数 | 在所者数 | |
身体障害者入所授産 | 197 | 176 | 10,429 | 8,963 | -21 | -1,466 |
身体障害者通所授産 | 330 | 256 | 8,381 | 6,425 | -74 | -1,956 |
身体障害者小規模通所授産 | 265 | 193 | 4,349 | 3,200 | -72 | -1,149 |
身体障害者福祉工場 | 36 | 26 | 1,320 | 947 | -10 | -373 |
(身体障害者福祉法関連施設・小計) | 828 | 651 | 24,479 | 19,535 | -177 | -4,944 |
知的障害者入所授産 | 226 | 209 | 13,927 | 12,522 | -17 | -1,405 |
知的障害者通所授産 | 1,553 | 1,424 | 56,912 | 52,255 | -129 | -4,657 |
知的障害者小規模通所授産 | 405 | 243 | 6,046 | 3,671 | -162 | -2,375 |
知的障害者福祉工場 | 69 | 35 | 1,800 | 894 | -34 | -906 |
(知的障害者福祉法関連施設・小計) | 2,253 | 1,911 | 78,685 | 69,342 | -342 | -9,343 |
精神障害者授産(入所) | 30 | 24 | 685 | 536 | -6 | -149 |
精神障害者授産(通所) | 296 | 228 | 7,698 | 5,760 | -68 | -1,938 |
精神障害者小規模通所授産 | 395 | 298 | 9,112 | 6,821 | -97 | -2,291 |
精神障害者福祉工場 | 18 | 12 | 411 | 296 | -6 | -115 |
(精神保健福祉法関連施設・小計) | 739 | 562 | 17,906 | 13,413 | -177 | -4,493 |
旧制度・合計 | 3,820 | 3,124 | 121,070 | 102,290 | -696 | -18,780 |
福祉工場計 | 123 | 73 | 3,531 | 2,137 | -50 | -1,394 |
福祉工場以外の合計 | 3,697 | 3,051 | 117,539 | 100,153 | -646 | -17,386 |
(3)小規模作業所
小規模通所授産施設が制度化された平成13年度からの推移をみると、制度開始当初の平成13年度には身体、知的、精神障害各施設を含めて127施設、在所者数2,125人であったものが、障害者自立支援法制定直前の平成18年度では1,065施設、19,507人と大幅な増加を見せていた。同法制定後1年後の平成19年度には734施設、13,692人と新制度への移行等により減少している(表3)。
施設数(各年10月現在) | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
身体障害者小規模授産施設 | 26 | 61 | 136 | 189 | 237 | 265 | 193 |
知的障害者小規模授産施設 | 71 | 141 | 254 | 343 | 399 | 405 | 243 |
精神障害者小規模授産施設 | 30 | 109 | 215 | 306 | 375 | 395 | 298 |
合計 | 127 | 311 | 605 | 838 | 1011 | 1065 | 734 |
在所者数(各年10月現在) | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
身体障害者小規模授産施設 | 391 | 918 | 2,119 | 2,991 | 3,811 | 4,349 | 3,200 |
知的障害者小規模授産施設 | 1,115 | 2,087 | 3,847 | 5,112 | 5,975 | 6,046 | 3,671 |
精神障害者小規模授産施設 | 619 | 2,359 | 4,668 | 6,893 | 8,538 | 9,112 | 6,821 |
合計 | 2,125 | 5,364 | 10,634 | 14,996 | 18,324 | 19,507 | 13,692 |
資料出所:厚生労働省「社会福祉施設等調査結果」(各年)
しかし、法定施設に位置づけられる小規模通所授産施設のほかに膨大な数の法外施設としての小規模作業所がある。厚生労働省の第33回社会保障審議会障害者部会(平成20年6月9日)資料によれば、平成18年度における小規模作業所数は5094カ所となっている。これらの小規模作業所は、障害者自立支援法施行後、その存廃を含めどのような方向に向かうべきかの岐路に立たされている。前述の通り、これらの小規模作業所のうち、平成20年10月時点で新制度への移行済みの事業所は約56%であるが、このうち、個別給付事業への移行または個別給付事業との統合等を行ったところは24%程度である13。