特集/高次脳機能障害 高次脳機能障害を伴う中途障害者の職場復帰の課題と対策

高次脳機能障害を伴う中途障害者の職場復帰の課題と対策

松為信雄

 脳血管障害は運動まひのほかに失語や失行・失認などの高次脳機能障害を伴うことも多く、治療や医学的リハビリテーションが長期間に及び、また、仕事に戻ろうにも事業所内の処遇などの面で難しいとされる。にもかかわらず、職業生活や家庭生活に責任ある年代で発症することが多い。そのために、在職中に受障した人(以後、中途障害者という)にとって、退院後に仕事に就けるか否かは切実な問題となっている。だが、それを達成して職場適応にいたるには数多くの課題が残されている。

 本論では、こうした高次脳機能の障害を伴う脳血管障害によって中途障害となった人たちに焦点をあて、雇用を継続するに際してのさまざまな問題をまとめるとともに、円滑な職場復帰を図るための施策を検討する。なおこれらは、1994年から96年に労働省で開催された「中途障害者の職場復帰に関する研究会」(注)の報告書を踏まえたものである。

Ⅰ.職場復帰の利点とモデル

1.職場復帰の利点

 中途障害者が退院後に希望する進路は、「職種は変わっても発症前と同じ会社にいたい」とする比率が57.1%で最も高い。本論でいう職場復帰とは、それゆえ、「配置転換や出向などがあったとしても、元の会社に雇用継続されたままで復帰すること」と定義しておきたい。

 中途障害者がこうした職場復帰を目指す利点はいくつかある。たとえば、①長期勤続や発症前の実績が考慮されること、②年齢が高いうえに障害があるために離職すると再就職が困難になること、③元の職場のほうが休職後の再適応に要する時間的・精神的な負担が少ないこと、④元の職場での人間関係が良好だと発症後の復職も円滑に進むこと、⑤継続雇用を前提にした雇用主側の対応が本人の不安の軽減に有効なこと、⑥復帰後の職務の検討に際して発症前の経験や希望を考慮しやすいこと、⑦機能回復や能力向上への意欲あるいは会社への帰属意識の高揚が期待できること、などである。

 そのために、在職中に発症することが多い脳血管障害者の職業リハビリテーションサービスでは、元の職場への復帰を目指す活動が重要となろう。

2.職場復帰のモデル

 中途障害者の職場復帰を考える場合、筆者は図のようなモデルを視点としている。

図 中途障害者の職場復帰のモデル

図 中途障害者の職場復帰のモデル

 これは、Hershensonを背景に、個人が職場環境に対処する関係を示すとともに、それを社会復帰システムの枠組みの中で捉えようとするものである。

 図では、個人特性を、①課題遂行や対人関係などの発達を促す「特性や技能」、②身体イメージや自己の価値性や有用性などを知覚した「自己イメージ」、③職業生活を中心とした人生の「目標」、の3つの領域で捉える。この区分は、受障の影響とリハビリテーションサービスの在り方を考慮したものである。各領域は個別に発達するとともに、細実線で示すように他の2領域と交互作用があり、どれかの領域が変化すると他の2領域も必然的に変化する。また、「職場環境」との関わりからも規定される。さらに、個人が職場環境に対処する仕方は、「社会復帰システム」の全体的な在り方によって規定される。

 発症の影響は、太い矢印で示すように、最初に「特性と技能」の直接的な低下をもたらすが、それに留まるのではなくて、破線の矢印で示すように「自己イメージ」の低下と「目標」の変更にまで波及する。だが、こうした能力障害が職場復帰に不利益をもたらすかどうかは、職場環境から要請される「目標」の達成に必要とされる「特性と技能」の程度と、その低下による「自己イメージ」の変化の双方から決まることだろう。

 したがって、職場復帰に向けたリハビリテーションサービスは、個人特性と職場環境の双方に介入することが必要となる。すなわち、①低下した「特性と技能」そのものの回復や他の技能で代行するための機能回復訓練、②)低下した「自己イメージ」の再統合、③実現が困難となった「目標」の再構成、などの個人側に向けた介入とともに、④障壁を除去して対処を促進するための「職場環境」の再構造化、に対しても焦点を当てなければならない。さらに、⑤全体的な「社会復帰システム」、特に、医療措置から職業リハビリテーションサービスへの移行を円滑にするための制度の構築も重要となる。

Ⅱ.職場復帰の諸課題

 前述のモデルに即しながら、脳血管障害によって中途障害となった人が職場復帰する際の課題を検討すると、次のことが指摘できよう。

1.個人側の問題

 第1に、発症による「特性と技能」の低下がある。発症の状況と医学的リハビリテーションサービスは、ADLの自立と高次脳機能障害の程度を規定し、それが個人の「特性と技能」を規定する。全般的な意識障害や痴呆が重度の場合には職業リハビリテーションサービスの対象となりにくく、日常生活にも大きな支障をきたす。また、失語・失行・失認あるいは注意障害や記憶障害がある場合、軽度で日常生活への支障は少ないと判断されても、職務遂行への影響は避けられない。

 たとえば、失語症があると情報交換やコミュニケーションや報告書作成などに、観念失行や観念運動失行があると作業手順の理解に、構成機能の障害があると組み立てや製図作業に、失認症があると対人関係の面に、その症状が軽度でも運転や事務作業に、注意障害があると高度で複雑な情報処理に、記憶障害があると学習や訓練に、といった具合にさまざまな困難が生じたりミスを侵しやすい。

 その他にも、周囲への無関心や無欲などの発動性の障害、情動体験の平板化や貧困化や抑制反応、焦燥感や固執傾向、過緊張などの精神症状や感情表出面での障害などがあると、他者との交流が円滑に進まなくなってしまう。

 第2に、「自己イメージ」に変化を生じる。発症前の職務遂行能力への自信や職業人としての自負を基にして現在の状態を自己評価するために、自己イメージを低下させてしまう傾向にある。その結果、他者の評価に不安を抱いたり、心を閉ざしてしまうことになる。またそれとは反対に、機能回復に過度の楽観をしたり職務遂行能力を過大視することもある。こうした自己イメージの低下や不適切なイメージを抱いていると、他者との円滑な交流に支障をきたすことになろう。

 第3に、「目標」の変更がある。発症によって能力が低下したり自己イメージに変化が生じたために、それまでの職業生活や家庭生活を通して形成した将来の生活設計や人生に関するさまざまな目標の変更を余儀なくされることになろう。

 第4に、職業能力を評価する方法が確立されていない。高次脳機能障害の症状そのものを診断する方法はともかくとして、それが職業能力の低下に及ぼす影響とその回復訓練の方法を示唆するような評価法は確立されていない。また、身体障害者手帳の障害等級の判定では、多くの場合、運動まひの程度を基準とする傾向にある。そのため、高次脳機能障害があって職業能力が低下していても重度の等級に判定されることは少なく、障害等級と連動した現在の障害者雇用の施策を十分に享受できない場合がある。

2.職場環境の問題

 第1に、本人と事業所との間の情報交換が希薄である。本人の症状や職場復帰への意志と事業所の考えかたや対応についての情報は、詳細にかつ継続的に交換する必要があろう。だが、実際には必ずしも行われていない。特に、いろいろな相談の相手となったり、発症前の状況や障害の内容と程度を把握して人事担当者との橋渡しをする、いわゆる「キーパーソン」の機能を果す人がいないと、本人と事業所との情報交換が円滑にいかないこともある。

 第2に、雇用管理についての知識や情報が十分でない。通院や機能回復訓練のための時間を確保したり、発症前の労働条件で仕事に就けるまでの移行的な措置を講じたりして、職場復帰への円滑な移行を探る必要がある。また、発症前の職務を遂行できない場合には、配置転換や職務の変更も検討しなければならない。それゆえ、こうした障害に固有な労務管理のさまざまな情報やノウハウがないと、本人の職場適応が困難になってしまう。

第3に、障害の特性からもたらされる状況についての理解不足がある。上司や同僚の障害に対する理解が不足している場合、人事異動で発症前の状況を知る人がいない場合、賃金等の処遇内容が実際の職務遂行能力に見合わない場合、同僚や共同作業者の負担が増大する場合、それに対する管理者の配慮が不足している場合などがあると、本人と周囲との人間関係が円滑に進まなくなりがちである。

第4に、その他にも、職場復帰にあたってさまざまな問題が生じる。例えば、本人の意向や希望を十分に聴取しないままに処遇する場合、復職後に職務遂行能力が向上しても処遇面にそれを反映させない場合、加重な運動負荷や精神的ストレスのために再発の危険がある仕事に就く場合、症状に合わせた環境条件の整備や通勤時間への配慮がない場合、などはいずれも職場適応を難しくするだろう。

3.社会復帰システムの問題

 早期離床を推進する医学的リハビリテーションは、早い段階から社会復帰に向けた準備を必要とする。そのためには、職業リハビリテーションサービスへの円滑な移行がますます重要になって来ることだろう。だが、中途障害者の社会復帰を促すシステムは整っているとは言えない。

 第1に、関係機関の連携が進展していない。受障した人のほとんどは入院先の医療機関が社会復帰の窓口となる。だが、医療機関では職業リハビリテーションの機能や内容についての情報がない場合が多く、本人や事業所に職場復帰に向けた支援を提供できない。他方で、公共職業安定所や地域・広域職業センターでは休職中の中途障害者を把握する制度がないために、彼らの中には、職業リハビリテーションサービスを受けないままに休職期間を終え、退職を余儀なくされる人もいる。さらに、職業リハビリテーションサービスの実施には医療機関からの情報入手や相談や援助が必要不可欠であるにもかかわらず、そのための連携は進展していない。

 第2に、医療措置から職業リハビリテーションサービスへの円滑な移行とそのための支援ができていない。移行をいつの時期から始めるかは、機能回復訓練の程度、休職期間の長さ、その間の処遇内容などによって異なる。だが他方で、休職期間を終えてから職場復帰の活動を始めるのでは遅すぎるだろう。入院中は医療措置が最優先になり易く、職業リハビリテーションサービスへの移行は遅れがちである。早い段階から職場との接触を保ち、機能回復の経過や心理的な問題を事業所や同僚が理解していると、復帰予定の職場に固有の問題にも対処しやすいのである。

Ⅲ.職場復帰への対策

 こうしたさまざまな課題を乗り越えて職場復帰を進めるには、多方面からの対策を進めることが必要となろう。「中途障害者の職場復帰に関する研究会」での論議を踏まえながら、前述のモデルに即して検討する。

1.個人の能力開発

 第1に、早期の治療と訓練を開始することが必要である。症状によっては個人差は著しいものの、医学的リハビリテーションでは、入院して1週目から機能回復訓練を開始し、数カ月で退院することを目途とすることが望ましいとされている。その後は通院によって訓練を行うことになるが、有給や病気休暇に続く休職期間のできるだけ早い時期から、職場復帰のための訓練を開始することが必要だろう。

 第2に、目標を再設定して動機付けを強化することが必要である。本人に会社の情報を提供したり、自分で職場を訪問して接触を深めたり、職業リハビリテーションサービスの実際を見学して他の患者に接したりすることを通して、自己イメージや目標の再構成を図るための意欲を引きだすように支援する。

 第3に、職場を活用した訓練の推進がある。実際の就労場面で生じる個別の問題に対処するには、復帰予定の職場での実際作業を通して評価と適応訓練をすることが効果的であろう。その意味で、地域職業センターの「職域開発援助事業」を中途障害者に対して活用できるような対策、特に、休職期間中からこの制度を活用できるようにすることが必要となろう。

 第4に、的確な職業能力の評価法を確立する必要がある。医学的な診断法ではなくて、残存能力をどのように活かして実際の職務を遂行するか、についての具体的な方法を示唆する評価が求められている。

2.職場環境の整備

 第1に、職場復帰への検討を積極的に進める必要がある。能力低下や機能回復の程度に個人差が大きく、しかも、本人の積極的な取り組みによって代替手段を獲得することもあり、復職可能な職務を簡単に確定することはできない。それゆえ、事業所は低下した能力に囚われることなく、本人の希望を十分に尊重して幅広い可能性を探ることが重要であろう。

 第2に、受入れ体制を整備しなければならない。作業設備の改善や施設の設置などのハード面での整備や、職場の理解や人間関係の調整などのソフト面の整備は、復職の可能性やその後の職場適応の程度を規定する。それゆえ、職場の物理的な環境を整備したり補助機器を導入すること、あるいは、上司や同僚に障害特性や配慮事項について事前に理解を求めていくこと、などが必要となろう。職業リハビリテーション機関は企業に対して、そうした情報を提供したり専門的な助言をすることが重要であろう。

 第3に、労働条件を緩和するとともに、「リハビリ出勤」の実施を進めることである。休職期間中から労働条件を緩和した出勤を始め、職場適応の状況をみながら徐々に本来の労働条件に近づけていく体制―いわゆる「リハビリ出勤」は、職場復帰を無理なく果す有効な手段とされている。それを推進するには、フレックスタイム制の導入、体力低下に配慮した短時間勤務の体制、定期検診や通院時間の確保などの労働条件の緩和について、その間の給与支払や再発・事故発生時の責任などとともに検討する必要がある。職業リハビリテーション機関は事業所に対して、「リハビリ出勤」の必要性や有用性を啓発してその実施を促すとともに、労働条件の設定や職務の再設計や職場環境の整備などについて支援することが望ましい。

 第4に、配置や職種の転換がある。元の職務や配置への復帰が困難と判断された場合は、関連会社への出向や嘱託といった勤務形態も含め、企業全体の職務を広範に検討するべきである。職業リハビリテーション機関は事業所にそうした働きかけを行うとともに、可能な勤務形態や職務の創設などに関する情報も提供する必要がある。

 第5に、職場定着のための事業所体制の整備である。「障害者職場定着推進チーム」の設置を促進するとともに、「障害者雇用推進者」や「障害者職業生活相談員」が職業リハビリテーション機関と連携しながら本人の職場適応を支援することが重要であろう。特に、キーパーソンの役割を果す人がいない場合にはこれが重要となる。さらに、復帰後の医療措置や健康管理を適切に行って再発を予防するための社内体制の整備も重要となる。

 第6に、復帰後の処遇改善についても検討する。復帰した中途障害者に対しては、その後の職業生活の全体を見通した処遇を考える必要がある。特に、介護する家族や親族の負担が非常に大きいことに配慮した処遇を考えなければならない。事業所の場合には、将来に向けた人材活用をも視野に入れた配置転換を検討するとともに、職務遂行能力の向上に応じて、昇級や昇進の可能性についても検討されるべきである。

3.社会復帰システムの整備

 第1に、医療から職業リハビリテーションサービスへの移行を円滑にするための機関相互の連携の強化がある。そのためには、医療機関は、職業リハビリテーションサービスの活動や関係機関を十分に理解することが必要である。また、公共職業安定所や地域・広域職業センターは、中途障害者を発症後のできるだけ早い時期に把握するために医療機関との連絡会議を開催して情報を共有することが望ましい。

 第2に、事業所や家族を含めたケース会議の開催である。入院後の早い段階から、機能回復の状況や意欲などを勘案して、復職に向けた具体的な職業リハビリテーション計画を作成することが重要である。関係者全員の了解と協力を得るには、事業所や家族を交えた医療機関の担当者と職業リハビリテーション機関の関係者によるケース会議をとおして、今後の復帰過程や協力体制について検討することが必要であろう。

 第3に、職業リハビリテーション機関の事業所への働きかけがある。まず、公共職業安定所や地域・広域職業センターは、入職時期ばかりでなくその後の職場適応にも相談や援助の機能を果たすことを理解してもらう必要がある。さらに、本人と事業所との情報交換を媒介するキーパーソンがいなかったり事業所が復帰に消極的な場合には、事業所と本人との間にあって復帰のためのさまざまな調整を積極的に果す必要があろう。また、さまざまな助成措置や障害者雇用の社内体制とノウハウなどの情報を提供したり、復帰が見込まれる職務に関する情報を得て本人に還元するといった活動も必要である。

 第4に、助成金制度の活用と充実がある。職業リハビリテーションサービスとしての各種の助成金制度が、中途障害者の職場復帰にさいして積極的に活用されるように、その周知を図るとともに適用条件の再検討も必要だろう。たとえば、継続雇用のための環境整備に対する「中途障害者作業施設設置等助成金制度」の活用や、職場適応措置に対する「重度中途障害者職場適応助成金制度」の適用条件の緩和の検討が必要である。また、障害者の処遇改善を図るために1994年から始まった「障害者処遇改善施設設置等助成金」の活用も含め、事業主が中途障害者の継続雇用や処遇改善についても検討しやすい環境を整えていくことが重要である。

Ⅳ.おわりに

 職業生活の長期化にともない、脳血管障害を含む中途障害者に対する雇用の安定は、職業リハビリテーション対策の今後の課題として重要となりつつある。元の職場への復帰はそのための効果的な選択肢であり、「中途障害者の職場復帰に関する研究会」の提言した対策が実現されることを期待したい。

(注)同研究会は、坂巻煕氏(淑徳大学)を座長とし、石川卓志(防衛庁陸上幕僚幹部)、小原眞知子(日本医科大学)、種村留美(伊豆韮山温泉病院)、田谷勝夫(障害者職業総合センター)の各氏と筆者が委員として参加した。研究会報告書を参考にすることを許可して頂いた座長および事務局に感謝します。

〈文献〉略

障害者職業総合センター主任研究員


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1996年5月(第87号)14頁~19頁

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