特集/内部障害のリハビリテーション 肝臓機能障害者のかかえるハンディキャップ

特集/内部障害のリハビリテーション

肝臓機能障害者のかかえるハンディキャップ

佐藤久夫

はじめに

 1993年の心身障害者対策基本法の改正(障害者基本法の制定)は、障害の種類による格差をなくし、すべての障害者に必要なサービスを提供する法制度を求める運動がようやく国会を動かした結果である。

 この新基本法の施行と同じ1993年12月に、ある訴訟が仙台地裁で始まった。それは手術後の点滴中のビタミン不足によりウエルニッケ脳症に罹ったとして、36歳の福祉職員が病院側を訴えたものである。これが医療関係者だけでなく広くリハ関係者にとっても重要なのは、「最近の記憶の障害」を主症状とするためである。改めて調べてみると、WHOの国際障害分類Ⅰコードでは中分類に記憶障害が位置付けられ、実際のハンディキャップも非常に深刻なのに、日本の福祉と雇用の法制ではとりあげておらず、所得保障上もきわめてあいまいである。

 基本法改正とその付帯決議は、こうした問題に光を投げかけるうえで画期的なものである。しかしそれはとりあえず理念が示されただけであって、具体的な施策の確立ではない。実定法の改正によりサービスが実施されるためには、そのサービスによって解決されるべきハンディキャップを明確にしなければならない。

 本小論は現行の障害者法制の対象とはなっていない種類の障害者のなかで比較的大きな集団である肝臓機能障害者をとりあげ、そのハンディキャップの状況を検討するものである。肝臓疾患はかつての結核に代わる今日の国民病ともいわれ、慢性肝炎120万人、肝硬変25万人、肝細胞癌2万人など合計150万人とされ、この他キャリアが数百万人と推計されている(なお肝臓疾患患者=肝臓機能障害者ではない。患者団体では比較的症状の「固定」的な肝硬変を障害者と認定するよう求めている)。

 ここではハンディキャップを経済面、職業面、社会生活面及び精神生活面の4つに区分して検討する。分析資料は患者団体の機関誌や数種の実態調査である。

1.経済面のハンディキャップ(表1)

表1 肝臓機能障害にともなう経済面のハンディキャップ
支出の増大 医療関係費 直接医療費 A1 保険内治療費(自己負担分)
A2 保険外治療費(漢方薬、鍼・灸)
間接医療費 A3 入院関連費用(差額室料・付添)
A4 通院関連費用(交通費)
A5 その他(診断書料)
医療関係費以外
B1 健康食品
B2 家事援助の費用
B3 交通費(通院交通費を除く)
B4 住宅費の増加
収入の減少 C1 本人の収入の減少(退職等)
C2 家族の収入の減少(看護退職等)

A 医療関係費の負担

 「S61調査」での通院93%、入院4%、入退院繰り返し2%などの受療状況は多くの調査に共通している。こうした高い受療状況は各種の医療関係出費を生み出す。

 (1)保険内治療費(A1)

 医療保険の自己負担分を国の特定疾患治療研究事業で公費助成しているのは劇症肝炎と原発性胆汁性肝硬変のみであり、肝臓疾患の大部分が現状ではこの事業の対象となっていない。医療費助成を行っている自治体は東京都など一部に限られている。

 (2)保険外治療費(A2)

 現行の診療報酬制度外の医療費で、「S56調査」では「保険のきかない治療」を受けている者は11%、過去に受けた者は26%となっている。

 (3)入院関連費用(A3)

 差額室料や付添い看護料が中心で、各種の雑費や、お世話料が徴収されたり、患者の側から自主的に謝礼金品を出すケースもある。

 (4)通院関連費用(A4)

 1ヵ月平均の通院交通費自己負担は「S63調査」では、「なし」が30%、3千円未満が46%、3千円以上1万円未満が8%、1万円以上が3%であった。これは専門医療機関が多くある東京都内の、さらに「特殊疾病」のための通院費を通院1回につき7000円を限度に助成している自治体の調査結果である。

 (5)その他(A5)

 その他としてあげた診断書料は障害(基礎・厚生)年金や東京都の特殊疾病事業などの申請に必要なものであり、その費用は一般に3千円から5千円くらいである。これらを合計した医療関係費の月額は健康保険の本人で1万円未満38%、1万円以上29%、とくになし20%となっている。(「S61調査」、医療保険自己負担分を除く。表1のA2―A5の計)。

B 医療関係費以外の出費

 (1)健康食品(B1)

 肝臓病などの難病治癒の体験談入りのチラシ広告が頻繁に配付され、迷わされている人が多く、中には販売員に50万円位する健康食品を買わされたという人もいるという。

 (2)家事援助の費用(B2)

 「S63調査」結果から身体障害者手帳をもつ11人を除いて101人について集計してみると、外出に介助を要する者は13%、食事に介助を要する者は7%、入浴に介助を要する者は3%等となっていた。時々お手伝いさんを頼み家計が苦しいという人もいる。

 (3)交通費(通院交通費を除く)(B3)

 疲労防止や要介助のための頻繁なタクシー利用等の支出が推測される。

 (4)住宅費の増加

 この項目も手元の資料では実証し得ないが、専門医療機関に近い、職場に近いなどの条件でさがすと考えられるので仮設的に設けた項目である。

C 収入の減少

 以上の経済的出費の増大とは逆に、収入の減少という面がある。少し古いが全肝連が昭和47年に行った調査では、慢性肝炎男性会員の失業が13%(肝硬変では21%)、転職5%(5%)、職場は継続だが収入減少は44%(64%)と合計62%(90%)が経済的損失を訴え、不変は33%(10%)にすぎなかった。とくに男性での影響が強くあらわれている。残業ができなくなったり、パートの場合の勤務時間の減少、ボーナスの低下、休職、あるいは自営業での不振などが考えられる。

 「S61調査」でも、暮らし向きが「大変苦しくなった」19%、「かなり苦しくなった」32%と、合計で「それほど変わらない」の45%を上回っている。

2.職業面のハンディキャツプ

A 就労率

 「S63調査」では就労率では38%(肝硬変のみでは33%)、同じ自治体の15歳以上人口の就労率は59%、身体障害者・知的障害者では32%となっている。ただし、身体障害者・知的障害者の44%が60歳以上であり、年齢要因を考えれば肝臓機能障害者の方が職業生活が困難だといえる。

B 採用拒否などの就職の困難

 就職時の健康診断で肝臓疾患が発見されて採用拒否になる事態が多く報告されている。このため多くの場合病気を隠して職業安定所の窓口を訪れている。

C 解雇・「自主的」退職

 発病にともなう解雇、休職期間切れにともなう「自然」退職、「自主的」.「希望」退職などが発生する。「S60調査」では、現在働いている189人中、発病によって解雇された経験のある者3人(2%)、「希望」退職した経験のある者17人(9%)であり、さらに現在働いていない147人中、解雇された者9人(6%)、「自主」退職者56人(38%)、その他定年や結婚と重なっての退職もみられる。

D その他の職業上の不利益

 就労の継続は確保されているものの、労働条件、昇進などの面での不利、職場内での肩身の狭さ、病気に必要とされる配慮が得られないことなどが報告されている。「商社マンで第一線から倉庫番に移され、マスクをさせられ仕事をしている」というものもあった。

3.社会生活上のハンディキャップ

 人間関係面での疎外や社会参加の減少は、単に療養・安静を要したり、症状にともなって生じるものに限定されない。感染性疾患としての大々的に宣伝され、かつ簡単に感染するものであるかのような誤解が広がったことによって生じたものも多い。

A 家庭内での問題

 「症状の苦しさを家族が理解せず手伝ってくれない」、「感染を恐れて家族と別々に食事をしている」、「婚約者がキャリアで、ワクチンを打てば感染しないといっても両親が認めてくれない」等の例がある。

B 地域・学校での疎外

 「医者にも歯医者にも受診を拒否された」、「産婦人科があるので別な病院に行くようにと断られた」、「大学のスポーツサークルの合宿でHBキャリアとわかったため参加を中止させられた」、「感染症ということで親戚も家にこない。病院にいた方が楽」等の訴えがある。その他「外から障害がわかりにくいため電車の中で座っていて、若いのに、と注意を受けた」というのもあった。

4.精神生活面のハンディキャップ

 精神的苦痛、生きがいの喪失、生活の満足感の喪失などをとりあげる。なお家族の心理的負担も重要であるが、ここでは除外した。

A 個別的な、あるいは当面する不安・苦痛

 「生命保険に加入不可のため入院時の保障がなく生活不安が大きい」、「肝炎再発による失業への不安・家族間の不和などにより、常に心を痛めている」、「安静がとれない」、「病欠をとりにくい」、「以前のようには仕事ができない」、「物事に対して消極的になった」、「言い訳に苦労する」、「動きが鈍くなるので、さぼっていると誤解される」、「むやみに感染を恐れずよく理解してほしい」、「なまけ病、ぜいたく病と思われるのは困る」、「肝臓病をすぐ酒と結びつけるのはやめてほしい」などの声がみられる。

B 将来の見通しがたたない不安

 いまだ決定的な治療法がなく、次のような嘆きが生まれてくる。「少々炊事をするくらいで安静に努め横臥するのみで、何のために生きているのか等々落ち込んで眠れない日が続いています。もう少し行動できないものかと、切望しているところです。どのように療養したらよいのか」。さらにより長期的な見通しの面でも、「結婚可能か否か、結婚後妻子に感染するか。今の職場は交替制のため夜間勤務まであり、又通勤時間が往復3時間のため続けられるか(転職を考慮したほうがいいか)」等、今後の人生で可能なことと不可能なことの区分がはっきりしないことの問題も指摘されている。同様に、「治癒できると聞かされたり、一生治らないと聞かされたり医師によりバラバラです、一喜一憂とはこのことだ」、「一番残念なことは、この若さ(30歳)で将来のプランが立てられないのが悔やまれてなりません」。

C 「意義ある人生の喪失」という苦痛

 さらにその人の人生の意義を見失うほどの壁が立ちあらわれてくる。「人生そのもの、あるいは人生全体にかかわる損失の意識」ともいうべき苦悩である。

 まず、「今後生きられる期間」の短さの予想は多くの障害者に打撃的に作用する。「自分はあとせいぜい10年の命」という声がしばしば聞かれ、悲しみの他にあきらめ、無力感、努力の放棄などの心情がうかがわれる。「卑怯だと思いますが、年齢的にも欲のない年、金もなく、家族もない現在、唯々安らかに生命を終えたいと、ホスピスと安楽死のみを願う毎日です」、「家にとじこもりがちで孤独になっている。こんな病のために一生を棒にふらなければならない。結婚もできない、楽しみもない、病を隠さなければならない。交流の場がほしい」、「肝炎になってもう15年にもなります。入院も4回しました。19歳のときに発病しました。その間ずっと肝炎のことが頭の中にあって、暗い青春でした。今は肝硬変と医者から言われています。これから先、さらに辛い日々を送ってゆくかと思うと、自分は何のために生まれてきたのだろうと思います」等。

D うらみ、いかり、被害者意識

 疾患の原因の多くのケースが医療行為・医療行政であること(ある時期までは予防が技術的に困難であったにしても)、難病でありながら公的医療費助成から一部を除いて除外され、「障害」に対する対応も福祉・雇用面では全くなく、所得保障面でもきわめて不利な扱いをうけており、さらに感染の恐怖がマスコミを通じて過剰に宣伝されたために社会的に敬遠される傾向にある。さらに怒りの直接的な対象が医師や医療機関であったとしても、立場上苦情を呈することはおろか病状をゆっくり聞くことも容易でない。これら一つひとつが怒りの原因となり対象となる。これらは大きな二重三重の社会的メカニズムであって短期に個人的な力で立ち向かえる性質のものではない。こうして本来的には怒りを基礎にした言動が事態の改善に結びつき、確信をもって生きてゆくことを可能にするべきであるのに、逆に怒りは閉塞され、さらなる苦悩をもたらしている。

 しかしながら患者団体の集まりや機関誌などを通じて、肝臓機能障害に耐えるのでもなくじたばた抵抗するのでもない工夫をこらした精神生活スタイルの交流がなされるようになった。さらに肝炎訴訟も開始され、怒りが安全な医療の確立へのエネルギーとしていかされるようになったのではないかと思われる。

(文献) 略

日本社会事業大学教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年9月(第81号)15頁~19頁

menu