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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2010年9月号

列島縦断ネットワーキング【岐阜】

検証・招き猫は本当に福を招くのか
―私たちの「ねこの約束」物語―

北川雄史

はじめに

名古屋から20分。JR岐阜駅の改札を出てすぐの一角に「ねこの約束」というかわいらしいお店があります。並んでいるのは、色とりどりのかりんとうと招き猫の形をしたマドレーヌ。いぶき福祉会(以下、いぶき)が岐阜県ふるさと雇用再生特別基金事業の委託を受けて運営しています。

ねこの約束はお店の名前であると同時に、いぶきが取り組む「伝えること、集うこと、買うことから始まるわが街づくりと社会貢献のプロジェクト」の名称でもあります。お客さんから評価されるきちんとした商品を作り、その商品を通じて、障害のある方を含むだれもが暮らしやすい地域をつくりたい。ここは単なる販売所ではなく、そんなブランディングの発信拠点です。大切なことは、人と人との「縁紡ぎ」。ただし、障害のある方がしっかり給料をもらえるような仕事づくりが軸であることは変わりありません。小さな招き猫の形をしたマドレーヌを作り始めた、3年半前から始まった小さな“ねこの約束物語”をお伝えします。

1 誕生前夜

いぶきは1995年に法人化し、現在岐阜市内に、多機能型、生活介護、就労継続B型の3事業所があり、109人の利用者と84人の職員がいます。授産活動で焼菓子を始めたのは2005年のことでした。それまでのいぶきの利用者の仕事内容は下請け作業が中心で、自主製品はかりんとうと縫製品・草木染程度でした。新商品の開発と販路拡大を模索する中「(開港して間もない)中部国際空港で草木染を売りたい」その一言から、人づてをたどって遠く100キロも離れた愛知県常滑市の商工会議所や窯元とのおつきあいが始まりました。

日本一の招き猫生産地とされる常滑市では、当時、招き猫での町おこしに取り組んでいました。その中で、作られたシリコン製の招き猫の立体型は、高価な金型をおこさずに、常滑焼の伝統工芸士の技術を生かしてオリジナル型が作れる画期的なものでした。ところが、それを使ってお菓子作りに取り組む人が現れず、そこで白羽の矢が立ったのが、焼菓子を始めて間もないいぶきでした。焼菓子の試作の味見をお願いし続けていた方が、常滑に深い関係があり「あの味と食感が忘れられなくて…」と声をかけてくださったものでした。2007年2月、まずは挑戦したいと二つ返事で意気込むいぶきに届けられたものは、今まで見たこともない型でした。

2 誕生と気付き

型が届いた4時間後には、招き猫マドレーヌの試作第1号が並んでいました。招き猫の愛嬌に表情が緩んだのを覚えています。常滑で街頭デビューしたのは、それから2か月後のゴールデンウィークでした。

焼菓子事業を始める時にこだわったのが、飛騨地方で作られた希少バターでした。上質で物語性がある素材を使うことは、私たちが自信を持って商品を扱うことにつながると考えていたからです。今でもこのバターがマドレーヌの生命線です。あくまで味をベースに、それに加わった招き猫のデザインとそれを目にするお客さんとのやりとりで、私たちは少しずつ手ごたえを感じていきました。

その後、常滑焼にちなんで、黒はチョコ味で厄除、緑は抹茶で合格というように、ご利益に合わせて色と味をつけたり(8種類すべて自然素材です)、常滑の古くからの酒蔵の酒粕を練りこんだりしながら商品展開は面白いように広がりました。いずれも出会った人との会話の中での思いつきが形になったものばかり。いい商品はいい人との出会いをつくってくれると気付き始めたのはこの頃でした。

3 「展開」と「集約」

ひとつの仕事や商品を見た時、その商品を元にした可能性がどんどん広がっていく「展開」と、その商品の元にいろいろな人や機会が吸い寄せられるように結びついていく「集約」というとらえ方があることを実感しています。そして、そこに果たすメディアの役割が大きいことも確かです。

最初の大きなきっかけは、2008年、きょうされんの自主製品コンペで金賞をいただいたことでした。当時は新聞に載ったりするだけで喜んだりしていたのですが、その中で得たことが二つありました。ひとつはさらなる人のつながり。もうひとつは私たちの仕事としての誇りでした。大きな雑誌に掲載されたりすると注文も殺到します。仕事も大変になる一方で、「自分の仕事」が社会の中で評価されることで、私たちも一皮むけていったような気がします。

販売戦略も試行錯誤する中、基本においたことは、「宣伝」ではなく「発信」に徹するということでした。お菓子を売るのではなく、ここに関わる物語を伝えていくということです。切り口はいくつかあります。招き猫マドレーヌが生まれてくる過程は、職人の技術とこだわりの素材と、そして社会活動と連動した販売力といぶきの生産力との絶妙なコラボ=農商工福連携事業の賜物(たまもの)です。ネット上では、(おいしい)お菓子、(かわいい招き)ネコ、そして(がんばっている)福祉の3つのチャンネルがつながってきていることがよく分かります。そして、いぶきのことだけを考えるのではなく、地域のためにできることを考えるということも、この物語のエッセンスです。

こんなこともあります。J2のFC岐阜の選手のホームゲーム前のゲン担ぎに勝利を招く招き猫マドレーヌの差入れを続けています。選手ロッカーには訪れた利用者さんの写真も。今年で3シーズン目ですが、地元チームの試合結果に一喜一憂するという、差入れを始めるまでは知らなかったそんな地域の一員としての醍醐味を、気付かせてもらったのは私たちの方でした。

こういう物語を共に綴り、発信していくパートナーをたくさん作ってくることができました。こだわるのは、傍らに敗者を生みだすWIN―WINの関係ではなく、みんなを巻き込むことができるHAPPY―HAPPYの関係であるということです。素敵な素材を持ち寄ったり、メディアに、社会に、行政に、企業に…発信したい先に届けてくださるようなパートナーが地域ごとにあるのは、頼もしい限りです。

いろいろな展開と集約を繰り返し、その過程を発信し、また人とつながっていく。JR岐阜駅のお店もそんなステップの連続で実現したものでした。ショップを拠点とするプロジェクトのテーマでもあるわが街づくりは、この街を、私たちもかけがえのない存在として暮らしていける街にすることでもあります。こんなことを伝えながら、いぶきの商品を手に取ってくださった方のうち何人かでもが、自然に障害のある方々をさりげなく地域で支えるサポーターにもなってくださることを願う、そんな縁紡ぎが、「ねこの約束」のブランディングの真髄です。

4 さいごに

今私たちは、5本の大きな柱を立てて取り組んでいます。それは1.利用者の所得保障、2.法人の体力強化(財政・人材・地域)、3.重症心身障害の支援ネットワークづくり、4.利用者と保護者の高齢対策、5.障害のある方の権利擁護の5つです。これらは障害者自立支援法施行前夜の2005年から、経営・実践をめぐる状況分析(Negative SpiralとPositive Spiral:図1)をして作成したものです。そして、招き猫マドレーヌは、1と2のアイテムとして、私たちに素敵な福を招いてくれました。でも、まだまだこれからです。「ねこの約束」は私たちの願いを込めた地域づくりのプロジェクト。それを何とか実現したい…それが、今を共に過ごす障害のある利用者さんたちとの、いぶきの約束です。

図1 経営・実践をめぐる状況分析図(Positive Spiral)
図1 経営・実践をめぐる状況分析図拡大図・テキスト

(きたがわゆうじ 社会福祉法人いぶき福祉会第二いぶき施設長)