特集/総合リハビリテーション研究大会'87研究発表論文 地域精神保健支持組織の機能

特集/総合リハビリテーション研究大会'87研究発表論文

<精神障害>

地域精神保健支持組織の機能

─共同作業所に視点をあてて─

加藤春樹*
石川英五郎**
紺井啓子***
平松謙一***

1 本報の目的

 わが国における精神衛生地域支持組織として近年急速な増大を見、今後地域精神保健活動に位置づくことが期待される共同作業所の地域精神リハビリテーション(Community Based Psychiatric Rehabilitation)機能をその実態から考察し、あわせて今後の課題を提起する。

2 方法

 研究フィールドを江東区のびのび第二・第三作業所に設定し、まず作業所処遇実態のフローチャートを作成して、援助内容を示した。

 次に作業所とネットワークを組んでいる保健所が作業所機能の有効な発揮のために果している役割を、①作業所開設から現在まで('83.4-'87.3)の利用者のうち深川保健所管内に居住する20名についての保健所の関与内容、②典型的な作業所処遇事例に見られる保健所および保健婦の寄与、の両面から記述的に抽出し検討した。

 さらに処遇過程で行われる対象評価の基本的枠組みを実態から抽出し、そのうち職員の価値的判断による評価で簡易に尺度化が可能なものを選択して尺度を試作した。

 以上の結果と先行研究をもとに、共同作業所の地域精神リハビリテーションにおける有用性と今後の機能期待の方向を考察した。

フィールドの概要:のびのび第二作業所は1983年民間有志の運営委員会経営による精神障害者共同作業所として発足した。東京都江東区にあり、店舗を改装して作業所としている(42㎡)。1986年、のびのび第三作業所が新設された。両作業所共下請け受注加工が中心で、利用者在籍は40名、職員定数は6名('87.4.30現在)である。作業所の日課を表1に示した。

表1.作業所の通常の日課(平日)

表1.作業所の通常の日課(平日)

利用者の概況:利用対象は主に機能性精神疾患患者である。年齢・性・疾患分類を表2、3に示した('87.3.31現在)。初発年齢は15-19歳が多く、1/4が過去職歴がない。通算入院期間は2-3年の者が最も多く10年を超えるものも数名いる。

表2.5歳階級別利用者数(’87.3.31現在)
年齢階級 第二作業所 第三作業所
~19 0(0) 0(0)
20~24 2(0) 0(0)
25~29 2(2) 2(0)

30~34

4(1) 3(2)
35~39 5(1) 1(1)
40~44 2(2) 2(1)
45~49 2(0) 1(0)
50~ 1(0) 3(0)
18(6) 12(4)

( )内:女性

表3.疾患別利用者数(’87.3.31現在)
疾患名 第二作業所 第三作業所
精神分裂病 13(6) 12(4)
人格障害 1(0) 0(0)
神経症 2(0) 0(0)
脳波律動異常 1(0) 0(0)
痴呆 1(0) 0(0)
18(6) 12(4)

註)DSM‐Ⅲによる。( )内:女性

3-1 作業所の機能実態

 1)通所開始への流れ

 作業所への導入(通所開始)は図1のような流れで行われる。紹介機関は保健所が大部分をしめるが国公立の医療機関、民間の精神科院所が漸増している。通所開始は、利用希望者本人が通所の意志を明確にした際にこれを契約(contruct)として“通所申し込み書”の記入を求め、あわせて紹介者である医師、家族、保健婦またはソーシャルワーカーに照会状を求める。これらが整備されると動機付面接を行い、実習(2-3週間の作業所内観察を目的とした通所)を開始する。

図1.作業所通所開始までの流れ

図1.作業所通所開始までの流れ

 江東区内には有床精神病院がなく、利用者の通院先は遠隔地にわたる。このことは医療機関とのネットワーキングを極めて不利にしている。特に精神科救急の整備されていない現在、これらの照会は対象状況の見極めや投薬遵守(Drug Compliance)、再発(Relapse)防止の課題などと深く関わり、不可欠である。

 一般に明らかに精神症状が持続し、再発/再燃が認められたり、与薬設計(Drug Design)が極めて不適切で不穏状態にあるなどのことがなければ通所を拒絶しない。

 2)作業所処遇の基本的性格

 作業所の基本的処遇であり集団処遇である作業の性格を図2に示した。見ての通り作業所はその社会的布置(Social Constelation)だけでも対象を社会化(Socialize)する契機を多く持っている。またその保護性は病院とは比較にならないほど低い。これは生活地域内に立地した作業所だからこそ言えることではなかろうか。

図2.作業(下請け受注)における処遇関係のschema

図2.作業(下請け受注)における処遇関係のschema

 また利用者の曝される社会的要請は具体的で生活的であり地域内企業の実状を反映する。それは他方で利用者の動揺や葛藤を引き出し、個別的な支持を余儀なくもさせるが、その支持を対象状況に見合ったものにできるなら地域への適応を効果的に促すことになると考えられる。

 従って処遇目的を以下のように定立している。

①利用者個々の生活スタイルの再建・再形成とその維持。

②社会的な場、具体的には江東区という地域への適応(Social Adaptation)とそこでの役割期待への対応性(Coping Skill)の増大。

③同一空間における共同関係(支持的な関係)を媒介にした人間関係への適応。

 作業所には個別処遇を行わねばならない状況も数多く発生する。ここでは利用者の地域での日常生活の破綻を防止することが意図される。即ち問題発生に対応(problem-solving)することと、再発防止という限定的な課題を確実に行うことが意図される。具体的にはクライエント中心の支持的カウンセリングによって介入する。また作業所外での日常の生活場面を想定して生活技能訓練(調理実習など)を日課に組み込んでいる。

 3)就労に向けた流れ

 図3に作業所からの就労を意図した処遇の流れを示した。対象評価(Assessment)とネットワーキングを意図した面接が問題別に対応して(problem oriented)持たれるのが特徴である。就労を前にし緊張、不穏などの反応も出易くなる。これらに迅速に対処し所期の目的を実現することが、この濃厚な支持ポイント設定の意味である。

図3.就労援護の流れ

図3.就労援護の流れ

3-2 保健所の役割

 次に上述のような作業所機能の発揮に寄与する保健所の役割を検討する。

 1)保健所事業の利用

 表4に示した作業所利用者20名のうち18名は保健婦の紹介で利用を開始しており、この内17名は保健婦による家庭生活調整を含むケアが継続している。

表4.深川保健所管内作業所利用者(’87.3.31現在)
  年齢

診断名

同居親族 利用期間 保健所生活教室の利用
33 精神分裂病 ’83.5-  
46 精神分裂病

  6-

’81 -
29 精神分裂病

   10- ’83.5-
32 精神分裂病 10-’85.2 ’81 -’84.5
40 精神分裂病  11- ’84.4-’85.12
42 精神分裂病 ’84.3 -    3-
39 精神分裂病 3-    3-
38 精神分裂病 ’85.5 -  
23 側頭葉テンカン 6-  
10 20 精神分裂病 9- ’86.10-
11 23 精神分裂病 10- ’85. 1-’86
12 38 精神分裂病 12- ’82. 4
13 26 精神分裂病 ’86.2- ’83. 1-
14 37 人格障害 4- ’86. 2-
15 26 精神分裂病 4- ’85. 1
16 37 精神分裂病 4- ’83. 3-
17 45 不安神経症 5-11  
18 27 抑鬱神経症 8- ’86 -
19 30 精神分裂病 ’87.2-  
20 30 精神分裂病 3- ’85.10-

 作業所利用者の保健所利用状況を表5に示した。作業所開設直後の'83、'84年度に対し、'85、'86年度は著増しており、精神衛生相談では2割強をしめ、相談に作業所職員が来所するケースも増えている。'86年度は作業所利用者19名中15名が延べ37回精神衛生相談を利用し、うち11回は作業所職員が来所した。さらに週1回保健所で行う生活教室(Day Care)も、'86年度は作業所利用者が全利用者の6割をしめた。

表5.作業所利用者の保健所事業利用数
単位:人
年度 作業所 精神衛生相談 生活教室 家族懇談会 事例検討会
利用者 回数 作業所/全体 作業所/全体(延) 回数 作業所/全体 回数 作業所/全体 作業所/全体
’83 7 24 1 56 2 67 36 6 22
’84 7 24 1 62 1 97 48 6 19
’85 13 30 7 55 18(5) 135 48 8 18 2 16 3 6
’86 19 30 15 68 37(11) 175 49 12 19 5 11 17 2 5

1.回数は開設回数 2.( )内は作業所職員が相談に来所したケース

 2)典型事例に見る保健所の寄与

 ①地域ネットワークで共通の方針を持ち援助するなかで就労した事例

<#5>単身、区内更生施設から作業所に通所開始。作業所の環境に適応するまで若千時間を要したが、適応後は他の利用者に比べ作業能力が高かった。2年間通所後保護的な企業に就労したが直後から雇主や同僚の些細な言葉に反応し、すぐに“辞める”と短絡した結論を出した。これに対して作業所職員、更生施設職員、保健婦の3者で検討し方針を共通にして対処し、辞職を翻意させた。しかし不況のあおりで職場が倒産し離職した。

 次の就労では1回目の経験をもとに当初から問題発生を予想し、各職員の役割を分担した。作業所職員は本人に対する共感的理解を、更生施設職員は共感しつつも現実の厳しさを指摘し、保健婦は直接はケースに関わらないが事例の状況と各職員の対処の内容を把握しておき、問題発生が予測されるとき共同で対処できるようにした。また必要に応じて精神衛生相談で医師を含めて検討した。事例はこの様な態勢のもとで就労を維持している。

 ②作業所と保健婦が共通の方針を持ち維持的に対処している事例

<#11>某大企業の現業労働者、20歳で発病し休職のまま通所開始。対人関係で不安緊張が強く外にも出られなかった。復職を強く望んだが先ずその準備と言うことで、作業所職員と保健婦は“復職の可能性をさぐりつつも、それが無理な場合は再就職に切り替える”という方針で臨んだ。

 通所開始直後作業課題への不安から辞めたいといい、慣れてくるとすぐ就労したいと焦慮した。その都度作業所職員と保健婦が受容し対応を共通にしたことが不安や焦りを取り除き安心させることに役立った。その結果復職こそ当該企業に受け入れられなかったものの、1年間の通所後パート雇用を経て再就職し現在に至っている。

 ③作業所と保健所が共通の方針で治療的に介入している事例

<#12>妄想型分裂病患者で作業能力や現実認知能力は高いが、“40歳になると自分が世界の支配者になる”という強い妄想体系を持ち、それまでは飽くまで“仮の生活”として日々を送っている。従って生活目標の動機付けが困難な事例である。

 作業所通所は“40歳になるまで何もしないよりは暇つぶしでもいいから”と開始し、保健婦や作業所職員はできるだけ現実生活を充実させて行くことを目標にした。しかし作業所が増設され就労希望を持つ利用者が多い第2作業所と、就労に消極的な利用者が多い第3作業所の通所選択を事例に任せてしまったため、作業所生活も“仮の生活”であった事例は当然のことながら第3作業所を選んだ。しかし妄想を持ちながらも“働かねばいけない”という気持ちを持ち始めていた事例は混乱し不安定になった。

 作業所職員と保健婦は現状を評価しなおし第2作業所に移すことにした。保健婦が事例を説得し作業所はそれを受け入れる形で移籍した結果、事例はいくらか安定を取り戻した。

 ④作業所と保健所の方針に齟齬があった事例

<#1>全般的な機能不全があり作業能力も低い。しかしプライドが高く、自己の主体的客観的な理実把握に著しく欠ける。そのため家庭内でも家族との疎通性が悪く、立場がない。通所4年目になるが通所当初から“働きたい”といって職員の助言を受け入れず、数回の就労失敗を繰り返している事例である。

 作業所生活を続けながらできるだけ問題を克服するようにし、それが困難ならば事例の意向に添い就職させ、失敗を教訓にするという方針であった。しかし具体的な対応に当たって、事例の言い分を十分聞いて共感することと問題点を指摘することが、作業所職員と保健婦との間でチグハグになってしまった。そのため事例の問題状況は克服されず、就労に失敗することが繰り返されており、対応の改善を必要としている。

 3)小括

 保健所の精神衛生事業にしめる作業所利用者の比重は増大している。このことをもたらした理由としては、作業所利用を効果的に行うための意識的な作業を行ってきたこと。具体的には①通所開始は本人の希望を出発点としつつも医療機関などからの一般的な紹介で受け入れるのでなく、受療状況や生活状況、本人の特徴や問題点を明確にした上で行われる。そのため保健婦は医師連絡、本人や家族との面接、作業所利用の動機付けを行うよう努力することが必要であり、現実にそれを求められたこと。②通所継続中も保健婦と作業所職員が役割を分担し、必要に応じて一致した方針で対処するため作業所利用者を保健所事業に意識的に組み入れてきたこと。③生活教室を作業所と異なる場面として利用し、対象像を複数の観察により評価し、治療的に関与してきたことの3点があげられる。

 これら保健所の意図的な関与によって作業所もまた援助方針の確立・是正に精神衛生相談を効果的に利用しようとするようになった。このことは作業所と保健所の処遇方針の輻輳―重複精神療法の弊害の防止にも寄与している。

 また作業所の保護者会とは別に保健所でも家族懇談会を行い作業所利用者の家族も参加している。さらに作業所職員と保健婦との定期連絡会も行っている。この様に作業所と緊密な連絡を取りながら、できるだけ一致した方針で援助を進めることを目指している。

 この効果を事例で見ると以下の3点があげられよう。①両職員間で通所目的を一致させた場合には、初期の弱い動機付けから強い動機付けへの転換、方針の変更を共同して行うことができ、その結果も良い。②危機介入に当たっての役割分担や即刻の対応なども緊密な連携故に可能である。③それに反し方針が十分一致していない場合は対処に齟齬が生じ、介入の機を逸している。

3-3 作業所処遇における対象評価尺度の試作

 以上のように作業所機能とネットワーキングの効果は、事例により個別的記述的に示された。しかし客観的な効果測定の尺度は無く、継時的なあるいは定期的な査定を困難にしている。それはわが国における地域基盤の精神リハビリテーションがやっと緒についたばかりであることを反映している。

 しかし対象評価無き援助は、その目標設定があいまいで有効性を発揮し得ないのみならず、援助の効果測定も成されない。この様な状況が一般的といってよいのである。この改善のためにはまず保健所、作業所など現存地域精神衛生資源において使用可能な対象評価尺度を作ることが必要と考え、その試作を行った。

 作業所既存の利用決定にかかる書式で得られる対象データを表6に示した。

表6.作業所利用決定データ一覧
1.基本属性  
  対象氏名 1.2.3.4.
  性 3.
  生年月日 1.3.
  住所 1.3.
  電話 1.
  同居親族の有無 1.
         続柄 3.
         氏名 3.
         生年月日 3.
         学歴 3.
         職業 3.
  収入の有無 1.
  主たる生計者 1.
  紹介者氏名 1.4.
      職種 1.4.
      連絡先 4.
2.病歴  
  初発年齢 2.3.4.
     症状 2.3.4.
  再発時期 2.3.4.
     理由 2.3.4.
  確定診断(present) 2.4.
  投薬内容(present) 2.
  治療内容(present) 2.
  担当医(present) 2.3.
  担当PHN, SW(present) 3.4.
  通院、デイケアの日程 4.
3.生活史 1.2.3.4.
  学歴 3.4.
  職歴の有無 1
      内容 2.3.4.
  婚姻 2.3.4.
  家庭関係 2.3.4.
4.訓練needs 1.2.3.4.
5.日常生活技能 2.3.4.
6.処遇方針  
  作業所への注文 2.3.4.
  禁忌 2.
  生活地域での援助方針 4.

註)1:通所申し込み所(本人記入)
  2:照会状(医師記入用)
  3:照会状(家族記入用)
  4:紹介状(紹介者:PHN, SW別記入用)

 また職員が対象評価を現に行っている場と評価内容(明確なクライテリアが無くとも経験的に)を職員からの聞き取りによって抽出した。職員が経験的に意識しつつも言語化されていない内容は職員と共に評価の場を想定し、項目名を設定した。

 それらランダムに抽出した項目を、場を上位概念として整理統合し、ユニットに構成したものが図4である。

図4.作業所処遇における評価のユニット

図4.作業所処遇における評価のユニット

*生活技能水準は家族用紹会状に日常生活技能を中心にした評価尺度がセットされている。
**価値的尺度のセットが可能なもの。

 利用決定データは過去の対象の状態像に重きがおかれ、病歴を3種の照会状で問いデータの照応により真実性を高めることを意図している。

 生活実態に関する項目は少ないが、これは一般に作業所利用前の照会では十分な記載が望めず、特に家族の生活史遡及的なデータは面接や家庭訪問などによって信頼関係(rapport)を形成しつつ行う情報収集でなければ得難いからである。

 日常生活技能(Daily Living Skills)も同然であるが、家族用の照会状では起床から外出までの整容動作項目を中心にした3-5段階の評価表を添付している。

 これに対し職員の経験的評価項目は観察と面接によるものであり目下の事象に焦点があてられている。このうち価値尺度(肯定的/否定的、良い/悪い、高い/低いetc.を両極とする3-5段階評価)のセット可能な項目に**を付した。質的に類似し統合できるものもあるが、大枠としてそのままにした。

 断面の尺度でも評価・査定可能であるが、むしろ継続観察によってその都度柔軟に評価した方が良いと考え得るものは**をつけていない。

 Aの系列のユニットは疾患を基礎に置いた状態像で、ほぼ尺度化可能である。再発に関わる脆弱性、再発準備性も尺度化できる。

 Bの系列は作業・就労に関する項目で、作業そのものへの対応性と作業遂行に伴う社会的諸関係への適応が含まれる。これについても同然。

 Cの系列は家庭におけるありようだが、この項目は少ない。作業所という処遇の場によるものであろう。継時観察を必要とし、断面の尺度化はあまり意味を持たない。しかし生活技能の評価は対象評価上不可欠であって家庭訪問や面接で聴取可能であり、これについては独立したフォーマットを作成した。家族のE.E.(Expressed Emotion)も観察可能と考えられるがここでは尺度化を見合わせた。その種のものを断面のみで評価するのは妥当でないと考えたからである。

 Dは作業所処遇の終結時の評価項目であり、社会的諸関係への適応を問うており尺度化可能である。

 以上の検討をもとに地域ケア(Community Cere)ないし居住地ケア(Residential Care)場面を想定して、そこでの処遇者が最低限必要と考える対象のプロフィールを抽出するための事例評価表(表7)と日常生活技能評価表(表8-1、2)を試作した。

表7.事例評価表 Case Assessment Schedule

表7.事例評価表 Case Assessment Schedule

表8-1.日常生活技能評価表 Skills Schedule for Daily Living

表8-1.日常生活技能評価表 Skills Schedule for Daily Living

表8-2.日常生活技能評価表のスコア

表8-2.日常生活技能評価表のスコア

 事例評価表の質問数は15項目に押さえてあり、観察に基づき評価する。回答は“良い/悪い”では余りに処遇者の主観に依存するので、幾分客観的で今後の標準化を意図したものにした。

 日常生活技能評価表は21項目からなっており、技能水準を質のレベルで問うのではなく、自ら主導性をもって、現に行っているか、を問うものである。また人間関係の取り結びの範囲を併せて問うている。

4 考察

 1)作業所の機能実態と処遇内容に対する規定性

 黒田(1986)は作業所の“消極的役割”として再発防止をあげ、①服薬・治療の継続、②無為在宅から生ずる家庭内葛藤の軽減、③心理的社会的存在基盤の保障の役割があると言う。さらに“積極的役割”として社会復帰の促進の場であることをあげ、①狭い生活空間から脱出した広く豊かな生活の場の提供、②集団労働、集団生活を通じた精神的社会的成長、③自立能力の培養、④必要に応じた危機介入・調整の4点を提示する。

 都市部、特に東京23特別区内にある作業所は対象の生活地域内にあり、先述したようにその社会的布置の点で先述の機能を実現する客観的条件が存在する。しかし特筆すべきは都市生活地域内における医療過疎、とりわけ精神病院・病床の少なさのため臨地的な後方病院を持たないことである。したがって再発とそれに伴う入院は遠隔地、時には他県の病院にわたり、事例の生活の流れを切断するのみならず、生活の場の喪失にもつながる。

 このことから再発を確実に防止するという課題は、より一層切実なものとして作業所に期待され、職員には地域精神衛生従事者としての再発要因に関する知識や危機介入(Crisis Intervention)の基本的な素養が求められる。この様に個別的な対応である再発防止と危機介入は密接に結び付いており、危機の際に対象の内面生活が露呈すること(Langsley.D., Kaplan.M. 1968)を考慮しそれに適合した支持が成されるならば、再発防止は作業所における処遇の中でも治療的であり、極めて積極的な意義を持つと言い得るのではなかろうか。

 また作業所の本来機能である人間関係や環境変化などに対する対処技能形成も、作業所における処遇枠組みとしての集団機能の発揮――それを十分生かすことは当然である――のみに限定するのでなく、個別の精神障害の特性に適合したものでなければならない。

 精神障害者の持つ症候像、障害程度は区々であり、とりわけ精神分裂病などの機能性精神疾患はその初期、陽性症状の持続期にあっては再発/再燃、投薬遵守性の未確立、精神症状の持続による不穏などの問題を持ち、陰性症状の時期には意欲喪失-動機付け困難、認知や行為の統合機能などの低下によって臺(1986)のいう生活障害を呈するなど、精神発達遅滞に対する教育的接近や、肢体不自由に対する神経学的治療と残存機能維持的な介助などとは異なる多角的な処遇的接近を必要とする。

 その一つは薬による治療、いま一つは生活障害の克服/軽減を意図する心理社会的接近であり、具体的には、言語的・音声的(verba1/vocal)な精神的支持の常在を基礎としつつ行われる社会的役割・規範・諸関係形成の再学習とそれへの適応・耐性の形成、さらに個別の生活技能の再学習である(Liberman. R.P. 1982)。この双方が相俟ってリハビリテーションが実現される。その内実は時に教育的であり、治療的であり、福祉的である。治療的であることを忌避したり、教育的であることのみを本質とするなどの言説に接することが少なからずあるが、あれかこれかではなく現実の必要と処遇事実から論ずるべきであろう。

 作業所の空間は対象状況に合わせて治療的に整備されたものではない。にもかかわらず、それが精神障害者の社会復帰、生活再建を目的とする処遇施設として機能し得るのは、作業所の導入、日常作業処遇、就労援護などの処遇プログラムが、地域内にあるその作業所固有の社会的布置の上に設定されるからであり、そこで集団の持つ治療-教育的効果の発揮と個別の支持的介入の双方が実現されるからである。

 作業所のリハビリテーション効果の測定は病院内作業療法の先行知見とは異なる様相を持つと考えられるが、それは今後の研究に待たねばならない。吉田ら(1987)は米国における1960年代以降の入院患者(inpatient)リハビリテーション研究をレビューし入院患者に院内で行われた社会的技能訓練(Social Skills Training)が病院外、即ち社会生活や就労などの場の変化に即応し得なかったことを指摘している。

 作業所における下請け労働は、病院から脱して地域における社会的諸関係の中で行われる点で外的強制が直接作用し保護性が低く、そこでの作業は利用者同士の受け入れ、排除、支持、不支持という緊張関係が利用者間力動として常在する場であり、その社会化の効果は著しく高いと思慮される。これが作業所のリハビリテーション効果の根幹であり、作業所における作業軽視は場の効果的条件を無価値にする。

 この効果的条件を十分に発揮させるために、対象にあったリハビリテーションプログラムの設定と、対象評価を前提としたリハビリテーションゴールの設定が望まれるわけである。また作業所の活動を支えるネットワークの充実、とりわけ医療機関との相互信頼に基づく協力共同が必要なことは明らかであろう。

 2)新しい資源-作業所と保健所との関係

 精神保健法の成立を見た現在、保健所と作業所は共に地域精神保健活動における重要な役割を担うことになる。特に作業所は様々な困難と制約のもとで活動している民間の組織である。この作業所の機能を高め効果有るものにするために、公的な地域精神保健センターとしての保健所の果たすべき役割は大きい。

 今回、作業所利用者の保健所事業利用状況を検討した結果、作業所に対して保健所の果たすべき役割を以下のようにまとめた。

 ①保健所は作業所と事例に関する緊密な連携を維持し、必要なときに効果的な対応が共同で取れる体制と方針を持つように努力すべきである。

 ②保健所は作業所の処遇内容を高次化するために、保健所事業を積極的に作業所利用者のために生かすべきである。最近これを以て二重措置とする行政対応を聞くが、この様な判断は間違いである。保健所の精神衛生相談やデイケアは地域精神衛生活動における共同利用機能であって、施設措置では有り得ない。いずれも地域生活の場における治療方針樹立とその効果測定のためにあるサービス機能であり、作業所への措置と同一視することは当を得ない。保健所のこれらの機能の利用が作業所利用者の処遇効果をあげる上で有効であり、むしろ処遇における交流が望ましいことは本報でも指摘した通りである。

 上記の保健所の役割を実現するために特に留意すべきことは、①保健所と作業所との共同の方針検討の場をより多く充実すること、②一致した方針に基づきながらも保健所と作業所との役割分担を実践的事実に基づいて徐々に明確にし、そのそれぞれを質的量的に充実すること、③作業所職員を福祉専門職として尊重し、対等平等な関係を樹立することである。

 この様な努力を双方がはらうことによって、保健所が紹介した利用者を作業所委せにしたり、作業所を下請け機関視することなく、対等平等の関係で保健所と作業所が協力共同して双方の機能強化を図ることが可能となろう。

 3)対象評価と効果測定

 症状評価ないし診断基準を意図した尺度は数多いがここでは検討の対象から除いた。

 既存の社会的な対象評価尺度を概観するとGAS(Endicott. J., 1976)、江熊の社会適応(1962)度など比較的簡易なものもある。しかしいずれも医師の症状評価(見立て)を前提としており、生活的な処遇方針に評価がリンクするものではない。

 また対象を全的にその症状評価や投薬遵守なども含めて評価するものはAMDP(1978)を始めとして膨大な質問表(Questionnaire)がセットされ、厳密ではあるがテスターのトレーニングを要し地域での使用に耐えない。

 比較的多く作られている社会適応尺度は、ABS(Nihira.K., 1974)、BSAB(Balthazar, E.E., 1973, 1976)など、対象を精神発達遅滞としており事象適合性を欠く。また海外のものを直接利用することは、先述したようにわが国の地域支持基盤形成との間に社会文化的なギャップがあり、この点でも事象適合性を欠くといわねばならない。

 他方職業能力評価についてはPower、P.W.(1984)による広範なレビューがあるが欧米における自立生活と就労状況が基礎となっており、精神障害の特性とわが国の処遇事情を考慮した十分な加工を前提とし、直接の導入はやはり困難であった。

 地域精神衛生支持基盤における対象評価の手法は、その場の生活や処遇現実に即したものであることが求められる。しかしある程度標準化された既存の対象評価手法・尺度の多くは上述したように場への適合性を欠き使用に難があった。

 またこの場の条件はそこで開発した手法ないし尺度の標準化を著しく困難にする。それはわが国における精神障害者の地域支持基盤が未分化であり、安定した処遇内容方法が未確立であること、加えてそれらの資源が横断的に共同し組織的に研究するという関係を形成するための人的資金的基盤がないことによる。欧米における国家的規模の、あるいは財団などの巨大な財政基盤を持つ生活事象(Life Event)研究や社会適応(Social Adaptation)研究とは大きな現実の隔たりがある。

 しかしこの様な現実に手をこまねいているわけにはいかないのであって、今ある資源、即ち保健所、作業所、精神衛生センターなどの現実に適合し、且つ簡易な尺度を、新たに現場から作成し試用することが数多く行われる必要がある。一見迂遠に見えるその様な努力の集積の中からやがて有用なものが取捨選択されていくことになろう。

 本報で提示した価値的評価は、主観的な回答項目(良い/悪い)のままであれば標準化や比較指標としての使用には難があるが、単一の作業所における処遇効果の評価や対象の横断的査定に使用できる。さらに試作した評価表に示したように回答をより客観的な選択枝に置き換えるならば対象の変化の査定や処遇効果の定期的な査定、即ち時系列的な査定に利用し得、今後の標準化を展望し得ると考える。また新任処遇者の対象観察のトレーニングツールとしても活用できよう。

 終わりに対象評価は自己目的ではなく、対象の必要に基づく処遇のレベルアップの基礎として必要とされるものであることを付言しておきたい。

(本稿は総合リハビリテーション研究大会において3報にわたって報告したものを一つにまとめたものである。また文責は加藤にある。)

引用文献 略

*国立公衆衛生院研究課程
**のびのび第二作業所
***東京都江東区深川保健所


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1988年1月(第56号)23頁~36頁

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