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日本デジタル教科書学会新潟支部「Edu x Digi Festa Niigata 2013」開催される

埼玉県立坂戸西高等学校 井上芳郎

1.はじめに

2013年2月10日新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」において、日本デジタル教科書学会新潟支部主催の「Edu x Digi Festa Niigata 2013」が開催されました。あいにくの雪空にもかかわらず、会場には定員を上回る100名近くの参加者がありました。日本デジタル教科書学会とは同会ウェブサイトによると、「デジタル教科書・教材に関する学術的な研究および授業実践を行い、その効果や意義を発信することを目的に2012年5月に発足」したとのことです。ここでは当日のプログラムにそって、シンポジウムと事例発表(一部)の概要について報告します。

2.シンポジウム「新潟からデジタル教科書の未来を発信する」

(1)デジタル教科書の実践の可能性と課題

コーディネーター:
 上松恵理子(新潟大学大学院博士研究員・学会副会長)
シンポジスト:
 原田完二(見附市立今町小学校校長)
 長谷川春生(富山大学)
 清水雅之(上越教育大学)
 若林 徹(新潟市マイスター認定教員)

原田氏:
 勤務校の小学校では各学年に50インチのプラズマディスプレイが配備され、コンピュータや書画カメラを接続し活用。教員が情報端末やデジタル教科書を活用して、子どもたちにどのような学力を身につけさせるかを考えることが大切。
 まだ現場では「一斉授業がよい」という意識が強い。それが効果的な場合もあるが、情報端末やデジタル教科書の導入により、そのような考え方は成立しなくなるかも知れない。「まず、はじめにデバイスありき」ではなく、それを使って子どもたちの学習意欲をどう引き出せるか、そのための授業スタイルはどうすべきかを工夫する必要。

長谷川氏:
 学習者の個別学習での活用事例に注目。小学校音楽の授業で「タブレットPCを活用し、個別学習を支援するリコーダー指導単元の開発」について報告。リコーダーの指使いをビデオクリップとして撮影した。映像は「鏡像」としたり、テロップを入れたりという工夫。テロップは手書きでも充分。
 実際の授業では、3時間で4曲のリコーダー曲を一人一台のiPad環境で練習。子どもたちは、自分で見たいと思うビデオクリップを選び学習。指使いがよくわかる、学習が楽しいと感じる児童が増えたことが効果。

清水氏:
 国が進めているフューチャースクール実証実験に関わる立場。フューチャースクールで一番使われているのが、画面転送と画面分割による学習成果などの比較。他者の学習成果と自分のものとを比較し、成果がディスプレイに映し出されて共有されることで、子どもたちは楽しさや緊張感を感じている。このような日々の活動を通じて、クラス内で話し合える雰囲気作りができたという効果も。
 英語の学習者用デジタル教科書では、単語の一部を隠し、簡単なドリルを学習者間で取り組む。特別支援教育での個別学習にも利用。コンピュータ操作に関する指示が増え、授業が滞る場面もあるので、これをどうするかが今後の課題。

若林氏:
 学校でiPadを5台購入し、活用方法の研究を進めている。小学校社会科の都道府県名の学習で「日本一周」と言うソフトを利用。グループ1台ずつタブレット端末を与え、画像の中に都道府県名を答えさせ手書き認識で入力。
 家庭科の授業ではSkitch(写真などに手書きメモや飾り付ができるフォトアプリ)を使い写真に書き込み、それをもとに子どもたちが話し合い、まとめた結果を発表。Dropbox(複数のコンピュータ間でデータ共有と同期を可能とするオンラインストレージサービス)を利用し、ファイルの配布と共有をしている。
 子どもたちがノートに手書きしたものを、教師がiPhoneで撮影しiCloud経由でiPadに取り込む。これを大型スクリーンで提示し、子どもたちが前に出て発表するのも効果的。

上松氏:
 皆さんの発表を踏まえ、感想と問題提起を。インターネットを活用した実践例が少ないような印象。子どもの学習活動の記録を、校務処理システムで成績管理などと連動させることが可能ではないか。海外では子どもたちがネットを通じてリアルタイムで、学校で学んだ内容をその場で親に伝えているという事例もある。

清水氏:
 インターネットを活用した授業形態は、中学段階以上であれば取りやすいのではと思う。北欧や韓国などでは、授業中に学習者のtwitter投稿が可能と聞いている。ただし、外国でやっているからそれを全て日本でもやりましょう、とはならないだろう。

若林氏:
 セキュリティ確保を十分した上での情報共有が大切だ。タブレット端末を活用した体育の授業でのビデオ撮影の蓄積など、そのままポートフォリオになるのではないか。

会場:
 デジタル教科書に求められる機能で、指導者用と学習者用では異なってくるのではないか。「どのような最終形」が望ましいか。これが固まらない限り、デジタル教科書を全国的に配備しようとしても、その具体化は難しいのではないか。

上松氏:
 利用者側で自由にカスタマイズできるデジタル教科書が、子どもたちにも先生にも受け入れやすいのではないかと思う。

清水氏:
 現在韓国で問題になっているのが「ワンクリック先生」。デジタル教材をクリックして、その指示のままに授業を進めてしまう。デジタル教科書の活用の在り方としては、教員が「これさえ使っていればそれでよい」と思ってしまうのはよくない。あくまでも一つの教材として、教員自身が組み立てた指導の中で使っていくことが大切。

当日の会場の様子

(2)デジタル教科書の可能性

コーディネーター:
 上松恵理子(新潟大学大学院博士研究員・学会副会長)
シンポジスト:
 水落芳明(上越教育大学)
 北村順生(新潟大学)
 一戸信哉(敬和学園大学)
 林 向達(徳島文理大学)

水落氏:
 子どもたちは、デジタル教科書の向こうにある「人間」に向き合っているのではないか。教師が教えたつもりになった内容と、実際に学習者が学んでいることを、乖離させてはいけない。小学生たちの学習に役立ったのは、実は子どもたち自身が作った「デジタル教科書」。一昨年前に子どもたちが作成した「教科書」がよく参照され、形を変えた「学びあい」となった。
 タブレット端末では部分を拡大できるので便利。音声認識や翻訳ソフトを使い、言語の壁を越えられ、横への広がりが期待できる。では教師の役割とは何か、教師は必要ないのか。アンケート結果では、教師の役割というものは必要と子どもたちは認識。教師は「目標の設定」や「評価」をしてくれる人だと子どもたちは認識。

北村氏:
 二つの取り組みを紹介する。一つは新潟大学「地域映像アーカイブ」センターを拠点にした、県内に残された各地域の歴史、社会、文化を伝える貴重な資料を整理しデジタル化して保存する取り組み。現在は学内のみの限定公開だが、一部について外部からもアクセスできるようにした。
 二つ目は、地域間交流学習「ローカルの不思議」プロジェクト。例えば「新潟」に関わって自己紹介ビデオを作成し、新潟県のイメージマップを作る。自分達の住んでいる地域紹介を目的とするクイズを作成。このようなクイズ映像を元にして、学校間で交流する。方法は直接交流もあるが、Skype、SNS、MLなど活用したものもある。

一戸氏:
 敬和学園大学という人文科学系大学での、「新潟ソーシャルメディアクラブ」という取り組みの紹介。インターネットの出現により今や知識のオープン化の時代で、グーグル検索で分かることを教育ではどう扱うのか。従来の一斉授業に対して「非同期型の授業」をどう設計するべきか。ニコニコ動画の例のように、ライブの授業に対して参加者がハッシュタグをつけツイートし、理解できた部分を書き込む。課題としては、このような開放された空間で学びに集中できるのか、インターネットというオープンなリソースをどのように使いこなし知識を共有していくか。

林氏:
 フューチャースクールの取り組みについて紹介。総務省の事業でタブレットPC導入と、IWB(インタラクティブホワイトボード・電子黒板)、無線LANでのクラウドをプラットフォームとして活用した協働教育を目指す。
 デジタル教科書という言葉は2005年頃から。それ以前は電子教科書や電子ブックなど。教育の情報化ビジョン(2011)で、指導者用と学習者用という切り分け。デジタル教科書を巡る議論は混乱。議論の「対象」と「目的」を明確化する必要。岩波ブックレット「ほんとうにいいの?デジタル教科書」での言説について、著者自身が少し冷静になってほしい。「デジタル教科書」という用語を解体したい。「デジタル教科書」が一体何なのか具体的に言うべき。それはコンテンツを指しているのか、それともツールを指しているのか。

上松:
 発表者の皆さんからご意見を。

林:
 日本の学校の先生としては、クラス内がばらばらな状態になることを恐れているのでは?「非同期」の学習を受けいれるにはハードルが高いのでは?

一戸:
 学生の中にはツイッターに書き込んだものが、全体に共有されるのが恐いという意見も。先生の役割はメンターとしての立場。学生どうしが横のつながりで共有していく。

北村:
 事前に細かく準備しておいてから取り組まないと、ツールだけ与えたところでうまくはいかない。

水落:
 デジタル教科書の利用の有無にかかわらず、学習者どうしが「向き合う」というより、「同じ方向を向いて」協同していくことが大事だと、学生には伝えている。

上松:
 デジタルネットワークを活用し遠隔地でも時間を共有できる。学校内だけでなく学校外でも、いろいろな生徒と教師が関われる。会場からのご意見をお願いします。

会場:
 学びの共同性というが、共同するのは子どもたちだけか。子どもたちとは離れた評価者としての教師なのか。発表では子どもたちは教師の役割を認識していた。教師も学びのコミュニティの中の一員。教師も含め学び合いのコミュニティが形成されることが重要。データベースも含めた広い意味でのデジタル教科書はそのための仕掛けになるべき。

上松:
 いろいろと貴重な意見交換ができた。今後、学習システム自体を変化させていくことが、求められているのだと思う。

3.研究&実践発表「新潟発!学習者用デジタル教科書・教材実践」

モバイルデバイスの進化と学習者用端末の未来:山本政義(新潟市立上山小学校)
デジタル端末を用いた国語の授業:片山敏郎(新潟市立上所小学校)
デジタル端末を用いた算数の授業:大関正人(新潟市立巻北小学校)
児童の表現活動におけるデジタル端末活用実践:広瀬一弥(京都府亀岡市立つつじヶ丘小学校)
デジタル端末を用いた理科の授業:石月直敬(新潟市立根岸小学校)
デジタル端末を用いた科学的リテラシーの育成:上村修(新潟市立岡方第二小学校)
デジタル端末を用いた英語活動の授業:林俊行(上越教育大学大学院現職派遣 )
デジタル端末の特別支援教育での活用:稲田健実 (福島県立いわき養護学校)
新潟発!フューチャースクールの実践:上越教育大学附属中学校
新潟発!ICTフィールドトライアルの実践:関川村立関川小学校
新潟発!ICT絆プロジェクトの実践:燕市立吉田南小学校

二会場に分かれ上記のような多数の実践発表がありました。ここでは、紙数の関係から稲田氏の発表内容のみを報告します。

○デジタル端末の特別支援教育での活用:稲田健実 (福島県立いわき養護学校)

今日の発表の趣旨は以下の7項目になる。
[1] 「特別」支援教育ではなく、「当たり前」支援教育。
[2] 支援技術(AT= Assistive Technology)や支援機器を積極的に使う。
[3] まず機器ありきではなく、子どものニーズ中心ですすめる。
[4] 視点を変えるところからはじめる。
[5] 本人の力×支援機器の力×周囲の理解(社会参加に必要な能力)という考え方。
[6] 「汎化」が大切。学校だけではなく、卒業し社会に出てからも使えるスキル獲得。
[7] 保護者や社会との協力関係が大切。

次に2013年2月6日放送のNHK NEWS Watch9「ディスレクシアを知ってほしい」を視聴し、「なぜ支援機器が必要か」「実際に活用する際の考え方」などを解説。

50歳になる井上さんは、最近自分が「ディスレクシア」であることが分かった。現在では自らがICTを支援技術として活用し、読み書き障害の困難を軽減している。例えばパソコンの「読み上げソフト」でウェブニュースを読んだり、携帯端末の音声認識機能を利用してメモを取ったりしている。日常生活や仕事でも、積極的に活用している。

小学5年生になる松谷さんのお子さん。やはり最近「ディスレクシア」であることが分かり、学校に申し入れをして授業中のタブレット端末(iPad)の使用を認めてもらっている。iPadの外付けキーボードで入力しノート代わりに使ったり、デイジー教科書を読んだりして活用している。家庭でも漢字学習アプリなどを活用し、効果を上げている。

この二つの事例の示すポイントは、「環境を整えることで出来るようになる。本人が怠けているのではない。」ということ。言い換えるとICFでいう環境因子の問題と、周囲の理解が大切であるということ。ユニバーサルデザインや合理的配慮とも関係する。

作文の紹介。「今まで僕はバカだと思っていた。でも支援機器を利用して色々出来る事が分かった。僕はバカじゃないと分かった。困っている人はそれを助けるものがあれば助けられるのです。みんなで助け合う社会になってほしい(要旨)。」

4.まとめ

最後にまとめに代えて、感想を以下に述べます。デジタル教科書学会でありながら、肝心のデジタル教科書自体に関する話題は少なかったようです。これは指導者用・学習者用ともに現時点では試作段階のものしかなく、いわゆる文科省検定を受けた正式なものができていないことが原因の一つかと思います。どうしても話題の中心は、デジタル機器の活用や教材としてのコンテンツ、実際の授業場面での工夫、などという周辺的なものが多くなり、デジタル教科書のいわば本質論について踏み込んだものは少なかったというのが率直な感想です。

しかしその中でも、特別支援教育の場面やディスレクシアなどの困難を持つ人たちにとっては、アクセシビリティが確保されたデジタル教科書は、なくてはならない大切な支援技術として、また合理的配慮として、もっと積極的に活用されるべきであるという感想をもちました。しかも全くのゼロからの出発ではなく、すでに現実にデイジー教科書があり効果も証明済みですので、各方面から普及のための働きかけがさらに必要であるとの認識を新たにしました。

(注)参加者の発言内容(要旨)は、あくまでも筆者によるメモを元にしたものです。

【参考】アクセス日はすべて2013年2月27日。
日本デジタル教科書学会
http://js-dt.jp/

NHK NEWS Watch9「ディスレクシアを知ってほしい」
http://gyao.yahoo.co.jp/player/00397/v10150/v0991200000000545319/
公開は、2013年2月26日~2013年3月26日

デイジー教科書(マルチメディアDAISY版教科書)
http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/book/daisytext.html