障害者の健康づくり―障害者健康増進・運動医科学支援センターの展開から―

「新ノーマライゼーション」2021年7月号

国立障害者リハビリテーションセンター病院
障害者健康増進・運動医科学支援センター 運動療法士長
樋口幸治(ひぐちゆきはる)

1.障害者の現状から

障害者白書(令和2年版)では、障害児・者の総数は約970万人とされ、国民のおよそ7.6%が何らかの障害を有していると報告されています1)。障害別で見てみると在宅の身体障害では、65歳以上が増加、知的障害では、18歳~64歳で増加、精神障害では、35歳~44歳を除く世代で増加しています1)。これは、加齢や生活習慣病などの二次障害の影響を受ける世代が増えていると考えられます。

2.我が国の健康づくり施策について

我が国の健康増進に関する施策は、健康増進法に基づく、健康日本21(第二次)2)やアクティブガイド+10(プラステン)3)など活動的な施策が推し進められています。また、健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法4)では、循環器病対策推進基本計画5)を策定し、予防や医療、福祉サービスまで幅広い対策を総合的に推進しています。このような法整備や施策化は、障害者の健康づくりを進める上で重要です。しかし、その具体策は、発展途上なのが現状です。

3.障害者の健康状況について

障害者の健康の現状は、脊髄損傷者100名を対象とした人間ドックの調査では、約80%に生活習慣病やメタボリックシンドロームの危険因子を認めました6)。また、障害者では、肥満度を示す体格指数(BMI)が標準範囲以上(BMI≧30)を示す割合が、健常者の1.2~3.9倍と海外で報告されています7)。その一方で、関東近郊の関連施設との調査では、BMIが標準範囲以下(BMI≦20)の痩身の割合は、全体の約20%も認めました。この現状は、不活動による悪影響が活動機能低下を引き起こし、健常者以上に、健康づくりを推進しなければならないと考えています。

4.「障害者健康増進・運動医科学支援センター」について

(1)設立の経緯

当センターは、障害者の健康づくりを活動機能低下予防と位置づけ、ライフステージ(図1)に沿った支援体制の構築を目指して、平成22年10月に設立されました。

図1 ライフステージに沿った健康づくり
図1 ライフステージに沿った健康づくり拡大図・テキスト

(2)当センターの役割

障害者白書では、障害者の保健・医療施策として、適切な保健・医療サービスの充実のための医療・リハビリテーション医療の提供を行い、健康の維持・増進、活動機能低下予防を運動・栄養・保健から専門的に取り組み、各地域専門機関とも情報や実践を共有しながら、全国へ障害者の健康づくりを普及・推進することを役割としています1)

(3)当センターでの活動状況

1.健康増進・スポーツ外来の開設

病院の診療科に新たに開設し、地域の皆様の健康づくりに取り組んでいます。この外来では、栄養教育や保健指導、運動療法士という障害者運動科学の専門家がプログラムに沿って、活動機能低下予防や改善を促しています。

2.健康診断・人間ドックなど、健康を調べること

健康増進に取り組む前には、健康診断や人間ドックの受診が大切です。しかし、その受診率は低く、地方自治体と連携した取り組みを進めています。

3.福祉施設での健康づくりの実践

福祉施設では、障害者総合支援法のサービスの一環として、健康教室の開催、生活習慣病等の改善が必要な利用者に、その改善に取り組むプログラムと環境を支援しています。

4.全国への展開と地域活動との連携

「障害者の健康づくりプログラムの構築と普及のための地域連携型モデル事業」8)を通して関東近郊の施設のご協力とご指導をいただき、運動プログラムを試作しました(図2)9)。現在は、障害特性に応じたプログラムを工夫・実践しています。また、当センターの専門家が、地方自治体や企業、各地域の施設などで出張健康教室も開催しています。

図2 健康づくりプログラム(運動版)
図2 健康づくりプログラム(運動版)拡大図・テキスト
樋口幸治他:J.Muscul. Med.2017.28(1).82-88 に加筆9)

5.研修会の開催

毎年、「障害者ヘルスプロモーション事業に関する研修会」を開催し、行政や障害特性、運動・栄養・保健の専門分野に関わる講義と実技を交えた研修会を行っています。令和3年度は、コロナ禍でもありウェブでの開催を予定しています。

6.研究的な側面

当センターは、健康づくりに関連する研究も行っています。特に、運動プログラムに関する研究は、健康づくりプログラムや障害特性に応じた運動指標やプログラムを検討し、健康づくりを実践し、健康寿命の延伸に貢献できるように日々取り組んでいます。

5.今後の課題と展開

障害者の健康づくりを推進し、活動機能低下を予防するためには、専門家の取り組みとそれを利用できる支援システムを全国的に構築し、障害者の皆様に実践可能なプログラムを提供することが必要不可欠と考えています。

当センターでは、(3)の1~6を継続して推進しながら、全国の健康づくりに取り組む機関や施設と協力し、障害者の皆様が、健康づくりを実践できる環境づくりに取り組んでいきます。


【参考文献】

1)令和2年版障害者白書 全体版(内閣府ホームページ)
https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/r02hakusho/zenbun/index-w.html(令和3年6月8日検索)

2)(財)健康・体力づくり事業財団 (健康日本21ホームページ)
http://www.kenkounippon21.gr.jp/kenkounippon21/about/index.html(令和3年6月8日検索)

3)アクティブガイド(厚生労働省ホームページ:e-ヘルスネット)
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-01-002.html(令和3年6月8日検索)

4)健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法 (厚生労働省ホームページ)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=80ab6708&dataType=0&pageNo=1 (令和3年6月8日検索)

5)循環器病対策推進基本計画
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_14459.html

6)厚生労働省研究事業 厚生労働科学研究費補助金(厚生科研費):脊髄損傷者の生活習慣病・二次的障害予防のための適切な運動処方・生活指導に関する研究. (H.17~H.19)

7)緒方徹:特集/障害者の健康増進アプローチ 1.総説 慢性期障害者の健康リスクと課題.MB.Med.Reha.No.253:1-6.2020

8)樋口幸治、他:障害者の健康づくりプログラムの構築と普及のための地域連携型モデル事業の試行について. J.Muscul. Med. 2015.26(1).71-77

9)樋口幸治、他:障害者の健康づくりプログラムの構築と普及のための地域連携型モデル事業の試行について―健康づくりプログラム(運動版)の試案―. J.Muscul. Med.2017.28(1).82-88

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