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社会の中で働く自閉症者 -就労事例集-

池田輝子記念福祉基金障がい者ジョブコーチ支援事業

事例28 自閉症の方にあった仕事の開拓と事業所でのコミュニケーション支援の事例

~「はじめは不安だったが、今は彼が一番信頼できる」(社長)~

濱田 和秀
大阪府障害者福祉事業団

1.本人の状況

(1)本人について

性別:
男性Aさん
年齢:
29歳
障がいの特徴:
重度知的障がい(DQ 36、療育手帳A)
言語は、よく知っている人の名前を言えるぐらいです。また「アーアーアー」という感じで指差しなどを用いて意思表示する程度で、あまりはっきり聞き取れませんない。
生育歴:
言葉の遅れ、多動の状態があり、3歳のころから施設入所施設入所中に、帰宅した際、母親にパニックを起こし、帰宅できなくなることがありました。
教育歴:
養護学校高等部卒業

(2)福祉施設の利用歴

3歳のころより施設入所以来、3施設を移籍し、現在の施設に至ります。

(3)職歴

平成14年4月~
施設内の授産訓練部門で、軽作業、窯業などに参加
15年1月~2月
大学内食堂で、食器洗浄、食堂清掃の初めての施設外実習
5月~
U社実習、その後雇用

(4)本人の収入

a:労働条件
賃金
時給710円(大阪府内最低賃金708円)
時間
9時から16時まで
社会保険
(雇用保険のみに加入)
b:障害基礎年金

1級

(5)居住の場所

平成15年よりグループホーム生活に向けて、自活訓練事業を活用し、地域のアパートでブランチ生活を始めました。しかし、16年4月ごろに、世話人とのコミュニケーションがうまくとれず、パニックなどの問題行動を起こし、施設生活に戻らざるを得なくなりました。現在は、施設から毎日8時過ぎのバスに乗り、電車に乗り継ぎ、U社に通っています。

2.受け入れ先(U社)の状況

(1)業種

プレス機を使った「雨どい金具」の機械組み立てが主力の仕事で、そのほかに手作業を中心とした、建物金物の加工、組み合わせ作業があります。

写真1 プレス作業行う事業所の様子

(2)規模

昭和57年に、会社発足。Aさんの就労前の状況は、社長夫妻以外に健常者の方は2名で、他の4名は、軽度の知的障がいの方が働いていました。

(3)協力体制

社長夫妻と、女性の従業員のTさんが、障がい者の就労生活面を支援しています。

(4)障がい者雇用歴

会社発足5年目ごろに、近所の方から障がい者の就労依頼があり、障がい者雇用を始められました。その後、近隣の施設の入所者も雇用され、現在の4名の方を雇用されました。そのほか、授産施設にも関連する仕事の提供、また、養護学校生の実習受け入れなど、障がい者の就労に積極的に関わるようになりました。しかし、当時は、会社に対する障がい者雇用支援制度のサポートはない状態で、障がい者は、最低賃金割れの状態での就労でした。

社長もそうした状態を好ましいこととは思わず、「障がい者であろうと頑張って、『一人前』になってほしい」という思いで、時には訓練的に厳しく指導する場面もありました。

また、一方で、遅刻や無断欠勤、お金がなくなったら出勤してくる方、もらった給料をその日に使ってしまい1日にして生活破綻をきたす方、金銭トラブルなどに巻き込まれる方なども居て、就労面だけでなく、金銭管理や生活規律などの生活面の支援までも引き受けながらの会社運営でした。

3.支援のはじまり(インテーク)

(1)職場のアセスメント

この会社には、自閉症の方が働きやすく、障がい特性が生かしやすい環境が整っていると思いました。たとえば、以下のような点です。

  • 単純反復作業が多くある
  • 手作業で取り組む作業工程が多くある
  • わかりやすい作業環境
    • -そんなに広くなく、どこに何があるか一目でわかる
    • -社長夫妻とTさんだけで指示関係が明確なこと

ただ、気になったことは、これまでの障がい者雇用で培われたノウハウが、自閉症の方には通じないということでした。

(2)本人のアセスメント~施設内の作業から、事業所での実習(大学食堂での清掃)~

Aさんは、生活面ではパニックになることが時折あったものの、施設内作業では、そうした行動は起きていません。むしろ作業では、「仕事は、いったん覚えたら早い、手先が器用、こつこつと取り組める集中力は、支援員以上」という特性を発揮していました。

しかし、すぐに一般就労させることには、まだ、支援者側に自信がもてなかったため、他のジョブコーチ支援で、好評を得ていた近隣大学において、まず実習することから開始し、アセスメントを行いました。大学を選んだのは、障がいに対する理解が比較的得やすいことと、仕事内容が、大学生協の厨房での機械洗浄と食堂の清掃という構造化しやすい職場であったからです。結果は、要求された仕事は、きちんとこなすことができ、また、仕事帰りには、学校の売店によって買い物をして帰るパターンも自ら作るなど、社会で働くことの見通しがもてた実習でした。

4.職場における集中支援(実習期間、2週間)

U社での主な仕事は、ねじ締めやナット付けの作業で、手先が器用なAさんは、モデリングを使った支援で作業工程は理解でき、すぐにマスターしました。

初期段階の支援のポイントは、本人に対する支援よりも事業所に対する支援が中心でした。それは、U社がこれまで受け入れてきた障がい者の方とは、Aさんが、まったく異なるタイプのかたであったからです。これまでは、どちらかといえば軽度知的障がいの方で、就労規律や作業意欲、就労生活について本人に話をしながら本人を働く社会人として育てていくというスタンスで関わってこられていました。

ところが、Aさんには、言語指示が通らない、指示したことがわかっているのかどうかわからない、逆にわけのわからないことをしゃべりに来るなど、不安とストレスで社長も「はじめはどうなることかと思った」という状況でした。

そのため、まず、自閉症についての正しい理解をもっていただくことが支援のポイントでした。自閉症とはどういう方たちなのか、言葉が通じない外国に行ったときの心境などで、かれらの世界をなんとなくわかっていただき、あまり多くの言葉かけをせず、「あかん、だめ、そうじゃない、だいたい」と混乱するようなあいまいな指示でなく、×、○といったジェスチャーをともなって応対してもらうようにしました。

その後、一度覚えたら間違いないこと、どこに何があるのかもよく理解していることなど、Aさんの能力を、社長も理解されるようになり、「やりたい仕事を聞くと、自分で指差しするようになってきた」「自然体で教えてきた」とコミュニケーションがうまく取れるようになりました。

5.移行支援(トライアル雇用終了3ヵ月後から6ヶ月後ごろまで)

初めのころは、同じ仕事がたくさんありましたが、下請けの仕事のため、その仕事が常に一定量あるわけでなく、また、季節的変動や親会社の在庫調整によって違う種類の仕事が、入荷してきたりするので、Aさんの仕事をどう安定させるのかが課題になってきました。

仕事がないときは、仕事を求めてうろうろするようになり、昼ご飯を食べたら、すぐに仕事をしていた彼は、(昼休みという概念がないため)ついに、会社の外までうろうろするようになり、近所の家に勝手に上がりこんでしまうようになりました。社長も、Aさんにいろんな仕事を提供したり、営業先に行っては、自閉症にあった仕事はないか探されました。そして、見つかったのが、写真2の仕事です。

写真2,3,4
写真2 Oさんの専属の仕事となった作業
写真3 部材 写真4 治具

写真3の二つの部材を、写真4の治具に通し、写真2のように、ボンドガンで、金属部材にボンドを塗り、上まで来て治具に入らなくなったら、ボンドがしっかり貼り付くように上から押さえつけて、その後、治具からはずし、かごに入れる、という作業工程です。作業量も多く、また、作業工程の始まりと終わりが明確なため、メリハリがつき、Aさんの作業意欲とペースにぴったりマッチしました。

6.フォローアップ

9ヶ月を過ぎたころ、突然、遅刻が目立つようになりました。彼の通勤状況を確認すると、駅を降りてから、近所の理髪店でお茶をいただいていたためとわかり、遅刻をしてはいけないことを支援しました。これ以降は、こうした就労生活面での支援が主になり、今後の課題は、施設を出てグループホームに移行できるための環境条件の整備です。

7.制度活用

U社に対しては、障がい者がしやすい仕事内容、社長の障がい者雇用に対する意欲などから、当初から障がい者多数雇用を見込みながら、障害者雇用支援制度の活用も含めて就労支援にあたりました。

現在まで10名が、2週間の短期職場適応訓練事業を活用しU社で実習、そのうち7名が、その後の3ヶ月間の障害者トライアル雇用に挑戦し、結果としてAさんを含めた3名が新規雇用となりました。

こうした制度を活用することで、これまで、最低賃金割れでしか雇用できなかった状況が、改善され、事業所のコスト削減のみならず、常用雇用にいたるまでの3ヶ月半で見極めることができるようになり、じっくり関われるようになったそうです。

そして、平成16年には、報奨金の申請も行い、コスト面でもサポートできるようになり、また17年4月には、職業コンサルタントの配置を申請、これまで献身的に障がい者の就労生活面をサポートしてこられたTさんを職業コンサルタントに任命することができ、名実ともに、障がい者雇用事業所として充実してきました。「障がい者雇用について、Aさんから学ばせてもらった」(社長)と、ここに至るまでにAさんは、大きな役割を果たしたといえます。

8.まとめ

今回の事例では、自閉症の障がい特性をどう売り込んでいくのか、そのために障がい特性を生かせる職場か否かという、職場のアセスメントが重要であること、また、自閉症の方を受け入れてもらう上でコミュニケーションのとり方などについて事業所に対し支援することが重要な点でした。加えて、障がい者雇用を進める上で、ジョブコーチの仕事として、本人支援だけでなく、事業所そのものに対する支援も重要な要素であるといえます。