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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2006年8月号

ITを活用した障害者の移動・案内支援システムの開発
―障害者等ITバリアフリープロジェクト―

北風晴司
鎌田実

はじめに

障害者であれ健常者であれ、安全・安心に、そしてできれば楽しく目的地へ移動できることは、社会生活を行っていくうえで必要不可欠なことである。特に、視覚に障害がある場合は危険な場所の認知や周辺の情報の把握が有効であるし、車いす使用者の場合は段差や急勾配の坂を避けた誘導が有効である。

本プロジェクトは、経済産業省及びNEDOの委託研究事業として2003年度から4年計画で、さまざまな通信技術を用いて使いやすい端末の試作や、安全・安心に移動ができるための情報獲得の仕掛けに関して研究開発を行っている。

ここでは、移動・案内に関する歩行モデルを定義し、そのモデルを満たすための端末の試作、昨年開催された「愛・地球博」での評価実験、そして実験結果の分析から情報獲得の仕掛けのポイントと標準化への取り組みに関して述べる。

移動・案内に関する歩行モデル

安心・安全、そして楽しく目的地へ移動できるためには、さまざまな場所でさまざまな案内が必要である。本プロジェクトでは障害者の移動を念頭に、「移動モデル」を定義した。

まず、「移動」を構成するものとして、「誘導」「案内」「注意喚起」が考えられる。

「誘導」とは、目的地への方向を指示するもので、カーナビゲーションシステムの「100m先を左折してください」などと同じものである。

「案内」とは、周辺に何があるかを知らせるもので、視覚に障害がなければ容易にわかるが、視覚に障害がある場合は、周辺の店舗などがわかることで有効な情報である。

「注意喚起」とは、前方にたとえば下り階段などの注意を要する場所や危険な場所がある場合、事前にその情報を知らせるものであり、これも視覚に障害のある場合は有効な情報である。

さらに、現在地から目的地への移動(たとえば市役所から駅)の場合、情報を発信・受信する箇所として、以下の場所が考えられる。

1.スタート地点……今、自分がどこにいるのかの把握と、目的地の設定による進行方向に関する情報の把握。たとえば「ここは市役所前です。右に○○m直進です」

2.経路途中(誘導)……進行方向に歩いていて、本当にその方向で間違っていないことを一定距離ごとに確認できるための情報の把握。たとえば「そのまま、まっすぐに○mです」

3.危険場所(注意喚起)……前方に歩行に危険あるいは注意を必要とする場所がある場合に確認できるための情報の把握。たとえば「前方○mに下り階段があります」

4.ランドマーク(案内)……歩行中に周辺に店舗などがあることの把握と、その内容の情報の把握。たとえば「○○商店街です。○○商店です」

5.曲がり角・分岐点(誘導)……直進以外の場所に関する事前とその場での情報の把握。たとえば「前方○mを左折です」

6.サブゴール(誘導)……目的地に到着したことの把握。そこより、周辺の施設などを探して行動を行う。たとえば「駅のコンコースです」

7.ゴール(案内)……サブゴールに到着し、周辺を探索して、本当に行きたい場所の情報を獲得し、移動する。たとえば「改札口です」

これらの場所が組み合わさり、健常者と同様に安心・安全に移動することが可能となる。本プロジェクトでは、これらのモデルに基づき、どこでどのような情報を得られることが最も有効なのかについて検討を行った。

図1 歩行(誘導・案内・注意喚起)モデル
図1 歩行(誘導・案内・注意喚起)モデル拡大図・テキスト

システムの開発

利用者が持つ端末に関しては、これまでに開発や研究が行われてきた複数のシステムの利点を集積し一つの端末で利用できるようにした。

まず、位置を検出する手段として、通信機能をGPS・赤外線・FM波・RFIDの技術を統合化端末に取り込み、システムを構築した。その特徴と利用内容は以下のとおりである。

1.GPS…大まかな位置を特定する。出発点で、ここはどこであるかを知るために利用。

2.RFID…誘導ブロックにタグを埋め、白杖を用いてピンポイントの位置情報を得ることに利用。

3.FM波…目的地の近くに来た時点で近づいていることを知ることに利用。

4.赤外線…指向性に富み、距離感も検知可能であるため、自分の周りにどのようなものが存在するのを知るのに利用。

これらの要素の特徴を活かしつつ、現在地から設定した目的地までのシームレスな誘導・案内を実現するシステム構築をめざした。

図2 システムの開発
図2 システムの開発拡大図・テキスト

評価実験の実施と分析

試作を行ったシステムを利用して、「愛・地球博」会場にて評価実験を行った。実験の内容は、「端末の使い勝手」「シームレス情報案内への評価」「案内のタイミングや距離とその情報内容の評価」など多岐にわたるものとした。

実験期間は2005年の6月後半から約2か月で、被験者総勢225人(視覚障害者169人、車いす使用者20人、聴覚障害者及び高齢者36人)という大規模な実験であった。

まず、全体的な意見を含んだ定性的な観点からの結果として、被験者からの本システムを試用しての感想や本システムの有効性に関して、次のようなコメントをいただいた。

  • 慣れていない場所では、音声案内が移動には大変助かる。
  • 自分の行動範囲が広がるので、夢があり、楽しくてたまらない。
  • 赤外線は方向が分かって便利だが、慣れないと使い方が難しい。
  • 端末が軽くなって助かるが、もっと軽くなればより便利である。
  • 案内内容で、「およそ」と言われても人によって感覚が違う。
  • 慣れてくると、音声の速度はもっと速くてよい。
  • 音声案内システムを使っている時は、音声が聞こえなくなると不安になる。

実験結果の大きな成果の一つとして、情報の提示場所についての考察がある。これは、特に視覚障害者の場合、どのような物や施設に対して情報が必要なのかを調べたものである。その結果、大別して2種類の案内要求が高かった。一つはドア・受付・トイレ・水飲み場のような「目印となるような設備など」の情報であり、もう一つは階段・エスカレーター・エレベーターなどの「危険な箇所」の情報であった。

また、危険性のある場所において、どの程度手前で警告として情報を与えたらよいかの検討も大きな課題となる。その結果、たとえばエレベーターの前では、およそ5mから10m手前での情報獲得の要求が高かった。他の危険性のある場所個々に分析を行うことで、それぞれから得られた距離が一つの情報発信の目安となると考える。

さらに、直線の道路において進路が正しいことの告知は、約10mの間隔で情報が流れると不安感が少ないという結果となった。

本稿には一部しか紹介できないが、さまざまな場面での実験分析を行い、歩行者の誘導・案内に適した端末の仕様・発信機などの設置場所と間隔・情報の内容などの示唆を得ている。

標準化に向けた活動

本プロジェクトは、単なる研究開発にとどまらず、本格的な普及をめざし標準化に向けた活動を実施している。愛・地球博での実証実験も標準化に向けた最適な情報提示法を探ることが大きな目的であった。また、学識専門家、多数の関連省庁の担当官、類似プロジェクトの担当者などからなる実用化検討委員会を開催してきた。今後、評価実験の結果を盛り込み、標準化案を作成し、WEBによる公表や各地への説明会の開催によるヒアリングなどを行っていく予定である。

まとめ

統合型端末による移動支援のための誘導・案内システムプロジェクト「障害者ITバリアフリープロジェクト」の概要とその評価実験・分析・将来計画について述べてきた。

このプロジェクトにより、多くの障害者が自由にかつ安全に戸外や施設内を移動でき、彼らの活動の幅が広がることが望まれる。

終わりに、本プロジェクト遂行に大変お世話になっている経済産業省医療福祉機器産業室の歴代の担当官、NEDOの担当者、日本博覧会協会の担当者、関連省庁の担当官、また暑い中実験にご協力いただいた被験者の皆様に厚く御礼申し上げ、結びとする。

(きたかぜせいじ・日本電気株式会社、かまたみのる・東京大学)