特集/視・聴覚障害者と情報アクセス テレビの字幕・手話放送の現状

特集/視・聴覚障害者と情報アクセス

テレビの字幕・手話放送の現状

秋山隆志郎

 テレビは、現代社会においてもっとも普及しかつよく使われているメディアである。ニュース、娯楽番組、教養講座等はわれわれの日常の生活に不可欠なものであるだけでなく、阪神大震災では、テレビは緊急情報や生活情報を市民一人一人に伝達するメディアとして、活躍した。

 ところが聴力障害者は、長い間このメディアから無視され続けてきたのである。テレビ画面に燃えさかる神戸の映像が繰り返し繰り返し報道されても、なにがどこで起こったのか、市民はどう行動すればよいのかという情報は、主としてテレビ音声やラジオで報道されたので、聴覚障害者は途方にくれたということが伝えられている。テレビに手話通訳や字幕を付けて欲しいというのは、聴覚障害者の長年の願いであった。

聴力障害者とテレビ

 わが国では昭和40年代からテレビに手話をつける試みが行われてきたが、全国向けの手話定時番組は昭和52年に始まったNHKの「聴力障害者の時間」が最初である。その後民放では「てれび寺子屋」「あまから問答」などが手話付きで放送されるようになり、平成2年からはNHKの手話ニュースが開始された。

 手話付き番組と並んで字幕番組も聴力障害者向けとして放送されている。字幕にはオープン・キャプションとクローズド・キャプションとがある。前者は映画の字幕のように番組そのものに字幕が付いているタイプであり、後者は文字多重放送の技術を用いて放送されているので、普通のテレビでは字幕を見ることができず、テレビにアダプターを付けるか、内蔵型のテレビ受信機で見るものである。

 現在、CS放送局の一部に聴力障害者向けとしてオープンキャプションの番組を放送しているところがあるが、CSはまだほとんど普及していないので、ここではクローズド・キャプションつまり文字放送の字幕番組について述べる。

 文字放送は今年が開始10周年であり、NHKの約10番組を始め民放各社がそれぞれ2~3番組に字幕をつけて放送している。

手話番組の現状と問題点

 手話付き番組にはNHKの「聴力障害者の時間」や「手話ニュース」のように、最初から聴力障害者向けの手話番組として構成されたものと、民放の「あまから問答」のように一般の番組の片隅に丸か四角の枠を付け、その中に手話通訳者をはめ込んだワイプ式のものとがある。民放の手話番組は、ほとんどワイプ式である。

 手話の見やすさという点から見ると、いうまでもなく前者の方が優れているが、画面上の大きな部分を手話通訳者の映像が占めてしまうので、他の映像の画面が狭くなり、すべての番組に適用することは困難である。

 聴力障害者向けといっても、手話番組は手話を知らない中途失聴者や難聴者にはまったく役に立たない。そこでNHKの手話ニュースのように、手話と字幕を併用することも考えられている。

 5~6年前に比べると、手話番組も少しずつ増えてきてはいるが、民放の場合1放送局につき週に1~2本にすぎず、それも大半は都道府県や市がスポンサーになった行政の広報番組である。とても耳のきこえない人の情報を保障しているとはいえない。

 他方、毎日2回放送されている手話ニュースは聴覚障害者の生活情報としてかなり定着してきており、聴覚障害者にニュースを伝えるだけでなく、日本の社会全体に聴覚障害者問題を考えさせるきっかけとなったこと、手話の普及や標準化に役立ったことなど、耳のきこえない人への情報保障と社会の啓蒙に果たした影響は大きい。

文字放送の現状と問題点

 文字放送開始当初はアダプターの価格が高い、字幕番組の数がごく少ないというので、放送はすれどもほとんど見られていないという状況が長く続いた。NHKの「朝の連続ドラマ」「大河ドラマ」や民放の「水戸黄門」「サザエさん」やいくつかの時代劇などにはかなり前から字幕が付けられていたが、見る人は少なかった。

 しかし、われわれが昨年秋に実施した調査によると東京のろう者のおよそ5割、大阪では4割程度の受信機普及率であり、文字放送字幕番組もやっと聴覚障害者の生活に根付いてきたように思われる。

 その理由は、昨年から文字放送用アダプターや内蔵型受信機が日常生活用具として給付の対象になったこと、それに字幕番組が徐々にではあるが増加し、NHKの場合はドラマの全番組やドキュメンタリー番組、教養番組などにも字幕が付けられるようになったことがあげられよう。調査によると、ろう者も難聴者も情報入手のメディアとして、文字放送を新聞とならんで上位に選んでいた。

 といっても問題は多い。その最たるものは字幕番組視聴可能な地域が少ないことであろう。NHK、民放各社が字幕付きで放送している番組のすべてを見ることができるのは、関東地方と近畿地方だけなのである。NHKは全国ネットの放送局であるが、民放はネットワークがあるとはいうものの各県の民放は独立の放送局であるから、近畿地方の民放5社以外は、ほとんど文字放送を実施していない。したがって、東京・大阪の聴覚障害者は「水戸黄門」を字幕付きで見ることができても、北海道や中国・四国で見る「水戸黄門」は字幕なしというのが現状なのである。

 なぜこのようなことになるかというと、簡単にいうと行政のいわゆる規制が原因である。普通のテレビ局の免許を受けた上に文字多重放送局の免許も受けないと字幕番組を放送することができない。したがって、せっかく「サザエさん」に字幕を付けて制作されていながら、多くの地域では字幕がカットされて放送されているという矛盾がある。

 また字幕番組が増えたといっても週10番組以上放送しているのはNHKだけであって、民放各社は週2~3本で10年前の文字放送開始以来ほとんど増加していない。民放の責任者の話によると、1番組に字幕を付加すると年間2~3千万円かかるからだという。

 アメリカのように字幕について産業界から寄付をつのるとか、行政の支援を得るとか何らかの方法で民放の字幕番組を増やすことが望まれている。

 なお、文字放送のキーパッドで119番組と#を押すと緊急情報が流れるが、このことはまだあまり聴覚障害者に知られていない。

今後の課題

 現在の聴覚障害者向け番組は、聴覚障害者向けとはいうものの一般のテレビ番組に手話もしくは字幕をつけたものがほとんどである。一般番組に手話や字幕を付加するのでは画面構成からいってやや不満足であるのみならず、健聴者が制作し耳のきこえない人が見るという偏りがまぬかれない。

 そこで、現在ろう者自身が番組を制作しCS(通信衛星)によりろう者向けに放送するという試みが始まろうとしている。CSを使っての手話コンテストの衛星放送はすでに行われたが、これを定期的に行おうとするものである。

 この放送が始まったとしても、日本人全体が日頃見ている番組を聴覚障害者も一緒に見るための手話・字幕付加番組の重要性がなくなるわけではないが、ろう者によるろう者のためのテレビという考え方が生まれてきたことは注目できよう。

東京情報大学教授


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年12月(第82号)16頁~17頁

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