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平成18年度厚生労働科学研究
障害保健福祉総合研究成果発表会報告書

当日資料 坂井氏資料

障害当事者の機器利用が介護者に与える影響の検討

坂井 聡(香川大学教育学部)
稲田 勤(高知リハビリテーション学院)
武内 美子(香川大学教育学部)
谷口 公彦(香川県立高松養護学校)

1.目的

様々な機器が障害のある人の生活の質を向上させつつある。しかし、その効果については、障害当事者の機器利用の効果はその当事者の意見に注目が集まりがちであるが、実際には、当事者が気付いていない、あるいは、報告されていないネガティブな側面も存在すると考えられる。特に、機器を使う周囲の人には以下のような影響を及ぼしているものと考えられる。

1つは、機器そのものの操作に関わる介護負担の増加があげられる。重度障害者がテレビやラジオなどの電化製品を利用する場合、自身で設定やトラブルへの対処が出来ない場合があり、介護者の補助無しには利用できない人も多い。機器操作を助けるため障害支援技術の開発が進んでいるが、そのほとんどが完全に自立を補償するには至ってない。

2番目は、支援技術の導入の結果、コミュニケーションが可能になり、介護士への要求が増える可能性もある。例えば、コミュニケーションエイドがあることで、体位交換の要求が明確に伝わるようになり、その結果、介護量が増加する可能性も指摘されている。

3番目は、機器利用にともなう二次的障害の発生と、その結果としての介護負担の増加を危惧する声もある。支援技術の導入により、今まで使っていた部位を使わなくなったり、無理に使ったりするようになることから、場合によっては廃用性萎縮、痛み、姿勢の変形、視力や聴力低下などが生じることも予測される。

今後、機器利用者の増加と、その利用期間が長期化する可能性があり、その結果、生じるマイナス効果については考えていかなければならない課題である。しかし、それがどの程度のものなのかということについては、量的に示した研究は少なくその詳細な実態は明らかではない。そこで、本研究では、ナースコール(以下NCと記述)、パソコン、携帯電話、テレビ、ラジオの利用が介護者にどのような影響を及ぼしているのか定性的に明らかにすることを目的とする。

2.方法

研究協力者は香川県の身体障害者療護施設A園(入所定員100名、通所定員20名)の介護士49名と高知県の身体障害者療護施設B園(入所定員50名)の介護士16名である。

アンケートでは、ITや支援機器などの導入が介護にどのような影響を及ぼしているのかを量的に明らかにするために、介護士に負担及ぼすと想定される場面について、現状と今後予測される2つの方向から聞き取りを行った。

現状で、介護への影響を及ぼしている可能性のあるものとして(1)機器の設置や再調整の依頼(2)頻繁なコールなど過度な機器の利用(3)機器利用マナーによる対人関係トラブル(4)身体的変調への対応を想定し、それぞれへの経験の有無について「ある・ない」で尋ねた。また、介護士が将来影響を及ぼす要因となるであろうと考えるものについては、(1)人間関係やマナー等のトラブルの心配(2)機器利用の伴う健康不調などの二次障害を想定し、「ほとんどない、あまりない、どちらともいえない、少しある、しばしばある」の5段階尺度を用いて尋ねた。さらに、それ以外の介護士の感想や意見も反映させるために、自由記述の欄も設けた。

3.結果および考察

介護士へのアンケートの回収率はA園が100%、B園が76.2%であった。アンケートの質問項目のうち機器利用の現状の影響については、そのように感じている介護士の人数の割合を求めた。また、今後予測される影響に関しては、ほとんどない=1点、あまりない=2点、どちらともいえない=3点、少しある=4点、しばしばある=5点として平均と標準偏差を求めると同時に、各得点分布を描いた。自由記述の内容は、製品の問題、人的環境の問題、物理的環境の問題、その他の4項目で整理した。

NCを必要と考えられない場面で繰り返し押された経験があると回答した介護士は約97%、であり、多くが指摘するNCの頻繁な利用を裏付ける結果となった。しかし、本調査を実施した施設でなぜNCが押されるのかその原因は明らかにされていない。実際に利用者が間違って押してしまった結果なのか、意図的に頻繁に押したのかは明らかでないが、いずれにしても、そのことに介護時間が割かれていることに変わりない。肢体不自由療護施設においては不随意運動のある人もおり、NCへの誤入力があっても不思議ではない。重度障害のある人に対してはNCを押し易いように改造が行われている場合もあり、それがさらに誤入力を増加させる結果を生んでいるとも考えられる。こういった誤作動を生み易いというNCの性能上の問題でその利用が制限される場合も考えられる。また、NCの故障に対する対応では約71%の介護士が対応を経験していると回答している。自由記述の中には、「利用者によっては故障が多い人がいる」という回答があった。利用者によって故障の頻度に違いがあるということである。すでに完成形のように考えられているNCの限界を再認識し、改良の努力を働きかけていく必要がある。

テレビに関して、夜遅くまで見たいと訴えてきた利用者を経験している介護士が、全体の約54%であった。また、チャンネルの変更依頼を経験した介護士は全体の約71%であった。多くの介護士がチャンネル変更の依頼を受け、これが物理的な負担につながっていると思われる。ここでは、音量調整やチャンネルを当事者自らが変更できるようにする必要性が見えてくる。テレビが原因で体への負担のある利用者がいると回答した介護士は全体の約71%であった。多くの利用者が、テレビを見ることが体の負担につながっているようである。体の負担が大きくなると、介護士の負担も増える。しかし、高度に情報化された社会では、テレビからの情報は必要であり、見ないようにするという解決策は考えられない。テレビを利用しやすくするための工夫について考えていく必要がある。マナーでトラブルになった利用者がいると回答した介護士は全体の約39%であった。自由記述の回答には、「テレビのスイッチをつけるだけでは困る」というものがあった。テレビはその利用頻度の高さから多くの介護士が影響を受けている。利用頻度が高いからこそ、何らかの工夫によって、介護士の負担を少なくできる可能性がある。

ラジオに関しては、夜遅くまで聴きたいと訴えられた経験がある介護士は全体の約21%、周波数変更の依頼の経験がある介護者が全体の約20%、体への負担になっている利用者がいると回答した介護士が約8%、マナーが原因でトラブルになった利用者がいると回答した介護士が14%であり、いずれの割合も低い、現状ではその利用に対し介護士の負担が増えているとは考えにくい。しかし、周波数の変更などは、当事者が調整することができるような技術の導入で、少しではあるが介護士の負担を少なくすることができると考えられる。

パソコンに関して、パソコンの操作について尋ねられた経験のある介護士が全体の約44%であった。半数近い介護士がパソコンの操作について尋ねられた経験をしている。パソコンの操作についての知識の有無で、負担は大きく変わってくるものと思われる。また、体への負担のある利用者がいると回答した介護士は全体の約21%であった。まだパソコンは重度の身体障害者に対して十分にいきわたっていないことを考えると、今後、体への負担を訴える利用者は増えるものと思われる。パソコン利用の実態を把握し、支援技術の導入が必要な場面を考えていくことが今後必要である。不適切なサイトへのアクセスによるトラブルがあった利用者がいると回答した介護士は全体の約7%であり、割合としては少なかった。少ない人数ではあるが、トラブルに巻き込まれた人が実際にいるということである。トラブルへの対応は、当事者一人で解決できないことが多いと考えられるので、対応する介護士の負担を増加させることにつながる。また、利用者のプライバシーにもかかわる問題であるので、対応を検討する必要がある。

携帯電話に関しては、充電の依頼があると回答した介護士は全体の約20%で、マナーによるトラブルがあると回答した介護士は全体の約23%であった。不適切なサイトへのアクセスによるトラブルがあると回答した介護士は全体の約16%であり、パソコンに比べて不適切なサイトへのアクセスによるトラブルが多かった。現状では、携帯電話の導入が介護士の負担を増やすことにはつながっていないようである。しかし、今後、携帯電話が重度の身体障害のある人の生活のなかに浸透していくことが予想され、介護士の負担が増えていく可能性は否定できない。使いやすい携帯電話の工夫も今後課題になると思われる。

次に介護士が将来影響を及ぼす要因となるであろうと考えるものについてである。テレビに関しては、体への負担が心配であると回答した介護士で、4点、5点をつけた人数を合わせると、全体の約68%であった。また、マナーによるトラブルの心配も4点、5点をつけた介護士は全体の約59%あった。将来影響を及ぼすと考えている介護士が多いことがわかる。体への負担については、その利用方法で解決できる問題である。自由記述に「フィッティングできる職員が必要」というものがあったが、テレビの操作に関して、適切なアセスメントに基づいたプランをたて、実行できるならば、将来への不安も軽減されるものと思われる。

ラジオに関しては、体への負担が心配であるという質問の項目で1点、2点をつけた介護士は全体の約76%であった。マナー面についての質問で1点、2点をつけた介護士は全体の約79%であり、心配している介護士はあまりいない。

パソコンに関しては、体への負担が心配であると回答した介護士で、4点、5点をつけた人数を合わせると、全体の約27%であった。また、不適切なサイトへのアクセスによるトラブルが心配であるという項目で、4点、5点をつけた介護士は、全体の約21%であった。パソコンのサポートについて尋ねた回答で、4点、5点をつけた介護士は全体の約44%であった。約半数の介護士がパソコンのサポートが不足していると感じていた。サポートが充実するならば、介護士の負担が少なくなることが予想される。

携帯電話に関しては、体への負担が心配であると回答した介護士で、4点、5点をつけた人数を合わせると、全体の約18%であった。体への負担はあまり心配にならないということである。また、マナーの面で心配であるという質問で4点、5点をつけた介護士は全体の約35%であった。不適切なサイトへのアクセスによるトラブルが心配であるという項目で、4点、5点をつけた介護士は、全体の約46%であった。特に、個人情報の保護や、インターネットのアクセスについても、安心してサポートすることができる仕組みが必要になってきている。

以上のような結果をもって、利用者の機器利用が介護士の負担を増やしたといえるだろうか。結果からは、機器をただ単に導入しただけでは、負担が増えることもあることが示唆された。しかし、これは、機器利用の直接の結果だとは考えられない。なぜならば、テレビのチャンネル変更の依頼などの負担は、支援技術の導入で軽減される可能性があるからである。つまり、支援技術等に関する知識や理解が介護士の間で十分に浸透していないことも、介護士の負担を増やしている一因として挙げられるということである。このような場合、機器利用に際して、介護士がその負担の軽減を実感できれば、機器利用への抵抗も少なくなると考えられる。負担の軽減を実感することができるようにするためには、自由記述の回答にあるように、支援技術についての知識をもち、その導入に対応できる職員の存在も必要になるであろう。現在、支援技術に対応できる人材がいないことが原因で、負担軽減の実感につながらないために、その結果として、負担が増加していると感じるのではないかと思われるからである。