トピックス-障害当事者763人に聞いた東京パラリンピックアンケート結果

「新ノーマライゼーション」2022年2月号

共同通信・生活報道部 編集委員
市川亨(いちかわとおる)

昨年8~9月に開かれた東京パラリンピックを障害のある人たちはどんな思いで見つめ、何を感じたのか。一過性のイベントで終わらせるのではなく、今後にどう生かすか考えるためにも、共同通信は全国の障害当事者を対象にアンケートを実施しました。回答からは、障害者をめぐる今の社会の課題も見えてきました。

▽史上2位、51個のメダル

開催から半年近くがたち、パラリンピックで何があったか忘れてしまった人もいるかもしれません。振り返ってみると、8月24日に始まった大会には162か国・地域と難民選手団から約4400人が参加。車いすの少女が片翼の飛行機を演じた開会式は「五輪よりもよかった」などと好評を博しました。

22競技539種目が行われ、日本は13個の金を含む史上2位となる51個のメダルを獲得。競泳や陸上、バドミントンで多数のメダリストが生まれました。決勝で米国と競り合った車いすバスケ男子や、3回目の優勝を果たした車いすテニスの国枝慎吾らが話題となりました。一方、東京都では新型コロナウイルスの感染者数が8月中旬に過去最多(当時)の1日5908人に達し、流行「第5波」さなかの開催には疑問の声も多数上がりました。

▽「障害理解につながった」70%

共同通信は大会閉幕後の昨年9月中旬から約1か月間、障害者団体の全国組織など13団体で構成される「日本障害フォーラム」を通じてアンケートを実施。763人から有効回答を得ました。

まず、大会の開催により自身の気持ちに変化はあったか尋ねると、「選手の活躍を見て前向きな気持ちになった」という選択肢を選んだ人が最も多く、40%。「特に変わらない」が32%、「新型コロナの感染拡大のリスクを考えると、複雑な気持ちになった」が22%と続きました。

次に「大会開催が自身の障害や障害一般の理解につながったと思うか」との質問には、計70%の人が「思う」「ある程度思う」と回答。開催に賛否両論があった中、肯定的な評価が多数を占めました(図1)。

図1
図1拡大図・テキスト

当初開催予定の約1年前に当たる2019年6~7月に実施した同様の調査(564人が回答)では、「障害の理解につながると思う」との回答は62%でした。多くの人が選手の活躍を目にしたことで、事前の期待を上回る効果がもたらされたといえそうです。

障害の理解につながったと思う理由は、「選手の活躍によって障害者に社会的な注目が集まったから」が31%で最多。「メディアを通じて障害者を目にする機会が増えたから」(28%)が続きました。

原則無観客の開催となったことが障害の理解に与えた影響については、「無観客でも有観客でも同じだったと思う」が55%と過半数を占めました。「かえって理解が進んだと思う」人も12%いて、「有観客に比べ理解が進まなかった」との回答は33%にとどまりました。

視覚障害のある神奈川県の60代女性は「大会後、『社会が変わった』と実感した出来事があった」と体験談を寄せてくれました。「普段使う鉄道の駅でサポートを申し出てくれる人が多くなった。小さな出来事ですが、パラアスリートがすばらしい感動を与えてくれたことが、社会の意識を変える大きな一歩になったと思います」とつづっていました。

▽「差別を受けた」34%

一方、「障害の理解につながらなかったと思う」と答えた人も30%いました。理由としては「一時的な盛り上がりで終わり、障害への社会的関心は続かないと思うから」「パラリンピック出場対象の障害は肢体不自由、視覚障害、知的障害だけだから」との回答が多かったです。「『共生社会の実現』というのなら、五輪と一緒に開催してほしかった」「選手の活躍はすばらしいが、一般の障害者が『努力不足』と見られてしまいそう」といった声も見られました(図2)。

図2
図2拡大図・テキスト

「最近、障害を理由に周囲の言動で差別を受けたり感じたりしたことがあるか」との質問には、全体の34%が「ある」と回答。19年調査の36%とほぼ横ばいで、大会開催に合わせて唱えられた「心のバリアフリー」はあまり進展していないことがうかがえました。

「差別」の具体例を聞くと、「施設やサービスの利用を断られた」「病院で筆談に応じてもらえなかった」といった体験のほか、「職場で仕事を与えてもらえない」など疎外感を抱いているケースも見られました。

▽消えた配慮

生まれつき聴覚障害がある東京都の40代女性は「大会期間中、テレビ番組の一部で生放送の際に映像との時間差がない字幕が取り入れられ、今後への希望を感じた」との感想を寄せました。普段は映像からかなり遅れて字幕が出てきて、分かりにくいからです。

これは「ぴったり字幕」と呼ばれるもので、映像の発信を30秒遅らせ、その間に字幕を入力する仕組みです。ただ、通常より多くの人手が必要になるため、テレビ局にとってはコストがかかります。大会終了後は元に戻り、女性は取材に「夢を見させてもらっただけに残念」と漏らしました。

この女性の趣味は演劇鑑賞です。一部の劇団は、字幕や台本が表示されるタブレット端末を聴覚障害者に貸し出すなどの鑑賞サポートを提供していますが、昨年夏に見ようとした舞台では理解を得られず、台本を借りられるまで何度も交渉したそうです。

障害者が健常者と同様のサービスを受けられるよう柔軟な対応をする「合理的配慮」は公的機関にはすでに義務付けられていて、民間事業者も24年までに義務化されます。しかし、女性は「まだ障害者への『特別扱い』と思われている面もある。東京大会で変化がもたらされたとは、あまり感じられない」と言います。

▽就労や社会参加にもっと支援を

では、大会開催を共生社会の実現につなげるには、どういったことが必要でしょうか。この質問に最も多かった答えは「障害者の就労や社会参加への支援の強化」。そのほか、「バリアフリー化の推進」「障害のある人とない人が交流する機会づくり」が続きました(図3)。

図3
図3拡大図・テキスト

東京都の10代女性(視覚・聴覚障害)は「障害者が地域の人たちと触れ合う機会をつくったり、メディアで報道を続けたりして、障害があってもみんなと同じ一人の人間なのだと伝え続けることが必要」と意見を寄せました。大阪府の70代女性(視覚障害)は「もっと学校に当事者を招き、福祉の授業を増やして心の育成をしてほしい」と願いをつづりました。

▽アンケートを終えて

東京パラリンピックはコロナ下での開催に懐疑的な意見も多かったので、70%の人が肯定的な評価だったのは、やや意外でした。テレビ画面越しとはいえ、アスリートが障害を隠すことなくありのままの姿で躍動し、話す様子に、障害のある人もない人も感化されたのだと思います。でも、それは裏を返せば、私たちが普段の生活の中で障害のある人と一緒に過ごす機会がいかに少ないか、ということでもあります。

ハッとさせられる意見もありました。「障害者が認められるには、健常者の抱く理想の障害者像に身をすり寄せるしかないという状況はおかしい」という埼玉県の60代男性(視覚障害)の指摘は、核心を突いていると思いました。

メディアへの注文も多くいただきました。「努力している障害者はアスリートばかりではないし、努力が必ず報われるわけでもない。メディアは多くの障害者が置かれている現状をもっと理解した上で報道を」「今後は知的・精神・発達障害者の活動にもっとフォーカスしてほしい」。これらの意見を胸に、取材・報道を続けたいと思います。

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