三ツ木任一*
障害者が充実した地域生活を実現するためには、行政施策を中心とした地域生活援助の条件設備を図るとともに、障害者自身がソーシャルスキルを獲得し、自らの生活、人生を主体的に設計し、管理していくことが、きわめて重要である。
身辺処理にかなりの介助、援助を必要とする脳性まひ者の多くは、一般の子どもとは違った特別な成育環境の中で、長年、養育、教育されてきたことから、ソーシャルスキルの獲得が著しく遅れていると言わざるを得ない。そこで今回は、脳性まひ者を対象としたソーシャルスキル訓練の実情を点検しながら、今後の課題を検討してみたい。
なお、本稿は、平成2~4年度に実施した厚生省心身障害研究「障害者の地域生活援助方法の開発に関する研究」の成果のうちから、脳性まひ者のソーシャルスキル訓練についての知見を要約したものである。
文献研究の結果、脳性まひ者を対象としたソーシャルスキル(訓練)の先行研究は、内外ともにきわめて少ないことが分かった。
筆者らは、ソーシャルスキルを「地域で主体的に生きる力」と定義した。
一口に「脳性まひ者」といっても、その能力、障害の状況はまちまちであり、一律に論ずる訳にはいかない。そこで本稿では、検討の対象としての脳性まひ者を、主症状としての運動障害については軽度、中等度の障害のあるものとし、日常生活活動に支障のないものと、身辺処理に関する諸動作にすべて介助を要するものは除いた。知能障害については、軽度の障害のあるものまでとし、知的障害が主症状であるものは除いた。
全国的にみると、このような障害を持つ脳性まひ者の多くは、肢体不自由養護学校に就学し、卒業しているものと思われる。
身辺処理にかなりの介助、援助を必要とする脳性まひ者には、ソーシャルスキルが十分に獲得されないまま成人し、依存的、受動的な生活をしている例が多く見受けられる。
東京都心身障害者福祉センターは、昭和55年度~63年度の9年間、肢体不自由養護学校高等部を卒業した脳性まひの青年たちを主たる対象として、「自立生活プログラム」を実施した。(本プログラムの概要については、拙稿「学校から社会への移行プログラムの動向と意義」『リハビリテーション研究』No.66を参照のこと。)
当時、この子が高等部を卒業するまでに親も教師もやるべきことはやってきた、それでも「自立」することができなかったのは「重い脳性まひ」のせいであり、仕方がない、と考えられがちであった。もしそうであれば脳性まひ者は終生自立した生活は望めないことになる訳で、そのような考え方の誤りを実証するのが「自立生活プログラム」の試みの目的であった。
養護学校高等部を卒業後直ちに「自立生活プログラムに参加した脳性まひの青年たちのほとんどは、1年間の主体的な学習を通して、自分で計画し、実施し、評価するといった課題解決の体験を重ねるにつれて、潜在的な能力を徐々に発揮し、社会的な活動に進んで参加するようになってきた。それまでの依存的な親がかりの生活から脱却し、自分の意思と責任に基づいた自律的な生活に移行していく契機をつかむことができたと思われる。プログラム参加者のその後の生活、生き方は、年々、留まることなく変化し、充実の度を高めている。個々の事例は、学校から社会への効果的な移行のモデルであり、ソーシャルスキル訓練の重要性を強調している。
脳性まひの青年たちがその潜在的な能力を十分に発揮できなかったのは、「重い脳性まひ」のせいだけではなく、幼い時からの「育て方」「育てられ方」、もっとはっきりいえば「家庭での養育」「学校での教育」の中身や、成育環境の特異性に関わっていることが明らかにされたのである。
筆者らは、平成3年に「自立生活プログラム」に参加した脳性まひ者31名とその親25名を対象として、「ソーシャルスキルの獲得過程と脳性まひ者をめぐる諸問題」についてのアンケート調査を行った。
その結果によると、ソーシャルスキルの獲得を妨げている要因として、運動障害による行動の制約、親の養育態度と障害へのこだわり、障害を持たない子どもたちとのふれあいや年齢相応の生活体験の不足、養護学校教育のあり方などが指摘された。卒業後参加した「自立生活プログラム」で生活の仕方や考え方が一変し、充実した地域生活を実現した例が多かったことからも、ソーシャルスキルを獲得させるための、各々の発達段階における課題達成への努力と、課題達成を援助する特別な配慮の必要性が強調されている。
養護学校への通学は、本人にも親にも、時間的、体力的にかなりの負担となっている。地域から孤立しがちな養護学校の体質、数少ない仲間との閉ざされた人間関係、思うようには身につかない基礎学力、そしてリスク(失敗、誤り、危険)を恐れるあまり、今日一日が何事もなく過ごせればよしとする風潮が、ソーシャルスキルの獲得を一層困難にしているといえよう。
筆者らは、平成3年度に、1都10県の肢体不自由養護学校、肢体不自由者更生施設、身体障害者授産施設、身体障害者療護施設、地域通所施設のうちから、脳性まひ者のソーシャルスキル訓練の取り組みがなされていると目される学校、施設をそれぞれ3か所ずつ選び、訪問調査を行った。
表1は、調査結果の概要をまとめたものである。
現 状 | ソーシャルスキル訓練の取り組み | 問 題 点 | |
養護学校 | ・地域生活、もしくは職業生活の自立を目指す | ・校外学習(実習、見学等)や通常の授業の中で実施
(内容) |
・教員間の必要性の認識に差がある
・共通理解の不足 ・指導時間の不足 ・系統的な指導は未整備 |
授産施設 |
・福祉的就労の場
・プログラムは作業訓練中心 |
・地域生活に結び付ける職員側の意識がある
・作業の合間を縫い実施 (内容) |
・実施者は生活指導員が中心で、ケースワーク業務などと兼務
・評価方法が未確立 ・地域福祉施策が不十分なため在籍が長期化 |
療護施設 |
生活施設として、施設内生活の充実のプログラム中心(作業・創作・機能維持訓練) | ・地域生活を志向するニーズに対してのプログラム実施
(内容) |
・地域福祉施策(特に介護サービス)が不十分なため在籍が長期化
・入居者の地域生活に対する意識が希薄 ・実施者は生活指導員であるが、介護業務中心 ・評価方法が未確立 |
更生施設 |
総合的リハビリテーションサービスの場
各種専門職員を配置 地域生活援助についての意識はどの施設にもみられる |
・他の専門職員との連携で行うことが多い
(内容) |
・地域福祉施策の状況により取り組み方に差がでる
・実施者は生活指導員で変則勤務、介護業務と兼務 ・評価方法は未確立 |
地域通所施設 |
養護学校卒業後の受け皿として増加している | ・施設によっては民間団体との連携によるショートステイ事業の活用
(内容) |
・職員体制が介護業務に追われる
・指導場所が未整備 |
全国的にみると、身辺処理にかなりの介助、援助を必要とする脳性まひ者を対象とした組織的なソーシャルスキル訓練の場はきわめて少ない。
肢体不自由者更生施設は、わが国における代表的なリハビリテーション施設であるが、現に介助を必要とする人たちは受け入れていない。
重度身体障害者更生援護施設は、本来このような人たちを対象とした施設であるが、日常生活動作訓練が中心で、地域生活に向けてのソーシャルスキル訓練はあまりなされていない。実際には身体障害者療護施設などの入所施設への橋渡しの場として利用されていることが多いようである。
前述した東京都心身障害者福祉センターをはじめとして、神奈川、横浜、兵庫などの先進的なリハビリテーションセンターでは、利用者のニーズに応えた新しい試みが実績を挙げている。
代表的な実践例として、「七沢更生ホーム」の「社会適応訓練」を紹介しておく。
七沢更生ホームは、神奈川県総合リハビリテーションセンターの中に設置された肢体不自由者更生施設、重度身体障害者更生援護施設で、毎年、養護学校を卒業した脳性まひの青年たちが利用している。
七沢更生ホームでは、「社会適応訓練」を社会リハビリテーションの一環として位置づけ、8名の専従の担当者(生活指導員)を配置している。
対象となる脳性まひ者、4月から6月にかけて月に4~5名ずつ入所し、1年間に約20名の利用がある。在所期間は、1年から1年半程度である。
「社会適応訓練」の内容は、表2の通りである。
リハビリテーション訓練部門の援助内容 | 領域1 疾患別グループプログラム |
領域2 目的別プログラム |
領域3 自立実習棟活用プログラム |
理学療法
作業療法
言語療法
心理療法
リハビリテーション体育
リハビリテーション工学
職業前訓練
職業更生
相談指導 |
1.脳性まひグループ
a.生活学習 b.外出 c.食生活 2.脳血管障害グループ a.コミュニケーション b.生活学習 c.創作 d.レクリエーション 3.脊損・頚損グループ a.基礎学習 b.体験学習 4.頭部外傷グループ 5.他疾患への対応 |
1.在宅生活向上プログラム
a.散歩 b.調理 c.クラフト 2.社会生活向上プログラム a.買い物 b.市街地移動 c.一般交通機関利用 d.自動車免許取得 |
1.宿泊実習
a.日常生活技術 b.生活管理学習 c.生活環境整備 d.介助技術学習 e.社会資源活用 2.1日実習/時間単位学習 a.日常生活技術 b.生活管理学習 c.生活環境整備 d.介助技術学習 e.社会資源活用 |
脳性まひ者の場合は、疾患別グループのプログラムが中心となる。
a.生活学習
脳性まひ者は全員が参加し、グループワークによって進められる。自分の生い立ちを振り返り、将来の生活を考えることを目的とする。実際に社会の中で生活している同じ障害を持つ先輩の体験を聞いたり、自分たちの障害について話し合ったりするなど、相互学習の効果を活用する。
b.外出
動機づけとして、まず外出の計画案を作成する。実際に街に出ることによって、そこから生じた問題点を整理しながら、外出の方法を学んでいく。その中にはボランティアの活用の方法も含まれている。
目標は、単独外出からボランティアを活用しての外出まで、各自異なる。展開の仕方は、外出の経験、必要性についての話し合いの過程に重点を置き、実行に移す。最寄りの駅から小田急線などを利用し、切符の購入、路線図の理解、介助の依頼方法を体験学習する。
c.食生活
生活の中の「食」に焦点を当てて、調理実習をする、献立を話し合うことなどにより、主体性、強調性、役割の遂行を身につけることを目標とする。最も身近で重要な食生活を素材として、達成感、人間関係の広がりを重視している。
リハビリテーションセンターは、総合的なリハビリテーションプログラムを備えているので、各自のゴールとする生活の実現に向けて、理学療法、作業療法、言語治療、職業前訓練などのメニューを組み合わせて提供することができる。
また、一定期間家族から離れ、他人の介助の中で生活を試行することは、家族、本人にとって、お互いの生活をじっくり考えるよい機会となる。
ただし、施設のソーシャルスキル訓練は、職員主導のプログラムに陥りやすく、模擬的なプログラムであるために現実感が得にくいという欠点がある。
これらの課題を解決するために、七沢更生ホームでは、次のような試みを進めている。
自立実習棟での訓練、外出訓練などは、職員のみではなく、ボランティアを積極的に活用している。また、ピア・カウンセリングを積極的に導入し、職員対利用者ではなく、同じ障害を持つ先輩との交流を重視している。
退所者の中には、充実した地域生活に移行した例が多く、グループホーム、ケア付き住宅などで自立生活を実現した例もある。
七沢更生ホームの実践は、更生施設におけるソーシャルスキル訓練のモデルプログラムとして高く評価されている。
前述の訪問調査によって、脳性まひ者のソーシャルスキル訓練を実施している養護学校、福祉施設においては、課題意識を持つ職員たちの、利用者のニーズに応えた意欲的な取り組みに支えられていることが分かった。脳性まひ者に代表される重度障害者のソーシャルスキル訓練を、養護学校教育、リハビリテーションサービス、地域生活援助の主要な内容、方法として、「養護学校学習指導要領」「身体障害者更生施設等の設備及び運営基準」などに明確に位置づけ、思い切った改革を図ることが急務であるといえる。
身辺処理にかなりの介助を必要とする脳性まひ者の地域生活にとって、日中の活動の場としての地域通所施設が利用できるかどうかは、きわめて重要なことである。身体障害者福祉センターB型、在宅障害者デイサービス施設など法律に基づいた施設の数は、平成6年7月現在でそれぞれ204か所、41か所なので、利用できる地域はかなり限られている。全国に約3,300か所あるといわれている小規模作業所に対する公的助成の拡充を含めて、地域通所施設の増設、提供されるサービスの質的向上が強く求められている。身体障害者福祉センターB型、在宅障害者デイサービス施設における日常生活訓練、社会適応訓練が、利用者のソーシャルスキル獲得の機会になり得るかどうかは、運営にあたる地方自治体の認識、援助者としての専門職員の配置などによるものと思われる。小規模作業所にあっても、成人に達した利用者を一人の大人として尊重し、自立した生活をめざしての継続的な援助を提供することが期待されている。
近年、障害者自身が主体となって運営する「自立生活センター」が全国各地に誕生し、既に地域で自立生活をしている人たち、これから自立生活を始めようとしている人たちに、さまざまな自立生活支援サービスを提供している。「自立生活プログラム」は、本稿で検討しているソーシャルスキル訓練と類似したものであるが、自立生活をしている障害者の先輩たちがさまざまな生き方のモデルを提示して行うところに特徴がある。テキストとして「自立生活プログラムマニュアル」がよく用いられている。話し合い、学習、ロールプレイ、フィールド・トリップなどの活動を組み合わせて展開しており、「ピア・カウンセリング」の手法が重視されている。
今後急速に普及、進展していくと思われるので、その成果の実証的な報告、援助技術の体系化が期待されている。
脳性まひ者の成育過程をみると、ソーシャルスキルの獲得を妨げるさまざまな要因のために、その潜在的な能力の相当な部分が発揮されずじまいであることが分かる。いくつかの実践例が示すように、周到に配慮された援助プログラムに参加した脳性まひ者の多くは、予想以上のソーシャルスキルを獲得することができ、充実した地域生活を着実に実現していくことが可能となった。「脳性まひ」という障害に目を奪われずに、幼い時から「地域で主体的に生きる力」を育て、獲得させていけば、年齢、発達段階に相応しい「自立と社会参加」が期待できるに違いない。
参考文献 略
*放送大学教授
(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1994年12月(第82号)29頁~33頁