特集/アクセスと福祉機器 長寿社会に求められる機器

特集/アクセスと福祉機器

長寿社会に求められる機器

―作業療法士からみた日常生活機器―

浅海奈津美

1.機器の対象と目的

 「高齢者向けの機器」を考える場合、中枢性疾患、骨関節疾患、老年痴呆などにより明らかな障害をもつ者を対象とした特別な機器の他に、いわゆる健康老人が使う生活道具にも考えを及ぼす必要がある。健康であっても高齢になれば、青年、壮年期に比べて心身の諸機能の多くに低下を来し、それまでの生活を続けるには何らかの不自由が生じ、それを補う機器の必要性もでてくるからである。また、健康といえども近い将来障害者になる可能性がかなり大きい「障害者予備群」であり、障害をあらかじめ予測した機器の選択も必要になる。

 言い換えれば、高齢者向け機器の目的は、①「疾病、老化が原因で生じた様々な不自由さの補完」と②「さらなる機能低下や障害の予防」であり、対象は高齢者全般に及ぶのである。

2.機器の範囲と内容

 以上の事から、高齢者向け機器とは、老化を念頭においた障害者とその予備群を対象とした機器ということができ、その中には一般的機器で特に高齢者が使用しやすいものと、専用に開発された特殊なものの双方が含まれると考えられる。

 その範囲と内容を加倉井による福祉機器分類の図を参考にして整理すると以下のようになる。(図1)。

図1 福祉機器の概念(実線で囲んだ部分)

図1 福祉機器の概念(実線で囲んだ部分)

 ①医療訓練機器 検査測定機器、リハビリ訓練機器、その他注射器など医療、看護やそれに準じた場面で特別に用いられる機器。

 ②機能補てん機器 感覚機能では義眼、眼鏡、補聴器など、運動機能では義肢、装具、また、人口喉頭や入れ歯など。

 ③日常生活機器 日常生活を容易にするための機器。住宅設備、食器、文房具類など多岐にわたる。使用意図により介護軽減機器と自立支援機器に分けることもできる。

 ④能力開発機器 高齢者が新たな能力を開発したり、老化に伴う心身社会機能の低下を予防し、また、すでに障害をもつ高齢者がQuality of Life「生活の質」の向上をめざして用いる、学習、趣味、レクリエーション、情報収集、コミュニケーションなどのための機器。

 ⑤外的環境設備 交通機関、公共建築物、道路設備などの環境設備。

3.作業療法士と機器の関わり

 作業療法士は、医療機器や機能補てん機器に関しては部分的に自分の職制の範囲内で、日常生活機器や能力開発機器は概ね全般にわたって主体的に関与している。実際には高齢者、介護者に非常に近い場所に立つ中間ユーザー的立場で、具体的な機器を利用者個人のニーズにあわせて選定したり、市販の製品に改良の手を加えたり、手作りレベルで可能なものならば制作も行う。外的環境に関しては、高齢者に、使用可能な設備(例えば車椅子用トイレ設備があるデパートやドライブインはどこかなど)の情報提供という形での関与の仕方が多い。

 この様な筆者の職業的観点から、日常生活機器を中心に、高齢者向け機器に求められている要素は何か、現状で不充分な点は何かを次に考えてみたい。

4.高齢者の心身機能の特徴

 具体的な機器について述べる前に、機器に求められる諸要素を考える上で必要な高齢者の心身機能、特に低下する機能の主なものの特徴を挙げておく。

 ①身体機能

 免疫機構の低下など防御機能の低下に伴い、少しの環境変化や運動、疾患などにより身体の恒常性が保てなくなる、つまり虚弱になってわずかなことで寝込みやすい。

 心肺機能の低下などから持久力も落ちる。

 筋肉が萎縮し、足腰も上肢の力も衰えるが、上肢に比べ下肢の衰えのほうが早く、歩幅が狭くなり、足を拳上する力が弱くなって転倒し易くなる。

 敏捷性も低下し関節も硬くなるので、身体のバランスがくずれたときに立て直しがうまくできず、これも転び易い一因となる。

 転倒すると、カルシウム代謝機能の低下により骨がもろくなっているため骨折し易い。

 ②感覚機能

 目に関しては視力が低下し視野も狭くなるため、ものの見落としが起こり易い。明度、彩度の低い色、青や緑の短波長の色が見えにくくなる。明順応、暗順応ともに時間がかかるようになり、まぶしさや暗闇が苦手になる。

 聴力も低下するが、高音や微弱音がまず聴こえにくくなる。音が聴こえてくる方向もわかりにくくなるので、道路での事故にあう危険性が高まる。

 味覚、臭覚の衰えが出現する。

 痛覚、触覚などの皮膚感覚が鈍くなる。

 気温の変化に対する抵抗力が弱くなるため、暑さ寒さが身にこたえ、低温でも火傷しやすいなど温度感覚の衰えも生じる。

 ③その他の生理機能

 以上のことも含み生理機能は総合的に低下するが、その他、睡眠時間が短くなり目を覚まし易い、膀胱の萎縮などから排泄回数が多くなる、膀胱充満感が鈍くなるので尿意がぎりぎりまでおこらず、おこったときにはもう我慢できない、つまり失禁しやすくなるというような変化も生ずる。

 ④心理特性

 健康、経済力、社会的なつながり、子育てや出世という人生の具体的目標など様々なものを失っていくという喪失感にとらわれやすく、失っていく部分のみに目をむけやすくなる。

 何か簡単な失敗でも自信を失い二度と試みようとしなくなる。

 興味の範囲が狭くなり、思考にも柔軟性がなくなって、新奇なものを嫌い、過去からの習慣や考え方を重んじるようになる。

 記憶力の低下については特に、ものごとを視覚的イメージをつくったり符号化して要領よく覚える能力、必要なときに記憶の貯蔵庫からとりだす検索能力が著明に低下し、新しいものが覚えられない、「もの忘れ」が増えてくる。

 言語的な能力に比べて、スポーツ、楽器、車の運転など動作的な能力の低下が大きくあらわれる。

5.高齢者向け機器に要求されること

 このような高齢化に伴う諸機能の低下を補完し機能の維持や障害の予防に役立つためはどのような点に配慮された機器が必要か、具体例をもとに述べてみたい。

 ①テレビ、ビデオのリモコンスイッチ

 特に高齢者や障害者向けに開発されたものではないが、寝たきりの高齢者でも、毎日の楽しみの多くの部分を占めるテレビのスイッチ、チャンネル操作ができるという意味ではリモコンは画期的であった。

 しかし各ボタンの機能表示の字が小さく、明度、彩度の低い色で示されているため、高齢者には見づらく、操作を開始するまえにまず老眼鏡をかけて目をこらさなければならない。また、一般のワープロにも共通することだが、一つのボタンやキーに多機能を持たせてあるため、操作が複雑になりすぎて覚えきれず結局は使いこなせない。

 さらに、リモコンになってからテレビ受像器からチャンネルダイヤルが消え、受像器本体のスイッチ類も年々小さく目立たなくなってきているため、リモコンが扱えなければ手を伸ばして本体のスイッチで操作するというわけにもいかなくなってきている。実際の老人ホームで、受像器のon-offスイッチに赤い大きなシールを貼りつけ、それだけは利用者が分かるように工夫しているところがある。

 また、テレビのリモコンの場合は映像が現れるので、自分が正しい操作をしているかはすぐに分かるが、ビデオ録画の場合などはリモコンスイッチ自体にフィードバック機構がないため、結局はビデオ本体ににじりよって思惑どおりに機械が動いているかは確認しなければならない。

 このような高齢者にとっては不便な諸要素は、最近の家電製品の多くに共通している。機器のコンパクト化や付属機能などを追求するものがあってもよいが、その一方で、読みやすい表示、大きなスイッチボタン、簡便な操作、最小限の付属機能、よくわかるフィードバックサインなどを備えた、高齢者が使いやすい家電製品がもっと考え出されてもよいのではないだろうか。

 ②電子血圧計

 最近は体温計についで一般家庭に普及しているといってもよい健康管理機器である。この機器自体の普及や、高齢者が自分の血圧に関心を持つことそのものは歓迎すべきことだが、センサーの感度が人間よりも良いことが逆に信頼性を薄めている。

 血圧は絶えず変動しているため、少しの運動や精神的な緊張でも値はかなり変化する。従来よりある水銀血圧計はアナログタイプで人間が聴診器で聞き取るため、少し練習すればその変動をある程度ならした値を聞き取ることができるが、電子計では瞬時の血圧値がデジタル式に示されるので、少しのことで高い測定値が表示され易く、使用者の不安を不必要にかきたてる結果になってしまうのである。

 測定方法が簡単で自分で容易にできるということも手伝い、電子血圧計を持つ高齢者の中には一日に何回も血圧を測らないと心配で、値のわずかな変動にも一喜一憂する、「血圧不安神経症」とでも呼びたくなるような状態になる人が実際にいる。勿論、医療者の適切な指導は前提条件だが、高齢者が自分で使用する健康管理機器については、危険信号を発して不安をかきたてるばかりでなく、使用する高齢者が安心して積極的に行動することを奨励するという視点も開発にあたって必要ではないだろうか。健康を心配しすぎての寝たきりも、同じ理由からの運動過多などオーバーワークも未然に防ぎたい。

 ③車椅子(図2、3)

図2 車椅子

図2 車椅子 座敷用
座敷用

図2 車椅子 介護用

介護用

図3 電動車椅子

図3 電動車椅子

 車椅子は障害者専用機器として最も一般的な部類に入るものであるが、いろいろな点でなかなか日本家屋には馴染まない機器の代表といえる。座敷用として開発、発表されたもの(図2左)は、座面の高さも通常の車椅子より低くなり、座椅子の高さくらいまで調節ができるようになっている。日本独自の文化に即した機器の開発という発想は良いのだが、起居動作や介護が楽だからとおそらく一度は病院などで薦められたであろうベッド、椅子を生活に取り入れずに畳の生活を選択した高齢者や家族の多くにとって、この機械然とした機器は、大きさのみならず心理的にも受け入れがたいものがあるのではないだろうか。

 介護用車椅子と呼ばれるもの(図2右)の多くは、コンパクト性と軽量であることを重視した設計になっている。このタイプは車輪が小さく、振動が乗っている人に伝わり易いため、乗り心地がよいとはいえず、特に戸外では、路上の凹凸に車輪がとられ介護者にとっても操作しにくい。

 電動車椅子については、方向操作はアームレスト先端のジョイスティックによるもの(図3)がポピュラーだが、手の運動、感覚機能が低下する高齢者には扱いが難しい。

 車椅子全般にいえることだが、もう少し座り心地に配慮し、変わり易い高齢者の状態にその都度合わせられるようパーツのオプション化を普及させれば、移動用具としてのみならず椅子としての機能が高まり、それだけで寝たきりのかなりの部分を防ぐことができると思われる。欧米では、椅子文化の歴史の長さの違いからか、車椅子が、椅子に車をつけたものという発想で、まず乗る人の使い良さに気が配られている。これに比べて日本では、まだ運搬用機器としての位置づけに留まり、介護者側の都合のみが強調され、乗る側の意見が充分に反映されているとはいい難い。

 車椅子に限らず入浴用のリフター(図4)や車椅子用階段昇降機(図5)なども、機器自体の大きさや重量、機械然とした様相に加え、体幹機能やバランスの悪い虚弱な高齢者が恐怖心なく安心して乗れるかという点でみると、まだ改善の余地は大きい。

図4 リフター

図4 リフター

図5 車椅子用階段昇降機

図5 車椅子用階段昇降機

 ④排泄用機器(図6)

図6 ポータブルトイレ

コンパクト用

図6 ポータブルトイレ コンパクト用

裾広がり型

図6 ポータブルトイレ 裾広がり型

 

 ポータブルトイレは高齢者向け機器としては最もポピュラーな機器のひとつで、最近はいろいろな工夫をこらしたものが開発され、使用者のニードに合わせた選択ができるようになってきた。

 しかし、ベッドの下に収納可というコンパクト性を重視する余り座面を低くしすぎたものは、立ちすわり時に本来不要な介助や努力を要求され(図6左)、また、下腿を膝より引き込み、上体を前屈して重心を前方移動させるという立ち上がり動作の基本が、裾が広いタイプでは足が機器にあたってできにくい(図6右)など、細かな点で改善の余地がある機器もまだ多い。

 排泄の自立と介護軽減の危機として、ベッド中央がそのまま便器になり湯が出て洗浄も可能、ベッドに寝ている人自身が電動スイッチでこれを操作することもできるという一見便利な機器がある(図7)。実際は、この機器の使用想定者(ポータブルトイレの利用が困難)のレベルでは、便器部周囲を汚さないよう尻を正しい位置にもっていくことが自力ではできない、また、便器の部分はふたがあってもくぼみやすく、褥創ができやすい腰背部にちょうどその角があたってしまうなど、なかなか制作者の意図するようには機能していない。

図7 便槽付電動ベッド

図7 便槽付電動ベッド

 リハビリ訓練で出会う高齢者のなかには、尿意もあり自分でしびんを扱えるはずなのに、実際は使用せず夜間失禁する、あるいは介護者を起こすことを止めないなど、家族との絆を、介護されることを通して求めているのではないかと思われる例がある。そのような高齢者にとっては、この種の自動介護装置類は、自立の喜びよりもむしろ、うまく使用すればかえって周囲から自分が放って置かれるのではという不安の方が強く、受け入れに心理的抵抗感をもつのではないだろうか。介護機器を考える場合、人との交流を疎遠にするような介護ロボット的なものよりも、負担の軽減を図りながらも介護者が高齢者と機器の間に介在することをなくさず、高齢者と介護者の会話や接触の機会が保てるようなものを作り出していくという発想が大切であろう。

6.今後にむけて

 社会構造的には、伝統的な家制度が崩壊し、夫婦中心の家族形態への移行が生じており、老夫婦のみの世帯、一人暮らしの高齢者世帯の数の増加が急ピッチで進んでいる(表1)。年金の普及、成熟化や貯蓄の伸びにより経済力が増し、子供に頼らずに精神的にも自立した生活を送りたい、住み慣れた家を離れ嫁に気をつかいながら生活するのは嫌だと、高齢者が子供との同居を拒否する傾向も強くなってきた。また、全体が長寿化していることから、高齢者がなんらかの介護を必要としたときには、配偶者は無論のこと、子供やその配偶者もすでに50代、60代にさしかかっており、体力的に無理が利かない年代に達している。

表1 高齢者世帯数の変化

表1 高齢者世帯数の変化

(注)37年後の2025年、高齢者だけで構成されている「高齢者単独世帯」は現在の約3倍になっているだろうと予測される。一般の世帯数の増加は1.3倍。
資料:1985年までは「国勢調査」、1990年以降は厚生省人口問題研究所「わが国世帯数の将来推計」。世帯数は、1970年を100とした伸び率。( )内の数字の単位は、千世帯。

 このような社会では、自立と安全を支援する機器がより一層求められる。完全な自立を図れずとも、高齢者が自分でできる部分については、それを安心して楽にできるよう助長する働きのある機器ならば、自立支援機器である。健康管理や事故、発作の場合の緊急通報などの処置がとれる機器、システムも、高齢者本人や家族が、安心して自立生活を継続し、させることができるという意味で、今後ますます必要性が増すであろう。

 心理的な受け入れのためには、斬新なものよりも馴染みのある材質、形態で、生活空間のなかで違和感の少ないよう配慮を施した物であること、介護者との人間的な触れ合いを感じさせるものであることが大切な条件である。

 使用する高齢者に対してユーザーフレンドリーであり、自立を支援し、介護軽減機器の場合は介護される側の使用感等の意見を良く反映していくことが、今後長寿社会に向けて需要がますます高まる機器に関して、強く求められることであるといえよう。

 なお、機器を供給するコストやシステムの問題も実際の機器開発にあたっては大きな課題であるが、本稿では機器の性質を中心に取り上げ、この点に関しては論じなかった。

文献 略

東京都老人医療センター作業療法士


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年3月(第67号)14頁~19頁

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