特集/内部障害のリハビリテーション 腎臓機能障害者のリハビリテーションと生活上の問題点

特集/内部障害のリハビリテーション

腎臓機能障害者のリハビリテーションと生活上の問題点

小関修

腎臓機能障害の誕生

 腎臓が細菌に侵され、ある種の自己免疫反応により、組織が壊滅していく腎炎やネフローゼなどは多くが一過性の疾病として、薬物療法や安静により治癒する。しかし、ごく少数の腎炎やネフローゼはこれらの治療によっても治癒せず、短期間あるいは長期の経過を経て進行し、腎臓組織の壊滅に至って腎不全となる。全身性エリトマトーデスなどの膠原病の悪化、悪性高血圧症や腎硬化症、嚢胞腎(のうほうじん)などによっても、腎不全となる。最近の傾向では、糖尿病の進行により末梢血管が劣化し、腎不全になる人が増えている。

 腎不全になると、生命活動の結果生成された各種の老廃物や過剰な水分の排出、体内の電解質のバランス維持などの腎臓の働きが失なわれ、人は死を迎えることになる。

 第2次大戦の終わった1945年、オランダのコルフは、腎不全患者の血液を体外に導き出し、機械により血液中の老廃物や余分な水分を取り除く治療法を考案した。これが現在使われている人工腎臓の基礎で、コルフはアメリカに渡り、いろいろな人工腎臓を開発した。日本でも1965年頃から人工腎臓が腎不全患者の治療に使われるようになり、1967年に健康保険の適用を受けてから、治療法が普及をはじめた。死の病といわれた腎臓病の末期の腎不全患者に人工腎臓による治療=人工透析を行うことで救命ができるようになり、ここに腎臓の機能を廃絶して生きる「腎臓機能障害者」が誕生した。

 腎臓機能障害者の「誕生」のためには、人工透析の技術の進歩、人工腎臓の改良、増加、高額な医療費患者負担の軽減・解消など、さまざまな問題の解決が必要であった。そのための患者の社会運動と医療スタッフをはじめ関係者の努力が不可欠であった。

 この稿では、障害を前提としたリハビリテーションの過程を肉体的、精神的、杜会的側面に分けて記述する。

肉体的リハビリテーション

 人工腎臓が廃絶した腎臓機能を代替するといっても完全に代替をすることはできない。腎臓機能の3つの主要な部分、老廃物の排出、過剰な水分の排出、体内の電解質のバランス維持は、週2回から3回、1回4時間から5時間、血液を体外に循環させ人工腎臓で浄化することで、生命維持に必要な体内環境を基本的に維持することができる。しかし、間欠的な治療法であるために、例えばカリウムが血液中に過剰になると心停止、ナトリウムが過剰になると血圧上昇や水分の貯留を生じ、心不全や眼底出血、脳内出血を起こしやすくなるなど、食物や飲水の管理が特に必要とされる。図1に体重減少率(概ね1回の透析で行う除水量の体重に対する比)と死亡率の関係を示す。水分管理の違いでこれほど死亡率に差が出ることがわかる。

図1 透析者の体重減少率と死亡率の関係
日本透析療法学会:わが国の慢性透析療法の現況(1992年12月31日現在)

図1 透析者の体重減少率と死亡率の関係

 さまざまな老廃物を除去するために、クレアチニンや尿素窒素を指標として、これらの値が透析により適正値まで下がるよう透析治療内容を決定する。しかし、分子量がより大きなβ2ミクログロブリンという物質が除去しにくいため、長期透析では体内に蓄積し、関節痛や筋肉痛を引き起こす。この物質の除去が現在の透析の最重要な課題の1つとなっている。もう1つ長期透析の課題は、骨の劣化であり、このために食事管理、透析法の工夫、活性型ビタミンDの服用などの対策がたてられている。透析に伴いがちな症状として、ほかにだるさ、息切れ、イライラ、食欲不振やはきけ、出血、筋肉のつれ、呼吸困難などがある。これらの症状は、腎臓で作られる造血ホルモンの人工的製造による貧血の改善、対症薬の改良や透析法の工夫で軽減あるいは予防することができるようになった。

 こうして、短期的な肉体的症状は、医学の進歩と適切な食事管理により大きく軽減され、長期に健常者と変わらない生活を送れる腎臓機能障害者が増えた。今日、最大の課題は長期透析者の骨の劣化や透析アミロイドーシスと呼ばれる関節痛や筋肉痛の克服である。また、近年、糖尿病性腎不全や高齢腎不全の増加により、当初から腎不全以外に視力障害や肢体障害を併せ持つ人が増えている。この人たちは死亡率も高く、腎臓機能障害のリハビリテーションだけではQOL(生活の質)の回復は望みにくい。多様な肉体的リハビリテーションが必要となっている。

精神的リハビリテーション

 数週間から数10年間におよぶ腎臓病や糖尿病などの治療ののち腎不全を宣告された人は、大きな失意を迎えることになる。しかし、その反応は人により大きく異なる。敗北ととらえ気力を喪失したり、生きる道を見失い、極端な場合自ら透析を拒否し死を選んだ人もいる。この傾向は、透析に高額な医療費患者負担があったり、腎臓病の治療途中での失職や離婚など、人生の軌道からの脱落が多かったために、より一層増幅された。しかし、その後医療費の公費負担の確立、腎臓病末期の体調管理の進歩や職場の理解の前進から、失職が比較的防止できるようになったことなどから、「腎不全」の受容が容易になり、透析者の精神的状況が改善されてきた。透析導入前後の医学的管理が上手になったことに加え、医療ソーシャルワーカーの増加や患者会の浸透による医療や生活の情報が豊富になったことも、その要因にあげられるだろう。

 一方で、透析導入によってはほとんど気力の喪失をともなわず、現職に復帰したり家庭や地域への復帰を容易になしとげる人も多い。この人たちの中には、仕事に熱中し、腎臓機能障害に合せた仕事のペース作りを怠りかえって体調を悪くする人もいるほどである。

 図2に、透析者の精神的健康についての調査結果を掲げる。調査日前1~2ヵ月間に「ものごとをやりとげて楽しいと感じた」人が60%にのぼる。「自分は幸福だと思ったこと」のある人も67.1%にのぼり、精神的リハビリテーションは比較的達成されてきているとみてよいだろう。

図2 透析者の精神面の特徴
(全国腎臓病患者連絡協議会・日本透析医会:1991年度血液透析患者実態調査報告書)
・ものごとをやりとげて、楽しいとかんじたこと(最近1~2か月)

図2 透析者の精神面の特徴(ものごとをやりとげて、楽しいと感じたこと)

・自分は幸福だと思ったこと(最近1~2か月)

図2 透析者の精神面の特徴(自分は幸福だと思ったこと)

 1つだけ問題点として指摘しておきたいことは20歳代から30歳代の若年層の人々である。小児期から、腎臓病の治療を続け、20歳を過ぎて腎不全となる人が以前より減少したとはいえ存在する。この人たちは人格形成期に入退院を繰り返すなど、社会性を身につけるチャンスが少なかったためか、透析に入ってから就労の場などでの人間関係の作り方が不得手な人がいる。教育の場や社会経験の場を健康な子どもたちと同様に与えていく努力が必要である。

社会的リハビリテーション

 透析の進歩や障害者に対する援助体制の整備により、肉体的・精神的リハビリテーションが充実してきたことをみてきた。しかし、腎臓機能障害者にとっては社会的リハビリテーションの如何が患者のQOLに大きく差をつけることになり、当会に結集する患者運動のエネルギーももっぱらそこに集中されてきた。

 最も古くからの課題が、不況の今日では新しい課題でもある就労の確保である。就労は家計を支える収入をもたらし、生きがいを生じさせ体調の自己管理を促進させる。若い人にとっては結婚の前提ともなり、家庭を築き、「人並み」の人生を実現する大前提である。以前は、腎不全期の失職と透析を始めてからの就労困難の結果、無職者が多数を占めていたが、今日では、職場の理解と体調の改善により、腎不全期の失職が比較的防止されていること、夜間透析が普及してきたこと、身体障害者雇用促進法による支援などにより、就労者は増加している。しかし、一般人口と比較すると明らかに有職者の割合は低い。図3に年齢階級別の有職者割合を掲げる。

図3 透析者の年齢階級別の有職者割合(性別)
(全国標本(平成元年国民生活基礎調査)との比較、19歳以下を除く)
(全国腎臓病患者連絡協議会・日本透析医会:1991年度血液透析患者実態調査報告書)

男性

図3 透析者の年齢階級別の有職者割合(性別) 男性

女性

図3 透析者の年齢階級別の有職者割合(性別) 女性

 一般人口との差は、体調によるものが最も多いと考えられるが、健康保険組合を持つ会社が高額な透析医療費を忌避して腎臓機能障害者を採用しないこと、夜間透析施設がなかったりそれに耐えられる体力がないことなどによると思われる。しかし、「透析者は重病人」という偏見から職場の無理解も依然なくなってはいない。

 社会的リハビリテーションの基本は、「家庭への復帰」であり、地域で生活することであろう。これは、体調がよくなったこと、透析施設の増加と偏在の解消の結果、相当程度実現してきた。1971年に行った当会の調査では、透析者の50%が入院中であったが、20年後の1991年の当会の調査では、入院患者は3.5%にすぎない。

 若い層の未婚率の高さは社会的リハビリテーションの問題として特記される。1991年の全国実態調査では、30歳代の配偶者の「いない」人の割合は、男性40.6%、女性37.0%であった。一般人口の同世代の未婚率が、1990年国勢調査によると、男性30歳代前半32.6%、後半19.0%、女性30歳代前半13.9%、後半7.5%だから、透析者の結婚問題の深刻さが歴然としている。

 3点にしぼって社会的リハビリテーションの達成度をみてきたが、収入や日常生活のノーマライゼーションの立場からはまだまだ不十分な実態がある。

現状の問題点と課題

 腎臓機能障害者が誕生して以来、30年余り経過し、今日全国で13万人を超えた。さまざまな課題を残しながらも若壮年層を中心に社会復帰は大きく前進した。しかし、高齢者、長期透析者、糖尿病性腎不全患者の増加は、重複障害を持つ「要介護者問題」を生じさせ、QOLの低下した腎臓機能障害者が急増している。この問題の解決のため、高齢者対策と常時医療を必要とする障害者対策の両面から、研究と実践、制度の構築が必要となっている。

全国腎臓病患者連絡協議会副会長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年9月(第81号)20頁~23頁

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