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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年10月号

ワールドナウ

図書館にようこそ!
-スウェーデンのディスレクシアの人への支援

野村美佐子

はじめに

1927年に設立された、図書館・情報のサービスおよび利用者の利益を代表する国際図書館連盟(IFLA)の中で活動するセクションに、特別なニーズのある人々に対する図書館サービス分科会(LSN)がある。著者も常任委員会の委員として関わっているこの分科会は、何らかの理由で従来の図書館サービスを利用できない人々への図書館および情報サービスに携わっている。この分科会においては、2001年に作成したディスレクシアのための図書館サービスのガイドラインの改訂版プロジェクトが進められ、まもなくIFLAから出版される予定である。

ガイドラインの作成にあたっては、モデルとなる図書館の事例を捜したが、同分科会の常任委員であるスウェーデンのハイディ・アスプランドが取り組むレラム市立図書館の事例に注目した。ハイディは、イエテボリを含むベストラ・イェターランド県の公共図書館に対してアドバイスをするコンサルタントとして7年間従事し、その経験を生かして2年前にこの図書館に勤めることになった。

今年の6月に、筆者は、イエテボリから電車で約1時間のレラム駅の近くに位置するレラム市立図書館を訪問し、「ディスレクシアの成人への支援サービス」について調査を行なった。ハイディの勤めるこの図書館は、それほど規模の大きい図書館ではなかったが、スウェーデンの公共図書館として行うべきサービスが実践されていた。本稿では、スウェーデンのディスレクシアの人に対する公共図書館のサービスの動向を紹介する。

ディスレクシアの人への支援が始まった経由

ディスレクシアについてはさまざまな定義があるが、「ディスレクシアは、知能の低さや怠けていることを示すものではない。また、視力が悪いために起こることでもない。ディスレクシアの子供や成人は、神経障害を抱えているだけで、そのために脳が違う方法で情報を処理し、解釈している。」(NCLD、2013)(注1)との紹介がとても分かりやすい。しかし、早期から自分に合った情報や教育支援を受けられれば、自尊心を失うこともなく、その才能を伸ばしていける。

スウェーデンは、人口の5パーセントから8パーセントは、ディスレクシアがあるそうだ。日本は、推定値2.4パーセントと言われている。スウェーデン国王カール16世グスタフは、ディスレクシアであったことから国民の認知度も大きい。

またスウェーデンにおいては、1995年の著作権法改正により、視覚障害者以外のディスレクシアを含むプリントディスアビリティ(印刷物を読むことに障害)の人への録音図書の提供を可能にした。1996年からは、国立点字・録音図書館(TPB)を中心とした全国的なディスレクシアキャンペーンが行われ、ディスレクシアに対する認識とその解決のためにDAISY図書や読みやすい図書が紹介された。

さらに、2005年に著作権法の改正がなされ、アクセシブルなフォーマット(音声、大活字、電子テキスト、読みやすいテキスト、手話、点字または触る画像)を障害者のニーズに応じて提供すること、インターネットでの配信も可能になったこともディスレクシアの人に対するサービスを推進させた。

具体的な支援の内容

(1)ディスレクシアに対する対応

図書館は、印刷物を読むことが困難なディスレクシアの人にとっては、居心地の良い場所ではないとハイディは語った。そのため、彼女がコンサルタントだった時に、80人のディスレクシアの成人と会い、彼らの悩みや図書館に対するニーズを調査した。そして、それらの実現に取り組んできた結果、レラム市立図書館では、彼らが支援に関する情報を得るために図書館員に簡単に連絡できるようにするため、図書館員やスタッフがディスレクシアについて理解し、「個人的な図書館員」のサービスを始められるようにした。このサービスにより、ディスレクシアの人は、図書館に来るたびに自らの障害を話す必要がなくなった。

また、彼らが、図書館員に図書について相談をし、アドバイスを受けるスペースも図書館内に確保された。彼らが手にとりやすい読みやすい図書や大活字本の本棚を背にしたコーナーにテーブルが置かれ、その近くには、低額でコーヒーを飲むことができるコーヒーメーカーが置かれた。こうしてディスレクシアの人にとって居心地の良い場所ができたとハイディがうれしそうに説明をしてくれた。

(2)読みやすい図書やビデオを活用した支援

先に述べた読みやすい図書は、ディスレクシアの人にとても有効であると考えられている。また、理解することが難しい知的障害者、そしてスウェーデン語を母語としない人々にも役に立っているとのことだ。読みやすい図書には、図書の印刷版にDAISY版やオーディオブックが同梱されていることが多い。また、ビデオも理解を助けるのでさまざまなハウツー本を用意したそうである。

(3)スウェーデンのDAISY図書を活用した支援

先に述べたTPBは、2012年にアクセシブルなメディア機関(MTM)と名称を変え、視覚障害者だけではなく、ディスレクシアを含むプリントディスアビリティの人に対してのサービス提供を強化した。

現在、MTMは、DAISY化した10万タイトルの図書と100社の新聞を公共図書館や大学図書館、学校図書館等に、また対象の個人に対して、直接ダウンロードによる提供を行なっている。レラム市立図書館においてもダウンロードしたDAISY図書を利用者のニーズに合ったメディア(CD、SDカード、専用再生機など)での貸し出しサービスを行なっている。また個人が、MTMの運営するDAISY図書のオンラインシステムから直接アンドロイドやiPhoneにダウンロードできる貸し出しサービスを推進し、無料ソフトを使ったダウンロードの方法の説明を行なっている。

この二つのサービスを受けるためには、著作権法の下での貸し出しとなるのでそのための診断書は必要とされないが、レラム市立図書館に来館し、簡単なインタビューを受けた上で登録をする必要がある。前者の貸出期間は6週間が期限で、後者は6週間となり、いずれも期間が過ぎれば破棄することとなる。また前者は高齢者の利用が多く、後者は青年が多いとのことだ。

(4)ドロップインサービス

ディスレクシアの人などが予約なしに立ち寄る機会を図書館が1か月に1回、午後1時から3時を設定している。そこでは、利用者がDAISY図書のダウンロードなど技術的なサポートを受け、ディスレクシアについて知識のある図書館員と話すことができる機会となる。また、同じように読むことに悩みを持つ者との出会いの場でもある。図書館員がディスレクシアの人へのサービスについて説明をし、実際の利用者からフィードバックを受ける場にもなっているそうだ。

今後の課題と期待

ハイディは、今まで成人のディスレクシアの人の支援に関わることが多かったが、今後、児童の図書館員と協力をしてディスレクシアの児童に向けたより良いサービスに取り組んでいきたいと考えている。そのためには、県の特別支援教育の専門家や学校の先生、ディスレクシア団体との協力関係も築きなから、図書館のサービスと取り組みをもっと地域の人に知ってもらいたいと考えている。そのもっとも良い機会が、毎年10月にあるヨーロッパディスレクシア週間だそうだ。この時に多くの公共図書館が当事者、教育や図書館関係者、政治家などを集めて、ディスレクシアの人の支援に向けたイベントを開催するからである。日本でも同じようなイベントが行われ、ディスレクシアの人について多くの図書館員が理解し、ニーズに合った支援を開始することが期待される。

(のむらみさこ 日本障害者リハビリテーション協会情報センター長)


注1
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/access/info/dyslexiatoolkit.html#CHAP1