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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

障害児者の学びを支えるスマートフォン・タブレット等のテクノロジー利用

平林ルミ・近藤武夫

はじめに

本稿は、読み書きなどの学習に困難を抱える子どもたちへのテクノロジーを活用した教育を事例を挙げながら紹介する。前半はその理念を説明し、後半は読む・書く・コミュニケーション活動への具体的支援を紹介する。

1 自信を失う子どもたち

文字を読むとたどたどしく、みんなの前では恥ずかしくて読みたくない、漢字テストの前の日には夜遅くまで勉強しているのに、漢字が書けないといった読み書きの問題を抱え、自信を失った子どもたちが、東京大学先端科学技術研究センター(東大先端研)の相談室にやってくる。読み書きの練習を積み重ねているのに、なかなかできるようにならないという経験が子どもたちの自尊心を傷つけ、学習への参加を著しく阻害している。

こうした読み書きに困難のある子どもたちの教育を考える上で、国語科で求める「読む力」とは何かについてもう一度考え直す必要がある。低学年において「読む力」とは「文字を音に変換する能力」に該当するが、高学年になると「読む力」は「読解能力」を指すようになる。学齢に応じて学習目標が変化するにもかかわらず、読みに困難さをもつ子どもに対しては「文字を音に変換する能力」に焦点化した教育が行われ、なかなか読解の学習に進めないという状況がある。

文字を読むことが困難でも、耳から聞くと理解できる子どもは少なくない。従って文字を音声化することができれば、こうした子どもたちの学習を補償できる。スマートフォンやタブレットには、標準で音声読み上げ機能を持つものがあり、文字の音声化技術は、誰にとっても身近なものになった。

東大先端研人間支援工学分野では、読み書きが困難な子どもたちの学習にテクノロジーを活用するさまざまな研究を行なっている。その中で、読み書きの評価とその困難さに応じたテクノロジー活用の提案を行う、読み書きラボココロ(通称ココロ)1)を2009年に開設した。2014年3月までに、約300人の子どもたちに活用法を提案している。また、東大先端研では、2007年から障害のある高校生の大学進学を助けるDOIT Japan2)を運営し、2011年からは、その対象を読み書きの苦手な小学生に拡大した。

2 技術を身方につける

テクノロジー活用には大きく分けて二つのアプローチがある。一つ目は、指導者がよりよい指導を行うためにテクノロジーを使うアプローチである。指導者がタブレットPC等を活用することで、紙媒体では実現できない、または、準備に手間のかかっていた教材の作成が可能となり、多様な教育ニーズに合わせた教材を子どもたちに提供できる。

もう一つは、子ども自身が教室のテクノロジーを活用して困難を補い、教育に参加できるようにするアプローチである。タブレットPCが学校にあったとしても、子ども自身がそれを十分に使いこなせなければ、それは学びの手段として機能しない。彼らのテクノロジー活用技能を培う教育が必要である。

3 目的に立ち返る

理科が大好きで石のことは大人よりも詳しいAくん(当時、小学4年生)は、文字を読むのが苦手で文章をたどたどしくしか読めない。音読の宿題が苦手で、読んでも頭に入らない。大好きな石については、博物館に行って珍しい石を観察し、海岸でさまざまな石の標本収集を行うなど研究熱心である。

しかし、百科辞典を参照し、石の特性を調べようと試みても、文字が細かく漢字が多数あるため独力では十分に理解できない。書きについては、黒板を書くのが遅く、整った字を書くことができないため、書いたメモが自分でも読めない。そして、黒板の書き写しに注力してしまうために先生の話に耳を傾けられないという困難が生じていた。また、理科に関しては博識であるが、小さな声でぽつぽつとしか話さず、自身の考えや知識を口頭で人に伝えることを苦手としていた。そんなAくんにテクノロジーはどう役立つだろうか。

テクノロジーを使った支援を建設的なものとするためには、タブレットPC等のテクノロジーありきの発想になってはならない。たとえば、音読の活動が困難な場合、そもそも音読という活動を通して、何を子どもに学んでほしいのかを考える必要がある。音読することには、子どもが「文章の内容を理解する」・「漢字の読み方を学ぶ」・「意味のわかる語彙を増やす」・「流暢に文字を音に変換する」ことなど、いくつもの異なる目的が含まれている。

ある教育実践において、「文章の内容理解」が目的であれば、必ずしも自分で音読する必要はなく、耳から情報を聞く「文字の音声化」が活用できる。このように優先すべき目的を明確にすると、テクノロジーをどのように役立てるべきかがはっきりする。

また、目的を明確化することは、障害のある子どもたちに学校が提供する支援や配慮の妥当性を検討する上でもポイントとなる。たとえばAくんに関して、「読み書きの練習をあきらめてよいのか」と保護者や教員から質問を受けることがある。

小学校高学年の国語の教育目標は「文字の読み書き」から「内容読解・表現」に移行している。にもかかわらず、「文字の読み書き」だけを目標とすると、Aくんは「内容理解・表現」を目的とする教育にアクセスできない。従って、Aくんの学習参加を補償するためには、音声読み上げで文字の読み書きを補償し、内容理解を目的とした活動への参加を優先すべきである。

このように、テクノロジーの使用は、読み書きの訓練を否定するものではない。何を補償するかによって、教育方法を適切に選択すればよい。

4 読むことを助けるテクノロジー

読みの困難があり、紙の教科書を使って学習するのが困難な場合、障害のある人の利用に配慮した電子媒体に変換したものを得ることができる。それをパソコンやタブレットPCの音声読み上げ機能で読み上げさせられる。他にも、文字を拡大したり、フォントの種類や色、背景色、行間などを変えることもできる。

電子教科書の提供については、東大先端研Access Reading3)(Microsoft WordのDOCX形式やEPUB形式の教科書を提供)や日本障害者リハビリテーション協会4)(マルチメディアDAISY教科書を提供)などが取り組みを行なっているため、電子媒体の入手について相談するとよいだろう。

プリントや資料集など電子データがないものは、周囲の大人が読み上げてそれを録音したり、撮影した写真に音声を付加する対処もできる(例:iOSアプリ「カメレコ」の利用など)。

また、OCR(光学文字認識)の技術向上も目覚ましい。たとえば、「iよむべえ」というiOSアプリを使うと、画像から文字を取り出し、音声で読み上げることが手軽にできる。

5 書くことを支援するテクノロジー

Aくんの場合、文字が流暢に書けない、字が乱れて自分でも読めないという困難が生じていた。これに関しては、黒板をカメラで撮って画像で記録する方法や、ICレコーダーで音声を録音したりする方法が有効である。また、手書き文字やイラストと録音した音声を連合させることで、録音メモの聞きたい部分の頭出しを可能にするアプリ(AudioNote)やペン型の録音機(Livescrive社製エコースマートペン)もある。こうしたメモは、活用しなければ意味をなさないため、メモしたことを後から見返す習慣があるか否かが、こうしたツールを使いこなす鍵となる。買う物をメモしておつかいをしたり、電車のルートをメモしてから出かけるなど、日常的にメモして見返す習慣を取り入れるとよい。

一方、児童に板書を書き写させることの中にも複数の教育目標が隠れている。「教師が生徒の授業態度を能動的にする」、「情報の記録技能を身につけさせる」、「ノート提出によって教育評価を行う」、「復習を促す」などである。

Aくんの場合、「ノートを書く」ことに高い負荷があるために授業が聞けなくなっている。「ノートを書く」ことによって、本来、授業の中で最も優先順位が高いと考えられる「授業の内容理解」が阻害されてしまう。カメラを使用することで、書くことの負荷をなくすことができるため、Aくんには効果的である。しかし、教室運営上の制約からそれが許可できないならば、ノートをとらずに授業をよく聞くように指導し、復習に必要な教材をその授業後に提供することでも、同等の補償ができる。教育目標に優先順位をつけ、工夫することが必要である。

6 コミュニケーションを助けるテクノロジー

Aくんは人前で発表する時には、事前に発表内容を録音しそれを再生させる工夫をしている。また、日々の自分の発見を、いろいろな人に定期的にメールで発信している。音声コミュニケーションが苦手でも、文字を介したり、録音した音声を出力したりなどしてコミュニケーションを補償できる。事前に録音した音声を出力してコミュニケーションを補助する機器(VOCA)やアプリには、さまざまなタイプがある。VOCAに関しては、東大先端研人間支援工学分野が運営する支援機器に関するデータベースAT2ED5)に情報が整理されており、アプリについては、東京都障害者IT地域支援センターのウェブページ6)が参考になる。

7 読み書き困難の評価およびテクノロジー活用の評価

ココロでは、読み書きの苦手さの評価やテクノロジー活用の効果評価を行う。複雑な心理検査を多数行なっているように思われるが、実際は、簡便に実施できるものがあるので紹介する。

読み書きが遅い場合には、それがどの程度遅いのかを知ることで、代替手段の必要性を判断できる。「小学生の読み書きの理解(URAWSS)7)」を用いれば、読み書きの速度を測定し、それが学年の平均と比べてどの程度逸脱しているかが分かる。

テクノロジーの効果評価は、実際に使って試すことで、効果を客観的に検討できる。音声読み上げの効果を知るためには、テストで問題を読み上げたときと、それ以前の読み上げがなかったときの成績を比較すればよいし、ワープロによる書字の代替については、書字速度や作文の内容の質的変化を、手書きとワープロ使用で比較すればよい。

おわりに

教育場面でのテクノロジーの利用は、障害からくる困難のある生徒が他の生徒と等しく学ぶ機会を得るために必要なこと、すなわち、合理的配慮8)のひとつと言える。他の多くの生徒と異なる方法であっても、その方法がなければ学びに参加できない生徒であれば、利用が認められるかどうかが個別に検討されて当然となっていくだろう。授業や家庭学習だけではなく、定期試験や模試、そして高校入試や大学入試、さらには将来の就職試験や資格試験等でも一貫して、合理的配慮を得た上で、その個人の能力を本質的な評価することが求められる時代がやってくる。実践を積み上げる中で、さまざまなコンフリクト9)も起こってくるだろう。テクノロジーを使ってよいかどうか、という問題に立ち止まる不毛な議論を乗り越えて、どのように効果的に用いて彼らの学びを最大化できるかの議論へ向かうことが求められる。

(ひらばやしるみ・こんどうたけお 東京大学先端科学技術研究センター)


【脚注】

1)読み書きラボココロ http://at2ed.jp/clinic/

2)DO-IT Japan http://doit-japan.org/

3)AccessReading http://accessreading.org/

4)エンジョイデイジー http://www.dinf.ne.jp/doc/daisy/index.html

5)AT2ED http://at2ed.jp/

6)東京都障害者IT地域支援センター、iPhone、iPad用・障害のある人に便利なアプリ一覧、http://www.tokyo-itcenter.com/700link/sm-iphon4.html

7)こころリソースブック出版会、小学生の読み書きの理解 URAWSS(Understanding Reading and Writing Skills of Schoolchildren), http://www.kokoro-rb.jp/10_59.html

8)内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html

9)近藤武夫(2012)「読み書きできない子どもの難関大学進学は可能か? バリアフリー・コンフリクト:争われる身体と共生のゆくえ」東京大学出版会、中邑賢龍・福島 智(編)、93―111