シンポジウム/肢体不自由児者―特に脳性マヒの職業的能力開発について ワークサンプルの作成について

シンポジウム/肢体不自由児者―特に脳性マヒの職業的能力開発について

<その3>

ワークサンプルの作成について

池田勗*

 現在多くの人が関心を寄せている脳性マヒに関する当面の問題というのは、多分軽度者対策ではないはずである。軽度者対策は、十分とはいえないにしても、職業指導、職業リハビリテーション・プログラムに乗れる目途が立ってきたと見られるからである。

 さて一方、中・重度者対策を考えると、決定的解決策はいまだになく、試行錯誤の段階がかなり長年にわたって続いているといえよう。そのような状態の中で、職業適応能力の開発への指導のきっかけ──個人に関しての問題解決へ向かった挑戦すべきいとぐち──をどうつかまえるか、が一つの大きな課題と考えられており、その方法としてタワー法というものに多大の期待が寄せられている。

 タワー法とはどんなものかということは、テキストブックその他によって概念的には理解が広がってきていると思われるし、より具体的には伝達講習会で理解が深まっていると思われるが、その特徴を概略整理しておくと次のようになる。

 (1)実物(道具、材料)を用いている。

 (2)課題作業は現場の作業工程に合わせて行う。

 (3)十分な説明と練習、作業活動、全体を通じた観察が含まれている。

 (4)作業評価である。

 ここで注釈をつけ加えておきたいことは、タワー法はワークサンプル法としてICDという伝統ある機関であみ出されたもの であるが、現在では米国内でも類似の方法がほかにも存在しているということ。また、中・重度者CP対策に関し特効薬的解決策を示す決定版という性質のものではなく、いとぐちを探そうという努力の一つの大きな造形物であるということ。さらに誤解してならないのは、タワー法は排他的にそれだけですべてを済まそうというものでなく、従来からの方法に対して補完的に用いるものであるということである。

 決定的解決策ではないというと、期待を裏切られたと考えられるかもしれないが、重い脳性マヒ対策というのは世界中で未解決の問題であって、どこかにそのまま真似をすればうまくいくというものがあるわけではない、と認識することが必要と思う。著明になったタワー法を含め、ワークサンプルというものをどうして考えるようになったか、その長所短所を考えた上で、必要、有効かつ可能と思える部分をそれぞれのニードに応じて活用し、各自の発想の材料に加えるというのが正しい考え方と思われる。

 ここで与えられたテーマは、ワークサンプルの作成ということであるが、それを述べる意味は、上記のような前提に立って、自分で作業評価を始めようというときの一助にということである。この場合、タワー法テキストブックにも述べられるとおり、職業的評価に携わる者にとって、職務、職場、産業動向、経営者の考え方など、職業に関する幅広い知識が要求され、それを維持するためには外に出て実際の職場に接する必要がある。このことは同時に、社会の側、特に職場の人に対するアプローチにもなるということを力説しておく必要があろう。

 ICDの講習会においても、出版されているマニュアルの中のワークサンプルは、ICDという場で有効なものであって、これら がどの地域でも有効とはいいきれないものであるから、受講者はタワー法の考え方を理解し、自分の地域、機関の必要に応じてサンプルを作るように、と教えている。そして、講習会期中にも約5分の1の時間は、試験的作成実習に当てられているのである。日本での講習会では、時間の都合等の事情から、この点に関しては十分とはいえないので、我々のまわりに考えられる情報源の例などをあげながら、タワー法で教える作成手続き、注意事項を紹介することにする。

注)タワー法という名称の使用については、ICDがその使用を講習受講者に限定していることに配慮されたい。

1 種目の選定

 地域性、雇用機会、訓練機会、障害者にとっての可能らしさ、将来性、代表性という観点が必要とされる。

 これは、特にテストということを意識しなくても、身体障害者の職業について考えるときには、必ずその手始めに、何か適当な仕事がないかとあれこれ探し将来性などについて調べることになるが、まさにその過程である。これをワークサンプル作りという観点からいうと、具体的現実性を持たせるという意味から必要とされる過程である。要するに、やって見たが、それがどこで手に入るかわからないというものでは意味がないということである。

 この過程に定型といえるものはなく、いろいろの情報源から判断するということになるが、情報源としてまず考えられるのは自分の機関でつかんでいる職場情報のほか、地域の職業あっせん機関(職業安定所等)にある情報があげられる(東京の場合には「心身障害者雇用協力事 業所名簿」というものになっている)。そのほか印刷物で、産業傾向、雇用動向、職業訓 練分野を調べる場合には、職業別電話帳、労働経済統計年報(各県)、障害者雇用促進協会会員名簿、全国公共職業安定所・職業訓練校所在地一覧(労働省編、雇用問題研究会刊)、全国各種学校案内(晶文社)、職業選択と勉学コース(自由国民社)、各種通信教育のすべて(自由国民社)、資格を取ろう(大矢息生著、実務教育出版刊)、ビジネス資格案内(ダイヤモンド社)などがあげられる。

 将来性については、産業経済動向、人力対策動向に注意を向ける以外にないが、各種業界誌も情報源となろう。

 障害者にとって可能らしいかどうかは、各自の洞察力と調査による以外にないが、障害者といっても各種各様であるので、上肢機能、頭脳活動、コミュニケーション力、移動力等の組み合わせで類型的に考えるのが便利であろう。

 これらの過程で考えられたものの中から、前記の諸点を考慮した場合に代表的といえるものを選ぶことになる。代表性という場合、職種の類似性が問題となるが、これについて、日本には適切な参考書はない。DOT(米国労働省刊、Dictionary of Occupational Titles)第3版、第2分冊にある労働者機能(職業遂行上必要とされる労働者特質)からみた職業族という考えは、一つの参考となろう。

2 作成の準備

 種目を選定した次のステップがこれであり、三種の準備内容に分けられる。

 一つは、技術書などにより、仕事内容、仕事遂行に要求される機能などを調べることである。職業辞典(雇用問題研究会)、職業訓練教材(労働省職業訓練局編、雇用問題研究会刊)、技能測定口答試問等がその参考書となろう。

 二つ目は、仕事現場で実際にどのように行われているか、そのkeyとなる課題作業 は何か、心身両面の所要性能は何か、などの調査である。この場合、現実の企業内部では同じ名称の職種でも異なった仕事内容となることがあるので、少なくとも2か所以上は調べる必要があり、10か所くらい調べるのがよいと教えている。調査に当たっては、職務の分析が必要となってこようが、どの程度に複雑な分析記録を作るかは適宜選ばなければならない。職務分析の手引書としては、職務分析の手引(雇用問題研究会)がある。これは米国労働省の職務分析手法を参考に日本の労働省で作ったものであるが、その後に米国労働省でも異なった手法を採用しており、日本での研究は現在職業研究所で行われている。

 ここまでの段階は、身体障害者の職業選択を考える際に、あれこれ考えた職種についてより具体的に可能かどうかを検討する過程と同じである。

 三つ目は、既成のサンプルと競合しないかの調査である。実際には日本に多くの既存サンプルがあるとはいえないが、タワー翻訳版あるいはこれとは独立に各機関で考案した評価の種目があれば、新たに作るのでなく手直しをすることで済むであろう。

3 作 成

 以上の準備が終わった後に、作成にとりかかることになる。作成は1回で済むことではなく、大略のデザインの後に一応の案を組み立て、それに対して検討を加えて修正していくということが必要となる。この場合、テストとして完成するためには、妥当性、信頼性、ともに十分検討されなければならないものであるが、厳密にこれを行うことは大変な作業となるので、臨床的あるいは現場的には、仮の検討を加えた程度で使ってみることも可能である。ただし、この場合はこれらの検討が不十分であるという限定を忘れてはならない。

 作成しなければならないものは、講習会受講者はマニュアルを手にしているので、そのスタイルを参考にできるのであるが、

 ①評価者用解説

 ②教示書(作業指示書)

 ③解答用紙

 ④採点盤

 ⑤評価基準(評価者用)

の5種類のものが必要となる。

① 評価者用解説

 ここには、この種目に含まれるサブテストの項目と目的のほか、

 ア.このテストシリーズは何を測定しようとしているのか。

 イ.就職する機会の可能性、分野、その分野で要求される能力の程度、将来性、雇用条件等の概略

 ウ.関連職種 の選び方、参照すべき解説書の紹介

 エ.身体障害との関係についての説明

 オ.テストを始める前に準備しておくべき物品

 カ.その他テストを行うに当たっての注意

を記載することに なる。すなわち、作成準備の段階で調査検討した内容を説明することになる。

② 教示書

 第1のステップは、当面の職種の職務記述を行い、その中から要素となる課題作業を抜き出してサブテスト項目を作ることである。この際、サブテストは、テストとしての構成上の都合から通常5~9個にすることが適当といっている。また、これらサブテストは、道具類の使用を含め、基本的なものから応用的なものへ、易しいものからより難しいものへと配列する。

 第2のステップは、選んだ作業課題の記述である。手順は段階的に細かく分割し、具体的で明確にわかりやすいようにしなければならない。また言葉づかいはできるだけ難語を避け、義務教育レベルで理解可能なものにしておく注意が必要である。さらに、見落しやすいとか、読み違い、誤りやすいおそれがあるところは、図や特別な表現(ゴシックとかアンダーラインとか)等を混合し、注意を喚起するようにしておく。教示の最初には「作業を始める前によく読みなさい」教示の最後には「しっかりやりなさい」という節を入れることも忘れてはならない。すなわち、教示は標準作業をわかりやすく表現し、そこに注意喚起、激励の表現をはさんだものにするわけである。

 教示シートの大切な点は、作業の手順をわかりやすくまぎれのないように記述することであるので、案を作った後には必ず同僚など他人に見てもらい、これらの点をチェックしなければならない。

③ 解答用紙

 作業そのものが、様式としての書類に記入するものの場合に解答用紙を用意する必要が出るが、これもできるだけ企業等で実際に使っている様式を採用することがよいとされる。

④ 採点盤

 採点作業を容易にするために作るものであり、いろいろの工夫ができよう。正しい作業結果を示し、規格と合うかどうかを視覚的に示すものが最もわかりやすい。

⑤ 評価基準

 ここには、量・質両面に関するそれぞれの評価基準と、評価に当たっての注意事項、評価のポイント、規格からのずれの許容範囲などを示す。

 評価基準は原則的に5段階、場合によって3段階で表現するが、その段階作りは心理テストの作成手順に類似している。まず、職員等で試行した資料により評価段階の案を作り、次に障害者で試行し適用できそうかを確かめ、それを当座の評価段階とする。この評価段階が潜在性を示すのに使えるためには、職業訓練に入る前の訓練生の成績をとっておき、彼らの卒業期の成績と比較し、さらに彼らが職場に入ってからどのように成功しているかの状態とも照して、ようやく本物になるものであると説明されている。

 以上にワークサンプルを形づくる手順を述べたが、これが厳密な意味でテストと使用に耐えるかは、テストの目的に対して、テスト材料、その量、配列、実施方法が妥当なものであるか、成績の評価基準が妥当であるか、という妥当性がなければならず、また、いつどんな人にやっても同様な結果が得られるという信頼性も持たなければならないのであるが、前にも触れたとおり、現場の人がこれらを容易に完備させるということは至難なことでもあろう。この点に関して十分承知のうえ、目的を明確にして使用することが必要であろう。

*東京都心身障害者福祉センター職能科主任


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1974年1月(第13号)35頁~38頁

menu