海外情報-タイ・チェンマイにおける女川版避難所運営訓練の実演

「新ノーマライゼーション」2021年7月号

長野保健医療大学 特任教授
北村弥生(きたむらやよい)

本稿では、タイで行われたインクルーシブ防災研修について、女川版避難所運営訓練(以下、避難所運営訓練)の実演を中心に紹介します。避難所運営訓練は宮城県立特別支援学校女川高等学園で開発され、参加者が割り当てられたカードの情報に従って避難所運営者役と避難者役を演じます1)。静岡県で開発された避難所運営ゲームHUGから着想を得て、知的障害がある生徒が実施できるように、カードゲームからロールプレイゲームに変換しました。この訓練を中核とする同校の総合防災訓練は令和2年度の「ぼうさい甲子園」でグランプリを受賞しました2)

背景

アジア太平洋諸国では地域防災訓練はあまり行われていません。例えば、タイでは、雨季に増水し生活が変化するのは当然と考えられるからです。ただし、気象変動により、降水量が増したために災害対策への注目は高まっています。特に、大きな被害を受ける障害者にとって災害準備は必須です。そこで、タイ教育省は2016年に「特別支援学校におけるインクルーシブ防災事業」を始めました。きっかけは、タイ教育省に勤める全盲のApple Suwannawutさんが「ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業」研修生として出会った河村宏氏(NPO支援技術開発機構)を介して第3回国連世界防災会議(2015,仙台)に参加したことでした。仙台防災枠組が採択される経過とインクルーシブ防災セッションの記録に従事した知見からタイ教育省で本事業は立案されました。

事業は、1.学校避難計画を作成するためインクルーシブ防災マニュアルとガイドラインの作成2.日本から講師を招聘したインクルーシブ防災研修の実施3.特別支援学校全176校がインクルーシブ防災活動を行うための資金提供4.各学校における避難計画に基づいた実践活動の集約、から構成されました。

この事業の成果として、タイにおいて特別支援学校におけるインクルーシブ防災の理解が広まり避難訓練が実現しました。特別支援学校が開発した訓練技術やインクルーシブ防災マニュアルを、避難訓練や避難計画作成に取り組んでいない普通学校や地域に広めることが期待されています。教育省はマニュアルのひな形をホームページから公開し、2020年にはCOVID-19対策の情報も追加されました。

2017年11月には、バンコクで開催された第3回国際知的・発達障害学会のアジア太平洋発達障害会議での学術ワークショップ「インクルーシブ防災」と教育省が主催した特別支援学校の防災担当者を対象としたインクルーシブ防災研修において、筆者は、日本での研究実践としてアクセシブルな防災教材と個人避難計画の考え方を紹介し、避難所運営ゲーム(静岡県)を改変して実施しました。また、熊本地震での障害者支援の好事例として、三浦貴子施設長(愛隣館)は熊本県身体障害児者施設協議会等による支援を、吉村知恵博士は熊本学園大学での避難所運営を紹介しました1)。これらの講義は英語で行い、タイ教育省職員がタイ語に逐次通訳しました。

同じ研修の2回目は、2019年2月にタイ北部のチェンマイで行われました。筆者は地域防災訓練への障害者の参加と個人避難計画の準備方法を解説しました。また、日本におけるインクルーシブ防災の好事例3例が紹介されました1)。1例目は、官民が連携した実践として別府市の事例(村野淳子、別府市役所)。2例目は、東日本大震災と熊本地震での福祉避難所の運営経験(斎藤康隆、石巻祥心会)。3例目として、以下に紹介する避難所運営訓練を実演しました(森英行、女川高等学園)。

避難所運営訓練の実施方法

表1に避難所運営訓練の進行表を、図1に訓練への参加者に配布したカードの例を示しました。参加者を避難者30名、運営者6名に分け、イベント10個としました(表2)。進行役は日本語で話し、通訳者によりタイ語に逐次通訳されました。カードは事前にタイ語に翻訳し日本語を併記しました。カード上で、苗字は共通言語である英語のアルファベットで示せる欧米諸国、中国、日本の一般的で発音しやすい名前を選びました。母国語名では、互いに発音や記憶が難しいためです。カードの内容のうち、一世帯の子どもの数、祖父母との同居状況、障害者が所有する補装具の種類については、翻訳者と相談してタイの現状に合わせて修正しました。

表1 タイの実演での進行表

時間
(90分)
演習内容
15分 (1)学校概要の説明
(2)防災訓練の説明
  • 防災訓練全体のVTR(5分程度)
15分 (3)「避難所運営訓練」の説明
  • 実践のねらい
  • 方法の説明
  • 東日本大震災の津波VTR(5分程度)
45分 (4)演習
  • 避難所運営訓練の体験
15分 (5)振り返り

図1 タイの実演で使用したカード
図1 タイの実演で使用したカード拡大図・テキスト

表2 タイの実演で使ったイベント

イベント1 共生 40代 世帯主・妻・子1・子2 「体育館を避難所として,開放してくれないか?」
イベント2 役場   役場職員(5名) 「避難所運営を手伝います!」
イベント3 町外 40代 町に来ていた外国人旅行者 「I can't speak Thai.」
イベント4 町外 50代 町に来ていた営業マン 「今日,帰りたいのだが車が壊れた。なんとか手段は無いのか?(怒)」
イベント5 町民 40代   「タバコを吸いたい!その辺で吸っていいか?」
イベント6 町民 40代   「トイレの流れが悪い。つまっているのでは…」
イベント7 自立 30代 世帯主・妻・子1. 「家族と合流したいのですが…」
イベント8 役場   役場職員 「避難者名簿を作成してください。」
イベント9 町民 20代   「赤ちゃんのおむつ替えや授乳できる部屋はないですか?」
イベント10 役場   役場職員 「パーティションを持ってきました。どこに置けばいいですか?」

実施状況

実習は、参加者であるタイの教員の熱演で言葉や文化の壁を感じることなく行われました(図2、3)。訓練の感想は、図4のように熱心に語られました。このように、女川高等学園の生徒が「東日本大震災を経験した自分たちの学校で、防災訓練を伝統にしたい」と開発している避難所運営訓練は、国外でも高い満足度を得ることが示されました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で図2・3はウェブには掲載しておりません。

図4 タイでの実演における参加者からの感想の一部

(避難者役)

  • 最初に、家族内でルールを決める必要性を感じた。
  • 自分のことを示すカードが必要。
  • 避難所の中を区切って安全区域を作りたい。
  • 避難した後、お互いに助け合うことで、ニーズが分かってくる。
  • (子どもの支援を行う団体の職員)子どもたちと一緒に取り組みたいと感じた。
  • 受付の大変さ、被災者の大変さ双方を体感できた。
  • カードの情報に加えて、環境の不備を再現したら、よりリアルのなるのではないか?
  • 思いやりが必要な訓練。いざとなったら自分のことが優先されてしまう。

(運営者役)

  • 避難所を開設する前の準備が大変だった。計画が大事である。

1)国立障害者リハビリテーションセンター. 障害インクルーシブ防災:日本の経験. WHO提出報告書(和訳). 2021. http://www.rehab.go.jp/whoclbc/activity/

2)森英行、北村弥生. 「ぼうさい甲子園」で特別支援学校初のグランプリを受賞 ~宮城県立支援学校女川高等学園の総合防災訓練の取り組み~. 新ノーマライゼーション 41(4): 14, 2021.

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