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平成18年度厚生労働科学研究障害保健福祉総合研究成果発表会報告書

発表会:支援機器利用効果の科学的根拠算出に関する研究

講演1 エビデンスを基にした実践とは

東京大学先端科学技術研究センター
中邑 賢龍

お待たせしました。ただいまから、厚生労働科学研究の成果発表会を行いたいと思います。これは私ども東京大学を中心としまして行っている厚生労働科学研究の発表会になるわけなのですが、今年度と昨年度、助成いただいているのが支援機器利用効果の科学的根拠算出に関する研究ということで、この中で特にエビデンスというものをもとにした実践、これについて我々は検討を行ってまいりました。

これはどういうことかと言いますと、今いろいろな福祉サービスがあるのですが、その福祉サービスが本当に有効なのかどうなのだろうか。必要な人のところにきちんと届けてもらっているのかどうか、こういったようなことを議論していく時期にきているとは思うのですが、その議論する根拠がないというのが現状なわけです。

特に福祉機器、電動車椅子であるとか、コミュニケーションエイドであるとか、多くのセミナーが開かれましてそこで使い方を学んで、実際に購入して使う方がおられる。その中には、いわゆる日常生活用具の給付制度であるとか、義肢装具の給付制度といったようなものを併用して利用しておられるかたもおられるのですが、よく声を耳にするわけですね。「あの人はああいうものを使ってこういうことができているのに、なぜ私の障害ではできないのだ」、あるいは、「あの人はああいう機器の給付を受けたにも関わらず、ほとんど使えていない、残念だ」。そういう事実というのがいったいどれくらいあるのかという実態さえ明らかではない。また、機器を使ってよかった、人生が変わったというふうに言われるのですが、なにがどう変わったのかということがさっぱりわからない。これが大きな問題としてあるわけです。

これは本当に機器だけに限らず、教育・福祉の臨床現場においてはすべて共通して言えることだろうと思います。ここに書いてある、臨床現場における支援技術の評価、アシスティブ・テクノロジー(AT)の支援技術ということですが、電動車椅子を例にとってみますと、電動車椅子は多くの人が利用していますね。電動車椅子は心理的によい影響を及ぼす、電動車椅子は介護負担を減らします。こういうことは、誰でも推測できて勝手に言えるのですよね。でもこれは本当なのでしょうか、どうなのでしょうか。

皆さん、あまりこのあたりのところを疑問に感じておられないのではないかと思うのです。歩けなかったら電動車椅子いいよね、喋れなかったらコミュニケーションエイドいいよね。もう当然だ。当然だからやはりもっと給付を増やしてほしい、と話がつながっていくわけですけれど、どのくらい当然なのか、それを使うことによって社会がどう変わっているかというところまで実は、きちんと押さえていかないと、限られた予算の中でそれが効果的に使われないという、実際にそういう現状というものがあるわけです。

科学的なデータの蓄積というのをやはりきちんとやっていかないと、その先というのは何も見えてこないように思うのです。ここで言う科学的データというのは何かというと、科学的な測定手法に基づいて得られたデータということです。物理的なデータというのはたとえば重さであるとか身長であるとか、こういったようなものは物理的な物差し、尺度がありますから、誰が計っても1回ですぐ計れるわけです。ところが、それ以外のデータ。たとえば心理的なデータとか経済的なデータ。経済的なデータというのはお金の問題だからそんなものは簡単に算出できるだろうと思われるのですが、個人の中ではそうなのですが、社会全体のお金の流れというのをすべてつかむのは困難に等しいわけです。非常に難しい作業です。また、心理的な効果というのもそうですね。元気になった、明るくなった、鬱があまりなくなった、そう言うことは簡単なのですが、誰でも言えるしいったいどの程度なのかわからない。こういうのは実は心理学の中できちんと測定する手法というのがあるわけです。これも、皆さんの期待されるようにたとえば口の中にあるメーターを突っ込んだら悲しさ度数が出てくるといったような、そういうものでは決してありません。これはやはり、人から聞き取る、人を観察するということを何度も繰り返し確定することによって確率的なデータを得て行こうという研究が心理的な測定法になるわけです。ここが非常に重要なのです。ですから、科学的なデータをまず蓄積していく必要があるだろうというのが一つ。

今、科学的なデータがありませんから、要するに福祉機器の給付のモデルがないわけで、どういう人にどのような機器を適用すればいいのか。これはもちろん、今も制度的にはきちんとした判定というのが行われて、医師の処方のもとそういう機器が給付されるという流れはできています。流れはできているのですが、なかなかそれはお医者さんの経験による部分というのが大きい。ですから、地域差が非常に大きい。判定する場所によってまったくその結果が違ってくるということが起こっています。

もっと細かく分ける必要があるのですね。私が常々思っているのは、電動車椅子も電動車椅子だけではなくて、クラスA、クラスB、クラスCといったようにクラス分けするということも必要だろうと思います。クラスCの車椅子はいちばんベーシックなもので、クラスBになるとプラスアルファ、この機能といったような。クラスAになると、フルオプションのついた車椅子だ、といったような細かな分類。

コミュニケーションエイドでもそうですよね、今たとえば意思伝達装置とか、重度障害者意思伝達装置とか、会話補助装置といったコミュニケーションエイドが給付対象になっているわけですが、これらも本当に‘重度障害者意思伝達装置’、それだけなのです。いったいその中のスペックはどういうものが必要であって、そのレベル分けなどというのはまったく行われていない。なぜできないのかというと、やはりデータがないということに尽きるわけです。

多くの人はこうおっしゃるわけです。知的障害の人たちもこういったような給付を受けられるのか。私も非常に強く思うわけです。ですけれど、知的障害の人たちがコミュニケーションエイドの給付を受けるというときに、何がいいですか。使うことによってどのように社会的に経済的な波及効果が及ぶのかと言われたときに、何もデータを出していない。欲しいからとみんな言うのですけれど、でも欲しいだけではなくて、得て何が変わるのかというデータをやはり我々が押さえていかないと、社会を動かす力にならないということです。

ですからこういった研究に取り組もうということになったわけです。何かこういう研究をやっていると、今までの権利が奪われるのではないかというふうに、批判的に見る人たちもおられます。せっかくこういう給付制度があるのに見直しされて、今までたとえば50万円まで給付を受けられたものが削られるのではないかというふうに思われる方もいらっしゃいます。私自身は、積極的にそういった削減すべきものは削減すべきだと提言を行っていきたいと思っている人間でもあります。でも、それは世の中の公平な原則に、公平性という原則に基づいて考えていきたいと思っているわけで、これも経済的な原則だけではなくて、心理的なことも含めながら一つの提案というのができればと思っております。

この研究は今年が2年目になりまして、今年で一応研究は終わります。現在まだデータをとっているところでありまして、最終的な報告ということをここでできるわけではありませんが、おおよその方向性というか、データをもとにしてこういうことを言いたいのだということを皆さんにお伝えしていければな、と思っております。それと同時に、今日午後からは、一人一人の分担研究者の実際のデータの取得とその公開をしていただくわけですが、その中においてエビデンスをとって見ることによって明らかになる事実ということを、皆さんの中でご理解いただければと思っております。

必要なエビデンスというのは実はいろいろありまして、誰がエビデンスを欲しいかによってもずいぶん違ってきます。この上のほうに書いてあります。エビデンスにも直接的な効果と間接的な効果がある。直接的な効果、たとえば福祉機器で言いますと、電動車椅子で言いますと、メインで言いますとこれは「移動」ということです。コミュニケーションエイドで言いますとこれは会話、コミュニケーションという目的がありますので、心身機能や健康改善といった、自立を促すという目的がそういう機器にはあるわけです。これが直接的な効果、直接的な利用の目的なわけです。こういったものは、介護費用であるとか医療負担の軽減といった具体的な数値を求めることは、比較的容易であろうと思います。

その中に実は、間接的な効果が生まれてくる。ストレスが下がるといったような、心理的な社会的な効果というものも実はこの中で出てくるわけです。これらの間接的な効果は、経済的効果と結びつきにくい。あるいは数値化が難しいといった問題があります。電動車椅子が欲しい。なぜ?ストレスが下がるから。こういったことを目的に給付制度ができているわけではない。やはり日常生活の自立ということが目的ですので、間接的な効果を主として訴えていくことができるかというと実は難しいわけなのですが、間接的な効果が生み出す経済的な効果みたいなところまで本当は計り得ると、もっと積極的な提言ができていくのではないかな、と思っています。

もう一つ、誰が欲しいかというところです。実は近年、エビデンスベースドのプラクティス、エビデンスベースド・メディスン、エビデンスをベースにした医療とか、エビデンスベースド・プラクティスというのはエビデンスをベースにした実践ですね。リハビリテーションの実践であるとか教育実践というのは、カナダやアメリカからやってきた流れでもあるわけです。それはどこから来るかというと、一つは効率的な運用をしようではないか。障害と機器の適切なマッチングを行うことによって無駄をなくしましょうという、非常に積極的な意義がある。実際に、福祉機器の放棄、給付を受けたのだけれどそれが使われなくて放置される。捨てられるという率が非常に高い。アメリカのある研究によりますと、9割近い機器が放棄される。こんなデータも実はあります。日本でもそうなのですね。皆さん今、福祉機器を安く入手する方法をご存じですか。これ、YAHOO!オークションにけっこう出ているのですね。電動車椅子であるとか、コミュニケーションエイドも出ています。拡大読書器もたくさん出ています。本当に、198,000円もするような拡大読書器が5,000円くらい。これはいったいどこから流れてきているのだろうか。その出所というのは不明なのですが、とにかく誰かが使わなくなったということは確かです。こういったような流れがある。もしこれが、いわゆる給付制度の中で出されたものであったら、これは非常に大きな無駄が、税金の無駄がここにあるというふうに考えます。

もう一つは、評価とか処方機関が適切なサービスを行ううえでのエビデンスが欲しい。これによって、やはりサービスの無駄をなくしましょうということです。

もう一つ、これはどちらかというと行政に対してメーカーが出す形態になるのだろうと思うのですが、給付対象となる適切な機器、この耐久性や信頼性がどうかという評価も今後必要になってくる。これによって無駄をなくしていきましょう。

実は北欧などではこういったデータが非常に強く求められている。北欧というのはどちらかというと、利用することによって効果がどうだというのはあまり議論しない。なぜかというと、そういうものは障害のある人たちの権利である。つまりそういう前提のもと、機器は貸与されるということになっています。ですから逆に行政が欲しいのは、その機器が果たして信頼性があって耐久性があるかという、そういうデータが求められている。

アメリカはどちらかというとこういう機器というのは保険会社によって、保険によってカバーされますので、保険会社が本当に適切にその保険として適用されているかどうか。いわゆる効果の測定ということが求められる。国の制度によってもそのあたりのエビデンスのとらえ方は違ってくる、とご理解いただきたい。

今回我々が行いました研究目的というのは、ここに書いてある通りです。情報技術や支援技術は、障害のある人の利用に関して量的にそれらの効果を示した研究は少なく、その詳細は明らかではない。そのため支援機器利用の評価が曖昧で、支援機器の開発・サポート体制の整備が遅れている。同時に、評価手法が確立されていないので、開発助成、給付制度についての評価が難しく、法制度の中に組み込むための根拠に欠ける。そこで本研究は、支援技術利用の効果を評価する方法の検討を行った。そして科学的根拠に基づく支援技術供給システムのあり方について提言するというところを目的として実施された、ということです。

最初のスライドにもありましたように、この研究というのは、主任研究者が私、中邑なのですが、あとは分担研究者としまして広島大学の巖淵先生、香川大学の坂井先生、それと愛媛大学の苅田先生に入っていただいて、それぞれがさまざまな分野でのエビデンスを収集するということになっています。そのエビデンスを合わせて、今後どういうことが必要だろうかということを提言したいと思っています。

午前中、私中邑が、研究協力者の平林と奥山と一緒にやりました心理的効果・経済的効果の測定についてのお話をしていきたいと思います。何を使っての心理的効果かといいますと、これは電動車椅子とコミュニケーションエイド、これが主とした測定対象となっていますけれど、今回は時間の関係でその一部をお話したいと思います。巖淵先生には海外を含めまして、機器利用の評価を測定する尺度というものを世界から集めてきていただきまして、その辺りをお話いただこうと思います。つまり、海外でのエビデンス利用の情勢というか、そのあたりの話が聞けるでしょう。苅田先生は視覚障害の専門家でありますので、視覚障害者の支援機器利用に対する効果。坂井先生、平林さんが上に移りましたので、肢体不自由者の機器利用が介護者に与える影響の効果。近藤君というのは我々の研究室の研究協力員で、支援技術の導入の効果ということで、我々のところで作っている失語症向けの機器、この効果について話をしてもらおうと思っております。

午後、この辺りをまたお聞きいただければと思います。

最初にお話するのは、筋ジストロフィーの人たちの電動車椅子の利用というものが、どのように彼らの生活に影響を及ぼしているだろうかという、そういうところです。今回、北海道にあります八雲病院という、ここは筋ジストロフィーの患者さんを主として受け入れている病院で、元々国立療養所であった場所です。

この八雲病院というのは日本で最もIT機器活用が入院患者さんに対して行われている病院の一つだろうというふうに思われます。他にも日本でいいますと徳島病院といったようなところも、全ベッドサイドにLANの端子があります。全ての入所者の人たちがインターネットにアクセスできる環境というのを早くから作っておられるところです。そこには、八雲病院には田中栄一さんというIT専任をやっておられるOT、作業療法士さんがおられまして、彼が入所者一人一人のニーズを聞き取って、それに合わせてテレビの設置、テレビリモコン等、環境を制御できる装置を設置している。電動車椅子の導入にも非常に積極的で、早くから電動車椅子の導入を進めている。

筋ジストロフィーの子どもさんたちというのは、次第に筋肉が低下していきますので、ジョイスティックさえなかなかコントロールできなくなるかたもいる。その人たちに対する、今度はまた特別なスイッチ、コントローラ、そういうものの適用をすることも、個人個人に合わせて細かにやっておられるという、そういう病院の人です。この中に我々のスタッフが泊まり込みで入り込みまして、13人、実際には20人近い方の意見を聞き取っているわけなのですが、そういう方々の機器利用のヒストリーというものを伺ってきた。その中で、機器の効果がどのように変化したかというのを数値化しているという、そういう研究を実際に行っているわけです。

実際にどうやって機器利用のインパクトを計ったかというと、一つはPIADS(パイアーズ)と呼ばれる、これはカナダで開発されました、心理的あるいは社会的なインパクトを計る、そういうスケールがあります。それを使ったということと、もう一つは、我々独自のスケールというのを作り上げた。これはどういうスケールかといいますと、筋ジストロフィーの患者さんというのは昔は歩けていたのです。ところがだんだん歩行が困難になってきている。歩けていた頃の自分の能力を100としましょう。次第に歩けなくなっていって、初めて手動車椅子を作るのですが、そのとき実際自分の100だった能力がどこまで低下しましたか、と数値化してもらう。直接数値化してもらうという方法です。手動車椅子によって今度は移動ができるようになったら、移動の効力感はどこまで上がりましたか。手動車椅子も次第に使えなくなっていくわけですけれど、手動車椅子が使えなくなったときに、自分の移動能力というのはどこまで落ちましたか、ということを聞くわけです。ここで電動車椅子の適用がある。今度は電動車椅子に乗ったときに、自分の能力はどこまで回復したか。こういったことを聞くという、そういうやり方で測定をしていきました。