社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-
池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業
事例11 適切なジョブマッチングのためのプロセス
~見通しを立てるために必要だったこと-Bさんの事例から~
小松 邦明
(財)杉並区障害者雇用支援事業団
1.本人の状況
(1)性別
男性
(2)年齢
21歳(平成17年10月末現在)
(3)障がいの特徴
愛の手帳3度、知的障がいを伴う。作業能力は高いが、作業内容や時間の変更、急な指示の依頼に対して、その内容が理解できないと逃避、拒絶することがありました。
(4)教育歴
養護学校高等部を卒業
(5)福祉施設の利用歴
高等部を卒業して杉並区障害者雇用支援事業団が運営する喫茶店で1年間仕事をしました。主に厨房で調理補助や皿洗いを担当。1年後に同事業団が指定を受けている杉並区障害者雇用支援センターに入所して就職をめざしました。
(6)職歴
なし
(7)本人の収入
- 労働条件:時給制(最低賃金はクリア)。最初は週30時間勤務からスタート。現在は週40時間勤務です。社会保険にも加入しています。
- 障害基礎年金:受給(2級)
(8)居住の場所
自宅
2.受け入れ先の状況
(1)業種
飲食業。ファーストフード店の経営をしている会社です。Bさんは杉並区内にあるお店で働いています。
(2)規模
企業全体はパート、アルバイトを含めて約13,000人。Bさんのお店では20人の人が働いています。社員は1~2人。その他はパート、アルバイトです。
(3)協力体制
就労支援機関とはパートナーとして共に進めていこうと考えている担当者のもと、店舗での知的障がい者雇用を進めてきました。区内や隣接市区にあるいくつかの店舗のエリアマネジャーや店長(ストアマネジャー)、パート・アルバイトの従業員の方も一緒に取り組んでいこうという気持ちが強かったと思います。採用後社内報に掲載されてみんなでこの取り組みを確認できたことも大きかったと思います。
(4)障がい者雇用の動機
本社や特例子会社で知的障がい者の雇用経験はありましたが、店舗での雇用経験はありませんでした。きっかけはハローワーク主催の就職面接会でした。参加していたX社に、知的障がい者に適した仕事がないかと話をしたところ、「食器洗浄ならできるかも」という話でした。早速私たちジョブコーチは、あるお店に食事に行ってみました。そのときはこの仕事なら十分できるのではないかと思いました。
ところが、ある日別のお店に入ってみると、店舗レイアウトが最初のお店とは大きく異なることにびっくり。食器洗浄機の位置がお客様から近くて、お客様に「お茶をください」と声を掛けられたらその対応をしなければならないという状況でした(後日わかったのですが最初に入ったお店をセパレートタイプ、後から入ったお店をオープンタイプと呼ぶのだそうです)。また、食器洗浄機の形も異なっていました。おそらくひとつひとつのお店ごとにレイアウトや食器洗浄機のタイプが異なるのではないかと推測しました。知的障がい者に適したレイアウトや食器洗浄機のあるお店はどこなのか、次の日から区内や隣接市区のうち通勤可能な店舗の調査を仕事終了後に非公式に始めました。外からではよくわからないため、一軒一軒お店に入っては食事をしながら中の様子を観察し、1日3軒のペースで無事約20店の調査を終えました。
その結果、知的障がいに適した店舗レイアウト、食器洗浄機タイプがわかりました。その条件を満たす店舗での職場実習を提案して、実習の運びとなりました。スムーズにいった原因はいくつかあります。
1) 職場実習を行う店舗のあるエリアのマネジャーの方が、小学校の頃、障がい者と接したことがある人でした。またその方は、研修担当のセクションにいらっしゃったこともあり、教育・育成という観点からできないことはどうしたらできるようになるのか、可能性はどこにあるのかを常に考えてくれました。
2) 店長さんも熱い人で一緒に取り組んでくれました。お子さんがいることもヒントになったとおっしゃっています。
3) そのお店のアルバイトのみなさんがすごく熱心に取り組んでくださったこと。中でもキャプテンの方は当時社員になるための就職活動をされていて、その後社員になってそのエリアに配属されました。人事異動の激しい会社にあって、異動されていないのはこの方だけになりました。もうひとりのキャプテンの方も、いまではエリアキャプテンをするほどのベテランです。
そんな好条件に恵まれて、最初の知的障がい者が採用され、その後別の店舗で2名採用されました。Bさんは4人目の挑戦者です。ただ、自閉症の受け入れは店舗で初めてでした。
3.支援のプロセス
(1)適切なジョブマッチングのためのプロセス
「働くことってどんなことか、どんな仕事があるのか、好きになれそうか、やってみたいか、ということをいろんな機会を通じて一緒に考えていきたい。お互いに関心をもって相思相愛になってから、職場実習に取り組むことが大切だ」という考えに至りました。そこで、採用(就職)に向けて次のような流れで進めていきました。それによりBさんもある程度具体的なイメージが持てたのではないかと思っています。
1) 店舗を見学して食事をする
どんな仕事があるのか?忙しさはどうか?従業員はどんな人たちか?厨房はどうなっているのか?休憩室の雰囲気は?を見学しました。その後客席からご飯を食べながら従業員の仕事ぶりを見ました。企業やお店に関心をもつためには、どんなメニューがあるのか?どれが好きか?も大切な要因でした。
2) 職場での1日研修(作業体験)
見学者の中から作業体験希望者に対して、1日研修を実施しました。Bさんもそのうちのひとりでした。「働くということ」「飲食店で心がけていること」などをエリアマネジャーからうかがった後、ユニフォームに着替えて実際にいくつかの作業を1時間ばかり体験しました。ご飯をジャーに移す仕事、味噌汁を作る仕事、サラダを準備する仕事、漬物などを量って器に盛る仕事、食器洗浄などをしました。
担当者からの指示に対して、見通しの立たなかったBさんは、担当者に対して「ヤダヤダ」と言ったり軽くたたいたりしました。担当者はかなり戸惑っていました。
3) 事業団の訓練場所での働きぶりを、会社の担当者に見てもらう
作業体験の場だけではなくて、日頃喫茶店でBさんが訓練している様子を、担当者の方に見てもらいました。忙しい中、時間を作って見に来てくださいました。たまたま、本社と訓練場所が近くてなじみやすかったというのも幸いしたかもしれません。確かに仕事はよくできると言われました。
4) 職場実習
ここまで段取りをていねいに踏んだ後、Bさんは2週間の職場実習に進みました。実習から就職へという見通しが立たなかったBさんは、就職しないと言い始めました。
そこで、次のような表を使って訓練生が実習から就職していったことを説明して、自分も同じであるという見通しを立ててもらうことにしました。
(その用紙には次のようなことが書いてあります。)
- 訓練:
- 喫茶Tは就職するために訓練するところです。ずっといるところではありません。給料はもらえません。
- 実習:
- 就職する前の練習をします。期間を決めています。給料はもらえません。
- 就職:
- 働くことでみんなの役に立ちます。働いた分だけ給料がもらえます。給料で好きな物を買ったり食べたりすることができます。
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訓練生Xさん |
訓練生Yさん |
訓練生Bさん |
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8月 |
喫茶Tで訓練 |
喫茶Tで訓練 |
喫茶Tで訓練 |
9月 |
S社で職場実習 |
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10月 |
S社に就職 |
H社で職場実習 |
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11月 |
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H社に就職 |
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12月 |
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X社で職場実習 |
1月 |
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(空欄)に就職 |
Bさんは(空欄)の欄に何と書きますか?
この表に自分が実習している会社の名前を記入することで、Bさんは実習が終わったら就職するんだという見通しが立ったようでした。会社からのOKも出てアルバイトとして1月に採用されました。
(1)支援のプロセス
1) 障害のある人のアセスメント
作業能力は高いのですが、作業内容や時間の変更、急な指示や依頼に対してその内容が理解できなかったりすると拒絶することがあり、逃げ出したり人をたたいたりする場合もありました。
そこで、喫茶Tでの訓練中に「依頼した人」「何をしているときか」「依頼内容」「そのときの対応」「対応しないでどのようにしたか」について調べました。
- 作業に入る直前や作業中に依頼したとき→対応したことが一度もありませんでした。
- 「何回か言えば対応した」場合と「対応しなかった」場合が同数で7ケースずつ。
- 作業終了直後や作業がないときなどに依頼したとき→17ケース中5ケース対応できました。
- 仕事中や作業開始直前に依頼したり新しい仕事を依頼したりしたとき→「ヤダヤダ」と言って対応しなかったケースが多かった。
という結果でした。ただ、その場合もしばらくそのままにしておくと、自分がやらなければいけない仕事だと思って、自分から戻ってきてすることもわかりました。
職場実習のときには、最初は「ヤダヤダ」という拒絶の言葉は、チームワーク上問題となるのではないかという指摘もありました。喫茶Tでの訓練中同様に、1)新しい作業の依頼に対して、2)作業中にその作業をやり直すよう指示されたとき、3)作業中に別の作業を依頼したときは、対応しない傾向はありました。しかし、接し方を説明していくことで徐々に従業員が対応することができるようになりました。たとえば、新しい作業をするときは余裕をもって事前に「あとで○○の補充の仕事してもらうから…」と声を掛けておくと、その後作業は拒絶することなくできました。
また、専用のノートを購入して毎日自分の目標を記入することにしました(写真)。「ヤダヤダと言わない」と自分で記入し、職場の方から達成できたかどうかの評価(○△×)を毎日もらいました。そのことで少しずつ目標が達成できるようになっていきました。
それ以外にも課題があって取り組むときには、同様の方法で実施してきました。この方法は現在も行なっています。
2) 職場のアセスメント
いくつかある店舗の中でこの店舗が適していると考えたのは次のような理由からです。採用にあたって人事部 のマネジャー、エリアマネジャー、そして、店長さんとも相談をしました。
- 店舗レイアウトがセパレートタイプであり、食器洗浄機の位置が比較的お客様から離れていること
- 食器洗浄機のタイプが洗浄しやすいものであること
- 従業員の方がBさんの作業の様子を見やすいこと
- 通勤に便利なこと
- 店長やキャプテンなどの受け入れ体制がよいこと
- 窓ガラスが多い、2階の休憩室までの階段があるなど、空いた時間の清掃作業を作り出すことが比較的簡単なこと。ただ、食器洗浄機のすぐそばのカウンターにお客様がすわることもあり、お客様に彼のひとりごとが聞こえることは問題のひとつでした。
3) 職場における集中的支援
食器洗浄、最初はピーク時にはスピードが追いつかず、食器がたまって下げる場がなくなることがたびたびありました。食器を下げる台の上に、この枠に食器がたまったら洗うという表示をした後は、少しずつできるようになっていきました。
4) フォローアップ
今では、自分の仕事をすべてそつなくスムーズにこなしています。カウンターの食器の片づけもできるようになりました。清掃、中でも窓ガラス拭きがあまり好きではないので、ときどきキャプテンからやり直しをさせられることもあります。そのときはめげてしまって、家でお母さんに「やめる」と話をするのだそうです。お母さんも「そうか、やめるんだ」といったん肯定した後、仕事をやめるとゲームが買えなくなることなど一緒に話をすると、どこかで納得して次の日も元気に出かけていくそうです。ニコニコしながら帰ってくるとホッとするとおっしゃっていました。お母さんのナイスフォローも働き続けるための大きな要因です。
また、杉並区障害者雇用支援事業団が支援している7名の障がい者(全員知的障がい者、自閉症はBさんだけ)が半年に一回程度エリアマネジャー室に集まって研修を行います。研修といってもまだ始まったばかり。日頃自分ががんばっていることを発表しあったりマネジャーから心がけてほしいことなどを伝えてもらったりなど、情報交換の要素が強い会合です。終了後に居酒屋で懇親会をします。仕事の場以外でも交流を持ってお互いに関心を持とうという取り組みは、自由参加ながらも毎回話が尽きることはありません。「これからも仕事をがんばって、また次回みんなで集まれるといいな」ということを確認できる場でもあるのだと思います。
就職してからもうすぐ丸3年になるBさん。キャプテンは他のアルバイトにこんなことを話すそうです。「Bさんを見習って仕事してみろ」現在ジョブコーチは4~5ヶ月に1度くらいの訪問ですが、会うたびに成長しているBさんを見てうれしくなるそうです。