海外への支援活動-コロンビアにおけるJICAの障害者支援活動

「新ノーマライゼーション」2021年1月号

株式会社コーエイリサーチ&コンサルティング
磯部陽子(いそべようこ)

1.はじめに

コロンビアでは、40年以上続く国内紛争の結果、人口の約12%(約560万人)が被害者であると推定されており、地雷被災などに起因する障害者も多く存在しています。コロンビア政府は、2011年に被害者救済の基本法となる「被害者・土地返還法」を制定。同法の実施を指揮する「被害者ユニット」1も設立し、被害者支援に本格的に取り組んできました。しかし、地雷に被災したり、戦闘により負傷したりして、身体や精神の障害を負った人や、障害の状態が悪化した人に対する支援は、国としての社会復帰の方策や関係機関の役割分担が明確ではなく、進んでいない状況でした。こうした背景を踏まえ、JICAは2015年から2020年の計5年間、同国で「障害のある紛争被害者のソーシャルインクルージョンプロジェクト」を実施し、障害者の社会参加促進を支援しました。本稿では、コロンビアの中でも特に被害者数が多い、グラナダ市で実施した活動を紹介します。

2.グラナダ市で実施した活動

グラナダ市(人口約0.98万人、面積183km2)では、紛争の影響で多くの市民が土地を追われ、紛争後、市内建築物の再建や復興に従事してきました。別の市に移住する被害者も多い中、大部分の元市民が住み慣れたグラナダ市に戻ってきたことが特徴的な市です。被害者数の多さから、障害のある紛争被害者の数も多いため、本事業のパイロット市として選定されました。

開始当時、市長が本事業に最も期待していたのが、障害のある紛争被害者(以下、障害者)への就労支援と彼らの現金収入の向上です。紛争後の就職活動の際、地雷を埋めていた側だったから負傷したのではないか、などと企業から勘繰られ、一般の障害者より差別を受けやすい存在であることが分かりました。

時を同じくして、国連開発計画(UNDP)が、被害者に対する就労支援人材の育成をしていたため、UNDPが育成した人材をJICAプロジェクトがさらに教育をして、障害者の職務能力評価や合理的配慮の計画策定ができる専門職を育成することにしました。日本の障害者雇用の手法や事例を紹介し、求職中の障害者の希望や強み・弱みのアセスメント→職務の切り出し(グラナダに豊富な資源があるコーヒーと赤豆の生産業務から)→障害者の職務環境や同僚・家族の障害に対する見方の分析→合理的配慮計画の策定・実施、の一連のフローからなる、障害者が現金収入を継続的に得るための仕組みを開発しました。

活動の一環で、労働省職員をJICA沖縄の課題別研修2へ派遣しました。彼はコロンビアと沖縄市の取り組みを比較し、同市で実施している行政・地域・民間の連携は、コロンビアでも導入できると気づきました。帰国後、労働省はパイロット市の市役所と民間企業に働きかけ、障害者が生産したコーヒーの販売フェアなどを導入し、障害者の収入増加に成功しました(写真1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

就労支援活動の途中、一部の障害者については、壮絶な被害の経験から、心のケアも並行する必要があることも判明しました。本事業では、合理的配慮の提供を行うカウンセラーとトレーナーの育成を行いました。また、コスタリカの障害者自立生活センター「モルフォ」から、2名のコスタリカ人ピア・カウンセラーを招聘し、コロンビア人の障害者リーダーにピア・カウンセリングの知識と傾聴などのスキルを伝授してもらいました。専門家のカウンセリングやピア・カウンセリングを受けたグラナダ市やパイロット市の障害者は、仕事にやりがいを感じながら、働き続けられるようになり、家に閉じこもっていた他の障害者も、少しずつ外出をしたり、市内のリハビリテーションサービスを利用したりするようになっていきました(写真2)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

事業終盤、グラナダ市役所から挙げられたニーズが、市内の障害者委員会の強化です。コロンビアでは、内閣府に中央の障害者政策委員会があり、各市にも障害者委員会が設けられています。グラナダ市にも障害者委員会があり、当事者委員は市の障害者計画策定への助言や監視が求められていました。幸い、在コロンビア日本大使館の協力で「障害者のソーシャルインクルージョンセンター」が改築され、アクセシブルな会議室はありました。しかしながら、市役所職員が会議の議事を進め、当事者委員は座っているだけの状況。そこで、障害平等研修(DET)の手法をコロンビアの障害者向けに応用し、当事者委員を対象に「社会モデル」に基づく権利の考え方や、障害者に関連する国内法の知識を獲得する研修を行いました。市内NGOに声をかけ、ファシリテーション力向上講座も実施しました。その結果、当事者委員たちは、会議に意欲的に参加するようになり、少しずつ、自分や仲間の権利を発言するようになってきています。

また、車いすを利用する委員を町中で頻繁に見かけるようになったため、市の中心部の広場にはスロープがつけられ、車いす利用者の駐車スペースも新たに設けられました。

3.他市への普及

本事業では、グラナダ市に加え、6市で活動を行い、事業の実施方法を「障害のある紛争被害者のソーシャルインクルージョン戦略」としてまとめ、全県へ配布しました。戦略は、就労、エンパワメント、心のケア、教育、保健の5冊で構成され、行政官や現場で障害児・者支援を行う人々が参照しながら、障害者の社会参加に取り組んでいくことが期待されています(写真3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

4.本事業で得た教訓

赴任前、障害のある紛争被害者と一般の障害者では、共通ニーズも多いのではないかと予想していましたが、コロンビアの障害のある紛争被害者と一般の障害者とでは、社会的な立場やニーズが異なり、一律のアプローチでは課題を解決できないことがあると分かりました。例えば、障害のある紛争被害者は、ゲリラ組織と繋がっているのではないかと疑われ、一般障害者より就職するのが難しいという課題があります。また一般障害者の中には大学や大学院を卒業した方もいますが、紛争被害者や障害のある紛争被害者は農村部出身者が多く、小学校に通ったこともなかったり、義務教育も終えていなかったりする方々が大半です。研修を提供しても時間通りに来ない人も多く、障害のある紛争被害者には、手厚いフォローアップをし、学びを確保する必要がありました。紛争による障害者には、特に精神障害者が多く、つらい経験を吐き出し、少しずつ自分を受け入れる、ピア・カウンセリングが極めて有効であることも分かりました。一方、一般障害者の中には、親から離れ、日々の暮らし、娯楽などのすべてを自分の決断と責任でやっていきたいと考える「自立生活」を志向する人々が増えてきています。全国規模の障害者フォーラムを結成し、障害者権利条約に基づく国内での活動を共に推進したいと意欲的に話す一般障害者リーダーも出てきました。彼らは自立生活運動、日本障害フォーラム、障害者団体同士の連携促進などに関心があり、日本人専門家から情報提供を行いました。コロンビアの本事業での経験から、それぞれの障害者グループが置かれている社会的な立場や期待について、十分に理解し、適切な支援を行っていく必要があることを学びました。


1 紛争被害者を救済する組織で障害の有無にかかわらず被害者全員に対する支援を行う行政組織の一つ。

2 「地域に根差した就労支援による障害者の経済的エンパワメント」

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