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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年8月号

作業療法士の立場から
―感覚統合理論の視点で発達障害を理解する―

石井孝弘

1 子どもたちの適応行動上の困難さの原因を明確にする

たとえばADHD(注意欠陥多動性障害)であれば、注意の障害なのか、行動面における多動性の障害なのかによってかかわり方は違ってくるし、さらに注意の障害でも、聴覚機能の問題なのか、視覚機能の問題なのかによってもかかわり方は違ってくる。多動性に関しても同様であり、空間の中で体が動くことで感じることのできる前庭覚刺激の低反応性が原因なのか、それとも筋関節からの刺激としての固有受容覚刺激の低反応性によるものなのかによっても違ってくるし、さらにそれ以外の原因があるのならば、その原因を明らかにする必要性があるかもしれない。

感覚統合理論では感覚機能に着目して、可能な限り、その原因を明らかにした上で必要な刺激を遊びを通して提示していくことで、適応行動上の困難さを解決していこうとするものである。

2 感覚刺激の登録、調整の障害

脳は、周囲の環境や体の中で作られる感覚刺激を常に受容し情報処理しながら適応行動を作り出していくが、この時、感覚刺激は脳が情報処理しやすいように調整されている。強過ぎる刺激は抑制され、逆に、弱い刺激はそこに注意を向けて感じやすくし、その上で脳により情報処理が行われて適応行動につなげられている。しかし、この機能は人によって違いがあり、非常に感じやすい人もいれば、逆に感じにくい人もいる。

たとえば触覚刺激では、人によってはどのような服の素材でも抵抗なく着ることができ襟のタグも気にならないが、ある人は化繊やウールは着ることができなかったり、襟のタグもとらないと着られない人もいる。また、前庭覚刺激では、同じジェットコースターに乗ってもある人は楽しいと感じ、ある人はジェットコースターには二度と乗らないと思うくらいに恐怖に感じるかもしれない。ジェットコースターに乗るという体験は同じでも、情動に与える影響は人によって違うということになる。つまり、刺激は直接脳に送られるのではなく、一度調整されて脳に送られていると考えことができる。

図1は刺激の調整機能について表したものであるが、ジェットコースターに乗った時の前庭覚刺激を楽しいと感じる人は「定型的な発達をしている子どもの刺激の感じ方」の左側に位置し、刺激は感じにくいが故に恐怖というよりは楽しいと感じていると考えられる。恐怖に感じてしまう人は、右側に位置し刺激を強く感じてしまうが、故に楽しいというよりは怖いと感じていると考えられる。

図1 感覚刺激の登録と調整の障害
図1 感覚刺激の登録と調整の障害拡大図・テキスト

発達障害の子どもたちの場合には、刺激を非常に感じにくかったり、逆に非常に敏感に感じてしまったりする子どもがいる。

前庭覚刺激を非常に感じにくい子どもの場合を考えてみると、脳に前庭覚刺激が入力されないと脳は情報処理を行うことができず、そのような時、脳は自分で入力できる方法でその刺激を取り込もうとする。その場合によく観察できるのが、走り回ったり、その場で回転したり、ブランコ、トランポリン、滑り台を好むなどの姿である。

一方、前庭覚刺激を非常に敏感に感じてしまう場合には、ブランコや滑り台などの子どもたちが楽しめる遊具であっても、その前庭覚刺激は恐怖という情動につながり、それらの遊具で遊ぼうとしない、階段やほんのわずかな段差でも恐怖に感じてしまうこともある。そのような子どもは外遊びを好まずに、部屋の中で静かな遊びを好むことになるかもしれない。

これらの例と同じようなことが他の感覚機能でも言うことができる。刺激の感じ方に偏りがあるような子どもを理解しようとした時に、当たり前、当然、常識、正常範囲などの言葉が、その子どもの理解を困難にしている。

3 感覚刺激と感覚機能の役割

A.前庭覚刺激と前庭覚機能

前庭覚刺激とは、空間の中で体が動いた時に感じることのできる刺激である。その刺激は、厳密には内耳にある器官で感じている。その場で回転を繰り返すと目が回る、めまいが生じるのは、この機能によるものである。

地球上で姿勢を保つこと、眼球運動、安心感と楽しさの感情を生み出す、覚醒と鎮静などの機能の獲得に、前庭覚刺激は重要な役割を持っている。

人はほんのわずかでも手を動かせば体の重心は移動する。それを脳は刺激として受容して情報処理し、倒れないように必要な筋を収縮して対処している。つまり、地球上で姿勢を保つことができるのは、姿勢保持に必要な筋の働きは前庭覚刺激を受容して働く前庭覚機能であるといえる。椅子に座っている時に姿勢が保持できない子どもを検査してみると、前庭覚機能の問題を抱えている子どもは非常に多い。

眼球運動に問題がある子どもは球技が苦手だったり、文章を読む時に文字をとばしてしまったり、行をとばしてしまったりの問題を抱えている子どもがいる。

B.固有受容覚刺激と固有受容覚機能

筋、関節から脳へ送られる刺激で、体を動かした時に今、自分の体がどのように動いているのか、重い物などを持った時に重いと感じるなど、さらには、物を扱う時にどのくらい力を入れたらよいのかを調整できるのもこの機能によるものである。

運動の調整、身体の動きを知る、情動の調整、覚醒の調整などの機能の獲得に、固有受容覚機能は重要な役割を持っている。

運動の調整とは、自分自身の体を見なくても自分の体を適応的に動かすことができることである。脳は体を動かす筋を収縮させて目的の運動を作り出すが、この時に今、どのように筋が収縮しているのかという刺激を脳に送り返すことで、脳は目的に合った運動ができているのかどうかを判断している。固有受容覚刺激が適切に脳に送られないと、脳は、今自分自身の体がどのように動いているのか判断できない。その様子は「手の使い方や体の使い方が不器用である」という言葉が当てはまるような様子となる。

C.触覚刺激と触覚機能

触覚刺激は受容的な刺激と能動的な刺激がある。有害刺激に対して身を遠ざけようとする防衛的機能や、触れてみてこれは何かを知る判別的機能(外界探索)、また体をイメージし、脳が環境の中でどのように体を動かすのかを決める重要な機能がある。さらに覚醒の調整、特に触覚防衛反応は情緒的安定と対人交流などの発達に影響する。

D.聴覚刺激と聴覚機能

環境にある音の中から必要な音に注意を向け、それ以外の音を抑制する聴覚の図地弁別機能がある。この機能に問題があると、環境の中にあるすべての音で注意が散漫となり、聞かなければならない音に注意を向けることができなくなってしまう。

さらに、環境音に別の音が入ってくるとその音に注意を向ける機能は無意識に働くが、この機能が優位であるとわずかな音であっても、本人の意思とは関係なく注意がそこに向いてしまうので、同じく注意散漫となってしまうことがある。

E.視覚刺激と視覚機能

環境の中にある視覚刺激の中から必要な視覚刺激に注意を向け、それ以外の視覚刺激を抑制する視覚の図地弁別機能があるのは、聴覚機能と同じである。さらに視覚の防衛機能は、視野の中に動く対象物があれば意思とは関係なくそれに注意が向いてしまい、結果として、落ちつきのない行動としてとらえられてしまうことがある。

4 感覚統合の発達モデル

図2は感覚統合の発達モデルであるが、各感覚機能は発達の土台となっている。その土台を基礎として姿勢を保つことや体を動かすこと、さらにそれを基礎として、初めてのことにも体を使い適応していくことや、手を目的的に使用したり、色や形の理解、さらに最終産物として、言語コミュニケーションの獲得がある。

図2 感覚統合の発達モデル
図2 感覚統合の発達モデル拡大図・テキスト

この図から分かるように、感覚統合機能の重要な役割として、各感覚機能が相互に関係しながら種々の適応行動を獲得していくことがあげられる。

発達モデルの土台である基礎としての感覚機能の積み木が外れていたり、形がゆがんでいるとすれば、その影響は一番上にある積み木にまで影響するということが分かる。このことが感覚統合理論で発達障害をとらえた時の中核的な問題である。故に、発達障害児者の生活上の困難さをその原因としての感覚機能レベルで理解し、対応していくことが重要であることが分かる。

5 ライフステージに沿った支援

感覚統合機能が生涯を通して生きていく上で必要な機能ととらえるならば、発達障害をもつ人たちがどの年齢段階であっても、個々が持っている感覚機能とどのように付き合い、どのようにしたら生きやすくなるのかを考えることは、非常に重要である。そのために、かかわるすべての人が個々の子どもの感覚機能について理解する必要がある。

中学生、高校生では、自分自身の感覚機能とどのように付き合っていくのかを考えていかなければならない。年齢が高くなるにつれて、脳の可塑性に働きかける方法から、社会の中で過ごしやすく生きる方法の獲得へ移行していく必要がある。

感覚統合理論を応用するためには、社会生活上の困難さとしての対人関係、学習、行動、コミュニケーション、さらに感覚機能の特性として必用としている刺激、苦手としている刺激はないかを知ることが必要である。その上で、その特性に合わせた問題解決の方法を身に付けていくことになる。

たとえば、発達障害をもつ成人でコミュニケーションをとることに問題を抱えているならば、人とかかわることが少なくてすむようなコンピューター関係の仕事が適しているかもしれない。制服や体操着の生地の材質が触覚過敏により受け入れられなければ、受け入れることができるような材質、具体的には綿で作られた服の着用を許可したり、体操着も自分で着用することに抵抗がないような材質の物を選ぶことを許可するなど、学校側がその生徒のことを理解し、学校側が歩み寄ることが求められる。

このような場合には、教員はじめ学校全体が理解を示さないとかえって本人の精神的な負担になることがあり、注意が必要である。

青年期以降は周囲の人が理解ある対応をしてくれるのかどうかが、生活のしやすさに大きく影響する。周囲の理解を本人が求めることは困難なことが多く、発達障害を理解し、かかわっている職種の人たちが援助する必要がある。この点では、専門職自身が社会の中でできることとして、発達障害の理解を啓発していく努力をしなければならない。また、良き理解者としての両親の役割は大きい。安らぎの場が家庭であり、家族であることが保障されていることも重要である。

生活しにくい状況に慣れるのではなく、生活しにくい状況に自分を置かない。やむを得ない時の対処方法を身に付けることは、社会の中で生きていく上で身に付けておきたい方法の一つである。

私は、子どもでも大人でも発達障害をもちながら社会で生きている人たちがもっと過ごしやすくなればよいと思っているが、それ以上に社会の中で生きていく時に楽しい経験がもっとできればよいと思っている。なぜならば、人が生きるために絶対に必要な呼吸したり、食べたりと同様に、楽しい作業も人が生きていくためには絶対に必要であると考えているからである。

(いしいたかひろ 社会医学技術学院作業療法学科)