松為信雄*
「障害者用就職レディネス・チェックリスト」(Employment Readiness Checklist for Disabled以下、略称をERCDとする)は、障害者が一般企業に就職して適応しようとする場合に、そこでの役割機能を果たすのに必要とされる最小限の心理的・行動的条件をどこまで満たしているかを明らかにする。それによって、職業人としての準備がどの程度まで整っているかを把握して、適切な進路指導や職業紹介・職場適応などを進めるための手がかりを提供することを目的としている。ここでは、それを作成した考え方、開発経過、内容、利用の仕方等について紹介する。
(1)就職レディネスの意味
一般企業への就職は、限定された種類の労働に継続的に従事しながら収入を得る職業社会に参加することを意味する。その環境は、生産に直結した活動をして経済的な成果を得る場であり、作業場の物理的環境、生産のための技術的環境、職場の価値体系である規範環境、地位や役割などの公的組織や同僚との人間関係などの組織環境などから構成される。そこでは、生産活動にふさわしい能力や行動についての心理的・行動的な枠組みがあり、仕事に就く人は障害者であると否とを問わず、また、どのような障害の種類であろうと、そ枠組みから要請される役割機能を果たすことが常に要求されている。その意味で、家庭や学校以上に社会的な制約を強く受ける場であり、また、障害の特性や発達段階の特徴に応じて弾力的に変動するのではなくて、より固定的な構造であると考えられる。
就職レディネスは、こうした職業社会から要請される役割機能に視点を置き「生産活動によって経済的な成果を獲得する職業社会に参入するときに要求される、個人の心理的・行動的な条件が整っている状態」と定義している。
(2)就職レディネスの条件
企業に就職するためには、一般的には、特定の職種に就くための資格要件、職業適性検査などで把握される能力的な条件、態度や興味などのパーソナリティ条件などが問題とされる。ところが、障害者の就職とその後の職場適応を進める臨床家にはよく知られているように、これらは、その前提となる諸条件が満たされていて初めて検討に値する内容であり、障害者にとってはそうした前提的な諸条件こそが阻害要因となることが多い。それらは、職業社会の諸環境に適応して職業的成果をあげて行くための最も基盤となる条件であり、障害を持たない場合には問題とされることは少ない。ERCDでは、就職レディネスの条件をこうした分野に限定している。
それらの条件を広範囲に取り込み、就職の準備性がどこまで整っているかを詳細に知ろうとすると、チェックリストの項目は膨大な量になることは明らかである。たとえば、ADLの自立がなければ、現在の職業社会に参入することは困難であると見なされているが、その自立の程度を詳細に知ろうとすれば、ADLの検査項目のすべてを含んだチェックリストが必要となる。だが、ADLの自立の程度は、就職レディネスの状態を包括的に知るための一つの必要条件ではあるが、それだけでは十分な条件とはなり得ない。
ERCDでは、項目の範囲と内容を精選することで就職レディネスの状態を的確に把握し、また、後述の活用方法に適合した内容とすることにした。そのために、障害の特性に基づく特定の医学的な条件や、そこから派生する固有の条件などの詳細については、実際にこれを使用する時に、チェックリストの付帯的な情報として必要に応じて付け加えることとしている。
また、職業社会が要請する個人的な条件が、家庭や学校環境以上に固定的な構造を持っているとすれば、ERCDで項目化した条件は、教育や訓練プログラムの到達目標を示唆していると見ることもできよう。
(3)条件の内容
我が国では、こうした就職レディネスの概念に即して広範囲の項目を記述化し、かつ、後述する活用方法に適したチェックリストはほとんどなく、また、あってもその多くは特定の機関や施設の内部だけで使用されることが多い。だが、米国では、多様な目的に合わせた多くのチェックリストが開発されて共通使用されている。たとえば、Menchettii等(1983)は14、Bolton(1985)は22種類の紹介があり、なかでも、Harrison等(1981)は、いくつかのデータベースの検索と州立職業リハビリテーション機関を調査して、40種類も紹介している。
これらを概観すると、項目化された心理的・行動的特徴は、就職可能性の尺度を構成する内容と、社会的な適応行動尺度を構成する内容とで重複しているものの、それぞれの尺度の概念に応じて項目の類型化を異にしている。また、職業紹介や雇用慣行の違いもあって、そのままでは我が国に適用できない領域が含まれていたりする。
こうしたことから、就職レディネスの条件を検討してその項目化を図る場合には、何よりも、我が国で実際に活動している、いろいろな分野の専門職の経験と知識を表象化することが重要となろう。文章化された項目の試行実施を繰り返しながら、彼らの臨床経験に裏付けられた知識の枠組みを記述化することが必要となる。
実際の開発は表1の5期に区分できるが、それぞれの時期に行なった主な内容は、次のとおりである。
年 月 | 事 項 | 実施担当者面接 | 実施件数実施機関施設 | 記入対象障害者 |
1980.4~1982.3 | 障害者の就業を阻害する要因の検討 | |||
(1)就業を阻害する条件の収集 | 5 | 31(事例録音) | ||
(2)個人調査票の作成 | ||||
(3)就業阻害要因の実態調査 | 237(事業所) | 503(雇用) | ||
617(機関施設) | 1,970(非雇用) | |||
1982.4~1983.3 | 「補助相談票(1)」の作成と予備調査の実施 | |||
(1)「補助相談票(1)」の作成 | ||||
(2)予備調査の実施 | 85(機関) | 1,263(非雇用) | ||
1983.4~1984.3 | 「就業可能性チェックリスト」の作成と改訂 | |||
(1)第1回改訂 | ||||
(2)第2回改訂 | 14 | |||
(3)第3回改訂 | 43 | |||
1984.4~1985.3 | 「就職レディネス・チェックリストの」完成 | |||
(1)追跡調査の実施 | 87(機関) | 1,866(非雇用) | ||
(2)結果記録用紙と手引の作成 | ||||
(3)「就職レディネス・チェックリスト」の完成 | ||||
1985.4~1987.3 | 「障害者用就職レディネス・チェックリスト」の完成 | |||
(1)試行実施 | 386(機関施設) | 573(非雇用) | ||
(2)「障害者用就職レディネス・チェックリスト」の完成 | ||||
(延べ件数) | 62人 | 1,448件 | 6,206人 |
(1)障害者の就業を阻害する要因の検討
a 就業を阻害する条件の収集:公共職業安定所(安定所と略す)職員・心身障害者職業センター(センターと略す)カウンセラー・職能判定員などから意見を聴取すると共に、面接や相談の事例を録音収集した。
b 個人調査票の作成:収集した条件を基にして、個人調査票(15領域54項目)を作成した。
c 就業阻害要因の実態調査:この個人調査票を用いた実態調査を実施した。記入対象者は、雇用障害者と、失明者更生施設・各種授産施設(身体障害者、重度身体障害者、精神薄弱者)・労災リハビリテーション作業所・身体障害者職業訓練校・センター・安定所等の利用者である非雇用障害者である。
(2)「補助相談票(1)─就業可能性─」の作成と予備調査の実施
a 「補助相談票(1)」の作成:実態調査の結果を基にして個人調査票を改訂し、安定所での業務の補助資料として機能することを目的とした、「補助相談票(1)」(11領域25項目)を作成した。
b 予備調査の実施:補助相談票の妥当性や使用上の問題点の検討を目的として、安定所とセンターで予備調査の実施と意見調査を行なった。
(3)「就業可能性チェックリスト」の作成と改訂
a 第1回改訂:意見調査の結果から就職レディネスの概念や利用の仕方を明確にした上で、補助相談票を改訂して、「就業可能性チェックリスト(案1)」(13領域66項目)を作成した。
b 第2回改訂:案1について、所属機関や専門が異なっても共通理解を得られる項目内容とするために、医師・作業療法士・ソーシャルワーカー・養護学校教員・訓練校指導員・センターカウンセラー・心理職能判定員・授産施設指導員・安定所職員や相談員などから意見を求めて、案2(9領域43項目)を作成した。
c 第3回改訂:案2の使用上の問題を改良するために、前述の各種専門職による試験実施とその結果の面接調査を行ない、「就職レディネス・チェックリスト」(9領域44項目)の項目を定めた。
(4)「就職レディネス・チェックリスト」の完成
a 追跡調査の実施:結果記録用紙を作成するために、安定所・センター・授産施設・作業所・リハビリテーションセンター・病院・更生相談所等の利用者を基準集団として、その追跡調査を行なった。
b 結果記録用紙と手引の作成:調査結果を分析して、障害の種類に即した6種類の結果記録用紙と、手引を作成した。
(5)「障害者用就職レディネス・チェックリスト」の完成
a 試行実施:就職レディネス・チェックリストの使用上の問題を改良するために、センターとそこを利用する盲学校・ろう学校・肢体不自由養護学校・精神薄弱養護学校・特殊学級、あるいは授産施設・作業所・身体障害者職業訓練校・更生相談所・児童相談所・大学病院・リハビリテーションセンター・精神衛生センターなどで試行実施を重ねて、意見調査を行なった。
b 採点盤・結果記録票・手引の作成:結果記録用紙の代わりに採点盤を作成することとし、それに伴って、結果記録票の作成と手引の改訂を行なった。最終的には、手引(6種類の採点盤を含む)と、チェックリスト冊子(1種類で、結果記録票を含む)で構成した。
こうした経過の全体を通して、開発は、実態調査や追跡調査などの統計的な検討と、面接や試行実施をもとにして実務の専門家集団の意見を集約する場合の2つの方法に区分される。
(1)就業阻害要因の検討
統計的な検討では、障害の特性と就業を阻害する要因との関係について検討した。第1期の実態調査では、2つの興味ある結果を得ている。
その1つは、作業能力はあるが一般雇用に至らない雇用困難な障害者について、個人の心理的・行動的条件を広範囲に代表する16項目を用いてクラスター分析をした結果、6グループに類型化できたことである。そのグループは障害の種類別の特性とは必ずしも一致しないこと、特に、生活の自立性と社会生活能力や学習能力の低下を特徴とするグループが、どの障害の種類でも共通して多く含まれることが明らかにされた。このことは、就職して職場に適応することを決定付ける条件は、障害の特性を直接的に反映するのではないこと、また、生産活動をするのにふさわしい身体的・心理的な枠組みのあることを示唆した。
他の1つは、就職を規定する25項目で雇用障害者と非雇用障害者間の差異検定と、両群の判別分析をすると、どの項目も就職を阻害する要因となり得るが、それは障害の種類によって異なり、しかも障害の特性を直接的に反映したものではないこと、また、判別の正答率はかなり高くなる(67~90%の範囲)ことが明らかにされた。これらは、就職の可能性は項目化した心理的・行動的条件から推定できることを示すとともに、その判別に有効な条件は障害の種類によって異なるものと共通しているもののあることを示唆した。ただし、第2期の「補助相談票(1)」による予備調査でもこのことは確かめられたが、就職を阻害する条件は一致しなかった。したがって、最終的に就職できるか否かは、個人の心理的・行動的条件以外の要因が強く関与することを示唆した。
(2)項目の検討
実務家との面接や試行実施を繰り返しているのは、項目の選定と選択肢の改訂をするためである。この方法は、エキスパートシステムの開発と同じであり、実務者の経験に裏付けられた知識内容と構造を表象化することで、項目の記述内容を深めて行く作業である。
改訂は、第2期の意見調査で活用の仕方を明らかにしたうえで、第3から5期にかけて就職する場合の必要最小限の条件はなにか、その条件を項目としてどのように記述するか、項目ごとの選択肢の評定段階や表現は適切か、回答の仕方や結果の整理をどうするかなどに焦点を絞りながら、項目の削除や新設、並べ方の組み替え、回答方式の変更、記述内容の修正などを繰り返した。
完成したERCDは、チェックリスト冊子(B5判で17P)と手引(B5判で58P)から構成した。チェックリスト冊子の末尾には結果記録票(B4判で1枚)を綴じ込み、また、手引に採点盤(6種類)を同封した。
(1)チェックリスト
チェックリストは、表2に示す9領域44項目で構成した。
領 域 | 項 目 | 評定段階 | |||
番号 | 名 称 | 番号 | 名 称 | 段階数 | (注) |
Ⅰ | 一般的属性 | 1 | 現在の年齢 | 6 | *の評定段階は、動作(行動)の特性を示す下位項目の個数で示してある |
2 | 就業経験 |
3 |
|||
3 | 運転免許 |
2 |
|||
4 | 資格免許 | 2 | |||
5 | 職業訓練 | 2 | |||
Ⅱ | 就業への意欲 | 6 | 働くことへの関心 | 5 | |
7 | 本人の希望する進路 | 5 | |||
8 | 職業情報の獲得 | 3 | |||
9 | 経済生活の見通し | 5 | |||
Ⅲ | 職業生活の維持 | 10 | 身辺の自立 |
3 |
|
11 | 症状の変化 | 3 | |||
12 | 医療措置 | 3 | |||
13 | 医療の自己管理 | 3 | |||
14 | 健康の自己管理 | 3 | |||
15 | 体力 | 4 | |||
16 | 勤労体制 | 4 | |||
17 | 本人を取り巻く状況 | 4 | |||
Ⅳ | 移動 | 18 | 外出 | 4 | |
19 | 交通機関の利用 | 4 | |||
20 | 平地の移動 | 6 | |||
21 | 階段昇降 | 4 | |||
22 | 歩行技術 | 3* | |||
Ⅴ | 社会生活や課題の遂行 | 23 | 課題の遂行 | 5* | |
24 | 社会生活の遂行 | 5* | |||
Ⅵ | 手の機能 | 25 | 手指の動作 | 3* | |
26 | 手指の運動速度 | 4* | |||
27 | 肩・肘・前腕の動作 | 2* | |||
28 | 肩・肘・前腕の運動速度 | 4* | |||
29 | 巧ち性 | 3 | |||
30 | 上肢の筋力 | 4 | |||
Ⅶ | 姿勢や持久力 | 31 | 姿勢の変化 | 3* | |
32 | 持ち上げる力 | 3* | |||
33 | 座位作業の持続 | 3 | |||
34 | 立ち作業の持続 | 3 | |||
Ⅷ | 情報の受容と伝達 | 35 | 視覚機能 | 5 | |
36 |
視覚弁別機能 |
5 |
|||
37 | 聴覚機能 | 4 | |||
38 | コミュニケーションの方法 | 5 | |||
39 | 書字表現の方法 | 5 | |||
Ⅸ | 理解と学習能力 | 40 | 言語的理解力 | 5 | |
41 | 話す能力 | 5 | |||
42 | 読解力 | 5 | |||
43 | 書く能力 | 5 | |||
44 | 数的処理能力 | 5 |
これらの領域は、概念的には次の4つの側面から捉えることができよう。
a 人が社会で生存し安定した生活をするための基盤となる側面(Ⅲ職業生活の維持・Ⅳ移動・ V社会生活や課題の遂行、の3領域)。
b 生産的な活動の基盤となる側面(Ⅵ手の機能・Ⅶ姿勢や持久力・Ⅷ情報の受容と伝達・Ⅸ理解と学習能力、の4領域)。
c この両者の上に立って目標達成を志向する側面(Ⅱ就職への意欲、の領域)。
d 就職可能性に影響するその他の側面(I一般的属性、の領域)。
それぞれの項目ごとに、幾つかの選択肢を設けている。これは、職業人としての役割行動を果たすことが困難な心理的・行動的特徴の段階から、それが十分に可能な段階までを順序尺度で構成し、短文で記述してある。したがって、内容を読み進めて行けば、就職レディネスの状態が把握できるようにしてある。また項目によっては、行動や動作の特性を記述した下位項目を設け、その該当する個数によって選択肢を構成したものもある。
(2)結果記録票
チェックリストは、項目に回答された記述内容それ自体が重要な情報であり、それを詳細に検討することで、利用の目的を果たせる場合が多い。だが、ERCDでは、それに加えて、結果記録票と採点盤を用いて記入対象者を基準集団の中に位置付けることによって、就職レディネスの傾向を一層把握しやすくしてある。
結果記録票は、転記欄・プロフィール・就職レディネス尺度得点の3つの部分から構成してある。採点盤を、チェックリストの記入結果を書き写した転記欄に重ね合わせて、プロフィールや就職レディネス尺度得点を求める。
プロフィールは、就職レディネスの条件を満たしている部分や、不十分な部分を視覚的に把握できるように表示される。これは、記入対象者が、就職している障害者の大多数に認められる特性に到達しているか否かを項目ごとに明らかにする。また、就職レディネス尺度の得点は、そうした諸条件を総合化して、就職のための準備がどこまで整っているかを知るものである。それは、就職の準備が整っていて職業紹介が可能な段階から、準備が不足していて職業前訓練の方が望ましい段階までの4つの区分段階のどこに該当するかが表示される。
(3)採点盤
チェックリストは1種類にもかかわらず、採点盤は、表3のように障害の種類に応じて6種類を使い分けることにしている。
選 択 の 基 準 | 採点盤の種類 | |
区 分 | 対応する障害 | |
障害種類が
分かっている場合 |
・視覚機能の障害 ・ただし, 盲人用歩行補助具を使用している場合に限る |
視覚障害者用 |
聴覚・音声言語・平衡機能障害 | 聴覚障害者用 | |
上肢切断・下肢切断 | 上・下肢切断者用 | |
上・下肢切断以外の運動機能障害 | 運動機能障害者用 | |
精神薄弱者・精神障害者 | 精神薄弱者用 | |
障害種類が不明の場合 | ・上記の障害に含まれなかったり障害名が不明の場合 ・ただし, 盲人用歩行補助具を使用していない場合に限る |
その他 |
障害が重複している場合 | 対応する障害にあわせて複数の採点盤を用いる |
これは障害者の実際の就職状況を検討すると、その規定要因は、表2にある個人の心理的・行動的条件の他に、法律の保護や一般社会での受容のされかた、就職しやすい職種の片寄りなどの社会的な要因が深く関与し、しかもその関与の仕方が障害の種類によって異なると推測されるからである。こうした社会的な要因を反映させるために、障害の状況に応じて換算の仕方を変え、また基準集団の数が増大した時点で改訂を容易にできるようにした。
採点盤は、第4期の調査対象者を基準集団として作成し、チェックリストに記入した3ヵ月以内の進路状況を基にして分析した。就職者の選択肢への回答分布からプロフィールの基準を、また、就職者と未就職者の判別係数を整数化した得点分布から就職レディネス尺度得点の基準を求めた。
(4)手引
本文は、目的と構成、利用の仕方、実施の方法と結果の整理、結果の解釈、作成の経過、などの各章から構成されている。特徴的なことは、付録として、判断基準の解説や関連して収集することが望ましい情報、および職業指導や職業紹介などを検討する場合の手がかりなどを項目ごとに記述したことである。
(1)特色
こうした内容と構成によってERCDは次のような特色を持たせている。
a 職業能力の評価や紹介・適応指導などを進める場合に必要となる最小限度の情報を、もれなく収集するための手引となる。
b 異なる機関の担当者でも、共通した理解と判断のできる内容となっている。
c 項目と関連して収集することが望ましい情報や、進路指導や就職とその後の職場適応などを検討するための手がかりを示している。
d 障害の種類が異なっても同じ項目を用いるので、使い慣れると評価の判断基準に精通できる。
e 障害の種類ごとに、就職レディネスの特徴をプロフィールによって視覚的に示すと共に、就職の準備性についての総合的な判断を就職レディネス尺度によって明らかにできる。
(2)利用の仕方
このチェックリストを職業リハビリテーションの現場で活用する仕方は多様に考えられる。手引では次のような可能性を示している。
a 情報収集の手引として
就職の準備がどこまで整っているかを明らかにするための心理的・行動的な条件を把握するときの視点を提供することから、職業リハビリテーション評価を進めるときの手引として利用できる。
b 情報交換の資料として
障害者の職業リハビリテーションを進めるのに必要な情報を、相手に誤解を生じさせることなく提供したり、正確に受け取ることができる。対象者の就職や職業相談に直接たずさわる機関に限らず、学校・病院・施設などの機関に所属しているすべての担当者との間で情報を媒介する資料として利用できる。
c 評価の資料として
職業能力評価を進める過程の中で、就職するための準備がどの程度まで整っているかを明らかにすることができる。面接での焦点の絞り込みや情報の確認、詳細な評価を進めるための検査バッテリーの構成、検査場面での行動特徴の把握、評価結果の総合化などに利用できる。
d職業指導の資料として
対象者の処遇の方向や教育・ケースワークなどの方針を検討して訓練目標を明確にすること、対象者自身の職業への関心を引き出して一般的な視野に立った自己能力の認識をさせること、保護者や関係者が対象者の共通理解を確立する手がかりとすること、職場の種々の環境条件で配慮すべき点を明らかにすることなどに利用できる。
e 指導経過の記録として
職業指導や訓練の経過記録としたり、その効果を確認することができる。
f データ収集として
職業指導に必要な多種多様で広範囲な情報の中でも、これまでは数量化に馴染まなかった内容でも、文章記述によらない数値データとして蓄積できる。
こうした多様な活用が考えられるものの、臨床家の用いるすべての道具がそうであるようにチェックリストは万能薬とはなり得ない。幾つかの注意点を指摘すると次のとおりである。
a 項目は、就職レディネスの全体的な傾向を的確に把握するために、少数でしかも広範囲な領域を扱っている。したがって、障害の特性に応じた固有の情報を補足して収集する必要があろう。
b 選択肢への回答は、記入者によって異なる可能性を避けることはできない。だが、その違いは、記入者相互の視点の相違を示す情報として、面接指導の課題でもある。
c 結果記録票は、就職の準備性についての総合的な判断をする手がかりとなる。だが、専門家は自分の経験や把握している情報から、選択肢の回答の結果を独自に重み付けて判断することも必要である。
d 就職の準備性が整っていたとしても、それは就職に直結するのではない。実際に就職に結び付けるためには、地域の雇用状況を含む、さらに多くの情報を総合的に加味しなければならない。
引用文献 略
*雇田職業総合研究所
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1988年1月(第56号)15頁~22頁