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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2015年9月号

韓国における政府報告書、国家人権委員会ならびにNGOレポート

崔栄繁

はじめに―韓国の障害者権利条約実施の体制

韓国は、障害者権利条約については、政府、NGOともに、交渉に積極的に関わってきた国であり、2008年には早々に権利条約の批准を果たしている。2011年にはジュネーブの国連障害者権利委員会に対し、韓国政府から最初の包括的な報告書(Initial Report)(以下、政府報告書)が提出され、2014年9月には障害者権利委員会と韓国政府との建設的対話(政府報告書に対する審査)が行われた。私たちはこうした韓国の動きから多くのことを学ぶことができるだろう。

韓国に限らないが(権利条約の)実施体制においては、大きく3つのプレーヤーが存在する。政府、監視機関、NGOである。韓国の場合、監視機関は司法、立法、行政機関から独立している国家人権委員会である。日本においては国家人権委員会に該当する機関はなく、政府から独立したとは言えないが、内閣府の審議機関である障害者政策委員会が監視機関とされている。NGOについては、NGO報告書に焦点を当てるということで、「国連障害者権利条約NGO報告書連帯」(以下、報告書連帯)の動きを中心とする。本稿ではこの3つのプレーヤーの動きと役割について共有していきたいが、本論に入る前に流れを確認する(表1)。

表1

2011年6月27日 最初の政府報告書を権利委員会に提出
2014年3月7日  ●国家人権委員会「条約実施に関する情報」を権利委員会に提出
●報告書連帯「NGO報告書」(事前質問事項作業部会対応のための概要版)を権利委員会に提出
4月17日 権利委員会、韓国政府に対して事前質問事項を送付
6月20日 韓国政府、事前質問事項について権利委員会に回答
8月21日 国家人権委員会、「政府報告に関する意見」を提出
9月12日 報告書連帯「NGO報告書」(完成版)を提出
9月17・18日 第12会期権利委員会で韓国政府との建設的対話が実施
10月3日 権利委員会、韓国政府報告書に対する最終見解

1 韓国政府の取り組み

(1)条約実施体制の枠組み

権利条約第33条に規定される政府の実施の体制として、政府内の中央連絡先(focal point)は保健福祉省障害者政策局とされ、12部庁が関連部局に位置付けられている。また、調整のための仕組み(coordination mechanism)として国務総理(首相)直属の「障害者政策調整委員会」が設置されている。これは国務総理以下、政府委員15人、民間委員14人で構成され、民間委員には韓国の主要な障害者団体等の幹部が含まれている。事務局は保健福祉省障害者政策局障害政策課であり、調整委員会は年に2回程度(以上)、非定期で開催されている。

権利条約に関連する政策の実施体制は、日本の権利条約実施の枠組みに類似している。1998年以降、5年ごとに「障害者政策総合計画」を策定し施策を推進してきた。この障害者政策総合計画は、保健福祉省が管轄する障害者福祉法によって策定される計画であり、日本の障害者基本法によって策定される障害者基本計画と同類のものだ。計画を立案し、進捗状況を監視する、という枠組みも似ている。現在、障害者政策総合計画は第4次計画(2013年~17年)目に入っており、行政自治省、知識経済省、文化体育観光省、教育省、保健福祉省、女性家族省、法務省、雇用労働省、国土交通省、放送通信委員会、中小企業庁、国家報勲処などが関連の省庁とされている。

(2)政府報告書の作成と内容

前述のとおり、最初の政府報告書は、2011年6月27日に国連障害者権利委員会に提出された 。政府報告書作成においては、取りまとめは保健福祉省障害者政策局が行い、2010年3月から15か月にわたって作成作業が行われた。2010年3月には、保健福祉省の関連研究機関である韓国障害者開発院が草案を作成する委託を受け、担当者・学術経験者などの人材・障害者団体で研究陣を構成し、障害者権利委員会の政府報告書作成ガイドライン(内容に関する勧告事項)に基づいて草案を作成したとのことである。各条項別に、関連省庁の過去4年間の履行状況、今後の計画、課題点、改善方法などを提出することを求め、下案を作成し、保健福祉省が他省庁と調整をして、最終的に政府報告書を作成した。国家人権委員会でも草案についてのやりとりがされたとのことである。政府報告書作成に当たっては一、二度、公聴会を開催した。しかし、内容についてはNGOの意見を反映させることはなかった。

政府報告書の内容については、前記国連のガイドラインに基づいて策定したとは言うものの、法制度、計画などの紹介に終わっている部分が少なくないように思われ、これはNGO側からも批判を浴びている部分である。内容の評価については、2013年10月の障害者権利委員会における最終見解に表されており、韓国政府にはたいへん厳しい内容となっている。詳細については、JDF主催の第12会期障害者権利委員会報告会資料(http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/jdf141014/doc2-3.html)、または、筆者も委員の末席に加えていただいた内閣府「平成26年度 障害者の権利に関する条約の包括的な最初の報告の検討プロセスに関する国際調査報告書」に詳しい。お問い合わせは、内閣府障害者制度改革担当室までお願いしたい。

2 国家人権委員会の取り組み

国家人権委員会(NHRC)は権利条約第33条の「独立した仕組み」(independent mechanism)に指定されており、監視する役割を持つ。具体的には、国家人権委員会は「国家人権委員会法」によって設置された司法、立法、行政機関から独立した国家機関であり、人権侵害などの調査や救済を行う人権救済機関である。11人の人権委員(局長級)で構成され、障害者差別に関しては、障害差別1課と2課という部署によって、障害者差別禁止及び権利救済に関する法律(以下、障害者差別禁止法)の救済機関として、独自の職権調査や是正勧告などの救済を行う権限を有している。

2014年3月7日に、障害者権利委員会の事前質問事項事前作業部会に意見を提出している(INT_CRPD_IFN_KOR_16817_E)。また、同年6月28日には「政府報告書に対する意見」(“Opinions on the first National Report of Korea on the Convention on the Rights of Persons with Disabilities”)(INT_CRPD_IFN_KOR_18083_E)を提出している。その形式は、関係各条項について課題を提示し、韓国政府に対して勧告を与える、という形式になっている。内容としては、NGOが作成したレポートよりは簡易な印象があり、項目も少ない。NGOに比べれば国家の準司法機関としての慎重さが垣間見えるように思われる。ともかく、障害者権利委員会が出した韓国政府に対する最終見解に対して、一定程度の影響を与えたものと考えられる。

3 NGOレポート―報告書連帯の活動を中心に―

(1)報告書連帯の概要

韓国のNGOからは、政府報告書に対していくつかのNGOレポートがさまざまな時期に出されている。たとえば、韓国障害フォーラム(KDF)などの団体である。しかし本稿では、報告書の作成と障害者権利委員会に対するロビー活動などを中心的に行なっていた報告書連帯の活動を紹介する。

報告書連帯は、韓国の権利条約批准後に、韓国DPIを事務局団体として主な障害者団体が組織していた「国連障害者権利条約モニタリング連帯(以下、「モニタリング連帯」)を発展解消してできたネットワークである。モニタリング連帯では当初、独自にNGOレポートの作成を進めていたが、さらに幅広く意見を集約するということで、2013年4月、新たにNGOレポートの作成や、障害者権利委員会会期でのロビー活動などを目的として結成された。22の参加団体、5つの後援団体の計27団体で構成され、事務局団体として、国連人権政策センター(KOCUN)という障害以外の国連人権条約関連の活動をしている団体が担当した。国連人権政策センターの代表は、シン・ヘスさんという国連社会権規約委員会の委員をしている方である。

参加団体は、主要な障害者団体のほか、セーブ・ザ・チルドレンなどの他の人権分野の活動団体も含まれており、後援団体には韓国障害者総連合会、韓国障害者団体総連盟などの障害者団体のネットワーク、障害当事者の弁護士や学識経験者などの法律専門家の集まりである障害法研究会などが入っていた。障害を中心としながらもさまざまな人権分野と連携し、さらに、法律の専門家を多数交えることで、幅広くかつ、法律的なバックグラウンドをしっかりと維持した議論ができたのではないかと思う。この団体構成はこれから私たちが多くを見習うべき点の一つであろう。

さて、報告書連帯はどのようにNGOレポートをまとめる体制をとったのか。6つのワーキング・グループ(WG)に分野別に分かれて議論をまとめていったのである(表2)。

表2

WG 担当条文等 議長(所属など)
第1 総論、意思決定、実施体制関係(1~5、12,13、31,33条) クォン・オヨン(弁護士、精神障害連帯、障害当事者)
第2 障害女性関連(6条) チョン・ウンス(韓国女性障害者連合)
第3 障害のある子ども関連(7条) イ・ソック(障害者人権フォーラム)
第4 アクセシビリティ関係(9,20、21,22,24,25条) キム・ヒョンチョル(韓国ろうあ者協会)
第5 身体拘束、虐待など(10、11、14~18条) チョ・ムンスン(障害友権益問題研究所)
第6 自立生活、政治参加(19,29条) イ・チャンウ(韓国脊椎障害者協会)

これらの各ワーキング・グループでは、さらに細かく担当者を置き、法律諮問も置いている。

(2)活動

報告書連帯は、その準備期間に準備委員会を3回開き、その後、各団体の代表者が集まる代表者会議を2013年4月から2014年7月までに5回開催している。報告書連帯の意見は、代表者会議での承認が必要であった。さらに、実務者の運営委員会は実に14回、ワーキング・グループの議長団会議も9回、開催されている。これ以外に、各ワーキング・グループの会合が1か月か2か月に1度開催されていた。議長団会議は各ワーキング・グループの調整役となるものである。国内における周知活動等も盛んであった。2013年5月には2日間、レポート作成のための集中ワークショップの開催、第10会期障害者権利委員会の傍聴及び報告会、マッカラム障害者権利委員会委員長(当時)、モンティアン・ブンタン委員、エダ・マイナ委員を招請し、懇談会や講演会の開催など短い期間に精力的に行なっている。

また、主要な活動の目的である国連(障害者権利委員会)への働きかけも注目に値する。報告書連帯は前述のとおり、レポートを事前質問事項作成直前の2014年3月7日と、審査直前の9月12日の2回、障害者権利委員会に提出している。2回目のものが正式の報告書となる。同年9月の韓国政府審査があった間も現地で精力的にロビー活動を行なっている。筆者もその様子を垣間見ることができたが、システマティックに準備されたロビー活動であることを感じた。韓国の審査が行われた9月17日の昼休みにプライベート国別ブリーフィングが行われ、報告書連帯が参加して(政府は参加せず)権利委員会のメンバーと意見交換が行われた。こうした取り組みにより、報告書連帯のレポートの70~80%が最終見解に反映されたといわれている。

なお、障害者権利委員会の最終見解が2014年10月3日に出されたことにより、報告書連帯は当初目的としていた活動が終了し、2015年1月に解散した。そして再度、モニタリング連帯として活動することとなったが参加団体数が減少したため、今後の体制拡充が課題となっている。

終わりに―10月に権利条約の履行に向けた日韓セッション

韓国の政府報告書と報告書連帯の活動を紹介した。日本政府は2016年2月、障害者権利委員会への最初の政府報告書を提出する予定であり、現在、外務省を中心に取りまとめの真っ最中である。韓国政府の報告書は、条約上の課題を明確にできなかった点で障害者権利委員会やNGOから手厳しい評価を受けている。これを他山の石とせず、「正直な」報告書をお願いしたい。また、報告書連帯の動きは今後、私たち日本のNGOが参考にすべき点がたくさんある。

10月22日と23日、東京でJDFの主催で障害者権利条約の履行に向けた日韓セッションを行う。ここには韓国からフォーカルポイントである保健福祉省障害者政策局の担当課長、独立した監視機関である国家人権委員会より障害者権利条約担当者、報告書連帯からお二人をお招きし、政府、監視機関、NGOの各機関の取り組みやアドバイスを聞かせていただく機会を設けた。非常に貴重な機会である。ぜひご参加いただきたい。詳細はJDFやJDFの構成団体から発信させていただく。ぜひご参加を!

(さいたかのり DPI日本会議)