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事例報告

八尋 義晴(兵庫県西宮市立神原小学校 特別支援教育支援員)

 はじめまして、八尋です。マイペースでゆっくり話してしまうと、時間がすぐ来てしまいますので、今日は頑張って速く話そうと思います。

 私は特別支援教育の支援員をしています。それまで私立の小学校で三十七年間勤めて、管理職をやって定年退職しました。今、私と同じような仕事をしている方々はかなりしんどい思いをしていらっしゃるようでして、各学校での理解が得られにくいとか、職員室で自分の場所もないだとか、いろんな声をお聞きしたりもします。私はというと毎日非常に楽しくやらせていただいています。でもそれなりにいろいろ工夫をいたしました。そういうことも聞いてもらえればと思います。今日はすべてマルチメディアDAISY が取り持つ縁ということで、K君の事例でお話をさせていただきます。

 私は今、一般的に「取り出し」と言われている個別指導で、5人の子どもたちを見ております。もちろん「入り込み」というクラスに入っての指導もしています。ですが中心は個別指導です。

支援の輪を広げて

資料01

 その5人の中で、特徴的なK君の事例をお話しします。

 現在3年生。とにかく人なつっこく明るい子です。個別指導は1年生の2学期からです。1学期は入り込みの形でやっていましたが、とてもみんなの学習についていくのが困難な子でした。1年生のときどうだったかというと、ここにありますように、聞く、話すに関しましても、聞き間違い、聞き返しが多い。聴覚的な認知が弱いということはこれでお分かりと思います。復唱が難しい。

K君の事例

資料02

 WISC- Ⅲの中から抜き出して試しにやってみましても、順唱が3桁、逆唱が2桁までという状態でした。これではなかなか耳から聞いて覚えるということが難しいです。

 それから話す場合にも、指示語や擬音語が多く、言いたいことが伝わらない。だから友だちから、K君の話、わからないと、1年生のときから言われていました。

 読む、書くことについても、同様に困難がありました。とにかくひらがなが覚えられませんでした。「あ」の字を覚えるのに、2学期の半ばくらいまではゆうにかかりました。いろんな手だてを講じながらやりましたけれども、覚えなければいけない字が増えてくると、他の字と混同してしまいますし、大変困難でした。そういった困難さを随分抱えている子ですので、1行を読むのに時間が相当かかります。字を覚えていないから読めないんですね。今、読んだ字が次の行になると読めません。こういう困難の中でなぞり書きも難しい。書く場合もそうですね。視写、模写も難しい。視覚認知も非常に弱いことがわかりました。

 これはたまたまIC レコーダーで録った1年生のときの、まだDAISY を使っていないときの音読です。

読む 書く

資料03

 (音声:りっちゃんは……おかあさんを、が、おかあさんがぼうきなので、なおして…な…なして…あげ……を、か、いい、してあげようかな……いいこと、を……して……)

 今、後ろの方までは聞こえなかったと思いますが、K君は読みを途中であきらめるのですね。けれども本当は読みたいのです。頑張るのですが、お聞きの通り私が言ったこととは違う言葉になります。こんなふうに本当に困難な状況でした。

 K君の学習困難な背景を見てみますと、まず視機能の弱さがあります。書く場合でも斜めに書いてしまったり枡目からはみ出したり、一部抜けたりと、その通り写せないのです。字が非常に曲がってゆがんで見えるのだろうと思います。

 視覚認知の弱さや聴覚認知の弱さ、それに短期記憶の弱さも。もちろん算数等も教えているのですが、ワーキングメモリーが弱いこともわかっています。

K君の学習困難の背景

資料04

 情報の入力に関して、文字と音韻と意味や絵のマッチングが上手くいかないので、記憶までいけないのです。ずれが出てきてしまいます。ここのところを何とか一致させようということで、文字と音韻合わせしたり、カードを使ったりといろいろなことを試みました。記憶の一時的保持や貯蔵が困難ということで、結局言葉に関しても概念についてもそうですけど、レキシコン(心内辞書)と言われるものが形成不全なのですね。そういうことで早期に失敗をしてしまいます。また思い出すことができません。もともと覚えることに困難をきたしていますから。そういうことで、小学校に上がるまでに、学習レディネスが形成不全なのです。でき上がっていない部分がいっぱいありますから小学校に上がってきても大変なのです。小学校へ上がる前の段階からいろいろ手立てを講じる必要があるということを感じています。

 一斉指導での学習が困難なために個別学習に変更して、国語と算数は一部私が担当しました。学校の支援方針及び保護者の理解がありましたので、このようになりました。現在指導している子どもたちは週1回の子もいますし、3時間、ある子は5時間などとバラバラです。その子の程度に応じて指導しています。K君は3年生になった今、毎日1時間、国語か算数を指導しています。国語の指導では、マルチメディアDAISY と他の指導法を組み合わせています。

 実は、マルチメディアDAISY を使ったのは去年の10 月からなのです。8月にDAISY の製作講習を受けました。いろいろ頑張って一人で製作したのですが、途中で躓いてしまって挫折しそうになりました。この子を何とかしてあげたいという一念から、またもう一度勉強し直しまして、やっと1つ完成させました。運動会の練習などで9月はまったく大変な状況でしたので、10 月から使い始めました。それでも毎日使うわけではありません。DAISY での指導は1回に5分とか10 分程度で、45 分間を分けて15 分を1コマとしてやっています。時間の都合上5分くらいやったり3分やったりということが多いです。

 ここにありますように、指導するときは大体この流れのような方法で指導しています。この通りやるわけではなく飛ばしたりするときもあります。

「マルチメディアDAISY」と「他の指導法」を組み合わせて指導

資料05

 練習して十分慣れてきますと……

 (音声:名前を見てちょうだい。あまんきみこ、ぶん、うめだしゅんさく、え。えっちゃんは、お母さんに赤いステキな帽子をもらいました。)

 こんなふうに慣れてくると(上手になる)、多分、だんだん覚えていくのでしょうね。マルチメディアDAISY を利用したからというわけではないかもしれません。ところが3年生になりましても、単元の最初ですと、やはりたどたどしい状態なのです。これは単元の最初に読みの練習をしたときのものです。

 (音声:……かなもり、しゅんしゃく、ぶん、しょん、しゅくしゃん、え……やまを、こえ、なな、つの、やま、を、こえた、やまざと、に……それは、のど、かな、村がありました)

 最初はこのような状態なのです。それでも、変化が出てきます。練習しているとだんだん読みに滑らかさが出てくるのです。またDAISY 使用時は、自発的にコンピュータの前で待っているようにもなりました。使用すると、とにかく回数を追うごとにスムーズに読めるように変わっていきます。日常でも他の文を読む場合でも随分変わってきています。

 漢字に関しましてもAMIS を再生するだけでは分かりませんが、再認は非常に正確に速くできるようになっています。フリガナがついていますから、そういう点では随分安心できるのでしょう。認知や記憶の検索等の改善がされていくことからすると、マルチメディアDAISY と他の指導方法との相乗作用による効果ではないかと私はみております。

 このマルチメディアDAISY をそのままやっているだけでは、私とK君との関わりだけで終わってしまいます。これではDAISY の使用が広がりません。せっかくのいいものなので広げたい。理解と支援のための環境づくりが必要ということです。

 そこで、日常、先生方とのコミュニケーションを密にしました。先生方から、自分のクラスで困難を来たしている子について相談がある。学校心理士がもともとの私の専門領域ですので、話を伺う。また、特別支援教育に関する校内研修を先生方にもしました。現在までに4回やっています。また研修会をやってほしいという声もあるのですが。3学期には保護者向けにお話をしようと思っています。先生方には、この子たちのことを理解していただくと同時に具体的な支援方法についてもお話をしています。実際にそのクラスに出かけたりもしています。

 支援児童に関しての個別指導の毎回の記録がここにありますが、記録はかなりのページになります。この記録を支援コーディネーターの先生を経て学級担任の先生に見ていただき、その子をより理解していただこうということです。

 給食のときにも支援児童のクラスに行って、支援児童が他の子たちにどのように受け入れられているのかということもつぶさに観察しながら、担任の先生と話をするということもやっています。

 それから、支援児童の保護者との懇談もしています。そのときマルチメディアDAISY での指導の様子とか、他のこともお話をして、具体的にどんな指導かを理解していただくようにしています。もちろんいろいろな相談もたくさんいただいています。

理解と支援のための環境作り

資料06

 それから最後に、管理職に理解していただかないと拡がりません。このことはつくづく思います。ここがネックになっているのではないかとも思います。それで事あるごとに、管理職には報告をいたします。口頭だったり文章だったりします。ほんの僅かな時間であっても「先生、K君はね…」と話すわけです。

 これだけでは足りませんので、リソースを活用しています。いろんな人が資源を持っています。先生方だけでなく保護者にも協力をしていただこうと、本の読み聞かせをしておられるグループ、コアラママにご協力を願って、ナレーターをやっていただいています。これまでにDAISY 図書がいろいろ出来ています。

 ここに挙げたのはほんの一部です。また、音声をその子の担任の先生に、かけ算九九を校長先生に入れていただいたり、「かさこじぞう」を教頭先生に入れていただいたりとか、いろいろしています。

リソースの活用

資料07

 実際に、できたもの(マルチメディアDAISY)を聞いていただきます。まず校長先生。

 (音声:掛け算九九……さあ、九九の練習の始まりです。一緒に頑張りましょう)

 校長先生はコメントも入れてくださったのですね。そうすると本人、大喜びです。この後すぐ、校長先生のところに「ありがとう」を言いにいくと言って、飛んでいったのです。

 教頭先生の「かさこじぞう」の声を聞いたとき、「これ誰?」と言うので、「教頭先生だよ。」と教えてあげました。K君嬉しくなって、これで教頭先生と仲よくなったのです。いろんな人とつないでいくことを、このDAISY はやってくれます。アイデアは必要なのですが、DAISY で普通に指導するだけでなくて、どうやって他へつなぐかということが広がる手だての一つだと思います。

 こうしていろいろサポートしてもらっていますが、本人自身も、実は読みが上手になってきたのでDAISY 図書を作ったのです。出来たときはもう大喜びでした。現在これは特別支援学級で利用してもらっています。製作できたものは他にもありますのでお示ししたいのですが、時間が来ました。最後に、K君の音読を聞いてください。

K君(音声担当)のマルチメディアDAISY図書ができた!

資料08

 (音声:算数。算数の勉強をしました。引き算のところを間違えました。ゴムを探しました。ゴムがありませんでした。手で消しました……)

 これは、この子の普段そのままなのですね。いい作文がありました。こういう面白いのをやりますと、子どもって、食らいついてきます。ということで私も楽しんで現在やっております。簡単ですが、これで終わらせていただきます。ありがとうございました。