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平成23年度厚生労働科学研究費補助金
障害者対策総合研究推進事業(身体・知的等障害分野)報告書

重度障害者用意思伝達装置の販売とサポートの体制に関する研究

丸岡稔典
国立障害者リハビリテーションセンター研究所

1.はじめに

認知・意識面に問題がないにも関わらず,発話・発声による意思伝達ならびに指先動作等を通じた書字や文字入力による意思伝達の両方が困難な場合,一般的な方法を用いて自らの意思を他者に伝達することができない。例えば,進行性神経筋疾患である筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,病気の進行により患者の95%は自然な発話によりコミュニケーションニーズを満たすことができなくなることが指摘されおり[1],また指先動作等も困難となる。しかし,介助者が50音を読み上げる口文字盤,透明文字盤,さらに意思伝達装置に代表されるようなコミュニケーション機器を用いることにより,意思伝達を維持することが可能である[2]。近年,医療技術や福祉施策の発展により在宅で生活する重度身体障害者が増加しており,その療養生活を支える上で,また社会参加を促進する上で,コミュニケーション支援の重要性は増している[3]

中でも,重度障害者用意思伝達装置(以下意思伝達装置)は,初対面の相手や遠隔地にいる相手に対しても簡易に意思を伝えることが可能な機器であり,発話や一般的な方法での機器操作が困難な重度障害者にとって欠かすことのできないコミュニケーションの一手段となっている[4]。意思伝達装置は2006年より日常生活用具から補装具費給付制度対象機器に移行し,「ソフトウェアが組み込まれた専用機器及びプリンタで構成されたもの,もしくは生体現象(脳の血液量等)を利用して「はい・いいえ」を判定するもの」と規定された。実際には「パソコンを主要なハードウェアとしてソフトウェアを組み込んだ機器もある[5]。同制度のもとで2010年度には新規に471台が給付されている[6]

しかし,日本リハビリテーション工学協会の調査では,意思伝達装置の給付を受けたにも関わらず「現在利用していない」と回答した者は15.2%存在しており[7],機器の継続使用に課題が残されている。さらに,意思伝達装置の利用にあたり支援が必要と回答した人が58.4%であったのに対し,実際に支援を受けている人は45.5%であった。意思伝達装置は,一般の福祉機器と異なり,機器を利用するためにさまざまな支援を必要とする人は多いがその支援は不十分な状況にある。したがって重度身体障害者に対するコミュニケーション支援を考える上で,機器開発のみならずそのサポート体制も併せて検討する必要がある。

上記調査よると,サポートを担っている者・機関として一番多い回答はリハ職(35.2%)であったものの,第二位としてボランティア(15.8%)が挙げられていた。意思伝達装置の利用のサポートは,その先進的地域では,これまでその傍にいる個々の技術者や専門職の自発的な意思によりなされてきた部分が大きい[8],[9]。しかしサポートに当たりあらかじめ,無償のボランティアを当てにすることに対する疑問も指摘されている[10]。他方で,その他の多くの地域では,その対価が十分に得られないまま販売事業者の善意によりサポートが実施されている現状も存在する[11]。自発的な意思によるサポートは現在も必要でありかつ重要であり続けている。しかし,こうした人称的なサポートは,意思伝達装置の製品化の進展や補装具費給付制度への移行などの中でその利用者が拡大するにつれて,サポートを拡大することが限界となりつつあり,また地域間格差の温床ともなりやすい。持続可能な意思伝達装置の給付と利用の体制を構築する上では,無償のボランティアに依存した現行のサポート体制を見直す必要がある。

意思伝達装置のサポート体制については井村による一連の調査研究[12]があるものの,実際に利用者へ販売やサポートを実施している事業者や団体の状況を詳細に検討したものは少ない。そこで本研究では意思伝達装置の継続利用が可能となるような持続可能な給付制度の在り方を検討するために,サポートを実施している団体と販売事業所への調査を実施し,現在の意思伝達装置の継販売とのサポート体制の実情と課題を明らかにする。

2.方法

A.重度障害者用意思伝達装置のサポート団体に対する調査

2010年から2012年にかけて重度身体障害者に対するコミュニケーションのサポート活動を行っている17団体を対象として調査を実施した[表1]。12団体には1対1の対面形式の聞き取りを,2団体についてはグループインタビューでの聞き取りを,3団体に対しては電子メールによる調査を実施した。併せて補足的に団体が発行している機関誌等の関連文献などの情報収集も実施した。本研究で取り上げるサポート団体とは,ALS患者等の重度身体障害者を対象とし,意思伝達装置の販売とは別に,機器の貸し出しや操作,スイッチ適合などのサポートを行っている機関や団体である。こうした団体の全国的なリストが存在しないため,調査対象は地域による偏りを排除しつつ,サポートが進んでいる地域の主要な団体を中心として,関連文献[13],[14]を参考に選定した。

調査項目は,1)団体の運営体制,2)サポート実績と内容,3)他機関との連携状況,4)活動の課題,等である。

表1 調査協力団体の概要

ID 場所 組織 意思伝達装置関連事業 運営 主な支援者
A 関東 社会福祉法人 地域支援センター事業・ブレースクリニック 公費 OT,エンジニア 公的機関型
B 関東 県立機関 訪問相談事業 公費 OT,保健師
C 九州 県立機関 更生相談業務・地域リハビリテーション事業 公費 PT,OT,ST
D 関東 国立機関 シーティングクリニック 公費 PT,OT,ST,エンジニア
E 北海道 NPO 販売事業・ITサポートセンター事業 販売差益 非専門職 販売事業者型
F 東北 NPO 販売事業 販売差益委託費 非専門職
G 関東 県立機関 販売事業・機器貸出事業 公費 PO
H 関東 株式会社 販売事業・機器貸出事業 販売差益/財団・患者団体事業受託金 エンジニア
I 近畿 株式会社 販売事業・機器貸出事業 販売差益/県事業受託金 非専門職
J 近畿 患者団体 販売事業 会費/販売差益/助成金 OT,エンジニア
K 中部 国立大学法人 ITサポートセンター事業 市事業受託金 エンジニア 事業受託型
L 中部 NPO 在宅難病患者療養応援員事業・機器貸出事業 県事業受託金 PT,OT,ST
M 近畿 NPO 意思伝達装置使用サポート事業 県事業受託金 非専門職
N 近畿 任意団体   自己負担 非専門職 ボランティア型
O 九州 任意団体   会費 非専門職
P 九州 患者団体   会費 非専門職
Q 九州 任意団体   自己負担 PT,OT,エンジニア

B.重度障害者用意思伝達装置販売事業者に対する調査

2011年から2012年にかけて重度障害者用意思伝達装置を販売している65事業所を対象として郵送質問紙調査を実施した。販売事業者全体を網羅するリストが存在しないため,Web Site上で公開されている情報や有識者への聞き取りをもとに調査対象を選定した。調査対象を事業者ではなく,事業所単位としたのは,事前の聞き取りで,事業所単位で集計がされているとの意見を得たためである。なお,一部の事業所に対しては電子メールにて調査票の発送と回収を行った。

有効回答17票(回収率 26%)を得た.調査項目は 1)事業所概要(法人格,取扱品目,従業員数,事業対象地域),2)サポートの内容と実績,3)販売事業の実績,4)販売とサポートについての意見,である。この他補足的に販売事業者への聞き取りを実施した。

(倫理面での配慮)

販売事業者に対する調査の実施に当たり国立障害者リハビリテーションセンター倫理委員会の承認を得た。調査実施に当たりプライバシーの保護やインフォームドコンセントに十分配慮した。調査票への回答は無記名で返送してもらい、回答をもって調査に協力する承諾とみなした。

3.結果

A.重度障害者用意思伝達装置のサポート団体に対する調査結果

(1) 運営体制

各団体の運営体制[表1]から,今回調査を行ったサポート団体は4つの型に分類された。

1番目は公的機関型である。このタイプは,県の更生相談所や社会福祉法人が指定管理者として運営するリハビリテーションセンター(A)等で,その常勤職員が業務の一部としてサポートを実施していた。関与しているスタッフは,理学療法士(PT),作業療法士(OT),言語聴覚士(ST)などのリハ専門職が多かった。これらの団体は公費によって運営されており,事務所や備品等はその施設のものを利用していた。2番目は販売事業者型である。このタイプは,重度身体障害者のコミュニケーションサポートを行う過程で,販売事業を開始した団体(E,F,H,J)と既存の事業者が意思伝達装置の販売を行う過程で別途事業を受託し,サポートを行っている団体(I)があった。基本的に仕入れ価格と販売価格の差益をサポートの費用としており,この他地方自治体より機器貸出事業の委託を受ける団体(H,I)もあった。このタイプでは,非専門職によりサポートがなされている団体(E,F,I)が中心であった。3番目は事業受託型である。このタイプは意思伝達装置の販売事業は行っておらず,機器貸出事業など各都道府県や市区町村で独自に実施している意思伝達装置サポートに関わる事業のみを受託する形で活動していた。事業受託金でサポート費用を賄っているが,自治体の施設などを事務所として活用している団体(L,M)もあった。

4番目はボランティア型である.このタイプは任意団体として自主的にサポート活動をしており,その費用は会費等の自己資金で賄っていた。そのため,活動に制約が生じている場合もある.このタイプでは,多くの団体(N,O,P)で非専門職によりサポートがなされていた。

(2) サポートの実績と内容

各団体が行っているサポートの実績と内容は[表2]の通りである。

サポート実績では,公的機関型のうち県レベルの団体(A,B,C)では年間30名程度のサポートがされていた。販売事業所型では,5団体中3団体が200回以上の訪問によるサポートを実施していた。ボランティア型では4団体中3団体は年に数名,数回の訪問に留まっていた。

意思伝達装置の継続利用のために実施されているサポートの内容として,導入前には情報提供,機器デモ,スイッチ適合,スイッチ製作,機器本体の設定,デモ機貸出し,機器操作指導が,導入後には機器本体の設定,機器操作指導,身体状況の変化に伴うスイッチの再適合,製作,本体故障の対応などが存在した[表2]。公的機関型の団体はスイッチの適合・製作を中心に行う傾向があるのに対し,販売事業者型は導入前から導入後まで一貫してサポートを行っている様子がみられた。また,同地区のCとOでは,公的機関であるCが機器導入時のスイッチ適合等を実施し,ボランティア団体であるOが機器の操作指導に力点を置く,などの実質的には役割分担がなされている場合がみられた。

サポートの対価としての利用料についてみると[表3],利用料を利用者から徴収している団体はほとんどなかった。徴収している団体からは,実際には徴収できないことが多々あるとの指摘がなされた。また,一部の団体(A,D)は病院の保険診療の中で実施していた。

表2 サポート実績とサポート内容

ID 訪問サポート実績 主なサポート内容
A 33名※1 情報提供・機器貸出・スイッチ適合・スイッチ製作
B 年間30名程度 情報提供・スイッチ適合・スイッチ製作(スイッチの設定はするが,パソコンの設定はしない方針)
C 35名(99回)※2 情報提供・スイッチ適合・機器貸出し・故障時対応
D 8名※4 情報提供・機器貸出し・スイッチ適合・スイッチ製作・機器設定・操作指導(シーティングの中で実施,地域にでるのは難しい)
E 38名※1 スイッチ適合・操作指導(スイッチの改良がメイン)
F 33名(216回)※3 機器貸出し・スイッチ適合・機器設定・操作指導・故障時対応(更生相談所から機器導入を考えているので支援も含めてやってほしいと言われる)
G 227回※2 機器貸出し・スイッチ適合・機器設定・操作指導・故障時対応(機器の貸出と相談が多い)
H 120名(600回)※3 機器貸出し・スイッチ適合・スイッチ製作・機器設定・操作指導・故障時対応
I   機器貸出し・スイッチ適合・機器設定・操作指導・故障時対応
J 50回前後 デモ・機器貸出し・スイッチ適合・機器設定・操作指導・故障時対応
K 98回※2 機器貸出し・スイッチ適合・機器設定・操作指導
L 75回※5 機器貸出し・スイッチ適合・機器設定
M 20名(36回)※3 デモ・スイッチ製作・スイッチ適合・操作指導
N 7~8名 スイッチ製作・スイッチ貸出・機器設定・業者紹介(ナースコールの改造の需要が多い)
O 4名(4回)※2 導入機器の設定・操作練習・故障時対応
P 62回※3 機器貸出し・スイッチ適合・操作指導
Q 2名(3回)※3 機器貸出し・スイッチ製作・操作指導・業者紹介

※1:08年度実績,※2:09年度実績,※3:10年度実績,※4:08年から10年度実績,※5:11年度4から10月実績

表3 利用料(団体数)

無料 無料(会員対象) 保険診療または無料 有料(交通費) 有料(4000円/時間)
11 2 2 1 1

(3) 他の機関との連携状況

複数回答によりサポートの依頼を受ける機関・人を尋ねた結果([表4]),17団体のうち9団体が患者もしくは患者家族から依頼を受けていた。また,8団体が病院を,7団体が保健所・保健師を挙げており,両機関がサポートの入り口となっていることがうかがえた。

各団体のリハ専門職及びパソコンボランティア(以下パソボラ)に対する意見や連携状況を整理すると[表5]のようになる。なお,[表5]の中には専門職やパソボラ団体が自身の活動について言及している意見も含まれている。

リハ専門職に関しては,団体内にOTがスタッフとしている場合の他,リハ専門職と連携している団体や連携を期待する団体が多かった。その中で,OTが支援の中心として位置づけられていた。実際の連携はスイッチの適合や訪問リハ時の機器操作練習などでなされていた。リハ専門職に対する期待としては,スイッチの適合など体に関する部分が指摘されていた。ただし,現状では意思伝達装置についての知識が不足しているリハ専門職もおり,連携の障壁となっていた.また,訪問リハの時間に,本来の目的とは異なる意思伝達装置の支援の時間とすることに抵抗を感じている団体もあった。

パソボラに関しては,リハ専門職と比較すると各団体との連携は少なかった。実際の連携は機器の操作練習,ソフトウェアの導入などでされていた。また,期待される役割としてもパソコンの設定やフリーソフトの導入などソフトウェア部分が指摘されていた。しかし,パソボラに依存することには否定的な意見も出されていた。パソボラの問題点としては,人的な面や金銭的な面から継続した支援が難しいこと,問題が生じたときの保障が不十分なこと,意思伝達装置の利用支援に当たっては一般的なパソコンについての知識のみならず,医療的知識や技能,意思伝達装置そのものに対する知識が必要となることが,その理由として挙げられていた。

また,この他,難病相談支援センターや介護実習・普及センターなどと連携しながら支援を実施している団体も存在した。

表4 サポートの依頼元(団体数)

販売店 患者家族・患者 患者団体 保健師・保健所 病院 行政機関 その他
2 9 2 7 8 5 8

表5 リハ専門職とボランティアとの連携状況と期待する役割(複数回答)

  リハ専門職 パソコンボランティア
連携状況 ・当該団体にOTが在籍(7団体)
・訪問リハと連携(3団体)
・スイッチの適合等で連携(3団体)
・OTからの依頼も多い(1団体)
・何らかの形で専門職と連携(3団体)
・当該団体がパソコンボランティア(パソボラ)として活動(1団体)
・機器操作練習を依頼(2団体)
・ソフトウェアの導入サポート(1団体)
・その他協力依頼(1団体)
期待される役割 ・スイッチの適合・製作・評価
・体の評価
・パソコンの設定
・フリーソフトの導入
課題 ・意思伝達装置の知識が不足
・体の評価をするOTは少ない
・OTが意思伝達装置を試す機会が少ない
・意思伝達装置に詳しい専門職の養成が必要
・人的・経済的な面で長期・継続的なサポートが難しい
・一般的なパソコンの知識以外に意思伝達装置や医療に関する知識が必要
・問題が起きたときの保障が不十分

(4) 活動の課題

各団体が抱えている活動の課題及び現行の意思伝達装置のサポート体制の課題として,経済・運営,人材,ネットワークの3つの側面が指摘されていた。まず,販売事業者ならびに事業者と連携してサポートを実施している団体から,サポート費用を利用者から徴収しにくいこと,公的制度ではサポート費用がみられていないこと,販売事業の利益だけではサポート費を賄えないことが指摘され,またそれらの要因が重なり意思伝達装置の販売事業者が少ないことも指摘されていた。この他,遠隔地へのサポートの負担が大きいこと,サポートに関する課題として,支援者及び利用者の機器の習熟のための予備機器を保有する余裕がないこととが挙げられていた。次に人材面では,多くの団体でサポートをできる人が限られているため,人材の育成の必要が指摘されていた。とりわけリハ専門職への情報提供や教育が課題とされていた。続いてネットワーク面では,医療機関,リハ専門職,行政などへの情報提供やそうした機関との連携の必要性が指摘されていた。

B.重度障害者用意思伝達装置販売事業者に対する調査結果

(1) 意思伝達装置の販売の実態

回答事業所が販売事業の対象としている地域[表6]から,ほぼ全国の事業所から回答が得られたことがうかがえた。

2010年度の各事業所の補装具としての意思伝達装置本体の販売台数[表7]の合計は87台であり,これは2010年度の全国における補装具としての意思伝達装置本体の総給付数471台の約18%を占めていた。

表6 事業所の販売対象地域(事業所数)

全国 北海道 東北 関東 中部 近畿 中国四国 九州 沖縄 無回答
2 2 3 3 1 2 0 2 1 1

表7 補装具としての意思伝達装置の販売台数(台)

伝の心 レッツチャット オペレートナビ マクトス その他 合計
60 7 12 8 0 87

(2) 事業所による利用者へのサポートの実態

意思伝達装置の導入前後に事業所が実施している利用者へのサポートの実態は[図1]のとおりである。7割以上の事業所が機器の導入前後わたり,事前説明・スイッチ選定・デモ機貸出・機器設定・操作指導・故障時対応等のサポートを実施していた。

また、事業所に,当該事業所以外で利用者へのサポートを実施していることを知っている機関について尋ねた[図2]。結果,実施している機関を知らないと回答した事業所が多かった。実施している機関としては訪問リハ,難病相談支援センター,更生相談所などが多くなっていた。サポートの内容別では,適合場面においては,更生相談所,訪問リハ,病院/施設セラピスト等の公的機関などのリハ専門職の関与が多くなっていた。

サポートのための年間の総訪問回数は中央値39回(0~600回),実サポート人数は中央値8.5人(0~120人)であった[図3]。事業所の1人当たりの年間サポート回数(総訪問回数を実人数で除した値)は中央値4.4回/年(1.1~10回/年間)であった。年間の販売台数1台あたりの実サポート人数(実サポート人数を販売台数で除した値)の中央値は2.5(0~5.5)となり,多くの事業所で販売台数以上の人にサポートを実施している,つまり購入後1年以上後も継続的サポートをしている様子がうかがえた。

各事業所が推計する1回のサポートに要する費用について尋ねたところ,中央値9,000円(3,000円から16,000円)であった[図4]。他方で,サポートの実施にあたり利用者から徴収している料金についてみると,料金を徴収している事業所は4か所のみであり,12事業所が無料でサポートを実施していた。また,徴収している金額は3,500円前後が多かった[表8]。これらのことから,事業所は利用者からサポート費用を十分に回収できていない様子がうかがえた。

図1 利用者へのサポートの実施状況
図1 利用者へのサポートの実施状況図1の内容

図2 事業所以外でサポートを実施ししている機関
図2 事業所以外でサポートを実施ししている機関図2の内容

図3 サポート実績
図3 サポート実績図3の内容

図4 サポートに要する費用
図4 サポートに要する費用図4の内容

表8 事業所の徴収している料金(事業所数)

無料 有料 無回答
3000円/回 3500円/90分 4000円/時間 操作説明(4時間まで無料)3150円/時間
12 1 1 1 1 1

(3) 意思伝達装置販売事業の収益

事業所ごとの収益状況について,回答の得られた事業所のみを抽出し,推計した[表9]。結果,販売差益(販売価格から仕入れ価格を引いた値に意思伝達装置全体の販売台数を乗じた値)の意思伝達装置販売収入(販売価格に意思伝達装置全体の販売台数を乗じた値)に占める割合は11~27%であった。また,販売差益から推計サポート費(サポートに要していると事業所が推計した費用)を引いた金額が意思伝達装置販売収入に占める割合は-39%から9%であり,少なくとも3事業所は推計サポート費が販売差益を上回っていた.これらの事業所では,他の事業の収益や助成金の活用等により,赤字を補てんしていると考えられる。

表9 意思伝達装置販売事業の収益

ID事業所 A B C D E F G
本体販売台数(台) 21~30 11~20 1~5 1~5 6~10 6~10 11~20
サポート実人数(人) 101以上 21~100 1~2 21~100 3~10 21~100 11~20
販売差益((販売価格-仕入れ価格))×台数)/意思伝収入(販売価格×台数) 0.27 NA 0.15 0.11 0.18 0.16 NA
推計サポート費/意思伝収入 0.28※ 0.36 0.06 0.22 NA 0.55 0.11
(販売差益-推計サポート費)/意思伝収入 -0.01※ NA 0.09 -0.11 NA -0.39 NA
意思伝達装置収入/総収入 0.87 0.58 NA NA NA 0.15 NA

※4000円/時間の料金を利用者から徴収しているため推計の際サポート費用からその分を除した
 NAは未記載箇所があるため計算不能箇所能

4.考察

(1) 意思伝達装置を利用に必要なサポートの内容

本研究で実施した,重度障害者用意思伝達装置のサポート団体への調査結果から,意思伝達装置を継続的に利用するため。導入前には制度紹介,機器デモ,スイッチ適合,スイッチ製作,機器本体の設定,デモ機貸出し,機器操作指導が,導入後には機器本体の設定,機器操作指導,身体状況の変化に伴うスイッチの再適合・製作,本体故障の対応など,多様なサポートがなされていた。また,意思伝達装置販売事業者は上記の意思伝達装置導入前後のサポートの中核を担っていることが示唆された。

続いて,意思伝達装置販売事業所への調査の結果から,回収率からするとサポートに力を入れている事業所に回答が偏った可能性があるものの,7割以上の事業所が納入前後に上記サポートを実施していた。また,訪問サポート実人数が本体販売台数を上回ったことから,サポートが購入年度を越えて長期的なものとなっていることが推察された。

これらの結果から,重度身体障害者が意思伝達装置を利用する上では,単に機器が給付されるのみならず,多様なサポートが継続的になされる必要があること,および現状においてこうしたサポートの中心が事業所であることが示唆された。

意思伝達装置は大まかに,1)意思を表示(文章や要求項目の表示,発声)する本体・ソフトウェア部分と2)利用者の身体と本体をつなぐスイッチ等のインターフェース部分から構成される。第一に,現在の意思伝達装置の一部は,直接的な意思表示機能に留まらず,ドキュメントファイルの作成,読書,テレビや照明の操作などの環境制御やインターネットへの接続を通した電子メールやスカイプ等の複雑な機能を有している。これら機能を利用するためには,機器を単に給付するのみならず機器の設定や操作練習がより必要になる。さらに,重度身体障害者の場合,その行動に大きな制約を抱えるため,上記機能の使用が療養生活の充実や社会参加に大きな影響を及ぼすことになる。そのためこれら機能に対する需要が一定程度存在している[4]。第二に,意思伝達装置の主な利用者であるALS等の進行性難病患者の場合,随意動作可能な身体部位が限られるため,入力スイッチの適合については身体に関する専門的知識を必要とされることが多い。また疾患の進行により身体機能が時間的に変化するため,給付後のスイッチの再適合や再評価が必要となることが多い。さらに,意思伝達装置の給付判定においては利用者の操作能力が判断材料の一つとなるため,導入前に利用者が機器の操作に習熟できるよう,一定程度機器を貸出し,試用することも必要とされている。

(2) 意思伝達装置利用のサポート費用を巡る課題

二つの調査の結果から,意思伝達装置事業者が意思伝達装置のサポートを実施するに当たり,利用者から費用を徴収しにくい様子がうかがえた。

また,サポート団体への調査では,仕入れ価格と販売価格の販売差益でサポート費用を賄うことに限界があるとの指摘があり,他の助成金等を活用することでサポートを継続している団体もみられた。事業所への調査結果からは,少なくとも3事業所でサポートに要する費用が販売差益を上回っていることが推察された。これらの団体では助成金の活用や他の事業収入で超過分を賄っていると考えられる。サポート団体への調査結果からは,意思伝達装置の販売が事業として成立しにくい,扱う事業所が増えないとの指摘がみられたが,上記のようなサポート費の発生に伴う,利益の圧迫がその一因であると考えられる。長期的な視点に立つと,上記のような意思伝達装置事業者が事業として意思伝達装置の販売を行うことが困難な状況は,意思伝達装置の安定的な給付と利用者の継続的な使用を困難にする危険性がある。

厚生労働省内に設置されている補装具評価検討委員会による検討[15]では,意思伝達装置の粗利率は補装具の他の種目と比較して概ね遜色のない水準であるため,基準価格の改定を行わないとされている。しかし,本調査の結果からは,意思伝達装置は販売のみにとどまらず,その前後により多様なサポートが必要となる機器であること,そのサポートの中核を担っている意思伝達装置販売事業所ではサポートに関する費用を利用者からおよび販売差益から回収することが困難な状況にあることが推察された。

本研究で実施したサポート団体への調査は調査対象が限定されており,また販売事業所への調査は,全事業所を対象としておらず,また回収率が低かったことから,その結果と国的実態に相違が存在する危険性がある.したがって意思伝達装置の安定的な給付ならびに,サポートを検討する上で,サポートをどのように実施すべきかの議論と併せつつ,現在の販売事業者の販売とサポート内容及び収支の実態についてより詳細な調査を実施する必要がある。

(3) 意思伝達装置利用のサポートをめぐる多機関の連携

サポート団体への調査の結果から,販売事業者のみならず,公的機関,地方自治体の事業受託組織,ボランティア団体等,多様な団体が連携しつつ,意思伝達装置のサポートを実施している状況が把握された。とりわけ公的機関に所属するリハ専門職等は適合等に大きな役割を果たしていた。また,地方自治体や財団が独自に意思伝達装置貸出事業や利用サポート事業を行っていることが把握された。

また,販売事業所への調査結果からも多様な機関がサポートを実施している様子が確認された。併せて適合場面においては,公的機関などのリハ専門職の関与が多くなっており,公的機関のリハ専門職等が適合等に大きな役割を果たしていることも確認された.これらは。現行の補装具費給付制度における,販売事業者のサポート実施の困難部分を代替する役割を担っているといえる。

しかし,販売事業所への調査結果は,サポートを実施している機関を知らないとした回答も多く,地域によりサポートを行う機関に偏りがある可能性がある。上記のサポートの多くが,地方自治体や各団体の独自の判断によりなされていることから,井村[12]も指摘しているように現行の意思伝達装置のサポートについて,一定程度の地域間格差が生じていることが予測される。

(4) 今後のサポート体制の整備に向けて

意思伝達装置の継続利用には,導入前から導入後まで継続的に多様なサポートが必要とされており,それらは利用者の社会参加を支える上で重要な役割を果たしている。現行制度でこうしたサポートを販売事業者のみに任せることは金銭的にも技能的にも困難である。他方でサポートに関与する人材の不足,育成の難しさも指摘されていた。

今後のサポート体制の整備を図る上で,一つの可能性として公的機関の専門職,事業者,技術支援者によるサポートの役割分担が考えられる。先進的地域ではサポート機関の紹介等で保健師の関与が,スイッチの適合等でOT等のリハ専門職の関与がなされおり,サポートの窓口として保健所が,スイッチの適合・再適合に関して公的機関に所属するリハ専門職が関与する仕組みの構築が検討されるべきである。また,現行のパソボラは,人的・金銭的な面で活動の継続性に課題を抱えており,また,知識や技能の習得の必要性が指摘されていた。こうした課題は,サポートを機器の設定や操作訓練などのソフトウェア部分に限定した上で,事業委託による金銭的な面の安定ならびに研修機会の整備による技能の向上を図ったうえで,技術的支援者として派遣を実施することで一部解決するものと考えられる。併せて,難病相談支援センターや介護実習・普及センターなどもサポートに活用できる社会資源と言える。上記のようなサポートの役割分担を実施していくうえでは,各機関のサポートをコーディネートする人材の育成,および既存の支援技術の体系化によるサポートの容易化なども必要となる。

5.まとめ

重度身体障害者の療養生活の充実を図り,社会参加を促進する上でコミュニケーションの支援は重要である。コミュニケーション支援を充実させる上では機器開発にとどまらず,機器利用のサポート体制まで視野に入れることが必要である。そのためには,無償のボランティアに依存した現行のサポート体制を見直し,意思伝達装置の継続利用が可能となるような持続可能な給付制度を構築することが求められる。

そこで本研究では,現在の意思伝達装置の販売とのサポート体制の実情と課題を明らかにすることを目的とし,サポート団体と販売事業所への調査を実施した.調査の結果,下記の4点が示唆された。

1)意思伝達装置利用においては長期にわたり多様なサポートが必要とされていること

2)意思伝達装置販売事業者がサポートと中心なっていること,ただし適合等においてはリハ専門職が大きな役割を果たしていること

3)意思伝達装置利用に伴うサポート費用を回収できておらず,サポートが負担となっている事業者が存在する可能性があること

4)各自治体等の独自制度もサポート実施に寄与していること

ただし,本研究で実施したサポート団体への調査は調査対象が限定されており,また販売事業所への調査は,全事業所を対象としておらず,回収率も低かったことから,その結果と全国的実態とが相違する危険性がある。今後,より大規模な,事業所への調査をもとにした詳細な実態の解明が望まれる。

6.引用文献

1)Amy S. Nordness,Laura J. Ball,Susan Fager,David R. Beukelman,Gary L. Pattee,Late AAC assessment for individuals with amyotrophic lateral sclerosis,Journal of Medical Speech-Language Pathology,Vol18,no1,pp48-54,2010.

2)日本難病看護学会(編),“維持・伝心”,日本難病看護学会事務局,2009.

3)和川次男,和川はつみ,2009,“福祉機器開発への希望:生体電気信号インターフェース利用者から”,シンポジウム「脳インターフェース(BCI/BMI)が拓く重度障害者の未来の生活」報告書,「重度身体障害を補完する福祉機器の開発需要と実現可能性に関する研究」班(編),pp3-10,2009.

4)北谷好美,“声も出せない,動けないALSと意志伝達装置”,ノーマライゼーション:障害者の福祉,28(8),pp29-30,2008.

5)日本リハビリテーション工学協会「重度障害者用意思伝達装置」導入ガイドライン検討委員会(編集・発行).重度障害者意思伝達装置導入ガイドライン,2009.

6)厚生労働省,“平成22年度福祉行政報告例”,http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001087137

7)日本リハビリテーション工学協会「重度障害者用意思伝達装置」導入ガイドライン検討委員会,“利用者ニーズからみた『意思伝達装置利用実態調査』の分析”,日本リハビリテーション工学協会,2010.

8)豊浦保子,“生命のコミュニケーション”,東方出版,1996.

9)木島真央,“地域における障害者ITサポートの現状と課題:せんだいアビリティネットワークの場合”,電子情報通信学会技術研究報告,WIT2010-14,73-78,pp73-78,2010.

10)坂爪新一,“今後に向けて期待すること”,平成20年度文部科学省教育GP採択事業重度障害者ICTコーディネータ支援フォーラム開催報告書,重度障害者ICTコーディネータ育成編集委員会(編),pp58-59,2009.

11)中村内彦,“現補助金制度におけるAAC機器の供給課題と解決策”,第25回リハ工学カンファレンス講演論文集(CD-ROM),2011.

12)井村保,“平成22年厚生労働科学研究補助金障害者対策総合研究「重度障害者の意思伝達装置の支給と利用支援を包括するコミュニケーション総合支援施策の確立に関する研究」報告書”,2011.

13)成田有吾(編),“難病患者のコミュニケーションIT機器支援ワークショップ資料集”,2010.

14)重度障害者ICT支援コーディネータ育成推進委員会,“障害者ICT支援交流会資料”,2010.

15)補装具評価検討会,“平成22年度における補装具の価格改定等について”,2010.