当事者とともにつくられた、医療的ケア児支援法の概要と解説

「新ノーマライゼーション」2022年2月号

永田町子ども未来会議事務局長/国会議員政策アドバイザー
加藤千穂(かとうちほ)

1.はじめに

2021年6月、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」(以下、医療的ケア児支援法)が成立し、同年9月18日に施行されました。参議院本会議場で成立したその瞬間を、私は当事者のお子さんとご家族、本法の推進エンジンとなった超党派・永田町子ども未来会議(以下、未来会議)(注)の仲間たちと一緒に、傍聴席から万感の思いで見守りました。

医療高度化によって従来は助けられなかった赤ちゃんの命が助かるようになり、人工呼吸器や胃瘻(ろう)などの医療デバイスとともに成長していく医療的ケア児は、直近では年間1,000人ペースで増加し、全国で約2万人に達したという政府推計があります。成長に伴って子どもたちが学齢期を迎えていることから、通学先選択や学校における親の付き添い問題が全国的に顕在化しています。

社会全体で子育てを支える仕組みをつくり、どこの地域でも安心して子どもを産み育てられる環境やインクルーシブ教育を保障していくことこそ、世界に先行して超少子化や医療的ケア児の問題に直面している日本の重要課題の一つであるという問題意識のもとに本法は起案されました。私は、2015年未来会議の立ち上げから事務局として携わり、6年越しの議論の集大成として法成立までの全プロセスを下支えした立場から、本法の特徴やポイントをわかりやすく解説いたします。

2.「家族に対する支援」が法律名に盛り込まれた

実は、家族に対する支援が名前に盛り込まれた法律は非常に珍しいのですが、未来会議には発足当初から当事者代表がメンバーに加わっています。制度改正や課題の推移に応じて、多くの当事者家族から生のフィードバックをお聞きし、6年越しで開かれた議論を重ねてきたのです。

勝負となった昨年、ようやく全政党の党内審査を終えて法案提出準備が整ったのは、国会会期終了のわずか1か月前でした。成否ギリギリ、綱渡りの攻防が続きました。局面を打開したのは、お母さんの力です。多くのメディアも詰めかける前で、お子さんたちの写真パネルを手にしたお母さんらが、涙ながらにずっしり重たい約3万筆の署名を厚生労働委員会の与野党筆頭理事に手渡した時、会場の熱量と空気が変わりました。扉が開かれた瞬間でした。医療的ケア児とその家族のための支援法は、当事者とともにつくり上げた、当事者のための法律なのです。

3.同法のポイントと特徴

この法律の目的は、第1条に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、保育及び教育の拡充に係る施策その他必要な施策並びに医療的ケア児支援センターの指定等について定めることにより、 医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職の防止に資し、もって安心して子どもを生み、育てることができる社会の実現に寄与することを目的とする。」と規定されています。

半年間かけて、既存の制度・法体系との整合性について関係5府省・衆議院法制局との折衝調整を重ねて条文へと落とし込む過程で、専門的な法律用語に変換された部分も多いため、起案者の意図を補いながら、目的や理念を以下に解説いたします。

すなわち、本法は、1.医療的ケア児とご家族の意思を最大限に尊重し、インクルーシブ教育を保障する環境を整備すること、2.地域間格差を解消していくこと、3.家族の離職防止も含め、個々の人生における選択肢を増やしていくこと、その先には、4.成長後の医療的ケア児者を地域の中で支え合い、ともに生きる社会をつくることを目指しています。

これらの基本理念を制度的に担保するための具体策として、医療的ケア児支援センターの設置や財政措置をはじめとする国・地方自治体に対する責務、あわせて保育所や学校の設置者に対しては看護師等配置などの責務を定めた法律構成となっています。

2016年の障害者総合支援法・児童福祉法改正において、初めて「医療的ケア児」が法的に定義されましたが、自治体への努力義務規定だけでは、国の施策や予算確保の上でも限界がありました。突破口を開くためには、医療的ケア児のための専門の根拠法が必要だという結論のもと、本法によって従来の努力義務規定から国・自治体に対する責務規定への引き上げが実現しました。

図 医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律の全体像拡大図・テキスト

4.子どもたちの「学校に行きたい」をかなえるために

この法律の大きな柱であり特徴は、人工呼吸器をつけた子どもたちの「学校に行きたい」という願いや当事者の意思が最大限尊重される形で教育の権利を保障すること、親の付き添い問題の解消を具体的に前進させるための条文を置くことに注力した点です。

第3条の基本理念には、「医療的ケア児が医療的ケア児でない児童と共に教育を受けられるよう最大限に配慮しつつ適切に教育に係る支援が行われる等、(中略)関係機関及び民間団体相互の緊密な連携の下に、切れ目なく行われなければならない」とインクルーシブ教育の推進を掲げています。

また、第10条において、「学校に在籍する医療的ケア児が保護者の付添いがなくても適切な医療的ケアその他の支援を受けられるようにするため、看護師等の配置その他の必要な措置を講ずる」「看護師等のほかに学校において医療的ケアを行う人材の確保を図るため、介護福祉士その他の喀痰吸引等を行うことかができる者を学校に配置するための環境の整備その他の必要な措置を講ずる」と明示的に定めています。

文科省は2019年専門家委員会の報告1)において、保護者の付き添いについては「本人の自立を促す観点からも、真に必要と考えられる場合に限るよう努めるべき」との画期的な指針を示しましたが、コロナ禍で学校看護師の確保はいっそう厳しくなり、付き添いができない共働きやひとり親家庭の子どもの通学は依然として困難です。

看護師だけに限定しない多職種連携による現実的な人材確保を見据えて、今回、文科省との議論百出の末、「介護福祉士その他」の文言を盛り込んだことによる一歩前進は、保護者による常時ケアを前提としない学校教育の実現を目指すという政治の強い意志の現れです。

5.施行後の動き・今後の課題

昨年9月の施行後、各都道府県において、医療的ケア児支援センター開設に向けた動きが広がっています。政府予算や東京都の動きが先行していますが、センター開設によって、地域の関係機関が連携してワンストップ窓口において相談・助言・情報提供などの支援を受けられるようになります。

また、今後、医療的ケア児(成長後の医療的ケア児も含む)に対する実態調査が始まります。災害支援のあり方に関する検討事項も規定されていますが、災害対策基本法改正に基づく政府指針において医療的ケア児に対する避難行動支援が強化されるなど、支援法成立を契機として、国の施策・予算拡充の流れが確実に広がっています。

しかしながら、理念法による責務規定には限界もあり、例えば学校現場における個別の事案に対する強制力はありません。各地に医療的ケア児支援センターが設置されて、個々のケア児の状況把握や知見蓄積の過程を経て、ネットワークの横展開や先進事例の共有が進むことで、地域間格差解消や全国的な底上げにつながるものと期待しております。

本法には施行後3年の見直し規定が置かれています。今回の支援対象範囲に盛り込むことができなかった「医療的ケア者」の卒後の居場所・親亡き後の自立支援問題をはじめ、多職種連携による医療的ケア人材確保や育成、成人医療への移行、兄弟児に対する支援などといった制度的諸課題について、引き続き未来会議の仲間たちとの議論を展開しながら、次なる法改正に向けた準備を進めてまいります。


(注)医療的ケア児の母親である野田聖子衆議院議員ら超党派国会議員と関係各省、民間より在宅医療・福祉・NPO等の専門家と当事者を加えたフラットな勉強会。

【参考文献】

1)文部科学省 学校における医療的ケアの実施に関する検討会議(最終まとめ)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/1413967.htm

menu