海外情報-最賃以下の賃金:障害者の市民権へのインパクト―米国市民権委員会2020年報告―

「新ノーマライゼーション」2021年9月号

法政大学 名誉教授
松井亮輔(まついりょうすけ)

はじめに

日本では、最低賃金法第7条による最低賃金減額特例措置の対象となる障害者は、主として一般雇用されている人です。「労働基準監督年報」によると、その措置対象となっている障害者数は、ここ数年、年間4,000人程度で、そのほとんどは知的障害者です。その人数がかなり限られていることもあり、この措置の是非についてマスコミなどで取り上げられることはほとんどありません。

一方、米国では、日本の就労継続支援A・B型事業(2019年現在の利用者約33万6千人のうち8割弱は、最低賃金法をはじめ労働法非適用のB型利用者)に相当する、コミュニティ・リハビリテーション・プログラム(以下、CRP。通称、シェルタード・ワークショップ)(注1)で就労する障害者にも労働法が全面的に適用されることから、最賃以下の賃金を支払う場合には、公正労働基準法第14条(C)最低賃金適用除外規定(以下、第14条(C))に基づき、州労働局からその許可(原則として2年ごとに更新)を受けなければなりません。

CRPは、障害者に働く場を提供する雇用主と、職リハサービスを提供するサービス提供者という2つの役割を担っています。そして、第14条(C)は前者に関連したもので、それに加え1938年に制定されたジャビッツ・ワーグナー・オディ法(2006年以降はアビリティワン・プログラム)に基づき、連邦政府諸機関などから官公需の優先発注を受けています。また、後者に関連して、連邦教育省リハビリテーションサービス庁および州などから補助金を交付されています(2020年度の連邦政府職リハプログラム予算額は、約36億ドル(約3,960億円))。

職リハサービスの目的は、地域への障害者の統合を促進するとともに、「競争的統合雇用」(注2)に向けて準備をすること、とされます。

米国議会や障害当事者団体などは、CRPが一般労働市場から分離された労働環境において最賃以下で障害者を雇用することは、人権違反として、その廃止を求めてきました。

そうした動きを受けて2020年に米国市民権委員会から出されたのが、本報告書(参考資料も含め、全体で約300ページ)です。

1.報告書の章立て

本報告書の本文(224ページ)は、次の5章から構成されています。

第1章 関連法と政策検討
第2章 データとその分析
第3章 連邦政府の役割と責務
第4章 州と最賃除外法(公正労働基準法第14条(C))
第5章 結果と提言

2.各章の主な内容

第1章では、第14条(C)および1990年に制定された「障害をもつアメリカ人法」(以下、ADA)について要約し、分析しています。

第14条(C)の対象となるCRPから一般雇用に移行した障害者は、CRPに断固反対しています。一方、第14条(C)に関するパブリックコメントに寄せられた意見に象徴されるように、家族や障害者の中には、CRPを一掃することは、彼らの選択肢だけでなく、給料が稼げる、支援的環境で働く機会がなくなると強く感じている人たちも少なからずいることも事実です。

いくつかの州で開発されている新しいプログラムおよびジョブコーチ、ピアサポートや専門訓練などの提供により、第14条(C)に基づきCRPで雇用されている多くの障害者は、競争的統合雇用に移行できる、とみなされるようになっています。

第2章では、入手可能な国、州および地方の関連データを要約し、分析しています。

2020年1月1日現在、第14条(C)許可証を所持するCRPは1,558で、その数は過去10年間で約3分の2に減少しています。2020年1月1日現在、それらのCRPで働く推定100,302人の障害者が、最賃適用除外の対象とされます。

米国市民権委員会によれば、2017年と2018年の間に第14条(C)対象のCRPで働く障害者の平均賃金は時給3.34ドル(当時の連邦最賃は、時給7.25ドル)です。そこで働く障害者の平均労働時間が週16時間であることから、対象障害者は週平均53.44ドル、月平均213.76ドル(約2万5千円)支払われていることになります。

第3章では、連邦政府の役割と責任が再検討されています。2009年には、連邦会計検査院は、労働省賃金・時間課が第14条(C)に関して受理した不服申立てを適切に調査しなかったと批判しています。それを受けて、過去10年間で賃金・時間課は、平均約8%の第14条(C)許可証所持者を再調査。その結果、調査した許可証所持者の平均81%が許可条件に違反していたことが明らかとなっています。また、過去10年間に同課は、第14条(C)対象のCRPに対して、そこで働く障害労働者88,034人に賃金の不足分(つまり、最賃との差額)の支払いを命じています。

第4章では、同委員会は、最賃以下の賃金政策のインパクトが、6州(注3)における障害者の雇用対策や雇用状況にどのように現れているかを調査しています。

第5章では、同委員会による調査結果の概要について触れるとともにそれを踏まえた提言がなされています。

〈結果〉

連邦労働省は、第14条(C)に基づいて運営しているCRPが、このプログラムに参加する障害者がその潜在的可能性をフルに発揮するのを制約する一方、CRPやその関連事業者が障害者の労働から利益を得ていることを繰り返し明らかにしています。この制約は、第14条(C)の本来の目的とは逆です。

下院教育労働力委員長Bobby Scott(民主党、バージニア州選出)が、第14条(C)プログラムを廃止する超党派の法律を提出しています。全国障害者協議会委員長に指名された共和党のNeil Romano、および現在全米障害者団体を率いる、前共和党知事Tom Ridgeの2人は、同法案に賛成して第14条(C)を終了することは、全国の障害者の利益を代表する両団体にとってもっとも優先順位が高い、と議会で証言しています。

〈提言〉

第14条(C)廃止に向けての移行期間中および廃止後は、議会は、市民権の監視責任と司法権を、その実施に必要な関連財源提供とセットで、労働省賃金・時間課または司法省市民権課に委任すべきである。また、議会は、指名された市民権機関が、第14条(C)プログラムに関する調査と監視に関する年次報告を出すよう、要請すべきである。

そして、廃止に向けての移行期間中、議会は、第14条(C)許可証を所持するCRPに、より厳格な報告と説明責任を要請するとともに、廃止後も第14条(C)の対象となる障害者の雇用結果に関するデータ収集を引き続いて行うようにさせるべきである、と提言しています。

表 第14条(C)対象CRPおよび雇用障害者数の推移(2017年~2019年)

  2017年 2018年 2019年
CRP 1,772 1,576 1,433
  100% 88.90% 80.90%
雇用障害者 164,347人 130,951人 111,471人
  100% 79.70% 67.80%

おわりに

表からわかるように、CRPおよびそこで雇用されている障害者数とも2017年から2019年にかけて年々減少しています。特に雇用障害者数は、2017年と比べ、2019年には3割以上減少しています。それがそのまま競争的統合雇用増につながっているのかどうかは、この表からは明らかではありませんが、毎月公表されている米国労働省の民間人口の性別、年齢別および障害状況別雇用状況によれば、雇用障害者数は、ここ数年増加傾向が続いています(注4)。日本では、近年、福祉的就労から一般雇用への移行施策が強化されているにもかかわらず、就労継続支援事業所数および利用者数は年々増加しています。それに対し、前述したように、米国ではさまざまな課題はありながらも、その移行は、比較的順調に進んでいるといえます。


(注1)CRPとは、キャリアアップも含め、障害者の雇用機会を最大化できるようにするため、職業リハビリテーション(以下、職リハ)サービスを提供することを目的としたもの。

(注2)「競争的統合雇用」とは、1.賃金が州の最賃以上であること、2.(管理者や支援員以外の)障害のない労働者と一緒に働く職場環境であること、3.障害のない労働者と同様、昇進の機会があること、とされます。

(注3)第14条(C)が維持されている3州(バージニア、アリゾナおよびミズリー)と第14条(C)を廃止または廃止途上にある3州(バーモント、メインおよびオレゴン)のこと。

(注4)2020年5月4,976千人から2021年5月5,723千人へと1.15%増加。

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