講座 義肢装具と国際協力

講座

●義肢装具・5

義肢装具と国際協力

初山泰弘

 講座「義肢・装具」の最後に国際協力について紹介することとなった。本誌78号で「国際協力」の特集を企画されているので重複する部分もあると思うが、お許しをいただきたい。

 有用な義肢装具の支給は障害をもつ人々に対して最も効果的な支援といえる。戦傷、交通事故、労働災害や結核、ポリオ、らいなどの疾病に起因する手足の切断、麻痺、変形などは、平和な先進諸国においては減少しつつあるが、開発途上国では依然として増加し続けている。2000年にはアフリカ・アジア・ラテンアメリカ諸国の総人口は40億人に達するとWHOは推計しているが、その内の0.5%に相当する2,000万人もの人々が義肢装具を必要とするといわれている。

 現在、義肢装具の分野の国際協力は国際組織、各国の政府・民間団体等を介して行われているがその効果はまだ十分ではない。ここではまず諸組織に触れ、アジア地域の義肢装具の状況を紹介し、今後の支援の必要性を強調したい。

1.義肢装具関連組織の国際協力

(1)国際義肢装具協会(ISPO:International Society for Prosthetics and Orthotics)

 国際リハビリテーション協会の傘下で委員会として活躍していたが、1970年に独立した。事務局はデンマークのコペンハーゲンにある。ISPOの規約第一条は「義肢装具の分野で、リハビリテーション技術や、運動器系の問題点について、国家および国際機関と協力し、重複を避け人材資源を最大限に活用できるよう、各機関に適切な助言指導を行う公平かつ非政治的な国際調整機能を持つ組織である」と要約される。現在22ヵ国、2,800名の義肢装具士、エンジニア、医師などの会員により構成されている。このISPOは大切な業務の一つとして専門職の養成訓練を掲げ、4年毎に開催される世界会議では教育部門にも力を入れている。開発途上国への支援として教育機関の設置、研修セミナーの開催など、義肢装具に関する最も活躍している国際組織である。わが国では1986年神戸で国際会議が開催され成功を修めたが、その会を主催された澤村誠志先生(兵庫県立総合リハビリテーションセンター長)はISPOの次期会長に決定し、現在ISPOのアジア担当国際コンサルタントとしてアジア地域に義肢装具士のための教育機関を設置しようと奔走されている。

(2)財団法人日本義肢協会

1938年(昭和13年)に東京義肢工業組合が義肢装具製作所の調整組織として設立されたが、終戦後、義肢協会と名称を改めた。1967年法人化され財団法人日本義肢協会となった。わが国の民間義肢装具製作所長から構成され、現在340名の会員を擁している。この協会も国際協力、特に中国との交流に力を注ぎ、1984年から中国民生部仮義肢研究所と、1990年からは中国義肢協会との間で協議書を交わし、毎年地道な技術交流を続けている。

(3)国立身体障害者リハビリテーションセンター 

 国際協力の一端として1981年から国際協力事業団の委嘱を受け、アジア太平洋地域の義肢装具製作技術者を招聘し、研修を実施している。12年間に61名の研修生が研修を終了しているが(表1)、その詳細については、本誌78号に紹介してあるので一部を除き割愛する。

表1 国際協力事業団義肢装具技術者養成課程修了者数
国別(1981年~1933年)

国 名

人数(名) 国 名 人数(名)
バングラデシュ フィリピン
ビルマ(ミャンマー) 中国
インドネシア 韓国
ネパール イラク
シンガポール スリランカ
香港 ケニア
マレーシア 11 チリ
タイ 11 ジャマイカ
合 計 61

註:台湾は正規の国交がないため、別途の形で本研修を受けている。(3名)

(4)その他 民間団体の支援

 開発途上国に対する「義肢装具」支援は世界各地で政府、民間団体が行っているが、その全貌はほとんど把握できていない。わが国の関連部門のみ紹介すると、カンボジアに対して、「プノンペンの会」が2年前からプノンペンを中心とした切断者に対する義肢を製作し支給する支援を、継続実施している。またその他、個々に義肢装具・車いす関係で援助しているようであるがその具体的内容は不明である。技術者のわが国への招聘は、杜会福祉法人清水基金が事業の一環としてアジア地域の障害者リハビリテーション関連職種を毎年招聘し日本障害者リハビリテーション協会に研修依託をしているが、その中に、現在日本と国交のない台湾の義肢装具専門職を1名加え、国立身体障害者リハビリテーションセンターで研修を受け入れている。この他民間の財団で個々に招聘し研修を行っているが、義肢装具関連専門職を定期的に招聘している計画は少ない。

2.アジア太平洋地域の義肢装具の現状

 義肢装具に関連する各国の評価指標として、(1)専門職の教育、(2)材料および製作技術、(3)支給体制をも含めた普及率、(4)処方から適合完成までのシステム、(5)研究開発などの項目を掲げている。

 日本は(1)(2)(3)は何れも満たしているが、(4)はまだ不十分で、(5)に至ってはまだわが国独自に開発し国際的に評価を受けているものはみられない。

 アジア地域への支援は「アジア太平洋障害者の十年」が始まり、関係機関で活発に支援構想が練られているが、義肢装具の分野では前記事業以上にまだ実績はない。

 1992年に実施した二国間ODA(政府開発援助)額の65.1%はアジア地域に費やされている。額に基づく順位はインドネシア、中国、フィリピン、インド、タイ、パキスタン、バングラデシュ、マレーシアとなっている。

 実は「アジア太平洋地域」といっても各国の人口、経済、政治の状況は異なる。これらの国々で障害者の統計数が公表されているのは中国とインドネシアでその一部を紹介すると、中国は総人口約13億、障害者3,500万(総人口の2.7%)といわれその内、身体障害者は755万、切断は約80万、また障害者の70%は義肢装具を要すると報告されている。インドネシアは総人口1億7,600万、公表母体によって比率が異なるが社会局の報告では総人口の3.11%に相当する572万人が障害をもつ。18歳から58歳の身体障害者が54%を占めている。この内、義肢装具の供給を受けたものは2%のみで、関連部門が不足している。マレーシアは人口1,800万、実態調査は行われていないが先進国の人口の0.78%が義肢装具を必要という統計に従うと、14万人が必要、タイは人口5,200万、3万8,000人(人口0.74%)が障害者と考えられている。

 このように技術支援を要するとみられる国々の障害者の実態は必ずしも正確とは言えないが、かなりの数の人々が義肢装具を希望していることは確実である。

(1)専門職員の教育

 専門職の教育については正規の課程は日本に4校、香港にあるのみで、本年中にタイに3年課程の養成課程が発足する予定と聞いているが、その他の国々では、日本、欧米諸国の養成校への派遣、短期研修課程の設置などで補充しているのが現状である。1991年日本義肢装具学会学術大会にアジア5ヵ国から関係者を招き、「アジァ太平洋地域の支援」についてシンポジウムを開催したが、最も強く要請されたのが義肢装具製作専門職員の養成・研修であった。

 わが国でも義肢装具士のための養成校が発足して10年、資格制度が制定(1988年)されてからまだ5年を経過したにすぎない。

(2)義肢装具の支給状況

 いずれの国も障害をもつ人々の希望を満たすには程遠い状況といえる。関係者の数の絶対的な不足と、それを支援する経済的裏付けのないことなどによる。

 表2は義肢装具を希望したときに現物支給制度の有無を調べた結果で、戦傷者、公務員とともに、最近は労災事故者に対して補償する国が増えてきている。しかし一般の市民が義肢装具支給の恩恵を受けるにはまだ時間が必要とみられる。

表2 義肢装具の支給状況:国別

制度

国名

戦傷 労災 公務員 市民
中国 ×
台湾 ×
マレーシア × ×
フィリピン × ×
タイ ×
インドネシア × ×
スリランカ × × ×
日本

中国:会社が請け負う場合が多い
○:支給制度あり ×:なし △:一部あり

 また義肢装具が支給される場合でもその価格はあまりにも廉価で、とうてい機能的な義肢装具を購入できる価格ではない。表3は、現地の義肢装具製作者および関係者から得られた価格を円に換算したものである。将来は廉価で現地で入手加工できる材料を基盤に独自の義肢装具を生産するか(フィリピン、インドネシア、マレーシアなどは現地材料を使用)、大量需要による価格の引き下げなどの企画が必要となろう。

表3 義肢の価格:国別(千円)
大腿義足 下腿義足
中国 10 5
台湾 48~60 24
マレーシア 94 47
フィリピン 77 54
タイ 50~68 30
インドネシア 18~24 10
スリランカ 12 12
日本 260 124

(JICA研修生からの資料より引用)

(3)義肢装具を有効に活用するためのシステム作り

 義肢装具を利用者に有効に使用してもらうためには、製作するだけでは意味がない。

 適切な処方、採型製作技術、装着時チェック、適合前後の訓練など一貫した流れの下に、医師、看護婦、訓練士、義肢装具士、ワーカーなどが関与し各々の役割を果たすリハビリテーション・チームによるアプローチが必要で、わが国でも最近やっとその重要性が認められ、システム作りが進められている。

 このためには義肢装具士を養成するのみでなく、リハビリテーション関連職種も、義肢装具に関する知識を備えなければならない。このようなシステム作りは、結局、義肢装具の処方・製作・適合・訓練などを介してリハビリテーション・チームを作りあげることにもなる。

 以上アジア地域を中心に義肢装具の現状を紹介した。

 わが国は長年にわたる関係者の努力によって、現在、ほとんどの身体障害者は、基本的要件の整った条件の下で義肢装具の支給を受けることができる。しかしアジアの国々では多くの身体障害者が、右の写真〔略〕のように必要な義肢装具が与えられないまま、社会資源を十分活用できない状態で生活している。この分野の国際協力は「アジア太平洋障害者の十年」の課題の一つとして我々の持っている、知識と技術とを活用する方途を探り、できるところから実施していかなければと考えている。

文献 略

国立身体障害者リハビリテーションセンター総長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年3月(第79号)34頁~37頁

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