特集/アクセスと福祉機器 スウェーデンの福祉機器開発共給システム

特集/アクセスと福祉機器

スウェーデンの福祉機器開発共給システム

―その理念と仕組み―

宗方涼

1.はじめに…福祉機器サービスセミナーの開催

 昨年の秋、スウェーデン障害研究所広報・教育局長であり、元ストックホルム南テクニカルエイドセンター所長であるグニラ・ハマーショルド女史が、友人である朝日新聞論説委員の大熊由紀子氏を訪ねて、日本での休暇を過ごすことになった。

 この機会に、彼女に時間を割いていただき、スウェーデンの障害者福祉施策、特に、福祉機器の供給と開発システムを紹介し、意見交換を行うセミナーを開催しようという企画が持ち上がった。

 セミナーは平成2年11月2日の「一般セミナー」と、同11月6日の「専門家セミナー」の、2回に分けて行われ、合計で延べ約220名が参加した。

 一般セミナーは文字通り広く一般参加を募り、基本的な福祉機器供給と開発システムについて学ぶ。それを受けて6日には、参加者を機器に携わる専門家(機器ユーザーを含む)に絞り、より深く突っ込んだ議論を行う2段構成である。

 以下、2回に渡って行われたセミナーの講義内容と、当日配布の資料を元に、スウェーデンでは、どのようにして福祉機器が開発され、そして必要とする人の手に入るかを紹介したい。

2.行政組織の役割分担

 高齢者や子どもも含めた各種福祉サービスの内容を、実施する行政機関別に見ると、中央政府、医療的・経済的に独立した23の州、そしてその下の284の市の3段階に分かれる。

 福祉機器の開発・供給の分野を含め、一般的な社会保障は以下のような役割分担がされている。

①市:ホームヘルプサービス、住宅の改造、移動・移送サービス、家事労働サービス

②州:機器に関する必要な金銭的補助、医療・療育関係、公共交通機関等を所管

③国:込み入った補助器具の開発、運転免許取得のための訓練、年金等の経済支援等

 機器の供給以外の、日常生活を支える他の施策も身近な生活レベルから、より広範囲のもの、高度技術を要するもの、費用の大きなものに移るに従い、広域行政に移管することになる。これらの条件を前提として、次は実際の動きを見たい。

3.病院・診療所等…小地域の拠点たる第一次機関

 例えば、ある高齢の男性が、弱った足腰でも快適に生活できるための機器を処方してもらうために、診療所を訪れると仮定しよう。最初に彼に接する専門家は診療所の看護婦である。

 彼の障害がごく軽いものであれば、彼女は杖や廊下に取り付ける手摺を誂えることになる。そうした簡単な機器は診療所にもストックが常時用意されている。

 機器は、必要に応じて購入(低額の費用負担を伴う場合もある)も借用もできる。

 彼が機器を借り出す期間は長短を問わない。また、借りる個数にも制限はない。必要なものを必要なだけ、例えば特殊な椅子を借りる場合、自宅用と別荘用に2つを借りることもできるのである。

 こうした処方…福祉機器の指定は、本人の希望を最大限重視した上で、専門職の手に委ねられる。いわゆる医師、OT、PT等の専門家達であり、看護婦もこの中に含まれる。個々の専門職の裁量範囲については、地方によって違いもある。

 もしも彼がさらに体力が衰えているようであれば、ベッドから起き上がるための補助器具を処方することになる。使用に際して訓練を必要とする器具の場合も、訓練担当者が派遣され(これはOTの責務である)、自宅で訓練に当たることができる。訓練のためだけに病院等に入院する必要はない。

 もちろん、介助に当たる人のための機器もある。

 機器のストックは、各診療所や病院にもあるが、その地域には必ず機器のための倉庫があり、少し高度なものや、消耗度の激しいものの供給を行っている。

 この第一段階で多くの機器が利用者の手に入ることになる。

4.テクニカルエイドセンター…システムを支えるコンサルタント達

 さて、診療所や病院レベルでは対応できない複雑な機器や他の疾患のことに及んだ場合、彼は初めて「テクニカルエイドセンター」を訪れる。これは全国に40カ所設置され、一般的な広範囲に及ぶ機器をカバーし、供給を行う。

 ここと並列の立場で、視覚障害者のためのセンター(全国に20カ所)と聴覚障害者のためのセンター(同60カ所)、そして補装具製作所(同30カ所)が設置され、それぞれの個別分野に対応している。

 テクニカルエイドセンターはその規模によって人数は違うが、職種として、OT、PT、機械や電気関係の技術者(内部に改造や調整のためのワークショップをもっている)、機器の保全管理者(膨大な量を収納する専用の倉庫がある)、機器の個別調整をする専門の担当者(OTや技術者と行動を共にすることが多い)、看護婦(喘息患者のための呼吸用機器の需要が高いため)、機器納品のための運転手、事務管理部門の担当者等で構成されている。

 コンサルタントとしての役割を持つこのセンターは、一般の病院や診療所と比較して、より専門的な機器の、供給機能を備える。それは、車椅子、歩行用の補助具、リフト等の移動障害向けの機器、通信等、コミュニケーション関係の機器、または使用に当たって一定の訓練や調整が必要な機器等である。

 また、供給した後のケアも行う。決定した機器を使い始めてから約3カ月程度は、試用期間として様子を見る。その上で必要に応じて機器の再調整を行う。また、故障や破損の際の修理や整備もセンター内で行う。

 実際の機器の購入は、センターの各地の倉庫に保管されている分を含めると膨大な量になるため、国では機器の共同購入のための組織を設けている。また、センター独自に機器の購入をすることもある。

 機器が不必要となった場合は、センターに返却されてくる。センターの業務の一つが、これらの「中古品」の維持管理である。

 返却された機器で再使用が可能なものは、すべて洗浄、点検と整備された後に倉庫に保管される。次の使用者が決定するまでは倉庫に眠るのだが、型遅れになって使う者がいなくなった場合は、アジアやアフリカの国々に送られると言う。

 現場の医師や看護婦に対する情報の提供は、研修の形をとって行われる。常に最新かつ最良の処方がかけるようにするための努力は、決して欠かすことの出来ないものである。これは、第一線の看護婦だけではなく、テクニカルエイドセンターに勤務するコンサルタント自身にも必要なことである。

 利用者に適格なインフォメーションを行うために、機器の技術的レベルによっては、センターからでは対応できないものもある。コンピュータによって制御される一連の機器等がその代表だが、こうしたものについての情報は、次に述べる、国レベルの機器のための組織、「スウェーデン障害研究所」から発せられる。時には、開発したメーカーの技術者が直接研修を行う場合もある。

5.スウェーデン障害研究所

 スウェーデン障害研究所は、スウェーデン政府とスウェーデン地方政府連合の共同運営による組織であり、各県のテクニカルエイドセンター事業と連携した活動を行う。すなわち、機器に関連する調査、研究及び開発、試験、情報の収集管理及び教育であり、直接の機器供給は行わない。また、政府組織間の機器情報の流通や、地方のセンターに対する研修の実施が絶えず行われている。

 新しい機器のテストと、リストの作成も研究所の重要な業務である。作成されたリストには、その機器の使用法がカタログの最初に記載されている。リストを参照して、診療所の看護婦やテクニカルエイドセンターのコンサルタント達が処方を行う。また、国の機器購入組織もリストにあるものを購入するのである。

 このリストは、簡単なものから複雑なものまで、その数は数千種類に及ぶ。作成に当たっては、厳しいテストに合格したものだけが採用・掲載(現場に紹介)されるため、開発に当たる企業にとっては難関となっている。例えば、1989年に電動車椅子のテストを行った際は、合格した機種は30種類中7台だけであったという。

 もっとも、開発に当たって企業は、常に使用する障害者の意見を聞きながら進めるため、そう目的とかけ離れた製品が誕生することはないという。さらに、新しい機器生産のための、企業に対する補助制度もあり、販売に失敗した場合の助成措置も用意されている。

 また、研究所は個人が使用する機器に止まらず、社会全体の中で障害を持つ人々が暮らしやすくなるよう、物理的環境の改善に関する調査研究も行っている。この業務は、政府の他の機関と共同で進められることも多い。

 講師によると、こうしたシステムによって運営される福祉機器の供給は、今後、より迅速で適格な対応を、使用者の身近な地域で進めるために、一層の権限委譲と第一線の対応能力の強化が必要であるという。しかし、現実の問題としてはなかなか容易ではないようである。

6.システムを支える思想…消費者の保護

 今回のセミナーを通じて強調されたことは、福祉サービスを提供する際の基本的な姿勢が日本とスウェーデンでは根本的に違うことである。設備として整備されたハードや、運用システム(ソフト)以前の発想の時点から、彼我には大きな差があることを痛感した。これは単に施設を建築し、そこで働くスタッフを揃えただけでは済まない。

 といっても、決して前代未聞の概念を持ち出すわけではない。ハマーショルド女史は、援助を必要とする障害者のことを、しばしば「消費者」と呼んでいるのである。

 具体的場面に合わせ、簡略化した表現に直すと、

・機器の選定は、複数候補の中から選択される

・機器に対する厳しいテストがある

・購入する機器の価格交渉がある

・潤沢な機器情報が手に入る

・顧客の要求を決して拒まず、むしろ、より多くを勧めるコンサルタントがいる

・機器の入手後もコンサルタントとの接触は続く

…となる。

 これだけで想像が難しければ、福祉機器を自動車に、コンサルタントをセールスマンに置き換えれば理解しやすい。自動車の世界では、お客様は神様なのである。

 無論、極めて公共性の高い福祉の分野でこの「自由競争」の考え方を貫けと言っているのではない。最低限の生活の保証に係わるシビルミニマムはなにを差し置いてもまず保証されなければならない。その上での競争である。スウェーデンのこのシステムも、高齢社会を背景に、行政府の多大な費用負担(開発から生産、供給に至るまで)があって維持されているものである。また、対象の多くは高齢者であり、まだこれからの分野も残されている。学ぶべきは、底辺に流れる消費者保護の姿勢、「お客様は神様」であることの認識なのである。

 これを実行するためには、専門員の継続的な研修、情報の収集と公開、そして研究開発が大事であると講師は語った。これには多大な費用を要する。国民一人当たりのコストは日本の比ではない。しかし、機器の使用による生活水準の向上を社会全体のコストとして考えると、その差は思ったほど多くはないのではないか。

7.効率主義の落とし穴

 会場からの声である「効率」というキーワード(多くは高度技術を要する機器の供給を個々のセンターが行うことへの懸念からくるものだったが)に対しては、ハマーショルド女史は、機関の集中化は、スウェーデンでは古臭いやり方だ、と喝破した。かつてはその議論もあったというが、なるべく自分の住まいの近くで問題が解決されることがベストだ、と方針が決まったのである。

 さらに、テクニカルエイドセンターやさらに上の機関が持つ技術や必要な知識も、できるだけセンターから下部機関に下ろすように努めているのである。

 「権限の地方委譲」「身近な地域での福祉の推進」。鮮やかに遂行される場面に我々は目を奪われるが、この理念はわが国でも先に改正された福祉関係八法を含む、一連の福祉改革の目指すべき姿に酷似している。ただ、世界で最初に高齢社会を迎えたスウェーデンは、より早くから対応を迫られ、そして消費者保護の概念を取り入れて、より深く、より広範囲に実行してきたのだ。

 ここで我々の進むべき方向は、なによりもまず、消費者としての権利を行使できる土壌を育むことにあるのではないだろうか。そして、それは事業の効率のみを重視するものではなく、消費者の快適さを追求するものでなければならない。

8.おわりに

 東京都をはじめ、いくつかの県で、テクニカルエイドセンターを設立する動きがあり、今回のセミナーはその流れの中にもある。また、日本版のテクニカルエイドセンター設立のための提言が1987年に東京都社会福祉総合センター(注)に設置された福祉機器開発供給システム研究委員会から出されている。そして、その中では、障害者が「消費者」であることを強調している。

 今後、我が国の機器に関わる諸分野において、従来の施策の改善や拡充に止まらない、従来の発想の枠を打ち破るものが生まれ、実現されることを願いたい。

全国社会福祉協議会障害福祉部

(注)
東京都地域福祉財団が運営していた「東京都福祉機器総合センター」は、平成14年3月末で廃止されました。
東京都地域福祉財団は、平成21年4月1日より「財団法人東京都福祉保健財団」として福祉事業を展開しています。
http://www.fukushizaidan.jp/
「福祉用具利用に関する支援」も行なっています。
http://www.fukushizaidan.jp/htm/002zigyo/02zigyo_1.html
お問い合わせ先
財団法人東京都福祉保健財団 人材養成部 普及推進室 地域支援担当
TEL : 03-5206-8732  FAX : 03-5206-8742


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年3月(第67号)20頁~23頁

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