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平成17年度厚生労働科学研究障害保健福祉総合研究成果発表会報告書

発表会:障害者のエンパワメントの視点と生活モデルに基づく具体的な地域生活支援技術に関して

エンパワメントの3モデルとエンパワメント定義

我々は、障害をもつ人たちのエンパワメントを検証していくための指標となる「作業仮説」の作成を試みた。これらの「作業仮説」を作成するにあたり、「国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health :ICF)」を参考にした。

1.「国際生活機能分類(ICF)」とは

「国際生活機能分類(ICF)」は、下の図4で示した表のように、「障害」を3つのレベルで捉えている点は、1980年の「国際障害分類(International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps)」で示した分類と同様ではあるが、機能障害を「心身機能・構造」(body function and structure)、能力障害を「活動」(activity)、社会的不利を「参加」(participation)という用語に置き換えることにより、障害をもつ人たちのみに対応しているのではないことを表現している。さらに、「障害」が発生したり変化したりする時に、「環境因子」(environmental factors)と「個人因子」(personal factors)が影響するとして、モデルの中に新しく入れたことも注目しなければならない。

生活機能と障害は、健康状態と背景因子(すなわち環境因子と個人因子)との間の相互作用ないしは複雑な関係とみなされている。これらの要素の間には、ダイナミックな相互作用が存在するので、一つの要素のレベルに介入すれば、関係する他要素を同時に変える可能性がある。相互の関係は特異なものであり、一方が決まれば常に他方が予測できるという一対一の関係ではないことも注意しておかなければならない。図に示されている各次元は個人の生活機能と障害の状態を示しているものであり、「社会生活」という要素が概念内に取り込まれたことは、非常に画期的であると言える。

図4:ICFの次元間の相互作用に関する現在の理解(2001年モデル)
ICFの次元間の相互作用に関する現在の理解の図
出典:障害者福祉研究会『ICF国際生活機能分類 -国際障害分類改訂版-』,17頁,中央法規出版,2002年.

障害をもつ者が「不自由さ」や「障害」を意識する時には、必ず何らかの行動を起こそうとする気持ちが存在すると考えられる。障害をもつ人たちは、寝ている時や座ってテレビを見ている時には、「障害」を実感することはないと思われる。しかし、寝返りをうとうとした時や、テレビのチャンネルを換えようとする時に、不自由さを実感して「障害」を感じるのである。「国際生活機能分類」において、「活動」を図の中心に位置付けた意味は、行動を起こそうとする時に「制限」(limitation) を受けることが「障害」というものの基本的に理解していく上で、重要であることを主張したかったのではないかと考えられる。障害をもつ人たちを取り巻く家族や専門家等は、彼らに「障害」を感じさせないことが最良だと思い込んでいた者が多いと考えられるが、彼ら自身が「障害」を実感することになり、自分の問題と正面から向かい合うことができると認識しなければならない。様々な因子から構成される「障害」は、避けるものではなく、各種の専門家や支援者の協力を得ながら、向かい合っていくことが原則であると考えている。

1980年型の「国際障害分類」に対する批判をもとに、作成された2001年型の「国際生活機能分類」ではあったが、上田 敏は以前と同じように「客観的状況を評価するだけでは問題の半分を捉えたにすぎず、それに対応する主観的満足度をみることではじめて全体像が明らかになる注釈11」と評価し、障害をもつ人たちの主観的側面が今回も含まれていない点を批判している。また、障害をもつ当事者は、「障害」を構造化していくことに問題であるという指摘も出てきている。「障害」を構造的に捉えるだけでは、旧来のリハビリテーション概念に充当しているとしか考えられず、障害をもつ人たちに内在する依存心や自立心、ましてやエンパワメントという概念が含まれるということは考え難いのである。

我々は、この「国際生活機能分類」にある「個人因子」と「環境因子」という項目に強い関心を持ち、障害をもつ人たちがエンパワメントしていく作業仮設を立てることにした。個人と環境と関係性を保ちながら、影響し合える相互作用の中で、障害をもつ人たちがエンパワメントしていくと考え、3種類のモデルを提示した。

2.個人因子強化(ストレングス)モデル

エンパワメントしていく過程を3種類の作業仮説に分けて説明していこうとするものであるが、I型として「個人因子強化(ストレングス)モデル」を提示する。

人的環境や物理的環境、さらには自然環境や社会環境という「環境」の中で、人間は生きている。しかし、障害をもつ人たちの場合は、在宅で家族との関係のみで大半の時間を過ごしたり、入所施設という限定された空間で時間を過ごすことを余儀なくされていることが多い。

図5個人因子強化モデル1の図
図5 個人因子強化モデル(1)

(1) ストレングスが小さい状態

右の図5で示しているように、個人と環境のインターフェースが極端に小さく、バリアフリーに代表されるような環境整備が進んだとしても、個人のストレングスが弱いという理由で、エンパワメントしていない状態にある。

(2) ストレングスが大きくなってくる状態

障害をもつ個人のストレングスを強化していくエピソードを経験すると、右の図6で示したように「S(ストレングス)」が大きくなってくる。ストレングスが大きくなっていくことにより、環境とのインターフェース部分「P(パワー)」が広がっていくことが分かる。 我々は、この重なり合う部分が広がっていく過程こそが「エンパワメント」であると認識している。例えば、バリアフリーが進んでいるような地域では、障害をもつ個人が「外へ出る」

図6個人因子強化モデル(2)
図6 個人因子強化モデル(2)

という強い意志を持つことにより、重なり合う部分が大きくなることが理解できる。障害をもつ個人のストレングスを大きくしていく方法については、第3章で取り上げることになるが、従来のリハビリテーション概念で示されるような身体的機能の回復のみをストレングスとして捉えるのではなく、日常生活のあらゆる場面における自己決定を中心とした精神的自立を基本にしなければならない。

(3) ストレングスがより大きくなってくる状態

(2)の状況が進展していくことにより、右の図7で示しているように、ストレングスである「S」がより大きくなってきている。ストレングスがより大きくなってくることにより、社会との重なり合う部分も拡大されてきているのが分かる。このようにストレングスが大きくなることによるエンパワメントは、障害をもつ個人が多くの経験や体験をしていくことが重要な要因となっているのである。

この段階にまで到達すると、個人のパワーが大きくなり、環境を取り込んでしまうかのように見える。この図を見ても明らかに、個人のストレングスが大きくなり、環境にもかなりの影響を与えていると考えられる。この個人因子強化モデルにおいて、ストレングスが大きくなり、環境にも強く作用することになったときこそ、エンパワメントも最終章を迎えることになるのではないだろうか。

図7個人因子強化モデル(3)
図7 個人因子強化モデル(3)

3.環境因子強化(サーカムスタンス)モデル

作業仮説の二つ目は、II型として「環境因子強化(サーカムスタンス)モデル」を提示したい。近年になり、交通バリアフリー法やハートビル法の施行により、障害をもつ人たちを取り巻く環境も改善されてきたことは確かであるが、依然として駅などには物理的バリアーが存在し、規制緩和が進んできたとは言え、さまざまな欠格事項が残されて いる。さらには、人的環境として捉えられる過保護的な親子関係や家族関係、逆に偏見や差別に伴う疎外感などとして認識されているような環境の未整備さが指摘されている。環境の改善・改良が、障害をもつ人たちのエンパワメントに大きく関係することを検討した。

(1) 環境が未整備な状態

障害をもつ個人としては、ある程度のエンパワメントできる体勢にあるが、環境があまりにも未整備な状態にあり、右の図8で示したように、個人がエンパワメントしていくことを環境が受け入れないような状態が存在するのである。

図8環境因子強化モデル(1)
図8 環境因子強化モデル(1)

(2) 環境が少し改善されてきた状態

障害をもつ個人の働き掛けや周囲の人たちの理解によって、少しではあるが環境が改善され、個人と環境とが重なり合う部分が大きくなったことが、図9を見ると理解することができる。

この「環境」は、住環境や都市環境のバリアフリーに関するものだけではなく、家族の無理解や他者からの偏見・差別に起因するさまざまな制限を作り出す要素を含んでいると理解している。

公共建築物へのアクセスや多目的トイレの設置、交通機関のバリアフリー化を初めとする物理的環境整備を推進していく方策も必要としているが、国民全体として取り組まなければならない人権擁護に関する講座や障害をもつ子の両親に対する「親の教室」等を実施していくことも環境の改善という観点から必要とされると考えている。

図9環境因子強化モデル(2)
図9 環境因子強化モデル(2)

(3) 環境が大いに改善された状態

(2)の環境改善が進んでいくと、図10のように個人と環境が重なり合う部分が拡大される。我々は、個人因子強化モデルと同様に、この重なり合う部分が拡大されていく過程を「エンパワメント」と呼んでいる。

環境整備が遅れている地域であれば、バリアフリー運動やノンステップバスの導入等の基本事項に力を入れなければならないが、改善がよく進んでいる地域であるならば、支援費制度における市町村窓口での支援量の交渉や障害者運動に見られる座り込みやデモも環境改善の方策として考えられるものである。

また、この環境の整備が究極的に進んだという仮説においては、障害をもつ個人を環境が飲み込んでしまうこともあると考えられる。障害をもつ人たちが、たとえエンパワメントしなくても、直接の介護にあたる者が完璧なトレーニングを受けていれば、問題はないとする考え方 もある。この考え方は、スウェーデンやデンマークのような福祉が進んでいると言われている国々 では、ポピュラーだと聞いている。

図10環境因子強化モデル(3)
図10 環境因子強化モデル(3)

4.相互関係強化(コーディネーション)モデル

作業仮説の三つ目は、III型として「相互関係強化(コーディネーション)モデル」を提示したい。I型の個人因子強化モデルでは「個人」に焦点を当て、II型の環境因子強化モデルでは「環境」に焦点を当ててきたが、III型の相互関係強化モデルでは、エンパワメントという観点から個人と環境をコーディネートしていこうとした。

(1) 個人と環境が調整されていない状態

個人と環境が同程度のレベルにありながらも、双方に働き掛ける契機や人材もなく、平行線のままで進展が見られず、図11で示したように、エンパワメントもしていかないという状態が続いている。

このような膠着状態になって、長い時間を経過してくると個人は現在の環境を甘んじて受け入れて、 何も感じなくなってしまうことが多々ある。地域社会で暮らしている障害をもつ人たちの中にも、もう少しエンパワメントすれば、より幸福な状況が生み出されると思い者も少なくない。何かの刺激さえあれば、エンパワメントに向える体勢ではある。

図11相互関係強化モデル(1)
図11 相互関係強化モデル(1)

(2) 個人と環境が少し調整された状態

第三者の介入によって、個人と環境が少しコーディネートされ、双方が歩み寄るような形で、重なり合う部分を拡大していこうとしている。I型やII型と同じように、「P」で示された部分が拡大される過    程がエンパワメントであると我々は考えている。

障害をもつ人たち個人が望んでいるか否かに関わらず、第三者がコーディネートを試みようとする例は少なくない。しかしながら、エンパワメントという観点で捉えていくと、障害をもつ本人が望まないコーディネートであったり、本人抜きのコーディネートは許されることではない。エンパワメントとは、あくまでも本人の意思により望まれた結果として進んでいくものである。

図12相互関係強化モデル(2)
図12 相互関係強化モデル(2)

(3) 個人と環境が大いに調整された状態

(2)のコーディネートが進んでいくと、個人と環境がより歩み寄るような形になり、重なり合う部分がより拡大されていくようになる。要するに、「P」で示された部分が大きくしていこうとする動きが双方から見られ、エンパワメントが急速に進むであろうことが、右の図13を見れば、理解することができる。

この段階まで相互関係強化モデルが進むと、障害をもつ個人がエンパワメントしたという実感がある頃だと考えることができる。支援費制度が始まり、相談支援事業の相談員と出会った障害をもつ人たちは、このようなモデルとしてエンパワメントが進んだ事例は数多いと考えることができる。この相互関係強化モデルは、「コーディネートモデル」と呼べるくらいに、出会う第三者によってエンパワメントが左右されるとも考えられる。

図13相互関係強化モデル(3)
図13 相互関係強化モデル(3)

(4) 相互関係強化モデルの進化

相互関係強化モデルを基礎にして、個人因子強化と環境因子強化の要素を加えると、下記の図14が示しているように、個人と環境が拡大しながら接近していくというモデルを完成させることができる。このような進化したモデルは、障害をもつ個人にとっても理想系であることは確かではあるが、このモデルを実現させるためには、必要とされる条件を完備しておかなければならない。理想というよりは空想であるという批判を受けるかも知れないが、相談支援事業者で相談員として障害をもつ人たちと関係のある専門家は、この理想モデルを目指して欲しい。

3種類の通常モデルと理想系モデルを提示したが、個人のストレングスを強化することでエンパワメントしていくI型、環境を改善し強化していくことでエンパワメントしていくII型、そして、個人と環境をコーディネートすることでエンパワメントしていくIII型は、いずれのモデルであれ、障害者ケアマネジメントが目的としているものであることが、研究の途中で明らかになってきた。障害者ケアマネジメントが目標とするものは、エンパワメントが第一義的に含まれているが、障害をもつ人たちをエンパワメントさせるには、障害者ケアマネジメントの技法が不可欠であることが明白となった。

図14相互関係強化モデル(進化)
図14 相互関係強化モデル(進化)

5.エンパワメントの定義

以上のような作業仮説を立て、第2章に書かれている個別事例調査を実施し、分析していく中で、我々が作成したエンパワメントの定義を紹介しておきたい。

「エンパワメント」とは、同様の生活環境にある一般状況と比較してパワレス状況にある者が、政治・経済・社会的場面等における一般水準の獲得を試みた時に、本人の意向にそって、個々が有する能力の向上・社会環境の改善・個人と社会環境との調整という方法を用いて、そのパワレス状況を改善していく諸過程である。

この定義の中でも、特に注目していただきたい点は、「本人の意向にそって」というところである。本人の意向に反したエンパワメントという考え方は、存在しないと言い切っても良いのではないだろうか。

注釈
1.上田敏「WHO国際障害分類からみた家事の位置付け――主観的側面について」,『OTジャーナル35』,127-133頁,三輪書店,2001年.

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