特集/リハビリテーションにおける国際技術協力 アジア太平洋に目を向けて

特集/リハビリテーションにおける国際技術協力

私の提言

アジア太平洋に目を向けて

高嶺豊

 国際技術協力は、対象国によって形態が違ってくる。例えば、北米や、ヨーロッパの国との技術提携であれば、ハイテクを使ったリハビリテーションの訓練機器や自立支援機器の開発における協力などが考えられる。開発途上国への協力にはまた、別な形態が考えられてしかるべきであろう。ここでは、アジア太平洋地域の開発途上国に対する技術協力を中心に考えてみたい。

 アジア太平洋社会経済委員会(ESCAP)に属する58の政府は昨年の48回ESCAP総会で、1993年から2002年までの10年間を「アジア太平洋障害者の10年」と宣言した。ESCAP地域は、日本やオーストラリアの先進国から、韓国などの新興開発国、さらに、多くの開発途上国を含む。開発途上国中14力国はネパールなど後開発途上国である。

 昨年終了した「国連・障害者の十年」の評価は必ずしも芳ばしいものではなかった。「国連・障害者の十年」の評価に関する国連事務総長の報告は、「ほとんどの開発途上国では、国連の10年の間に障害者の状況が好転したという証拠は見当たらない」と述べ、先進国と途上国の障害者の生活の格差が広がったことを示唆している。アジア太平洋の10年を成功させるためには、今まで以上に開発途上国への協力と支援が必要であろう。

 さて、この地域の開発途上国における障害者の社会参加やリハビリテーションを考えるにあたり次のことを念頭に置かなければならない。

  1. (1) 零細な国の資源
  2. (2) 国際NGOの活発な取り組み
  3. (3) 地域参加型リハビリテーションの重視

 日本においては、障害者のリハビリテーションや社会参加に対し国や自治体がそれなりの予算を計上している。サービスはほとんど公共のものであり、いわゆる民間の資金を使った民間によるサービスというのはあまりみられない。またサービスの提供形態は、リハビリテーションセンターや施設が中心であり、地域福祉はようやく最近注目を浴びてきているだけである。途上国における障害者問題は、上のどのひとつを取ってみても、日本のリハビリテーションの事情と共通しているものが少ない。すなわち、日本の障害者やリハビリテーション関係者にとって開発途上国の障害者問題およびリハビリテーションは、一から取り組み始めなければならないことが多いことを示しているであろう。日本流のリハビリテーションを途上国に押しつけることは、地元で育ったリハビリテーションモデルを破壊する可能性があることを念頭において取り組まなければならない。巨大なリハビリテーションセンターをODAで無償で建設しても、その運営費はその国の予算で賄われることになる。少ないリハビリテーションの予算が、センターの運営のために使われて、農村地域に住む多くの障害者へのサービスが実現されないことになる。

いかにしてニーズを捉えるか

 まず、協力対象国の障害者リハビリテーションニーズを的確に把握することが必要である。対象国政府の要請をそのまま鵜呑みにすることは禁物である。そのような要請には、援助国である日本側の思惑や地元の権力者の都合が反映されていて、必ずしも真のニーズではない可能性が高い。障害者問題が単なる障害者の身体の機能や知的能力の低下だけの問題ではなく、障害者を取り巻く社会的、文化的、物理的環境の複合的な関係であるから、その解決のためには、障害者の置かれている社会を十分に把握する必要がある。その意味で、協力活動を始める前の現地での調査や、長期的な展望に立った計画が必要になる。そのためには、協力を志す日本の専門家が現地にしばらく腰を落ち着けて、現地の人と一緒に障害者のニーズを考え、まずその地域社会の資源を使ってその把握されたニーズを充たすために何ができるかを考えるべきであろう。その後に、日本からの支援が必要であれば要請に応ずればよい。

アジア太平洋リハビリテーション研究所の設立

  現在さまざまなリハビリテーション研修プログラムが官民の組織でもって行われているが、多くは、日本のリハビリテーション施設やプログラムでの実習や見学に終わっているのが実情であろう。そのような研修が果たしてどこまで途上国の現場で役立っているのか証言できる人は少ないのではないか。国や社会文化環境の違いの著しいこのアジア太平洋地域において、画一的な研修がはたしてどれだけ効果を上げうるのであろうか。そのような意味からも、開発途上国のリハビリテーション研究を中心にした、アジア太平洋リハビリテーション研究所(仮称)の設立が必要ではないか。このセンターでは、日本のリハビリテーションを模倣するのではなく、開発途上国に適したリハビリテーションサービスの研究と開発支援を行うことが目的となろう。ただし、途上国に適したリハビリテーションといっても、実は、その多くが、日本のリハビリテーションサービスにも適応し、日本のシステムを改善するきっかけになると、筆者は考えているのであるが。

 センターの機能を上げてみる。(1)域内のリハビリテーションプログラムや研究機関との共同研究や人材の交換;途上国から研究者の招へい、(2)日本のリハおよび障害者の専門家が海外へ出るための研修の実施、(3)海外からの研修生の受け入れとコーディネーション。このセンターの研究課題の中心は、地域を基盤にしたアプローチとなろう。いわゆる、日本で言う地域福祉サービスの類であるが、この分野で、さまざまな取り組みが途上国では行われているので、日本の方が逆に学ぶことが多いと言っても過言ではない。センターはもちろん大学や既存の研究機関の中に設置されることも考えられる。

開発途上国の障害者団体を支援する基金の設立

 スウェーデンには、障害者団体が集まって開発途上国の障害者団体を支援するための基金が設立されている。Swedish Handicap International Aid Foundation(SHIA)と呼ばれている。途上国の障害者団体やリハビリテーション・プログラムへの人的、資金的な支援を行っている。例えば、ネパールのろう者団体へろう者の専門家を派遣し、ネパール手話の開発や、団体の育成と強化の支援を行っている。このプログラムを通じてネパールとスウェーデンのろう者団体の絆が強化される。この基金は国からの補助が9割を占めているとのことだ。

 日本のODAはアメリカを抜いて額では世界一とのことだ。開発援助としてインフラの整備ももちろん大切であるが、経済開発だけでなく、社会開発分野への支援も同時に実施されなければならない。経済開発一辺倒による、環境の破壊や、社会的秩序の混乱によって被害を被るのは、一般大衆である。

 社会問題解決のためにはきめの細かい対策が必要だ。そのためには非政府組織(NGO)の協力が不可欠である。民間の協力を得た開発援助は今後ますます重要な位置を占めていくものと思われる。政府もNGOへの支援を拡充すると同時に、NGOも海外で活躍できる人材の育成や組織の拡充を図る時期に来ているのではないだろうか。その意味からも、全日本聾唖連盟が、JICAを通じてアジア太平洋地域のろう者のための研修プログラムを企画していることは、大変期待がもてる動きである。

国連・アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)障害プロジェクト専門官


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1993年12月(第78号)21頁~22頁

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