特集/内部障害のリハビリテーション 病気の子どもたちの教育

特集/内部障害のリハビリテーション

病気の子どもたちの教育

―することとあることの間にゆれて―

矢吹和美

1.「すること」と「あること」

 私達は、健康な時に自分の身体について特に意識することはない。しかし病気の状態になってみると、自分の身体については言うに及ばず、さまざまなことがこれまでとは異なったように感じられる。苦痛や不快等をもたらす病気の身体を、自分の意のままにならないものとして体験することは、私が私自身であるという確かな感覚(私が私自身と結びついている)を脅かすことである。その体験は、自分と自分の身体の、自分と他者の、あるいは自分と世界との間のつながりや関係を見い出せない状態として気づかれる。

 ヴァンデンベルグは、その状態を「あらゆることがほんとうの意味を帯びてくる」ととらえている。この「ほんとう」とは何であろうか。

 病気の子ども達の教育の場で、教師は、子ども達からこの種の問いを投げかけられることが少なくない。この問いは、人間とは何か、生きるとは何かという内容にかかわるものと言いかえられよう。この種の問いを前にして、教師は、否が応もなく教育の目ざすものと子ども達の今ある状態との関連を問題にせざるを得ない。

 次に挙げる、病気の子ども達が学ぶ学級での図工の授業(小学校4年)の出来事は、この問題にかかわることであった。

 その日の図工のテーマは、「何かが住む家」であった。A児の描いたものは、画面一杯の、屋根裏のある三階建ての家であった。家の中の各部屋には、人と爆弾を、屋根裏には爆弾と武器を、二階の左端には風呂に入っている人を描いた。さらに画用紙を足して、その家の地下にも爆弾を描いた。赤い絵の具で彩色しながら、「フル、ファイア」、「絵の具で火出すの」、「ちょっとむなしいです。これ」、「ひとりだけ生きかえるんだよ。でももう死んでるから身動きできない」、「もうそろそろ燃やすか。こいつらも」、「風呂場は爆発しなかった。なぜだ。その代わり下に爆弾がありました。爆発しました。パワァァーー」と、自問自答していた。

 「全部燃えちゃいました」、「結局死ぬのが運命」と言って一息ついた。全体がきれいな濁りの少ない赤色で彩色され、ところどころに白い部分が残っているという印象を与える絵となった。A児が白く残された部分も赤色にしようとした時、教師は、絵としてよくなるからその部分を黒色で彩色してほしいと頼んだ。全部を赤色にしようとしていたA児は、「どうしても譲れない」と言った。

 教師:譲れないとこは聞くけど、でもお願い。君の気持ちは分かるけど、業のような、先生も自分の業がどうにかならないの。燃えかすにさせちゃって、ここ黒にするから(白い部分を黒色で彩色する教師を、A児は心配そうに見ている)。ここ燃えかすになって、ここ死、ここ死が支配してるの。

 A児:それ位で終わりにしてよ。

 教師がA児の願いを聞き入れて絵筆をおくと、A児は素早く残りの白い部分を赤色で彩色し、ほっとしたような顔で絵を仕上げた。

 この教師は、白い部分が黒になることによって破壊や死に形が与えられ、絵としての価値が高まることを知っていた。教師は、どうしたら絵としてよくなるのかを知っていた。その目的を達成させるための援助をしようとしたのであった。しかしA児は、この絵を描く過程ですでに、彼の破壊や死にかかわる内容を言葉で形にしていた。A児は、一瞬一瞬のそう「あること」の体験を、彩色行為をしながら言語化していた。赤色での彩色は、すさまじい爆発の火が、浄化のような火に変容していくような情緒的意味があったのであろう。彩色し残した部分を黒色にすることは、この変容の過程を途中でやめて、破壊や死そのもののみが残されることになる。この時のA児には、それは受け入れられないことであった。A児の主観的な内的体験(心の体験)は、他者に了解されることに意味があった。

 A児の気持ちから離れたとしても、作品の価値が高まるように「すること」は、教師にとって容易なことであった。しかし作品としての価値と、こうしか描き表わせないA児の気持ちをともに理解できた教師は、悩みながら指導をやめた。そう「あること」が受けとめられた後のA児の描く作業(「すること」)は、自分自身との結びつきを創っていくこととしての意味を持つことになった。A児にとって「ほんとう」のことは、「すること」がそう「あること」と結びつき、さらにはそれが何であるのかに気づくことであった。その気づきは、ある目的や目標を達成させることを目ざして何かを「すること」からは生まれない。

 病気の子ども達の教育にかかわる者は、「すること」と「あること」の間をゆれ動きながら、「ほんとう」とは何かということを、絶えず自分の問題として突きつけられていると言えよう。

 次にこの問題の探究に寄与するような学習のあり方を考えてみる。

2.学習課題

 与えられる課題として考えられるものの1つに、子ども自身の側から「どうして、そういうことになるのか」という問いが生まれ、その問いへの解決が示されているような内容を持っているものがある。それは、つながりや関係性を持てない対立物が含まれ、日常的意識によって導かれた論理的因果論をもって理解することができないような出来事を通じて、その対立物の結合をみるような内容である。そしてその結果には、自分にとって意味を持たなくなった対象に対して、一つの新しい種類の関係が創られることが示されているようなものである。

 このような内容で、しかも提示されている対立物の一方が、あるいはそのような対立関係のあり様が、その時の子どもの心の状態を反映するものであることが大切である。そうでなければ、その子どもは、その教材を自分のこととして引き寄せることがなく、自らの内に問いを生む可能性が生じないからである。

 教材として与えられた「モチモチの本」(斉藤隆介・作、滝平二郎・絵)にその具体例をみてみようと思う。

 あらすじ:五歳になる豆太は、峠の猟師小屋にじさまと二人で住んでいる。小屋の前には、豆太が「モチモチの木」と名付けた、秋になると実がなる、大きなトチの木がある。豆太は、昼はその木にいばっている。夜になると木が怒って驚かすので、豆太は一人でせっちんに行けない。じさまは、豆太のおとうも自分も度胸のある人なのに、豆太だけがなぜ女の子みたいに色が白くて臆病なのか、と思っている。

 モチモチの木に灯がともる晩、じさまは、豆太におとうもじさまも子どもの頃それを見たと言う。豆太は、それは山の神様のお祭りで勇気のある一人の子どもしか見ることはできない、と言われ、はじめからあきらめて寝てしまう。真夜中にじさまが病気になり、豆太は、じさまが死んでしまうのがこわくて、泣き泣き裸足でふもとの医者まで走った。医者は、豆太をねんねこばんてんでおぶって小屋へ行った。小屋に入る時、豆太は、モチモチの木に灯がともるのを見た。医者は、月が出て雪が降っているから明りがついたようにみえる、と言った。

 翌朝元気になったじさまは、「夜道を医者様呼びにいけるほど勇気のある子どもだったんだから、自分で弱虫と思うな。人間やさしささえあれば、やらなければならねえことは、きっとするもんだ。それを見て他人は、びっくらするわけよ」と言った。豆太は、その晩も、小便にじさまを起こした。

 「モチモチの木」の内容は、以下のような意味を持つものとしてとらえることができる。

 ①モチモチの木は、対立をするニつの存在のあり様を示している。それは、秋になると実がなる大きなトチの木としての外的現実(客観的事実)としての存在と、夜になるとおばけとなって驚かす心的現実(主人公の主観的体験)としての存在のあり様を内包している。さらにこのモチモチの木は、主人公が名付けたものであるから、主人公は気づいていなくとも、この二つのあり様はともに、主人公と深い結びつきを持っていることがわかる。

 ②主人公もまた対立する二つの存在のあり様をあらわしている。彼は、モチモチの木に対して昼と夜では全く異なる態度で接する。その二つの態度(自分自身の内にある対立物でもある)は、入れ代わることを許さないほど強固なものである。

 ③主人公は、見ることができるはずのないと思っていた、モチモチの木に灯がともるのを見る。ここに「どうして、そういうことになるのか」という問いが生ずる可能性がある。

 ④灯のともったモチモチの木は、対立を超えた後の存在のあり様を象徴している。

 「モチモチの木」のような教材は、それ自体の中にすでに対立物を包含し、その克服の過程が描き出されている。子ども達は、そこに起きている出来事に、生き生きと参加することができるならば、主人公と同じような体験をすることが可能となるわけであるが、次のような課題も、また同様な出来事に出会う可能性を秘めている。それは、自分自身と、他者と、あるいは世界とつながりを持てないでいる心の状態を、そのとおりのこととして表現できるようなテーマを与え、自分の体を使ってそれを表現していくことである。形にならない心の体験やあり様に、粘土、絵、詩、音楽やダンス等の表現を通じて、形を与えていく作業は、あらかじめ定められた目標に向けてなされるわけではない。自分の内的体験を、語り形造るということは、その内容が受け入れがたいものであればあるほど、[葛]藤と困難をもたらすものである。そのような時それらの表現は、現実の自分からできるだけ遠いもの─たとえばおとぎ話や神話等の空想の世界の出来事―として表わされる。

 「何かが住む家」というテーマのもとに、再生に先立つ破壊や死を形造った先のA児の、その後の図工の時間に表現されたものは、与えられた課題に関連しつつ、破壊や死そのものがテーマとなった。巨大な蜘蛛の網にさまざまな生きものが捕らえられている作品を仕上げた後、A児は、破壊や死そのものを形にした。その絵には、数人のアニメ風のキャラクターが、現実にはない道具によって殺されたり、今まさに殺されようとしている姿が描かれていた。色鉛筆で彩色し始め、しばらくしてA児は、「これは今までで一番うまくない、描きたくない」と言って、涙を滲ませながら顔を伏せた。彩色しながら、A児は、自分自身の感情に気づいたのであろう。この作品は、暴力を扱った空想の絵であるけれども、A児の主観的体験として「ほんとう」のことを表わしているものであろう。教師は、A児の苦しさ、悲しみ、恐れをそのとおりのこととして受けとめた。その作品は、客観的評価をするならば、確かにA児の言うように「今まで一番うまくない」ものに属していると言えよう。この絵に対して、教師とA児は、いかにしたらもっと良くなるかという目標を持って努力することをしなかった。

 このA児のようにその子どもが、形にしていく過程で、自分自身とつながりを持てない状態に気づくならば、その時の苦痛、悲しみ、怒り等に共感してくれる他者(教師)とのつながりを通じて、自分自身から切り離されていたそれらの感情を再び自分のものとして受け入れることができる。受け入れがたい内容(病気という事実、親が自分を受け入れてくれない事実など)が、消えてなくなるわけではないけれども、自分にとって意味が感じられるものへと、変えていかれる可能性をもたらすのである。この作業は、自分にとって対立物としてあったものに、新たな関係性を打ちたてる可能性に開かれていくことを意味しよう。

3.関係性を創る

 互いに関連することのない対立物に、つながりを見出す時には、論理的思考による因果論でもって達成することはできない。両者をつなぎ、関連づけるのは、直感の働きによる。直感による思いがけない結合は、何ら共通性を持つように見えない対立物の間につながりを創り出す。その関連は、その者にとって意味連関の体験であり、必ずしも客観的事実にもとづいているわけではない。

 病気の子ども達は、与えられた課題を達成する過程において、自分の問題を、それと気づくことなく表わすことが少なくない。そうして表わされたものは、その子ども自身の受け入れがたい内容と直接的な関係がないようにみえるが、その者にとって感覚的に深く結びついていることがある。

 「今まで一番うまくない」絵を描いた、前述のA児は、半年後もとうたを変える「ことば遊び」(国語)の授業の中で、次のような詩を作った。

(もとうた)

 ソロモン・グランディー

 月曜に誕生

 火曜に命名

 水曜に結婚

 木曜に発病

 金曜に悪化

 土曜に往生

 日曜に埋葬

 ソロモン・グランディー

 これでおしまい。

(A児の創ったうた)

 にんじんのグラッセ

 月よう日 しゅうかくされる

 火    産地から出発!

 水    工場に到着。加工される(グラッセ)

 木    スーパーおそうざい売りばにてつまらない一日すごす

 金    買われる

 土    食われる

 日    消化される

 にんじんのグラッセーこれでおしまい。

 A児は、この詩を一息で書き上げた。激しい破壊や死が、自分と関係のあることとして体験されたA児は、その後他者と自分の関係のあり様に少しずつ気づいていくことになった。半年後にそれは、何ら自らの意志によって他者に働きかけることなく、人々に受け入れられやすいように加工された「にんじんのグラッセ」の一生として語られることになった。A児とこの「にんじんのグラッセ」(にんじんそのものではない)の体験は、感覚的感情的に共通性を持つものとして理解しうる。この詩を書いてからのA児は、グラッセにされたにんじんがそのままのにんじんであろうとするかのように、他者(特に大人)の指示を拒み、それまで見せなかった甘えや依存の感情を教師に向けるようになった。この状態は、表面的に見るならば、退行現象として不都合なこととしてとらえられるかもしれないが、A児がそのままの自分の存在を受け入れていく(自分自身とのつながり)過程において大切なことである。

 直感の働きによって表わされた知覚像や言葉はA児の例に見るような、受け入れ難い内容への橋渡しをするだけではない。生み出されたものは、その者の主観的体験として確かにそうあるのであるから、ないものとして否定することはできない。ここに問いが生まれる可能性がある。こうして生まれた問いは、追及され克服を迫られることになるが、その過程において、自分自身の受け入れ難い側面を無視することなく受け入れ、私はそれと結びついているという体験をする。それゆえこの種の問いの探究には、知的認識能力や外に表われた行為に関する客観的な尺度による評価を適用することはできない。

 この種の問いの追求を、「モチモチの木」を教材にした小学3年の国語の授業にみてみよう。

B児:モチモチの木が、おっかあじゃない?

教師:モチモチの木がおっかあか。そうかもしれないなあ。そばにずっといてくれるしな。そうかもしれない。わからないけどね。

C児:そんじゃおどかすはずない。

D児:もしも、お母さんだとしたらね。おじいさんいるでしょ。おじいさんより若いのに、おじいさん見れるはずないじゃん。

C児:もしも、モチモチの木がお母さんだとしたら、死んでる。(略)だって灯がついてる。

B児:神様が、ああいう風になったから、灯がついているように見える。神様が中に入っている。

E児:あれ(絵本)だけで見ると、黄色い所、光ってる所、光みたい。

 「おっかあ」は、客観的事実ではなく、B児がモチモチの木から連想したイメージである。そのイメージは、客観的観点からとらえなおした時、否定に出会う(C児、D児)。母親を死なせる(C児)ことは、そうした観点を捨てることを意味する。物理的な時間の概念に従うならば、時は、昨日、今日そして明日へと前進する。モチモチの木は、この時間の概念にあてはめてみる限り、母であるはずがない(D児)が、母としての存在のあり様(教師)は否定しきれなかった。物理的構造の中にいる母親の死によって、その構造の外に存在する母、神様になった母のあり様は、物理的時間の枠を超えて「いつもそばにいてくれる」のである。こうして「おっかあ」というイメージは、対立するものを結びつけると同時に、子ども達に意味連関の体験をさせることになった。

4.教師の態度

 授業の中で子どもが自分のあり様や直感によるイメージや考えを表現することは、教師による評価がすることのない共感的な態度があってはじめて可能となる。それは、単純な形での肯定であったり、表現されることがためらわれるような感情体験をそのとおりのこととして受けとめることであったり、他者には理解できないことであってもその子どもにとっての意味を明らかにする形で受容すること等によって示される。

 こうした教師の態度は、全体として子どもを鏡のように映し出し反射する能力を必要とするが、正しいことではあってもその子どもが受け入れられない内容まで、正確に反映することがあってはならない。そのような内容は、その子どもが表現したかったけれども、そうすることを許されていなかったり、許されていないように感じていたりしていたものである。客観的に正しいとされる評価や方向づけがあっては、そのような内容を含む表明が、いかに困難を伴うものであるかを、「ドラゴン(ウエイン・アンダースン作)」を教材とした小学校5年生の国語の授業にみてみよう。

F児:これが、これがトンボの……(T、うん)いないから、泣いているところ。

教師:うん、トンボが何?

F児:いないところ。

G児:いたしょ、トンボが。

教師:トンボがいないところ?

F児:違うって(大声)。言ったしょ(顔を伏せる)。

教師:あ、ごめん。先生ね、風邪ひいて耳がよく聞こえないんだ。

F児:言ったからもういいよ。いっぱい。

      (略)

教師:泣いているの。何で泣いているの?

H児:お母さんが来ないから泣いているの。

教師:お母さんが来ないから泣いているんだって。

F児:疲れたも。

 母に会えないドラゴンの悲しみが、F児自身の悲しみでもあることに気づいていた教師は、彼自身の口から「お母さんが」と言ってほしかった。教師は、F児が教師との対話の中でこの言葉を発することが、いかに苦痛に満ちたことであるかに気づくことになった。

 直感によるイメージや隠喩の形をとって表わされる時、その内容に論理的整合性を適用することはできない。それらはイメージや言葉に内包されているものと、自分自身の内にあるものを結びつけているものである故、共感をもって受けとめられることを必要としている。教師のこのような姿勢は、子どもを守り包み込むような関係性を築く。壊れることのないこの関係性に支えられて、子どもは、自らの対立物に直面し、その対立物をつなぐことができる。この営みは、知的に対象化していく作業ではなく、体験的に知っていくものであると言えよう。

引用・参考文献 略

国立特殊教育総合研究所病弱教育研究室長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年9月(第81号)9頁~14頁

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