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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例20 地域作業所での職場体験実習を通じて就労に至った事例

~施設での清掃作業で働くAさんの場合~

川邊 循
横浜やまびこの里 ワークアシスト仲町台

1.本人の状況

(1)プロフィール

性別:
男性
年齢:
26歳(平成17年10月現在)
障がいの特徴:
軽度の知的障がい(田中ビネーIQ80)を伴う自閉症で、療育手帳はB2です。日常的な会話はできますが、自分の言いたいことを上手に伝えることができず、集団になじむことが苦手です。自分の容姿や話し方、振る舞いに自信が持てません。
生育歴:
学校卒業後に精神科に通院し、病院のケースワーカーの支援を受けて療育手帳を取得しました。
教育歴:
普通小・中学校卒業後、定時制高校を経て、専門学校を卒業しました。

(2)福祉施設の利用歴

福祉事務所のケースワーカーの紹介で社会福祉法人「横浜やまびこの里」の「よこはま自閉症支援室」に来所し、生活面と就労について相談を開始しました。Aさんより「就職するために訓練を受けたい」という希望が聞かれたことから、法人内の障害者地域作業所を利用して就労に向けた作業評価と準備訓練を開始しました。

(3)職歴

専門学校卒業後、求人広告で見つけた事業所でいくつかのアルバイト就労をしました。スーパーの鮮魚部門では仕事のペースの変化についていくことや、周りの従業員の厳しい言葉遣いなどが精神的な負担となり、短期間での離転職をしていたそうです。

(4)本人の収入

障害基礎年金2級を受給しています。

(5)生活状況

父母との3人暮らしです。自宅では簡単な調理や家事の手伝いができ、日常生活面での支援は特に必要はありません。自宅では、ラジオを聞いたり、テレビで野球を見て過ごしています。休日は地域の生活支援センターへ行って仲の良い人とスポーツや外出を楽しむこともあります。

2.就労支援

(1)雇用までの経緯

作業所の利用開始当初、Aさんは「将来は福祉施設のような場所での清掃の仕事に就きたい」と漠然と話していました。しかし、それまで清掃の作業に就いた経験はなく、具体的なイメージを持っていませんでした。そこで、Aさんは作業所でフロアや窓、お手洗いなどの建物内の清掃を中心とした作業を行いました。作業所職員(以下「職員」とする)は清掃作業の手順や道具の使い方、体の使い方などを実際の作業の中でAさんに伝えていきました。また、作業所が清掃作業を受託している病院や教会での清掃も行いました。

利用から約4ヵ月後、老人ホームで2週間の体験実習を行いました。作業内容は、浴室や食堂、お手洗い、廊下などの館内清掃でした。実習期間中は、Aさんが安心して作業に取り組めるように職員がほぼ毎日同行しました。実習開始当初は仕事の流れや手順がなかなか覚えられず不安な様子も見られました。従業員の指示に従って仕事をすることで、徐々に仕事の手順を覚え、一人で任される仕事が増えていきました。老人ホームの従業員からの評価も高く、実習終了後にAさんに「アルバイトで働かないか」というお話がありました。Aさんも「もっと仕事をしてみたい」と意欲を示したことから、週2、3日、約3ヶ月間のアルバイト就労となりました。

アルバイト期間が終了した頃、ディサービス事業や地域交流の場として横浜市が設置し運営委託している福祉サービス事業所(以下「事業所」とする)より「清掃作業で障がいのある人を雇用したい」という話が作業所にありました。職員が事業所と雇用条件の調整や制度に関する情報提供をしました。その結果、雇用形態はパート職員で、時給は750円、1日6時間で週5日の勤務となりました。雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金に加入、交通費も支給されることになりました。また、職員による体験実習を行なったところ、Aさんに合った職場環境であることが分かりました。その後、Aさんとご家族の見学を実施して、就労の意向を確認しました。

こうして、約4ヵ月後に雇用となり、職場定着に向けた支援を開始しました。

(2)制度の活用

老人ホームでの体験実習では、神奈川県商工労働部雇用対策課が実施している「障害者就労体験促進奨励金交付事業」を活用しました。

就労に際しては、神奈川障害者職業センターと連携し、「職場適応援助者(ジョブコーチ)事業」を活用しました。ジョブコーチ事業の支援期間は3ヶ月で、その後も定期的にフォローアップを継続しました。ジョブコーチ事業のフォローアップ期間が終了した後は、「横浜やまびこの里」の知的障害者自立生活アシスタント事業(横浜市事業)を活用する予定です。自立生活アシスタントが定期的に職場訪問をやご本人との面談を行なって心配なことについて相談にのり、安心して就労が続けられるように支援していきます。

(3)事業所の受け入れ状況

業種:
福祉サービス事業所(横浜市が運営委託している社会福祉法人)
職員体制:
常勤職員20名、パート職員20名

障がい者雇用の動機:障がいの有無に関わらず新規に清掃作業を担当する職員募集を検討していたが、知的障がいや自閉症のある人の雇用経験はなし

(4)支援のプロセス

1) 利用者のアセスメント

作業所での活動や体験実習を通じて、Aさんは「真面目で一生懸命に作業をする」、「指示通りの手順で作業をすることができる」、「一度覚えた仕事は確実に行う」といった面が高く評価されました。しかし、「がんばりすぎて疲れてしまう」、「早く仕事をしようとして焦ってしまう」、「細かい部分のゴミの見落としがある」、といった面が課題でした。また、コミュニケーション面では「タイミングや距離間をうまくつかめない」、「質問や心配なことをうまく伝えることができない」といった配慮点も支援の課題としてあげられました。

2) 職場のアセスメント

ジョブコーチ事業を開始する前に、職員が1日、職場のアセスメントとして前任者から作業内容や手順などを聞き取り、実際に作業を体験しました。そして、支援開始前、職員からジョブコーチに作業所での作業状況やAさんの作業性、事前の職員実習のアセスメントなどをビデオや文書記録で情報提供をし、意見交換をしました。これらの情報を元にして、ジョブコーチは3日間、職務の設計、事業所のニーズの確認、必要な清掃用具(掃除機、消耗品)を用意してもらう、などの調整をしました。

3) 集中支援(雇用開始から約1ヶ月)

前任者とは雇用契約の関係上、実際には入れ替わりとなったため、雇用開始日からはAさんとジョブコーチが実際の作業を行いながら、清掃する場所の順番や手順など1日の職務の再設計を同時進行で行なっていきました。清掃箇所は廊下や玄関(写真1)、トイレ(写真2)など建物内の共用部分、ディ・ルームの室内および浴室を担当しました。

写真1,2
写真1 フロアの清掃作業
写真2 トイレの清掃作業

作業場所ごとの清掃手順や道具の使い方は、Aさんに合った方法をジョブコーチが提案し、Aさんと確認しながら決めていきました。また、毎日清掃を行う場所と、週に何度か行う場所についても、事業所側のニーズを確認しながら作業予定を決めていきました。こうして作業内容ごとに作業手順書を作成し、Aさんが仕事の手順を覚えるまでの間、使用しました(写真3)。現在は仕事の手順をほとんど覚えたので、Aさんは必要な時だけ手順書を見て確認しています。

写真3 作業手順書

そして、1日の作業を記録した業務日誌を作成しました。この日誌は毎日実施する作業と曜日によって異なる作業の予定が記載されており、さらに完了した仕事にはチェックを入れるようにしています(写真4)。Aさんは日誌を見ることで、その日の作業の予定とどこまでの作業が終わったかを確認することができます。業務日誌は毎日事業所に提出して確認の印鑑をもらっています。また、業務日誌にはAさんから事業所側に消耗品の補充を依頼するための欄を作っています(写真5)。

写真4,5
写真4 業務日誌
写真5 業務日誌の連絡報告事項

事業所からは、作業指示の伝え方、休憩時間のAさんへの接し方、などの質問がありました。ジョブコーチは「言葉でのやりとりより文章や実物など目で見て分かる方がAさんに伝わりやすい」と具体的な方法を伝えました。同時に、コミュニケーション上の配慮は必要ですが、一人の従業員として自然に関わりを持ってもらえるように伝えていきました。

こうして、約1ヶ月後にはジョブコーチはフェーディングを開始しました。実際にジョブコーチが事業所にいない日が始まると、Aさんから、「ジョブコーチや担当の従業員が不在の時に何か質問や報告をしたい場合にどうしたらいいか」という質問がありました。

そこで、ジョブコーチは質問用紙を入れるボックスを作成し、その中に質問用紙を入れる方法をAさんに提案しました。こうして、ジョブコーチは事業所に訪問した時に、ボックスの中身を確認し、その質問用紙に返答や助言を記載してAさんのファイルに保管するようにしています。現在、ジョブコーチは月に1度の職場訪問や電話で、Aさんの作業状況について事業所と情報交換をしています。

3.まとめ

Aさんへの支援のポイントとしては、まず、漠然としたAさんの就労のイメージを実際の経験を通じて具体的にしていったことです。作業所内外での清掃作業や事業所での体験実習を行なったことで、Aさんは清掃作業の意味や方法、道具の使い方、といったご本人なりの具体的なイメージを持つことができたと考えます。さらに、仕事の経験を広げることと同時に自信付けにも繋がりました。初めて事業所に見学に行った時も、「実習でやった仕事に似ています、自分にもできると思います」と言っていました。

次に、事業所がAさんの障がいの特徴や作業性に合った職場環境であったことです。事前の職員による実習を通じて、「Aさんが経験のある作業が多い」、「自分のペースで仕事ができる」、「一人で仕事ができる」、「事業所が受容的な職場環境である」といったことが分かりました。こうした事業所のアセスメントの結果から、Aさんに合った事業所であると判断することができました。

そして、職場定着までの間、ジョブコーチが付き添って支援をしたことです。本格的に就労することがはじめてのAさんとご家族、そして初めて障がいのある人を雇用した事業所は、それぞれが不安を感じていました。ジョブコーチが両者の橋渡しをしたことで、こうした不安を軽減することができたと考えます。

就労してまだ日が浅いことから、今後、事業所の人事異動や職務の変更などさまざまな変化が想定されます。また、就労と同時に慣れていた作業所や福祉のサービスから離れてしまうことは、Aさんだけでなく、ご家族にとっても不安なことです。今後、アフターフォローに自立生活アシスタント事業を活用することで、事業所の変化や本人の不安を早期にキャッチし、安定した就労を支えていくことが必要であると考えます。