コロナ感染予防対策で新たなバリアが

「新ノーマライゼーション」2021年1月号

一般財団法人日本ろうあ連盟 本部事務所長
倉野直紀(くらのなおき)

新型コロナウイルスの感染拡大により、世界は一変しました。「3密」「テレワーク」「新しい生活様式」等、これらの言葉を日常的に目にするのが当たり前になるとは誰が想像できたでしょうか。

飛沫感染や接触感染を防ぐために、接触や近距離の会話等を極力避ける「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」により、人々の日常生活も変わらざるを得ない中、きこえない人の生活はさらに大きな影響を受けています。

日常生活や職場、公共交通機関、飲食店等、あらゆる場所でのマスク着用の推奨により、相手の顔がマスクでほぼ下半分が隠れてしまい、表情や口の形が見えなくなったために、コミュニケーションをとることが困難になりました。そして、店頭や接客の場面ではビニールシート越しでのやり取りとなったため、さらにコミュニケーションをとるのが難しくなり、レジの金額表示も見にくく、支払いの際に戸惑うことが増えました。

命を守るための感染予防対策が、日常生活上の新たなバリアを生み出してしまったのです。

音声でのやり取りが困難なきこえない人にとって、窓口での手続きや医療機関の受診、地域の集まりや講演会、会議等の日常生活に手話通訳が必要です。しかし、コロナ感染が疑われるきこえない人が検査や受診をする際に同行する手話通訳者が感染してしまうことが懸念されました。

当連盟から厚生労働省に要望を出したことにより、「遠隔手話サービス等を利用した聴覚障害者の意思疎通支援体制の強化」として、都道府県がICTを活用した遠隔手話通訳により、きこえない人が安心して手話通訳を受けられる体制を実施するためにシステムを導入する経費を、厚生労働省は令和2年度補正予算に計上しました。

しかし、これで一安心というわけではありません。遠隔手話通訳はコロナのような感染症だけではなく、離島や僻地、そして災害時といった手話通訳者がなかなか派遣できない時の補完的なものとなりえるのですが、システム運用のためのランニングコストがネックとなり、導入したのは未だ30数県です。

これでは、きこえない人は安心して医療機関を受診したり、検査を受けることはできませんし、いざという時に間に合いません。現在、当連盟は厚生労働省に対して、遠隔手話通訳の恒久的な予算化や事業化について要望を続けています。

また、コロナ感染拡大の予防策として、大学や高等専門学校等ではオンラインで授業やゼミを実施していますが、きこえない子どもや学生たちは講師や先生の話が聞こえませんし、多数の参加者が発言するゼミ等では誰が話しているのかわからず、ついていけなくなります。

これについても、当連盟から筑波技術大学が行っているきこえない学生がオンライン授業に参加する際の情報保障支援をモデル事例とし、大学や高等専門学校等で取り入れるように文部科学省に要望書を提出しました。

このように、ソーシャルディスタンスにより、きこえない人と社会の距離がさらに広がり、新たなバリアが生まれつつあります。

しかし、きこえない仲間たちがSNSで同様の悩みを発信したり、テレビ放送等で、コロナに関する知事の記者会見等で透明マスクやフェィスシールドを着用した手話通訳者を目にする機会が増えたことが、相手の表情や口の形が見えることはきこえない人にとって大切なことだと社会や多くの人々に知っていただくきっかけになりました。また、それまでほとんど知られていなかった透明マスクやフェイスシールドをさまざまな人たちが使い始め、今や市民権を得たこともうれしく感じます。

コロナ感染拡大により、世界や人々の価値観が一変しましたが、新しい価値観のもとに、障害のある人もない人もともに暮らせる共生社会へつなげていきたいと心から願っています。

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