音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例7 ジョブマッチングおよび環境調整に重点を置いた事例

~事務職として働くアスペルガー症候群のAさんの場合~

横井 和徳
札幌障がい者就業・生活支援センター

1.本人の状況

(1)性別、年齢、障がいの特徴

本事例(以下、Aさん)は、アスペルガー症候群と診断され、精神障害者保健福祉手帳3級を持つ24歳(平成17年11月現在)の女性です。同時に「抑うつ」の診断も受けており、月2回の精神科通院を現在も続けています。地元の高等学校卒業後、札幌市内にある専門学校(情報処理コース)を経て、事務職・販売員といった職種を経験するも、「仕事内容を理解するのが他人よりも時間がかかる」・「電話で話した内容が覚えられない」といったことが多く、長続きすることがありませんでした。「自分は普通とは違う」と悩みを抱える中で、アスペルガー症候群に関する本を読んだことをきっかけに、専門機関へ相談。平成16年7月に告知を受けています。

(2)福祉施設等の利用歴

現在、一人暮らしであるため、告知後は生活上のトラブルや困った時の相談場所として、近くにある精神障害者地域生活支援センター(以下、生活支援センター)を利用しています。

また、医療機関に関しては、専門学校在学時より、周囲になじめない等のストレスによる「抑うつ」の診断を受けており、市内にある精神科へ通院を継続しています。

(3)職歴

専門学校卒業後、一般企業の経理職として就職しますが、こなすべき業務が多岐にわたることにより、内容を覚えられず、1年程で自ら退職されています。

その後、音楽・映画鑑賞が好きだったこともあり、大手ビデオレンタルショップの店員として就職しました。ここの作業では、接客の合間の時間に自主的に動けず、店長に強く叱責されることも多かったようです。また、作業として展示コーナーの配置替えが多くありましたが、見栄えを意識した陳列ができず、最終的には業務から外されていたようです。結果的に業務時間も短くなってしまい、収入も少なくなっていたため、半年間で離職に至りました。

その後、接客業を断念し、文房具会社の商品管理の仕事に就職しました。仕事内容は、電話・ファックスにて送られてきた注文のパソコン入力と、在庫品の確認・発注というものでした。

ここの作業では、電話で受けた注文内容を忘れる・覚えていないという場面が多くあったということです。また、発注方法も、パターンがいくつもあり、覚え切れなかったようです。先輩職員からは、「前にも言ったことを何度も言わせるな」といったように叱責される事が多く、結果的に5ヶ月程で離職に至りました。

(4)生活状況

実家を離れて、札幌市内にて一人暮らしをしています。年金受給には至らなかったため、離職後は自らの貯金と親からの仕送りにて生計を立てていました。現在は、給与所得のみで生計を立てており、食事は可能な限り自炊するなど節約を心がけています。(採用と同時に社会保険加入)

2.就労支援

(1)支援のプロセス

1) 支援開始までの経過

平成16年7月に告知を受けたあと、生活上の困ったことを相談する場・本人の憩いの場として近隣にある生活支援センターを定期的に利用していました。離職してから半年以上経過し貯金が減る一方で、生活が苦しいことや働いて親の負担を減らしたいことを生活支援センターのスタッフへ相談し、紹介を受けて当機関へ来所されました。

2) インテーク・アセスメント・支援計画

来所されたAさんと話す中で非常に驚いたのは、苦手とするはずのコミュニケーションが非常にスムーズなことでした。質問に対する答が的確で、こちらが話している時の相槌などもとても自然であり、私がこれまでお会いしたことのあるアスペルガーの方とは印象が異なりました。しかし、アセスメントを続けていく中で、面談中に突然ジュースを飲み出す・自分の趣味の話を延々と話してしまう等、Aさんの言葉でいえば「周囲の空気が読めない」点がいくつか見られました。

以上よりAさんの特徴を、周囲にわがままと認知されないよう理解していただくことが、就労を継続させる上で重要なポイントと考えました。働いていく上で、具体的にどのようなハンディキャップがあるのかを自覚するために、これまでの就労経験上の失敗を整理してみることにしました。すると、以下の問題点が浮かんできました。

  • 言葉で長く説明されると、内容が覚えられない
  • 二つ以上の仕事を並行して行えない(一つのことに集中してしまう)
  • 周囲の状況を見ながら、優先順位を考えて動くことはできない
  • 気が利かない(本人は悪気なく言った言葉が相手を不快にさせ、嫌われることが多かった様子。他人といる時は、変な印象を与えないよう常に気を張り詰めているので疲れる)

これらのハンディキャップが、以前の職場不適応に至る要因であろうことを、Aさんとともに支援者側も把握することができました。それらに対してどのように対応していくか、どういった職場環境が働きやすいか、ということをAさんと検討していくこととしました。

また、実際働いていく上では、これらのハンディキャップとは別に、作業自体の得意不得意も関係してきます。しかしAさんは、これまでの就労経験はあるものの、現時点での作業能力をアセスメントできる環境がなかったため(作業所通所等はしておらず)、地域職業センターにて行われている職業評価をはじめ、いくつかの作業体験を実際に行なっていただきアセスメントしました。当機関においては、Aさんが比較的自信を持っているパソコンの作業能力を知るため、スタッフと同じ業務内容(データ入力・文章作成)を行なってもらっていました。

アセスメントの結果、手先はあまり器用ではないものの、簡易的な作業は覚えるのも早く、自ら工夫して効率的に行えることがわかりました。特にパソコン作業についてはミスも少なく、ブラインドタッチも可能なため、作業面においては全くハンディキャップを感じさせないほどでした。

しかし、全ての項目で共通することは、言葉による説明が長くなってしまうと理解できないことでした。普段の会話等から受ける印象から、本人のコミュニケーションの困難性を忘れがちとなってしまいますが、やはり説明の際には簡潔な言葉で伝えることが必要であると改めて分かりました。

これらの状況を踏まえて、どのような仕事内容・勤務時間が望ましいのかを確認しあい、大まかな求職条件の目標を立てていきました。

(仕事内容)
得意なパソコン操作を活かした、データ入力作業
(勤務時間)
疲れやすい体質のため、短時間である方が望ましいが、生計を立てたいという本人の強い意志もあり、フルタイムの勤務時間を目標設定。通院のため、平日の休みが可能であること
(通勤範囲)
普段の生活リズムから、早くても7時起床で通える範囲

上記の目標を立てた上で、具体的な求職活動を行なっていくことにしました。ただしあくまで目標 であるため、仕事内容や時間については厳密にしていません。

3) 求職活動支援

Aさんに対する支援者側のスタンスとして、『Aさんの持っている力を活かしていこう』という点を常に意識していました。求職活動においても、Aさんが興味を持った会社へアポイントを取る際には、Aさんから直接かけていただくこととしました。職場開拓の最初の難題として、電話で会社へ面接のアポイントを取ることがあげられますが、Aさんはこれまでの社会経験もあり、言葉遣いも非常に丁寧に行うことができました。さらに支援者が代理で架電し説明するよりAさんと直接話すことで、「障がい者=難しそう・よくわからない」と余計な警戒感を持たず、まずは会ってみようという気持ちになりやすいだろうと考えました。ただし、架電前には必ず伝える内容(障がいの伝え方など)を一緒に検討し、数回ロールプレイした中で、電話をかけてもらいました。

そして面接の日程が決定した後に、当機関やハローワークから改めて担当者へ説明するという形で求職活動を進めていきました。このような求職活動を行い、Aさんが2社目に架電した会社にて面接が決まりました。

面接が決まった会社は、北海道内有数の不動産会社で、総店舗数69店舗、総従業員約700名を抱える企業です。これまでにも身体障がい者の採用実績がありました。

4) 職場開拓・企業との調整

面接の際には、本人の面接のほかに、当機関スタッフと人事担当者にてお話しする時間も設けていただき、Aさんのハンディキャップやできること・できないことについて説明させていただくこととなりました。

その際、今回面接にてお話しさせていただいた以外の会社の方にも、Aさんの認識が正しく伝わるように「Aさんのハンディキャップについて・うまく働けるための対応方法」という、Aさんの特徴を簡潔にまとめた1枚のペーパーをお渡ししました(図 1参照)。

このペーパーをもとに人事担当の方と協議した結果、本人が苦手とする電話応対を必要としない、データ入力の部門にて採用させていただくこととなりました。

その後、実際の勤務部門のチーフより、作業内容を見せていただきました。仕事内容は、各支店からFAXにて送られてきたデータ(部屋の間取りや配置)を所定の書式に入力していくだけというもので、Aさんが十分に遂行できるものでした。また電話応対に関しては、業務的にAさんが直接行うことはなく、必要な場合にはチーフを通していただくこととなりました。Aさんが勤務することとなった部門は、各店舗から送られてきたデータを管理する部署で、チーフ・アルバイトを含め約20名が働いています。

図1 事業所に渡したペーパー
Aさんの特徴が書かれたペーパーの一部

(2)職場における集中支援

1) 勤務開始前

Aさんが勤務することが決まった時点で、こちらの支援目標として「周囲の人がAさんの特徴を把握し、周囲がAさんをうまく使えるようになる」ことを強く意識し、スタッフの介入は必要最低限としました。基本的には周囲の方が一緒に働いた上で、感じる違和感やうまくいかないことを定期的に相談していただき、対応策を一緒に考えるというスタンスをとりました。

Aさんの勤務開始前日に、現場のチーフ、Aさんの周囲に座席があるアルバイトの方々(普段Aさ んと接する機会が多い方々)、当職にてAさんの情報交換を行いました。同じ部署の方々には、予め人事部から先述のペーパーが渡されていたので、改めてペーパーを利用しながら、Aさんのできること、できないこと、プロフィールをお話しました。その中でも特に強調したのは、短い言葉で簡潔に指示いただくこと、見本を交えてほしいこと等を具体的に確認しました。それでもうまくいかないときは、一緒に考えさせてほしい旨をお伝えしています。

職場の方は、これまでも聴覚障がい者と一緒に働いてきたこともあり、言葉に頼らない指示方法はイメージがしやすいとのことでした。

2) 職場における集中支援(1ヶ月)

当機関スタッフは勤務初日に職場内支援を行いましたが、チーフからの指示で本人もパソコン操作を覚えられ、分からない時には周囲の方ともスムーズに質問できていたため、それ以降は毎週木曜日訪問し、チーフ、同僚の方と本人の状況についてお伺いすることとしました。

1ヶ月が経過する頃には話し合いの場で、「Aさんが返事をしない時は、こちらの言ってることが分からなかった時なんですね」や「静かな事務所内で、大きな声で話しかけられて少し戸惑いました」といったように同僚の方から具体的なエピソードやそれらに対する理解が聞かれるようになりました。

そして、多少の変った行動は見られるものの、事前に情報交換していた範囲であり、むしろ作業自体は平均以上のペースであるため、周囲としては非常に助かるという評価をいただけるようになりました。

本人も作業面での戸惑いがなく、仕事に対する自信を持ち始めていたので、スタッフの訪問も1ヶ月に1回程度へ減らすこととしました。

(3)フォローアップ

2ヶ月目に入った頃、Aさんより「もう体力的にしんどいので辞めたい」という相談がありました。話を伺いながら整理していくと、1日中パソコンに向かって神経を張り詰めているので、17時半に勤務が終わると眩暈がするほど疲れるということでした。お昼に休憩1時間があり、近くの公園でお弁当を食べて息抜きしているが、それ以外は常に自分のデスクにて、気を張り詰めている状態であることが分かりました。周りからも「疲れたら休んでよい」と言われているが、タイミングが分からず休憩を取りづらいとのことでした。

そこで会社にてミーティングを開き、本人を含め対応策を考え、昼休みの他にも、10時半に15分、15時に30分休憩時間を設定して経過を見ることとしました。

しかし、数日経過した中で本人と話し合ったところ、休憩時間を設定しましたが、結局デスクにて時間を持て余している状況であることが分かりました。それはAさんが休憩場所として利用していた公園が気温の低下とともに休憩場所として適さなくなったこと、社内にトイレ以外の休憩スペースが確保されていないことが要因となっていました。

そこで本人および当機関スタッフにて、会社近隣にある喫茶店・休憩スペースを探索しマップを作り、そのマップ上の場所や店をローテーションにて利用することとしました。

現在、勤務開始から数ヶ月経過したところですが、「暖房の音が大きくて頭に響く」など作業面以外の部分で本人が疲れてしまい、SOSの連絡が時折入ります。その際にはAさんとお会いし、状況を整理しながら、「自分で対応できることか・会社や第三者に協力いただくことか」を確認しています。基本的には月1回の職場訪問の際に、本人・同僚双方で不都合が生じている部分を確認しあう場を設定し、継続的なフォローアップを行なっている状況です。

3.まとめ

Aさんの就労支援での大きなポイントとなったのは、本人の得意とすることや失敗経験を活かしてジョブマッチングが図れたこと、職場の理解と協力が得られ環境調整が行いやすかったことの2点です。

1) ジョブマッチング

Aさんの場合、これまでの就労経験により、良い意味での具体的な失敗体験を数多くされてきていたので、それらの情報を収集・整理することで、マッチングする職場のイメージが本人・支援スタッフともに想定しやすかったといえます。

2) 周囲の理解と環境調整

この事例は、企業として障がい者雇用に関心があったこと・周囲の方にAさんという人を理解していただけたという2点により、会社側との協力体制をつくることができました。

今回の支援計画の主たる目標は、初期段階でのナチュラルサポートの形成と設定しました。それは作業面でのマッチングがされていたので、細かい作業指導が必要ないと判断したからです。しかし、初期段階でのナチュラルサポート形成のためには、支援者側の若干の工夫が必要でした。

Aさんの場合、アスペルガー特有の人間関係におけるハンディキャップがあったので、それを同僚の方に接してもらう上で不安感を与えないようにする必要性がありました。そのために事前情報の提供とフィードバックの場を同僚の方をメインに定期的に持つこととしました。その際、Aさんの同僚の方々に「ちょっと変な所はあるけど、ちょっと配慮すれば働けるんだ」「どうしてもうまくいかないことは、(支援スタッフとの)話し合いの場で聞いてみよう」という気持ちを持っていただけるよう意識しました。

その結果として、Aさんのこれから起こりうる問題・その対応方法を共有できたため、実際に問題が生じた際に、拒否的に受け止められずにすんだことが、ナチュラルサポートが機能している要因と思われます。

現在ではAさんの仕事に対する真面目さもあり、「多少変わったところがあるけれど、仕事ができる」貴重な戦力として、周囲からも評価されています。

最後に、Aさんの今後の展望も含めてアスペルガーの方の就労支援を考えた場合、仕事はできてもそれ以外の部分で問題が起こり、対処しきれず離職にいたるケースが多く見られます。作業能力の高さから支援の必要性を忘れがちとなってしまいますが、アスペルガーの方が就労継続をしていくためには、職場内にとどまらず生活面も含めた、トータルで継続的な支援ができるサポート体制が必要不可欠と思われます。

※ご本人に写真等の掲載を確認いたしましたが、「遠慮いただきたい」ということから、掲載しておりません。