講座 精神障害者のSST

講座

●SST・1

精神障害者のSST

安西信雄

はじめに

 近年、障害者リハビリテーションの様々な分野でSST(生活技能訓練:Social Skills Training)への関心が高まっているが、これは偶然の出来事ではなく、障害者リハビリテーションの構造的な変化に由来するものと思われる。筆者が考える変化の要因は下記の2点である。すなわち、第一に、個々の機能障害の克服から、トータルな人間的な活動の保障、生活の質の改善へと目標が拡大し、障害者自身と援助者の双方の関心が社会的機能水準の向上に向けられるようになってきていること、第二に、リハビリテーションの対象となる障害の領域が身体機能の障害や知覚障害から、高次脳機能障害や学習機能、精神機能の障害に拡大し、これらに対する認知的リハビリテーションへの期待が高まっていることである。

 SSTはこうした障害者リハビリテーションの変化に対応して発展してきたもので、患者の認知・学習障害に対応した構造的・系統的で具体的な治療・支援方法を提供しうる点に特徴がある。

1.精神科領域のリハビリテーションの現状とSSTに期待されるもの

 わが国の精神科医療においては、先進諸外国に比して格段に多い約35万人の精神科入院患者の退院促進と社会復帰が重要な課題となっている。そのためには、長期慢性の入院患者群と、再発・再入院を繰り返す「回転ドア」現象といわれる反復入院患者群への効果的な治療が必要であるが、これらの患者群は、病気の自覚の乏しさ、再発しやすさの他、臺が「生活のしづらさ」としてまとめたように、生活障害のために円滑な対人関係を保てず自立した生活を営む上でさまざまな困難を持つ。わが国の精神科医療を入院中心から地域での自立した生活の支援へと転換していくためには、精神科治療の中に生活障害の改善と再発予防につながる有効な治療法を組み込んでいくことが必要となっており、SSTにその役割が期待されているわけである。

 精神科領域ではSSTは生活技能訓練とも呼ばれ、認知行動療法の1つに位置づけられる。これは、患者の自主性を尊重しながら、最新の教育・訓練の方法を適用して生活障害を改善する治療方法であるが、1994年4月の診療報酬改定において「入院生活技能訓練療法」という名称で診療報酬に組み込まれた。今回の診療報酬改定では対象が入院患者に限定され、診療報酬は75点となっているが、①社会復帰に向けて生活障害をターゲットとする治療方法が診療報酬に乗ったという点で、②また、医師以外の広範な精神科医療担当者が治療者になりうる療法が採用され、チーム医療の本格的展開に道を開くという点で意義を持つと考えられる。

 診療報酬化された現時点で重要なことは、生活技能訓練についての正確な理解が広まり、形式に流れず、本来の生活技能訓練が普及し実践されることである。今後、精神科領域でのSSTの普及により、他の障害者リハビリテーションの領域にも波及効果の及ぶことが予想される。本稿の目的は、精神障害をはじめとする障害者リハビリテーションのさまざまな分野でSSTが正しく用いられることを期待して、生活技能訓練のエッセンスと実践の要点を紹介することにある。

2.生活技能訓練(SST)の概要

a)米国における発展の経過

 生活技能訓練は、米国UCLAのリバーマンらにより慢性精神障害に対応した治療技法として発展してきたものであるが、その背景には脱施設化運動により地域に退院した精神障害者の生活の質が極めて貧しい実態があった。リバーマンらは、地域サポート体制の充実を図ると同時に、医療側の治療技法として、対人関係の改善や、服薬の継続、症状自己管理など、精神障害者の地域生活を支援する治療技法を発展させ、学習パッケージとして整備した。わが国では、1988年のリバーマンの初回来日を契機に本格的普及が開始された。

b)認知行動療法としての特徴

 生活技能訓練は「ストレス‐脆弱性‐対処技能モデル」に立ち、患者の生活を環境との好ましい平衡状態に導き、生活の質の向上と再発予防を目的とするものであるが、以下のように認知行動療法としての特色を持つ。

①患者の日常生活でのさまざまな困難を生活技能(スキル)に着目してとらえ、受信技能、処理技能、送信技能を区別して、行動療法と社会的学習理論に基づき、患者の認知・学習障害に対応した訓練を実施して患者の生活技能と対処能力を高めること。

②訓練は通常集団で実施されるが、その実施にあたっては、受容的で肯定的な集団の雰囲気を維持し、患者の関心から出発して自発性を引き出しながら、ロールリハーサルやモデリングを活用して社会的行動の学習を促進すること。

③実生活への一般化(generalization)を重視し、宿題を設定して、その実行を促すこと。

 ここで生活技能(Social Skills)とは、感情や要求を人に正確に伝える上で役立つ行動であり、対人的・対社会的な目標達成に役立つ行動である。慢性の精神障害をもつ人においては、病気の症状と再発をおさえ、自立した生活を営むために必要な生活行動の全般が含まれる。

c)生活技能訓練の種類と目的

 生活技能訓練には、患者の関心と問題意識に対応して主として対人関係の問題を扱う基本訓練モデルと、服薬や症状の自己管理、基本会話、余暇の過ごし方、金銭自己管理、職業リハビリテーションなどについてまとめられた学習パッケージを用いて実施するモジュールによる方法がある。

 生活技能訓練の目的は、精神障害をもつ人々がさまざまなストレスに対処し社会的役割を果たすことができるように生活技能を高め、そのことを通じて彼らの生活の質を改善し再発を防止することにある。したがって、①それぞれの患者の病歴と生活状況を分析し、生活の質の改善と再発予防のために改善が必要な技能を明確にし、練習課題をそれぞれの患者のニーズに対応して個別化すること、②自立に向けての患者の意欲を引き出しつつ、患者自身の問題意識から出発して適切な自主目標が設定できるよう援助して練習を繰返し、一歩一歩練習を進めていくことが必要である。

d)基本訓練モデルのセッションの流れ

 基本訓練モデルの実際のセッションは次のように展開される。

①はじめの挨拶。

②新しい参加者がいれば、その人を紹介する。

③生活技能訓練の目的ときまりを確認しあう。

④宿題の報告を聞く。

⑤練習課題を明確にする。

⑥ロールプレイで技能を練習する。

⑦次回までの宿題を設定する。

 →(次の人へ進み、上記の④から繰返す)

⑧まとめ

⑨終りの挨拶(次回の予告)

 ここで目的としては「人とうまくやっていくためには、自分の気持ちや考えをきちんと相手に伝えられることが必要」「うまく伝えられれば相手から良い反応が返ってくる」「すると人から認められたと思えるし、自信ができて毎日が楽しくなる」と説明することが多い。生活技能訓練は、対人関係の改善に限らず、生活の自立のための全般的な課題を扱うが、導入部分の説明としては、上記のように対人関係の改善に的を当てた説明が理解を得やすいようである。きまりとしては、「ここでは人の欠点を指摘するよりも、長所を認め合い、お互いに知恵を出し合い、助け合って良いところを伸ばしていく」ということを強調する。また、「途中でつらくなったら合図をして、いつでも出て行ってよい」ことも確認する。本人の自発的な参加による練習であることを強調するわけである。

 一人一人の患者から、前回の練習の際に設定された宿題の報告を受ける。もちろん、うまくいった場合も、うまくいかなかった場合もある。うまくいった時には、今後もうまくできるように、ある特定の技能についての練習をする場合もあるし、本人がその技能について習熟したと判断されたり、別の課題を希望する時には、新しい練習課題を設定することもある。うまくいかなかった場合には、その状況を予行演習(ドライラン)としてロールプレイによって再現してもらい、うまくやれるためのポイントを明確化し、ロールプレイで練習する。練習した結果を実生活で試みるように促し、宿題として設定する。こうして、宿題報告→ロールプレイを用いた練習→宿題設定と進めて、すべての参加者に一巡すれば終了ということになる。

 生活技能訓練の練習は、1コマ1コマを簡潔に、軽快に一緒に楽しみながら進めて行く。まとめと終わりの挨拶も正のフィードバックを強調しつつ簡潔に行う。

 上記の⑥のロールプレイは次のように実施する。

①場面を作る(誰を相手に、いつ、どこで、何をして、相手はどう反応して、結果はどうだったか)。

②練習の際の相手を選び、本人と相手の言葉と態度を具体的にする。

③予行演習(ドライラン)をする。

④正のフィードバックをする。

⑤改善点を提示する。

⑥モデル行動を示す(モデリング)。

⑦再演する。

⑧実生活場面での練習を計画し、宿題として具体化する。

⑨宿題カードに宿題を書き込む。

 練習場面は課題状況を本人から具体的に聞き出し、実際の場面に近づけることが重要である。リアリティが損われると真剣味が削がれてしまう。そのため、場面を作る際には、周囲の状況や、本人の言葉、相手の反応などを十分に引き出し、現実場面がありありと再現できるようにする。

 練習の相手役は、現実場面の対人交渉の相手に近い特徴を持った人を参加メンバーの中から本人に選んでもらう。モデリングは言葉で伝えることが難しい非言語的要素を示す上で大変有効である。分裂病により理解力が低下した患者でも、適切なモデルを示して「今やってもらったのと同じようにやってみませんか?」とたずねると、抵抗なく練習できることが多い。

 ロールプレイによる練習の過程では、1)促し(プロンプティング):良いやり方を促す、2)コーチング:良いやり方を指導し教授する、3)行動形成(シェーピング):一歩一歩練習する、などの技法を積極的に用いる。

e)本人の希望を引き出し練習目標に結びつける

 生活技能訓練は本人の前向きの目標設定を促し、「将来はこういうことができるようになりたい」という希望を長期目標として受け止め、それに至るための当面の目標を短期目標として設定し、それに沿って宿題を設定するわけである。患者自身の問題意識と関心に沿って目標を設定し、練習を繰り返すわけであるが、その目標が適切なものになるように援助するのが治療者の重要な役目である。時には抑うつや不安などの症状の訴えに対して、症状自体をとりあげるよりも、楽しく充実感の持てた体験を想起してもらい、そうした肯定的な体験の練習を薦め、「症状を肯定的な行動に置き換える」ことを試みることもある。これらの目標は患者の進歩に沿ってレベルアップしていく。

f)モジュールを用いた練習

 現在日本語版が作成されているのは、服薬自己管理、症状自己管理、基本的会話、余暇のすごし方の4つのモジュールである。それぞれビデオ教材とマニュアル、ワークブックがあり、治療者はビデオを提示し、マニュアルを読み進めながらセッションを行うことができる。このように教材が整備されているので、かなり高度な内容の指導を比較的経験の乏しい治療者でも行える。

3.生活技能訓練の用い方と課題

 西園らが指摘しているように、「よい分裂病治療の条件」とは、①精神症状に対する適切な薬物療法、②社会生活技能の障害に対する生活技能訓練、③自己喪失の挫折感より救出するための精神療法、④社会的支持・家族機能の回復による社会的不利益の改善―の4つの要素が統合されて実施されるものと考えられる。生活技能訓練は効果的な他の治療方法と組み合わせ、適切なタイミングで実施されてこそ効果があがるものである。

 はじめに述べたように、他の障害者リハビリテーションとともに、精神障害の分野も大きな変化に直面している。こうした中で生活技能訓練を効果的に用いるためには、その前提条件として、従来の常識を下記の2つの点で打破する必要があると思われる。第一に、リハビリテーションは患者の希望の実現に向けて、患者と治療者の共同作業として行われるものだという「原点」に立って発想を切換えることである。もちろん、多くの患者はある種のあきらめや社会に出ることへの不安を持っているが、生活技能訓練の構造的なプログラムの中で、前向きの建設的な目標を持つことができ、自己変革の意欲とエネルギーを発揮することができる。つまり、患者の病態理解と治療技法に裏付けられた治療者の援助によって、患者が適切な自主目標(長期目標と短期目標)を立てることができれば、患者の力が発揮され、「患者主体のリハビリテーション」が具体化できるのである。第二に、患者がかかえる様々な生活上の困難を「障害」としてとらえるだけでなく、患者が(再)獲得すべき「技能」として積極的にとらえることである。こうした視点の変換によって、患者の生活上の困難を前向きな練習課題として設定することが可能となるのである。

 生活技能訓練は常識的な学習の技法に基盤をおいている。したがって、「私たちのところでも前からやっている」という意見も聞かれる。しかし、実証的データの蓄積の中から、生活技能訓練は精神障害者のリハビリテーションに適した独自の治療・リハビリテーションの体系を作り上げている。生活技能訓練の理論と治療技法については文献(略)を、生活技能の評価については文献(略)、治療の実例については文献(略)を、病院での実践方法や治療効果については文献(略)を参照していただきたい(SSTに関する情報誌が発行されているので関心を持たれる方は筆者に文書でお問い合わせ願いたい)。

文献 略

東京都立松沢病院精神科


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年6月(第80号)40頁~43頁

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