特集/視・聴覚障害者と情報アクセス 手話通訳サービスの現状

特集/視・聴覚障害者と情報アクセス

手話通訳サービスの現状

石原茂樹

はじめに

 手話通訳サービスは、大きく、登録手話通訳者を要請に応じて派遣する「派遣事業」と、役所や福祉事務所等に手話通訳者を設置する「設置事業」とに分けられる。

 1994年(平成6年)に日本手話通訳士協会が実施した「全国調査」では、47都道府県・12政令指定都市のうち「派遣事業」は55地域で実施され、「設置事業」は52の地域で行われていた。これはもちろん民生予算での状況であって、労働省でも全国の公共職業安定所に「手話協力員」を、来訪する聴覚障害者の数に応じて1ヵ月に半日~4日ほど待機される事業を実施している。また、郵政省でも、郵便局職員を対象にした手話講習会を実施し、窓口に来た聴覚障害者への手話による対応を広げている。

 聴覚障害者の社会参加の広がりとともに、手話が広がり、今では聴覚障害者の暮らしの大きな支えとなっている。

 また、手話サークル等でのボランティアとしての手話通訳サービスの形で、行政等の公的派遣からもれた分野での活動を担当することがある。その実践がやがて行政の派遣枠の拡大へとつながっていく図式を見ると、サークルは歴史的に先駆的役割を果たしてきたと評価できるであろう。

1.派遣の制限

(1) 派遣内容によっての制限

 派遣枠について書いたが、どんなところにでも派遣が行われているように一般的にはとらえられているが、実は、地域によっては内容に関わる制限がつけられている。たとえば、東京は「宗教・政治・営利」に関することには派遣できないシステムになっている。また「趣味活動」についてもその活動に参加する聴覚障害者が一人の場合には予算上の理由で派遣できないことになっている。

 しかし、京都のように「すべての依頼に応え、派遣する」という方針を持っている地域も少なくない。

(2) 利用回数による制限

 また、利用回数による制限を設けている地域もある。それは、1ヵ月4回までというきまりであったり年間の利用回数で切るというものであったりする。実際に、入院した聴覚障害者がとたんにその月の利用回数をオーバーして手話通訳者の利用ができなかったという話も聞く。

(3) 「事前登録」の制約

 利用のしにくさ、と書いたほうがよいかもしれないが、地域によっては「事前登録制」になっていて、仕事の都合で行けない者は、せっかく制度があっても利用できないでいるという声も時折聞かれる。

(4) 行動範囲での制限

 行政区以外への通訳同行にもいろいろな制限が課せられている。その地域のみとする規定から、隣接する地域までは可能とした規定、あるいは、県内ならば同行が可能だが、交通費が一定の金額を超えた場合は聴覚障害者の負担としている地域もある。

2.場面ごとに見た手話通訳サービス

 次に、医療と司法場面での手話通訳サービスの現況と課題についてのべる。

(1) 医療場面における手話通訳サービス

 手話通訳派遣実績のトップにあるのが、医療場面への派遣である。

 しかし、医療機関に対してこれほど多くの派遣を実施していても、ごく一部の病院を除いて、そのほとんどの病院には手話通訳者が設置されていない。

 日本には手話通訳の認定制度はあるが、設置法がまだ存在していないことと深い関わりがあるのだが、聴覚障害者にとっては病院は「手話通訳者の都合に合わせていくところ」であって、自分の行きたい時に行って自由に受診できるところにはなっていない。

 ごく一部と書いたのは、札幌の勤医協札幌病院が札幌聴覚障害者協会と事業委託を結び、毎日手話通訳者を3名病院へ出向させているケース。それに滋賀県のびわ湖病院の「聴覚障害者外来」での自ら聴覚障害者である藤田保先生やスタッフの取り組み、それに、三重県四日市市立病院での常駐手話通訳者の活躍等である。また個人病院でも手話の堪能な医師や職員がいて、聴覚障害患者への対応をしているところもある。私の手元には正確な情報がなく、こうした努力をされている病院や医療機関の数を十分には把握できていないが、まだまだほんの一握りであることには間違いがないと思う。

 こうした中、東京都衛生局が1994年(平成6年)から開始した、都立病院職員に対する手話講習会は特筆に値するであろう。医療現場において、「インフォームド・コンセント」は重要であるが、患者である聴覚障害者を中心にすえての医師や看護婦等と手話通訳者との共同作業としての受診・検査・治療が円滑に行われるためにも、この講習会の意義は大きい。医療スタッフが聴覚障害者の医療について十分な知識を持っている場合、手話通訳者はとても動きやすくなる。今後の成果が楽しみである。

(2) 司法場面での手話通訳サービス

 いうまでもなく手話通訳サービスとは、聴覚障害者の「聞く・話す権利」の保障のためにある。この根拠は、日本国憲法の基本的人権の条文であり、国際人権規約の規定でもある。

 公債人権規約B規約第14条「公正な裁判を受ける権利」の3で「すべての者は、その刑事上の罪の決定について、十分平等に、少なくとも次の保障を受ける権利を有する」として

(a) その理解する言語で速やかにかつ詳細にその罪の性質及び理由を告げられること。

(f) 裁判所において使用される言語を理解すること又は話すことができない場合には、無料で通訳の援助を受けること。

としている。

 1979年(昭和54年)に日本も同規約に批准し同年9月21日、わが国においても効力を発効するにいたった。この権利規定から、聴覚障害者をもつ被告・被疑者には手話通訳を依頼する権利があることは明確であり、その費用は本人には負担させないことになる。

 日本の刑事訴訟法第175条に「国語に通じない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳させなければならない。」とあり、また同第176条には「耳の聞こえない者又は口のきけない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳させることができる。」とある。しかし、これは「裁判所が手話通訳をつけることができるという規定であって被告人の権利としては書かれていないのであるから、聴覚障害被告には手話通訳を依頼する権利はない」というとらえ方をする司法関係者が多く、費用も被告人に負担させることになっている。

3.今後の課題

 手話通訳サービスは医療や人権場面で書いた大きな課題もあり、地域差も多々あり、まだまだ途上にある制度と言っても過言ではない。福祉八法の改正により、手話通訳事業もやがて区市町村単位で行われるようになると思われるが、地域によっての差はできるだけ解消しつつ、より進んだ地域に合わせた制度になるように祈念している。

日本手話通訳士協会会長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年12月(第82号)20頁~21頁

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