<報告> OECD主要加盟国における障害者雇用・職業リハビリテーション対策の動向

<報告>

OECD主要加盟国における障害者雇用・職業リハビリテーション対策の動向

安井秀作 *

1.はじめに

 わが国をはじめ、世界各国の障害者雇用・職業リハビリテーション対策は、1981年の国際障害者年以降、理念的にも、また、現実の政策手段についても大きく変わりつつある。このような時期にあって、OECD(経済協力開発機構)(注1)の労働力社会問題委員会(注2)は、1988年4月、加盟各国の障害者対策、特に障害者を労働市場へインテグレート(integrate)し、その雇用を維持するための政策手段を評価することを目的として、専門家会議の設置を決定した。

 専門家会議は、1989年11月20日及び21日パリにおいて、OECD加盟各国の専門家の参加を得て開催された。ここでは、その時に入手した各国の報告書によって、対策の動向を紹介することとしたい。

2.ノーマライゼーションの理念の強調

 OECD加盟国の障害者の雇用・職業リハビリテーション対策の基本となる「哲学」の共通点として、ノーマライゼーション、インテグレーションの理念が強調され、ノーマルな場としての一般雇用が強く求められていることがあげられる。ちなみにいくつかの国の障害者対策の基本方針をみると、次のように述べられている。

①イギリス 「障害者に対しては、一般労働市場で能力を最大限に発揮する機会が与えられるべきである。障害者の雇用・訓練対策においてもインテグレーションを確実にするための努力がなされなければならない」。

②オーストラリア 「障害者の雇用政策の基本理念は、一般企業への就職を含む社会への参加を促進することにある(授産施設などの保護的な場は、低賃金で、差別的な待遇などの問題があると指摘している)」。そして、このためには、「一般雇用を妨げる障壁を取り除くことが政策目標の一つとなる」。

③ノルウェー、スウェーデン 「完全雇用が目標であり、障害者についても同様である(部分的には、能力に合わせて設計される必要はあるとしても)」。「障害者雇用・職業リハビリテーション対策は、一般労働市場対策の不可欠な重要部分である」。

④アメリカ 「すべての者の経済的な自立が国家の目標であり、障害者雇用政策の基本は、『制約が最も少ない状態での、最も生産的な、主流としての社会参加』である」。

 そして各国は、この目標を実現すべく対策の充実に努めている。

3.各国の対策の動向

 すでに知られているように、障害者の雇用・職業リハビリテーション対策に関しては、①雇用率制度に重点をおく国と、②雇用率制度によらず、一般対策や職業リハビリテーション対策などに重点をおく国に大きく分けられる。ここでは、この区分に従って、主要国の対策の動向を紹介することとしたい。

 しかし、一方でこのような流れに乗れない障害者がみられることも否定できないことから、択一的ではなく、種々の選択肢が常に用意される必要がある。ここでは、詳しく取り上げないが、紹介した国々を含む加盟各国においては、一定範囲の障害者に対する特別対策についても充分な対応への努力がなされていることも指摘しておきたい。

(1)雇用率制度に重点をおく国における動向

 ここでは、雇用率制度を持っている国の代表としてイギリス及びフランスを取り上げることとしたい。いずれの国も、事業主に対して、法的な規制を強化するよりも、事業主の自主的な活動を奨励することに重点を置くようになっていることがうかがえる。

イ) イギリス

 イギリスの雇用率制度においては、事業主に対し、全労働者の3%以上の登録障害者を雇用することを義務づけている。しかし、実雇用率をみると、1975年には1.9%であったものが、1988年には0.9%へと低下している。これは登録障害者の大幅な減少(登録したがらない障害者が増加していること)によるもので、この結果、たとえすべての登録障害者が雇用されたとしても、事業主は、法定雇用義務を達成できない状況を生じている。イギリスの報告書は、雇用率制度が機能していないことを認め、さらに、それにもかかわらず、このような「効果はなく、強制力もない、時代遅れの雇用率制度に代わる新しい有効な手段が講じられてきていない」と指摘している。

 現在、雇用率制度を改善するため、登録障害者の実態把握、そして、もう一方の当事者である事業主の雇用率制度などに対する意見の把握に努められていることから、報告書は、雇用率制度は、「職業指導・紹介、職業訓練サービスの一部として位置づけられるべきである」と述べているに過ぎない。

 雇用率制度のこのような現状から、イギリス政府の関心は、事業主の自主的な活動をどう促進するかに寄せられているように思われる。そして、①障害者職業復帰指導官(DROs)がチームを組んで、事業主に対して、障害者雇用に関する積極的な人事施策を展開するように働きかける活動の強化、②事業主が、障害者の募集、訓練、昇進、雇用の維持などについて建設的な方針をとることを奨励する「障害者雇用に関する適正実施基準」の公表、③障害者雇用に著しい実績をあげた事業主の顕彰などの措置が講じられている。

ロ) フランス

 フランスの雇用率制度においては、事業主に対し、全労働者の10%以上の障害者を雇用することを義務づけている。しかし、実雇用率は、1987年12月末現在では3.4%に過ぎず、目標と実績の間に大きな差があることから、1987年の法改正によって、法定雇用率についても引き下げられ、1988年度までは3%、1989年度までは4%、1990年度までは5%、1991年度からは6%を適用することとし、より実態に沿うように改められた。さらに、1987年の改正法においては、雇用率未達成の事業主は、①保護工場、作業供給センター及び授産センターに仕事を発注することによって、②雇用すべき障害者の数に応じて、納付金を支払うことによって、雇用義務が免ぜられることとされた。

 事業主から拠出された納付金は「障害者リハビリテーション促進基金」に組み込まれ、①障害者雇用に関する研究、②障害者用補助具の貸付、③障害者雇用事業主に対する助成、④通勤困難者のための在宅雇用の促進(テレ・トラヴァーユ)、⑤障害者用の補助具製作企業に対する援助、⑥職業訓練の実施に対する助成などに活用される(納付金は、従前は罰金としての性格を持ち国庫に納付されることから、助成金のような形で事業主に対して還元されなかった)。

 報告書によれば、1987年の改正法のねらいは、「障害者団体と企業の積極的な協力の下に」障害者雇用を進めることにあり、「納付金は、企業に対する、新たな経済的な負担としてではなく、社会的な責務の一環としてとらえられるべきものである」ことが強調されている。

 なお、基金の運営は事業主、労働者、障害者団体、学識経験者によって構成される理事会を持つ障害者リハビリテーション促進協会によって行われる。

(2)雇用率制度によらない国の動向

 雇用率制度によらない国においては、障害者に対する特別対策を講ずるのではなく、一般対策の中で障害者対策を充実しようとする国と、障害者に対する職業リハビリテーションサービスを充実しようとする国に分けられる。

 ここでは、前者の例としてノルウェー及びスウェーデンを、後者の例としてアメリカを取り上げ、その動向を紹介することとしたい。

イ) ノルウェー

 ノルウェーにおいては、障害者の雇用・職業リハビリテーションを促進するための特別法は制定されていない。しかし、失業率が高い中にあって、求職障害者が大幅に増加していることから、報告書は、1980年代に障害者に着目した効果的な方策が必要との認識が広まり、特に、障害者が一般労働市場に出されないように、①企業の労働環境の整備を促進するとともに、②事業所内リハビリテーションの充実のための施策の強化が図られてきたと指摘している。

 1977年の労働環境法においては、①障害に配慮した施設・設備の設置に努めること、②中途障害者(事故又は病気による)の雇用の継続に努めること、が定められている(50人以上の労働者を雇用する事業主に対しては、障害者の雇用促進に関する活動を行う「職場環境委員会」の設置が義務づけられている)。同法は、制定以来10年を経たが、報告書は、「障害者をめぐる状況の改善に結びついたことは疑いえない」としている。

 中途障害者に対する新職務への適応訓練、施設の改善及びリハビリテーションの実施は、これらの者の離職を防止する上で大きな役割を果たすことから、ノルウェー政府は、事業所内リハビリテーション充実のための指導を強化している。指導にあたっては、事業主が自主的にリハビリテーション対策の充実に努めることが強調されるが、必要に応じ財政的な援助が行われる(障害者を指導する者に支給される賃金の一部の助成など)。報告書によれば、この方式は、①迅速に対応できること、②新しい職場環境への適応が容易であること、③全体的な職場環境の改善、病欠の減少などの効果が期待できるなどのメリットがあることから、これをさらに拡大するための努力がなされている。

 なお、社会保険法に基づいて、事業所内リハビリテーションを受ける場合には、リハビリ手当が支給されるようになっており、財源を一般雇用の促進のために積極的に振り向けた良い例とされている。

ロ) スウェーデン

 スウェーデンにおいては、障害者対策のための特別の法制を持たないことを基本としていることから、教育法、労働環境法、雇用安定法、雇用促進法などの中に規定される形で、障害者の雇用・職業リハビリテーション対策が進められる。報告書は、1980年代においては、政策的にも大きな変化が見られたとしている。一般雇用に関連するものとしては、①補助金付雇用制度の導入、②事業所内リハビリテーション活動の実施促進をあげることができる。

 補助金付雇用制度は、従来の準保護雇用に代わるものとして1980年に導入された。これは、障害者を雇用した事業主などに対してその賃金を助成するもので、当初は、助成率は25~50%であったが、1984年の改正においては、50~90%へと改められた。現在は、雇用事務所と事業主の間の協議によって助成額を定めるより弾力的な方式の補助金制度が試行されている。

 事業所内リハビリテーション活動については、1986年の労働環境法の改正において、法的な義務づけがなされ、安全委員会がこれを促進することとされた。さらに、その後、国会において、事業主は1989年9月から1990年12月までの間、賃金総額の1.5%を「職業生活基金」に納付することが議決された。基金は、長期求職者の職業リハビリテーションを促進し、あるいは労働環境を整備することに充当されることとされ、事業所内リハビリテーション活動の財政的な裏付けがなされた。

ハ) アメリカ

 アメリカの報告書においては、今後の労働市場は、「労働市場に参入する若年者の絶対数の減少、サービス中心経済への変化に伴う高いレベルの技術(少なくとも1年以上の大学教育)への要請から、事業主は適切な教育訓練を受けた新しい労働者を得ることが困難となり、このことは、多くの障害者に雇用の機会を与えることになる」と指摘している。

 この目標を達成するために、職業リハビリテーション対策をはじめ、アクセスの確保、さらには、人権の観点からの関連対策の充実に努められているが、ここでは、リハビリテーション法の改正によって導入された援助付雇用についてその動向を紹介することとしたい。

 アメリカの報告書は、従来の職業リハビリテーションサービスは、①「重度障害者に一般雇用の機会を与えるものではなく、結果として重度障害者の多くが保護雇用に甘んじてきた」、②「保護雇用での経験を経て一般雇用へと移行すると考えられていたが、重度障害者についてはこのことは当てはまらなかった」と指摘している。

 このような問題の解決のために導入されたのが援助付雇用(Supported Employment)の制度で、1986年のリハビリテーション法の改正によって法的に位置づけられた。援助付雇用については、わが国においても、体系的に紹介されるようになっているが、そのポイントは、従来は、障害者が職業評価、職業指導、職業前訓練、職業訓練、職業紹介などの一連の過程を経て一般雇用の場を得ていたのに対し(結果的に保護雇用の場合もみられる)、全く逆に、障害者を最初から一般雇用の場につかせ(非障害者とともに、働いて賃金を得ながら)、その場所において、職業リハビリテーション施設による必要な継続的援助を与えていこうとするものである。

 アメリカの報告書は、援助付雇用によって、これまで失業していた障害者が労働市場に、事前の長い準備なしに参入しはじめ、しかも、その労働場面は従来のように、特別な環境ではなく、非障害労働者とともに働けるノーマルな場であることが極めて特徴的であるとしている。そして、「適切な収入を得ることが社会にインテグレートされる上での一つの重要な鍵であるとの認識が広まり、雇用・職業の機会を求める障害者運動が広がっていった」と報告している。

4.おわりに

 以上、OECD加盟主要国における障害者雇用・職業リハビリテーションに関する動向の一部を紹介したが、報告書は本年5月に開催される専門家会議、さらに、労働力社会問題委員会での討議を経てまとめられる運びとなっている。同報告書は、障害者の雇用・職業リハビリテーション対策に関しての理念的な整理とこれを基礎とした対策の問題点、今後の方向性などを盛り込んだものとなることから、わが国の関係者に貴重な示唆を与えてくれるものと思われる。

(注1)OECD(Organization For Economic Cooperation And Development)

 1961年9月に発足、その目的は、①最高の持続的経済成長と雇用の増大ならびに生活水準の向上、②発展途上国の援助、③多角的かつ無差別な基礎にたった世界貿易の拡大にあり、これらの目的を達成するために加盟各国の情報交換、コンフロンテーション(加盟各国間の政策の調整を行うにあたり、関係者が直接に協議しつつ相互に検討しあう方式)、共同研究や協力が行われる。

(注2)MSAC(Manpower And Social Affairs Committee)

 OECD主要委員会の一つで、労働力問題及びそれに密接な関連をもつ社会問題を処理することを目的とするもので、①加盟各国の労働力政策に関する国別検討、②労使関係、労働市場の問題及び対策の検討などを行う。

*日本障害者雇用促進協会職業リハビリテーション部次長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1990年6月(第64号)36頁~39頁

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