特集/アクセスと福祉機器 「情報処理機器アクセシビリティ指針」とは

特集/アクセスと福祉機器

「情報処理機器アクセシビリティ指針」とは

太田茂

1.はじめに

 コンピュータ業界の最新動向を紹介するイベントの一つであるデータショウに、「情報処理機器アクセシビリティに関する展示・実演」と題する特別コーナーが今年初めて登場し注目を集めた。ちなみに、アクセシビリティとは、コンピュータなどへのアクセスの可能性を意味する。

 1990年6月20日、通商産業省機械情報産業局はパソコンやワープロなどの情報機器を、高齢者や身体障害者でも使えるようにするためのガイドラインとして、「情報処理機器アクセシビリティ指針」を公表した。今回の展示は、通産省指針を拡め、普及への動きを加速するためであり、かつ、1988年から同省の要請を受けてこれの研究調査を続けてきた日本電子工業振興会(電子協)の意欲の現れでもある。期間中、1万人もの人々が会場を訪れ、この問題に関心を持つ人が多いことを証明した。メーカーの前向きの対処を望みたい。

 ご承知のように身体障害とは、①Impairment、②Disability、③Handicapの総称である。義足や義手の現状から分かるように、コンピュータなどの最新技術をもってしても、①の機能的障害を補うことは難しい。しかし、人間と違う方法でもよしとすれば、②の能力障害をある程度代行したり補うことはできる。例えば、印刷文字を機械で読み取り、これを合成音声で読み上げる方法で、視覚障害者も「読書」が楽しめる。これによって、普通校で教育を受けたり、一般就労が可能になれば、③の不利な状態が改善されたことになる。

 こうした用途においてコンピュータの果たす役割は大きいが、問題がないわけではない。最近、目覚ましく普及したパソコンやワープロは、キー(鍵盤)から入力し、処理結果をディスプレイで確認する。つまり、キーが打てない人やディスプレイが読めない人は、コンピュータが使えない。しかし、ちょっとした工夫で、手の不自由な人や目の見えない人も使えるようになる。今回の通産省の指針はこの方法を示すものである。

 福祉にハイテクを活用するという発想が乏しい我が国で、これまで、アクセシビリティを拡大するための取り組みは皆無に近かった。ハンディキャップを減らすための道具が使える人と使えない人との格差を拡大していたともいえる。

 しかし、日本の優れた電子技術を活用すれば、目や手、耳の不自由さを補い、社会参加を助けることができる。このことは、高齢化社会が進む我が国において、多くのお年寄りが活き活きと暮らせることをも意味している。

 ところで私は、福祉システム研究会という市民団体を主宰している。250名弱の会員の約6割が企業や大学、公的研究機関などに勤務する技術者であり、コンピュータなどの最新技術を障害者や高齢者のために活用することを目的として、福祉機器の開発や、その普及活動に取り組んでいる。医療・福祉関係や特殊教育の専門家もいる。

 機器などの開発については、技術部会を毎月開催し、様々な問題を討議している。研究費用は個人負担だが、言語障害者向けの文字通信システムや、視覚障害者向けのパソコン音声化ソフト、自動点訳システムなどが完成し、活用されている。

 パソコン/ワープロ教室も開催している。脳性まひの人達を対象とした町田市内の教室は、6年近い歴史があり、視覚障害者を対象とした川崎市内のパソコン教室は2年目である。こちらは、富士通労組の協力を得て運営している。

 ハイテク福祉の有用性を多くの人に理解してもらい、障害者の社会参加を進めるための啓蒙活動の一環として、既に、社会に参加して活躍している重度障害者を紹介したり、通産省や厚生省、労働省などとも緊密な協力関係を保っている。

 ハイテクを福祉面に活用するには、様々な分野の専門家の協力が必要である。巷には、国主導の開発を望む声も強いが、必要な人材すべてを公務員にはできない。私たちの会のように、ボランティアの形で意欲ある優秀な人を集める方が効率的である。公的援助は、資金面だけでよい。

2.指針の設立と経過

 通産省指針は、米国リハビリテーション法508条に深い関係がある。1987年秋に米国政府が作成した指針を福祉システム研究会が1988年初め翻訳し、その夏から、電子協のヒューマニティ・エレクトロニクス調査委員会(委員長:宇都宮敏男東京理科大学教授)が日本版指針の検討を開始した。

 リハビリテーション法は、連邦政府とその補助金を受けている機関や企業に対してのみ強制力を持つ。連邦政府は、米国最大のコンピュータ・ユーザーであり、企業に対し強い影響力を持っているとはいえ、恩恵が及ぶ範囲は狭い。雇用・交通・通信などにおける障害者の差別撤廃をうたう「障害を持つアメリカ人法:ADA(Americans with Disabilities Act)」が成立したのは、全国民を対象にすべきだという意思の現れであろう。

 通産省指針は、コンピュータメーカーが自主的に守るべきガイドラインであって、法的な強制力はない。そのかわり、極めて短期間に成立した。通産省の行政指導力に期待をかけた形である。

 指針内容は基本的なものに絞り、利用者が多くかつメーカーの負担が少ないものを優先させた。これに対する反対意見もあるが、作る以上は守られるものにしたい。強制力がないだけに、非現実的なものとして、すべてが無視されては堪らない。

 ここで、指針成立までの経過を示そう。☆が付いた項目は米国、○は日本の出来事である。

☆1986年10月、米国議会はリハビリテーション法に508条(電子機器アクセシビリティ条項)を追加し、連邦政府に、体の不自由な人でも容易に使えるような電子事務機器の調達を命じた。

○1987年9月、八代英太議員が米国指針に関して参議院で質問。私は同議員から、指針の暫定案を入手して、パソコン通信で概要を紹介した。

☆1987年10月、教育省と連邦調達庁(政府調達方針の統括官庁)は508条を実現するための「電子機器アクセシビリティ指針」を完成。

○1988年1月、福祉システム研究会が、連邦政府の了解を得て最終版指針を翻訳し、出版した。

○1988年3月、江田五月議員が米国指針に関し、衆議院予算委員会で通産大臣に質問。この後、私が機情局電子機器課を訪問して日本版指針の必要性を強調。通産省は電子協に調査を指示。

○1988年7月、電子協のヒューマニティ・エレクトロニクス調査委員会が、日本版指針を制定するための調査活動を開始。私は委員会幹事に就任し、福祉システム研究会の活動範囲を拡大。

○1988年8月、通産省機情局は「障害者等対応情報機器の調査研究」を高度技術集約産業動向調査の一項目に加えた。

☆1988年10月、連邦調達庁は、障害を持つ職員のための「電子機器アクセシビリティ指針」を政令として公布。

○1989年12月、通産省機情局は障害者対応情報機器開発普及推進委員会を開催し、電子協委員会で討議した「情報処理機器アクセシビリティ指針(暫定案)」を公表。

☆1990年5月、連邦議会がADAを可決。

○1990年6月、「情報処理機器アクセシビリティ指針」を確定。

☆1990年7月、大統領の署名で、ADA正式成立。

○1990年8月、電子協、アクセシビリティ指針普及シンポジウムを開催。

○1990年10月、データショウ(電子協主催)において、上記指針対応機器を展示。

3.指針内容

 内容は、主に手の不自由な人のための標準キーボードの改良方法を規定した①入力基本仕様と、主に視覚障害者を想定した②出力基本仕様、電子化について規定した③文書基本仕様④その他の注意事項の4章、18項目からなる。詳しくは、参考資料(1)の通産省指針や、(2)の「情報機器“やさしさ”ガイドライン」をご覧頂くことにして、ここでは主な項目についてのみ説明する。

 まず、①については、SHIFT(シフト)キーやCTRL(コントロール)キーと、一般の文字キーとを同時に打鍵することが難しい人のために順次入力を可能にすることや、一つのキーを長く押していると同じ文字が反復入力できるキーリピートの時間条件の変更、さらに、マウスで行う入力の代行機能を規定している。キーボードに被せて、誤打鍵を防ぐキーガードの記述もある。

 また、②については、弱視の人のためのディスプレイ画面の拡大機能や、全盲の人のための画面表示文字の音声化機能をうたっている。

 ③のマニュアルの電子化の規定も墨字(普通の文字)が読めない視覚障害者を想定している。

 米国指針を参考にはしたが、決して同じではない。例えば、日本語独自の「漢字かな交じり文」は複雑だが、直感的に内容が把握できる優れた表記法である。話し言葉と点字の世界に住む視覚障害者は、この表記法に馴染みがないが、一般就労するには必須のものである。今回の指針では、聴覚のみ用いて漢字かな交じり文が読み書きできるよう求めている。また、各人に最適の入力装置を自由に接続できるよう、キーボード・インタフェースの公開を求め、かつ、そうした特殊入力装置の提供や、記録媒体やスイッチ類への問題提供、さらに、問い合わせ窓口への提言も盛り込んだ。米国指針より少しは前進させたつもりである。

 ほとんどの項目は、これまで実施されていないのが不思議なほどのごく当たり前のものである。最初から考慮してあれば簡単なことなのに、後から改造しようとすると大変な費用がかかるという話は多いが、これもその類である。メーカーの責任は重い。

4.指針の影響と評価

 米国指針は社会的に認知され、IBMやアップルなどの対応も進んでいる。但し、両社とも自社開発は最小限に止め、ほとんどの対応機器はサードパーティが開発した製品を利用者に紹介している。サードパーティとは、メーカーと利用者の間に位置する小規模の会社群で、大企業が手を出さない隙間的商品を販売している。福祉機器の開発は、こうした会社の方が得意な面も確かにあるが、大企業がやっていけない法はない。

 日本の福祉機器市場は米国より小さく、サードパーティも少ない。また、多額の資金が必要な先端技術の開発は小企業には難しいので、大企業が持つ技術を、意欲ある小企業に妥当な価格で提供し、商品化を任せるという形で実現させたい。

 欧州諸国も、米国のアクセシビリティ指針に強い関心を示しており、国際的に規格化の動きもある。日本がこの問題をないがしろにすれば、世界の物笑いとなりかねない。残念ながら、日本の電子機器メーカーはこれまでこうした努力を避けてきたが、経済大国となった今、国際社会のリーダーとしての見識や行動が要求されている。

 メーカーの動きが鈍いのは、日本の消費者にも責任がある。民生市場では、消費者が結束すれば相当な圧力になるのに、メーカーの重い腰を上げさせるだけの熱心さが見えない。ADAに相当する法律を日本に作ろうという動きもあるが、当の障害者の声が小さい。障害者の意思表示が先ではなかろうか。そのためには通産省指針が示す表現手段の確立が必須条件となるはずだ。

 人間、誰しも年を取り、一人の例外もなく、視力・聴力・筋力が衰えていく。今回の指針は、すべてのお年寄りにとっても福音である。たとえ、体が不自由になっても、対応機器を使えば生活の質を落とさず、しかも社会に貢献し続けることができる。日本は、世界有数の長寿国である。高齢化社会に対応するには、電子技術を駆使した対応機器の開発を急がねばならない。

 日本の障害者は約250万人、関係者を入れてもそう多くはないが、高齢者の人数は数倍以上の洋々たる大市場である。

 暫定案についてのアンケート調査で、こんな中途半端な指針は許せないとか、メーカーのご都合主義丸見えという批判的な意見もあったが、それはこの指針に対する期待が大きいからであろう。

 しかし、メーカーが守れないような指針では意味がない。実現性重視という我々の真意を、指針の前文という形で明記した。実現しやすい項目から出発し、世論を味方につけた後、発展させてゆくべきだと考えている。

5.今後の進め方についての提案

 1.対応機器の研究開発体制について

 厚生・通産・労働・文部などの各省が福祉関係の研究に取り組んでいるにも関わらず、公的研究機関や大学などの研究成果が市販機器に反映される例は少ない。民間企業の協力を得にくいことも事実だが、研究者が新規性の高い研究を重視する傾向にも原因がある。既知の技術を組み合わせる作業にも価値はあるのだが。

 民間の大企業は、ハイテク福祉に必要な多くの技術を持っており、潜在的能力は高いが、小さな市場には手を出したがらない。

 やる気のある小企業が見つかったとしても、資金や技術的不安がそれを阻む。大企業の持つ基礎技術を小企業へ移管させるための仕組みや、福祉的研究に対する公的助成金や税制面での優遇措置を講じなければ動かないだろう。

 福祉的研究は個人の意欲に負うところが大きいから、個人や小規模団体でも意義ある活動に対し助成金や報奨金などの形で公的資金を投入する仕組みとか、企業に対し本業に差し支えない範囲での個人的研究を奨励するような風潮を育てたい。

 2.対応機器の供給体制について

 メーカーが優れた機器を開発しても、それが必要とする人の手に渡らなければ意味がない。また、売れなくては企業の継続の意欲を削ぐ。個人で購入できる価格にするか、厚生省の日常生活用具の一環として認定し、購入時の資金的援助をすることや、就労のための機器について低利で貸し付けるなどの方法で火を消さないようにしたい。

 製造・販売・修理だけでなく、情報提供、購入時の補助、各人の事情に合わせた調整まで睨んだ社会的枠組みの整備も重要課題であるが、この問題は通産省だけでは対応できない。厚生・労働・文部各省は勿論、通信環境の重要性から郵政省やNTTも巻き込んで連携する必要がある。

 3.障害者の社会参加について

 米国のADAは障害者の差別禁止をうたい、日本の障害者雇用促進法は雇用率を規定している。雇用率制度自体が差別という議論があるが、結果が分かりやすいという特徴もある。残念ながら、日本のこの制度はあまり守られていない。まず、この完全実施が先である。その際、今回の指針の存在と、対応機器を活用している人達の実態を明らかにすれば、受け入れ企業側の躊躇や反発も減るであろう。現行法規は、障害者雇用に熱心な企業に恩恵が少なく、無関心な企業に甘い。障害者雇用に付随する費用は、無期限無制限に非課税にする(現行の期間は短すぎる)とか、また、いわゆる“反則金”の有効活用が望まれる。

 重度障害者の中には、一般就労に必要な学力や常識に欠ける人も多い。そうした人を救うには教育の場に、指針対応機器を持ち込む必要がある。省庁の枠を超え、あらゆる場面であらゆる人が協力しあう必要がある。

 4.情報の電子化に伴う諸問題について

 多くの対応機器は情報の電子化と密接に関係する。例えば、視覚障害者が、音声・点字のいずれでコンピュータを利用するにせよ、全情報の電子化が前提となる。現時点では、点字機器が高価でかつ視覚障害者の約1割しか点字が読めないという制約から、音声機器利用者の方が多い。

 同じ情報を黙読するのと音読するのでは、時間は一桁違う。例えば、通信中の文字情報を音声でモニタすれば、その分、電話の接続時間が長くなり負担が増える。将来、デジタル通信が主流となり文字単位で課金されるようになれば、この問題は解決するが、点字印刷物の送料が以前から不要なことから、現行のパソコン通信や電話に対しても料金減免の要望が強い。難聴者の通信サービス充実に熱心な米国のATTに倣い、郵政省やNTTなどの努力を期待する。

 米国指針に倣い、通産省指針でもマニュアルの電子化をうたっている。マニュアル無くしてコンピュータを使いこなすことは不可能だから、これは当然である。しかしコンピュータを勉強するにはマニュアルだけでなく、入門書や専門書など多くの書物の電子化が必要となる。

 現在、書物の点訳は著作権法の例外事項となっている。しかし、最近はパソコンなどを使って作成した電子文書を点字プリンタに打ち出して点訳する。この中間生成物である電子文書は、再利用でき流通が望まれている。この中間的電子文書は特殊な形式で一般の人が利用することはない。点字文書同様、限られた範囲でしか利用しないものだから、著作権法を拡大解釈すればいいという意見が強いが、簡単に複製できる電子文書を点字文書と強弁することにためらいを感じる点訳者も多い。こうした生真面目な人達の不安感を取り除くために許容範囲を明確にすべきであろう。

6.おわりに

 コンピュータは本来実用的な道具であるが、使い慣れるとそれ以上の価値を持つようになる。これは、自動車が単なる移動や運搬道具でないことに似ている。コンピュータに起因するストレスや犯罪などの問題はあるが、障害者の可能性を拡げるだけでもコンピュータには存在価値がある。

 電話は、発明当初、人間のコミュニケーションを阻害する元凶となると心配されたが、今や代表的社会基盤となった。コンピュータは、まもなく情報処理と通信の両分野で不可欠の道具となる。

 すべての技術には、表と裏がある。人類は火というエネルギー源を手にして以来、その危険性を承知した上で活用してきた。コンピュータ技術も、同様に飼い馴らしてゆかねばならない。それは我々現代人の義務である。この点については、資料(3)が参考になろう。

 最後に、指針成立にご協力頂いた皆様方に厚く御礼申し上げる。

著者略歴

 おおたしげる。1942年生まれ。1965年、京都大学工学部卒業後、富士通㈱に入社。1985年、福祉システム研究会を設立、ハイテク福祉の実践を始める。現在、通産省の障害者対応情報機器開発普及推進委員会や(財)コンピュータ教育開発センターの特殊教育分科会の委員を務めている。1991年4月から川崎医療福祉大学教授に就任。

参考資料 略

福祉システム研究会代表


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1991年3月(第67号)24頁~28頁

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