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〈報告〉

RI(国際リハビリテーション協会)年次総会・ICTA委員会・第1回RI北米地域会議

寺山久美子

RI年次総会

 RI年次総会は1993年10月25日(月)、26日(火)の両日にかけて、米国ジョージア州の州都アトランタにおいて開催された。場所はRI第1回北米会議の主会場にもなったアトランタ郊外にあるスイスホテルであった。アトランタは3年後の1996年に予定されたオリンピックの準備の只中にあり、工事中のところが目立った。映画「風と共に去りぬ」、黒人指導者キング牧師、カーター元大統領の故郷というくらいの知識しか持ち合わせぬまま参加したわけだが、晩秋のアトランタは美しかった。

 RI年次総会はJohn W.Stott会長(ニュージーランド、元DPI会長で、RIでは初の車いす使用者の会長)を議長に45ヵ国の代表が集い、熱心な討議が続いた。日本からの出席者は日本障害者リハビリテーション協会を代表して竹内嘉巳氏、津山直一氏他5名、日本障害者雇用促進協会を代表して岡部晃三氏他2名であった。議題は以下の通り。

1.開会

2.提出議題の承認

3.1992年、ケニアのナイロビにおける年次総会報告の承認

4.事務総長報告

5.財務担当報告

6.役員会報告

(1)会員に関する件

(2)各種委員会委員長報告

(3)事務総長に関する件

(4)その他

7.地域関連事項

(1)地域関連各副会長最新報告

(2)1993年10月、第1回北米地域会議の件

(3)1994年9月、ブダペストにおける第6回ヨーロッパ地域会議の件

(4)1995年9月、ジャカルタにおける第10回アジア太平洋地域会議の件

8.1996年4月、ニュージーランドのオークランドにおける第18回世界会議の件

9.RI新活動方針

10.国際家族年の件

11.国連の「障害者の機会均等に関する基準規則」について

12.1993年12月3日、国際障害者の日について

13.その他の条件

(1)諸決定事項

(2)その他

(3)RI会議日程

(4)確認事項

14.閉会

 以上のうちから主だった議題を紹介しよう。

a.報告事項

 アジア太平洋地域委員会を代表して、ピーター・チャン氏(香港)がアジア太平洋地域の活動報告を行った。「国際NGO会議・障害者の社会参加に関する沖縄会議」(1993年10月18、19日)、「リハビリテーションにおけるマンパワー開発及びネットワークに関するソウル会議」(1993年10月22、23日)など他の地域に比べても活発な活動状況が報告された。

 財務担当報告では、RIの深刻な財政難が報告された。会費収入が上がらず、不足分を基金から流用することが決議されたが、流用額を補充する見通しは今のところ立っていないという。国によっては為替レートの変動により分担金に変更のあるところもあって、「レートの見直しができないか」という意見が出された。東欧からの加盟の場合は国連の分担金の額も決まっていないので、RIの分担金も決まっていない現状である。

b.検討事項

 RI新活動方針(RI2000 The Way Forward)をめぐって活発な討議がなされた。RI mission statement 〔表1〕 について、ドイツ側から原案の修正案が出された。即ち、最後の文章 "to empower and enable people with disabilities to achieve goals of their own choosing while participating fully in society”を第5項目とし、RI mission全体にかからないようにしてはどうかという修正案である。投票の結果、30対35で修正案は否決され、原案が支持された。

〔表1〕
RI MISSION STATEMENT

RI's mission is to improve the quality of life of people with disabilities throughout the world, through rehabilitation, the prevention of disability and the equalisation of opportunities within society.

In carrying out of its mission, RI will employ the resources of its diverse membership to:

■ identify needs and resources

■ conduct programmes of information, research and education

■ encourage, assist and cooperate with national, regional and international organisations with similar or related goals

■ provide international services and technical assistance

in order to empower and enable people with disabilities to achieve goals of their own choosing while participating fully in society.

 また、日本側より意見 〔表2〕 が出され、総会出席者に配布された。これに基づき松井亮輔氏から、「今日の新活動方針は前回より改善されたが、リハ専門家の役割、研究活動への貢献、スタッフ義務に触れていない。またempowermentという新用語に疑問が残る」との指摘がなされた。

〔表2〕
COMMETS ON "RI 2000:THE WAY FORWARD"

October, 1993

Japanese Delegation to RI Assembly

 We found the new "RI 2000:The Way Forward" much improved than the former "RI Strategic Plan 1993-2000", to which we had quite a few criticisms that were shared by many colleagues worldwide, such as neglecting the wealth of RI's past experiences, not mentioning "prevention of disability" at all, mentioning even "rehabilitation" only very few times, not describing the role of the rehabilitation professionals at all, research and development coming only as the last item on the list of "Priority Opportunities for RI" and using ill-defined new words such as "empowerment" etc.

 We see many of these faulty points were properly corrected in the present version. For such improvements we are grateful for the efforts by our President, Mr.Stott and Dr.O'Reilly.

 We welcome and agree on the basic views of the new strategic plan, such as emphasizing the equalization of opportunities and full participation. However, we must point out that the new version itself still has some serious shortcomings.

 The one is that noting is mentioned at all on a positive role of and contribution by rehabilitation professionals in medical, vocational, social, educational, technological and other fields. It follows that the training of the professionals in these fields is still one of the most important issues in the developing countries as well as in such a "half-developed"(as far as rehabilitation is concerned)country as Japan.

 The other point is that research and development should be given proper place in the RI strategies for the year 2000.

 We think also that new terminology such as "empowerment" should be defined before being used extensively.

 We hope the discussion at the Assembly will correct these shortcomings and make a renewed version that all the members can approve.

c.事務総長の交代

 スーザン・ハンマーマン氏よりスーザン・パーカー氏(アメリカ)に交代した。

ICTA委員会

 10月24日(日)9時30分から17時30分にかけて、年次総会と同じアトランタのスイスホテルで行われた。議長はBas Treffers ICTA委員長(オランダ、車いす使用者)であった。参加者は15名前後。日本からは山内繁、奥英久、寺山の3名のICTA委員が参加した。議事は以下の内容で進んだ。

1.議長挨拶

2.議事進行の確認

3.ベルリン会議議事録の承認(1991年9月)

4.ケニアにおけるICTAのかかわり報告(1992年)

5.本RI総会への報告について

6.[ICTA 1993─1996年] の討議

7.次期委員長について

8.新委員の承認(Mr.Vasilis Sgoutas・ギリシャ)

9.ISA各国版の紹介

10.今後のICTA日程

1994 ブダペスト(9月)、1995 ジャカルタ、

1996 ニュージーランド

11.自由討議

 話題提供:イスラエル・オランダ・ノルディック

12.閉会

 ここ数回のICTA委員会で思うことは、「討議が抽象に流れ、哲学や基本的考え方を論じることが多く、具体的action planに欠けるのではないか」ということである。その点日本のICTA委員会は国際シンボルマークのガイドラインや使用指針作成など、各国の中では目に見える活動をしているのではないかと感じた。

第1回北米会議

 RIの地域会議はアジア太平洋会議、ヨーロッパ会議が4年毎の大会の合間に各地で開催されてきたが、今回、初の北米会議が開催されることになった。

 10月27~29日の3日間にわたり、主会場をスイスホテル、展示会場を日航ホテルにして開催された。「自立へのパートナー―その効果的モデル」(Partners for Independence:Models That Work)というテーマのもと、45ヵ国から500名が参加した。第1回北米会議ということもあり、アメリカ、カナダを中心にスピーチの数は100を越えた。アメリカはADA施行の成功という大きな仕事をなしとげた効果を着々と上げているように見うけられた。電動車いすや呼吸装置着用の重度の障害者たちが実にたくさん参加し、しかも単なる「聴衆」としてでなく、自立生活センターの実践報告、調査の報告など多彩な発表をし、「リハビリテーションの受け手」でなく「送り手」の一員として立派に成長していることに感銘を受けた。「やはり日本の障害者より一日の長があるナ」と思わずにはいられなかった。もうひとつの現象は、Partners for Independenceとしての多様な人々の参加であった。例えばニューヨーク市の市立小学校の教師。彼は自分の学校のバリアフリーを効果的にするための体験を発表し、また質問をしていた。まさに北米のリハビリテーションは「障害者主導」を着実に歩んでいるという感じであった。「さすがアメリカ。見習うべし」

 それに比べて、アジブ地域からのスピーチはなく、貧弱といわざるを得なかった。印象に残ったのは、カナダのICACBR(CBR国際センター)が協力しているインドネシアでのCBR活動についてであった。

 ワークショップも会期中いくつか企画された。筆者はICTA委員会主催の“Accessibility and Research”に参加した。10月26日(土)の1日をかけての中味の濃いワークショップであった。参加者は15名内外。まず、各国のaccessibilityのresearchについての報告があった。寺山も“Research in Japan in relation with International Symbol of Access”というテーマで20分ほどスピーチを行った。今回はアメリカのADA法を受けてバリアフリーの調査研究を行った大がかりな研究が特に興味をひいた。今北米会議を通じて“ADAの成果”を各方面で聴くことが大きかったと思う。

 会議期間中、シェパード脊損センター、エモリ・リハビリテーションセンターを、アメリカ南部が誇る優れたリハセンターの見学にも恵まれた。どこも入院期間は短く、しかも「患者中心であろう」とする努力がにじみ出ていた。

 また、RIの事務総長を四半世紀近く勤めたスーザン・ハンマーマン氏のさよならパーティが「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラの故郷夕ラの南部風建築のレストランで開かれ、その貢献を皆で讃えた。

東京都立医療技術短期大学教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年3月(第79号)29頁~32頁