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平成18年度厚生労働科学研究
障害保健福祉総合研究成果発表会報告書

当日資料 巖淵氏資料

支援機器の効果をどのように測定するか

巖淵 守
(広島大学大学院教育学研究科)

1.はじめに

支援技術(AT: Assistive Technology)は、障害のある人や高齢者の自立や活動的な生活を支援する上で大きな役割を果たし、近年、その利用も増えつつあります。できなかったことができるようになることで、それらATの影響力はこれまで高く評価されてきましたが、一方で、それが主観的な評価にすぎない場合も少なくありませんでした。ATをより効果的・効率的に活用してもらうためには、AT利用が何に対してどの程度の効果があるかについて、客観的、定量的にエビデンス(科学的根拠)を示すことが求められます。

2.効果の種類と科学的根拠のレベル

AT利用効果の測定方法を考える上で、効果の種類と、測定データによって導かれた結果の科学的根拠に関する信頼性について理解しておくことが大切です。なぜなら、何を目的としてATが利用されるかによってその効果に期待される内容が変わるからです。ATの利用効果には、大きく分けて(1)物理的効果、(2)心理的効果、(3)経済的効果の3つあり、利用者本人だけでなく、支援者や給付者など、ATに関わるそれぞれの立場や思いの違いによって、それらの重要度が異なります。(1)物理的効果に関するデータとしては、例えば、車いすであれば、利用時の移動距離、平均速度、最高速度、コミュニケーションエイドであれば、全発言数、単語の種類、一分間あたりの平均単語数などの客観的・定量的なデータが考えられます。一方、利用者の機器への満足度、機器を使うことで生じる自尊心など、(2)心理的効果も重要な要素です。国や地方自治体のレベルで考えれば、特に(3)経済的効果が大きなテーマとなるでしょう。

得られたデータの科学的根拠といっても、ある特定の個人から得られたデータと、多数の無作為に抽出された被験者から得られたデータでは、その科学的根拠の信頼性、応用できる範囲が異なります。医療分野を中心に、その違いを表す指標として、科学的根拠のレベルが1から4で定義されています。詳細は他の文献(Reilly,2004;巖淵・中邑、2006)に譲るとして、その概要だけを紹介すれば、従来からの臨床経験に基づいた専門家からの意見やケース研究・報告は、エビデンスのレベルは最低の4でしかなく信頼性が不十分、多重時系列計画と呼ばれるAT利用の有無が交互に繰り返される条件での測定結果をもってはじめてレベル3となり、さらに被験者が無作為に選ばれる条件が付加された測定結果からレベル2となり、レベル2に相当する結果が複数の機関から得られた系統的な結果がレベル1に相当します。つまり、レベルが向上するにつれて、測定条件に要する手続きや規模が拡大します。現在、欧米を中心にレベル3以上の信頼性のあるデータの測定が研究レベルだけでなく、臨床の場でも求められつつあります。

3.効果の測定方法

DeRuyter,Jutai(2002)は、ATに関する測定項目として、快適性、コスト、機能、利用者の能力向上、生活の質(QOL: Quality of Life)、安全性、満足度、健康などをあげ、それらを利用者、介助者、サービス提供者、支払い者の様々な視点から調べる必要性を述べています。ATが短期間のうちに使用されなくなってしまう問題に対して、AT利用の訓練期間における能力向上だけでなく、その後の日常生活や社会参加への効果(QOLの向上、就職など)を目的、評価項目に加えることの重要性を説いています。また、Rossi(1997)の「確認できる形での目標がないプログラムは評価できない」を引用し、目標を明確にしない段階で、安易にデータを取得するツールを使い始めることの危険性を指摘しています。これは、ツールそのものは何の正当性も備えておらず、証明したいことに正当性が付随すること、また、目標が定まっていなければ、ツールが示した結果を誤って解釈してしまう可能性があるためです。測定内容には、現実的かつ測定可能であり、サービスの目標に関連し、サービスによって影響を受ける項目が選択されます。測定の手順として、表1に示される6つのステップがその中で用いることができるツールとともに紹介されています。

トロント大学のATRC(Adaptive Technology Resource Centre)(2006)のチームは、AT評価に用いることのできるツールのリストを公開しています。表1で示された、COPM,OT FACT,MPT,PIADS,QUESTの他に、EATS(Efficiency of Assistive Technology and Services)、LAM(Language Activity Monitor)、SCAI(SIVA Cost Analysis Instrument)等が紹介されています。

表1 ATの評価手順(DeRuyter,Jutai(2002)より、矢印以降は利用可能なツール)

ステップ 内容と利用可能なツール
・臨床、コストに関わる情報を整理する
→チェックリスト、表計算、データベース
・合意の取れた目標を設定
→例えば、カナダ作業遂行測定(COPM: Canadian Occupational Performance Measure)や目標達成スケール(GAS: Goal Attainment Scaling)手法
・機器・システム要件を決定
→例えば、作業療法機能評価編纂ツール(OT FACT: Occupational Therapy Functional Assessment Compilation Tool)の一部、その他各機器特有の性能評価
・利用者・環境・機器の適合性を評価
→例えば、人と技術のマッチング(MPT: Matching Person and Technology)評価
・利用者の期待を検討
→福祉用具心理評価スケール(PIADS: Psychosocial Impact of Assistive Devices Scale)
・結果測定
→例えば、機能的自立測定(FIM: Functional Independence Measure)、福祉用具満足度評価スケールQUEST(Quebec User of Evaluation of Satisfaction with assistive Technology)、福祉用具心理評価スケール(PIADS)
・プログラム内容とサービス提供モデルに合わせて結果を解釈
・コンピュータを用いて履歴を残し、データを集計、傾向を調べる

4.まとめ

現在までのところ、AT利用の広がり、技術発展に伴うATの機能・種類の増加、医療・福祉に対する財政の変化を背景として、AT利用の効果測定がこれまで以上に重要視され、欧米を中心にその研究が進められてきています。日本においても、法制度の改変など、ATを取り巻く状況の変化に合わせて、今後AT利用の効果測定への要求が高まることが予想されます。もとより、利用者を中心に考えれば、科学的根拠に基づいた支援を行うことが望ましいのは言うまでもありません。最近では、これらAT利用効果測定のためのツールの標準化・国際化・電子化を進める動きが活発になりつつあり、臨床現場を含め、より広い範囲での科学的根拠に基づくデータの利用が期待されています。

参考文献

  • Adaptive Technology Resource Centre (2006). Assistive Technology Outcomes, http://www.utoronto.ca/atrc/reference/atoutcomes/ATOTools.html
  • DeRuyter, F., & Jutai, J.W. (2002). Outcome Measurement for Assistive Technology, http://www.ncds.org/rti/ktc/WebcastPage.asp?IDNumber=31
  • Reilly, S. (2004). What constitutes evidence? In S. Reilly, J. Douglas, & J. Oates (Eds.), Evidence-Based Practice in Speech Pathology, 18-34, London: Whurr Publishers.
  • Rossi, P.H. (1997). Outcomes Measurement in the Human Services, 21, In E.J. Mullen & J.L. Magnabosco (Eds), Washington DC: NASW Press.
  • 巖淵守,中邑賢龍 (2006) 支援技術の効果に関するエビデンス(科学的根拠)に基づいた評価~拡大・代替コミュニケーションにおける米国事情を中心に~, リハビリテーション・エンジニアリング, 21(1), 43-52.