特集/第18回RI世界会議 障害者の雇用促進

障害者の雇用促進

丹羽勇

はじめに

 筆者が座長を務めた職業分科会は、「障害者雇用の成功を考える」というテーマで、この分野では世界的に著名な3人の専門家が発表を行った。

香港からの報告

 まず最初に、香港の立法府の議員で、元保健福祉省大臣(1900―1994)を務めたエリザベス・ウォン(Elizabeth Wong)女史が、香港の障害者雇用について説明した。職業リハビリテーションは、障害の種別を問わず、すべての必要な障害者に保障されるべきであると強調し、平等の原則に基づいた障害者雇用政策を進めるためには、障害者の教育、職業リハビリテーション、職業訓練等の充実と雇用主の理解が必要であると説明した。また、この分野の刷新を図るためには障害をもつ当事者も政策の立案に参加することが大切であると指摘した。

 数年前、香港立法府の中に「平等の機会委員会(Equal Opportunities Committee)」が設置された。しかし、現在の香港における障害者等、差別されがちなグループの雇用対策については、標準的な、理論的な概念については事欠かないが、実際のいろいろのサービスの運用については極めて不十分であるという。例えば、今年5月に政府がエイズ患者の保健所の設立を計画した際、近くの住民から強い反対運動が起こった。また同じ月に、ある会社で数人の女子従業員がズボンを履いて出勤したということで雇用主が罰金を要求したため、騒動が起こった。この平等の機会委員会も政府に対し、当事者が考えている心配事を取り除くために十分な説明と理解を深めるための努力を要請した以外に何もしていない。今後、「長期的な視野に立っての社会教育の必要性を痛感する」とウォン女史は語った。

 障害者のリハビリテーションの分野でも多くの問題に直面する中で一番大切なことは、いかにして障害者自身の自立を援助することが出来るかを考えなければならないことである。言い換えると、いかにして障害者自身のエンパワーメントを正しく育てるか、である。

 障害者自身も、適切な教育と訓練を受ければ立派な企業家になれるということを自覚すべきである。しかし、その実現を妨げるのは、建物、交通機関、訓練の機会、社会の理解等における多種多様な物理的、心理的、社会的、構造的なバリアーである。

 香港では、障害者自身がグループを形成して、印刷業を営んだり、翻訳業をしたり、その他のビジネス業で活躍している。コンピューターやインターネットを活用すれば、かなりの収益を上げる事業を展開することも可能である。共同事業を起こせば、一切を含めた総経費や間接費を節約することも出来るし、個人個人の能力を適材適所で発揮することも出来る。そして、何よりも自助努力と自立こそ、人間の尊厳と満足感を満たすものである。自分自身の労働による収穫ほど満足感を与えるものはないとウォン女史は締めくくった。

アメリカ合衆国からの報告

 2番目の発表者は、国防省のコンピューター/電子機器利用計画(Computer/Electronic Accommodations Program―CAP)局長のダイナー・コーヘン(Dinah Cohen)女史であった。彼女は以前国務省で障害者雇用プログラムや女性雇用プログラム関係の仕事に従事していた時、首都ワシントンや国外の70を越える大使館や領事館で働く障害者や女性の労働問題を担当していた。

 コーヘン女史は現在200万人の職員を抱えている国防省で、差別撤廃規定に基づいて障害者の雇用促進を図る努力をしている。目標は3パーセントの障害者を国防省で雇用することである。1990年に始められたCAPプログラムによって国防省が他の政府機関に率先してアメリカの障害者差別撤廃法(ADA)を実践したのである。CAPは国防省に就労を希望する障害者に補助具やコンピュータ機器を提供し、職場を改善するなど、障害者1人ひとりのニーズを考慮した就労環境を作ることによって障害者の雇用促進を図った。

 1999年までにCAPプログラムは約1,200万ドルの予算を計上する予定であり、アメリカの政府機関の中でも最大規模の、しかも最新の技術革新を導入した障害者雇用を目指している。

 ILO条約159号は、職業リハビリテーションの目的として、個々の障害者の就業の確保、安定した雇用の継続、そして職業生活の向上と完全な社会参加という4つのことを掲げているが、CAPも障害者の雇用に関して全く同じ目的を提議していることは興味深い。そして、その目的を達成するために、CAPは国防省関連の全機関に対し、まず障害者に関する正しい情報と教育を提供すること、第2に、雇用する障害者一人ひとりに対し適切な補助具を迅速に選択し、提供するための援助の組織づくりを行うこととしている。障害者雇用の促進を図る適切な配慮としては、設備の改善、仕事の再編成、パートタイムの導入、勤務日程の調整、補助具や機器の改良、訓練教材の検討、有資格のジョブコーチの任命、聴覚障害者のための手話通訳者の採用なども含む。さらに、CAPは障害の種別によっても異なる個人のニーズに対応する補助具やコンピューター機器の研究をすると共に、その情報を必要に応じて提供する努力をしている。個々の障害者の配慮については、簡単で低価格の補助具から、最新のハイテクを導入した高価なコンピューター機器のハードウエアーからソフトウエアーまで極めて幅の広いものである。

 障害者とその雇用主にとって、どのような配慮を施せば雇用の目的を最大限に達成できるかという、いわゆるニーズ・アセスメントの検討は、大きなチャレンジでもある。それを行う過程は、次のとおりである。

 (1) 与えられた仕事の作業分析を行い、最小限要求される作業機能の要求(例えば、肢体を動かす、運ぶ、持ち上げる、見る、話す、考える、計算する、など)を調べる。

 (2) 要求される作業機能の要素に対応した能力評価を、個々の障害者について行う。大切なことは、障害者1人ひとりは異なった能力をもち、障害の種類や障害の程度に応じて能力に差異があると知ることである。

 (3) 障害者雇用に際してどのような配慮が必要かを障害者1人ひとりについて検討する。

 (4) 障害者雇用の配慮を考えるにあたっては、就業を継続して、職業生活を向上させるために最も効果的で効率的な手段と補助具の選択を行う。CAPは、個々の障害者に最も適したコミュニケーション手段や補助具の選択などについて必要なアドバイスを与える。

 1990年にCAPが活動を始めて以来、約10,000件の相談に応じた。

ニュージーランドからの報告

 最後の発表者は、ニュージーランドのオークランド市にある「雇用機会の平等を支持する企業合同体(The Equal Employment Opportunities Trust―EEOT)」の社長ツルーディ・マックノートン(Trudie McNaughton)女史であった。この企業合同体は1992年に組織されたが、それまではオークランド大学でEEOT担当官として勤務していた。

 EEOTはニュージーランドの200を越える政府機関や民間企業の経営者がメンバーになっており、主たる業務は事業主に障害者等社会的弱者の雇用機会の平等に関する情報を提供することである。そのため、EEOTは障害者雇用の成功事例集やEEOTの自己評価の手引書などを出版している。

 EEOTの障害者雇用の促進事業の基盤となるものは、1993年に制定された人権法(The Human Rights Act)である。この人権法によると、差別とは、障害者が障害をもつゆえに不公平な不利益を蒙ったり、不当な取り扱いを受けることを意味する。障害のために生じた個人のニーズに対応するため、特別な取り扱いを受けても、それは差別とは見なされない。

 この人権法で保護される者は、身体障害者、知的障害者、精神障害者で、その他、解剖学的に、または心理学的に機能の障害をもつ人も含まれる。また、時限的には、現在障害をもつ人の他、過去において障害をもっていた人、未来において障害をもつであろう人も含めるとしている。それ以外に障害者に関係する人々(例えば、配偶者、保護者、仕事仲間など)に対する不当な取り扱いも、この法律では差別と見なされる。このような法律が適用される分野は、雇用問題、業務提携、職業訓練、公共の場所へのアクセス、住宅、教育機関や銀行、保険などのサービス関係事業等である。

 雇用における差別とは、もし障害者がある仕事をする能力をもちながら、その仕事に就くことを障害をもっているという理由で拒否された場合は、法律的に差別されたと判定される。雇用主は障害をもった人のニーズに適切な配慮を与えて雇用しなければならない。しかし、その配慮が事業の中断になったり、本人の健康や安全を損なうような場合はその限りではない。適切な配慮とは、作業計画の変更、機械設備の改善、職業訓練やその他の援助を指す。

 雇用前の障害者に対する差別に関しては、次のとおりである。すなわち、障害者を雇用する際の配慮を検討するため、障害についての情報を求めることは差別とは見なされない。しかし、そうでない場合、障害に関する情報を請求することは差別行為と見なされる。 雇用主は障害者の雇用に関して、積極的な機会均等をうたう政策を明記することが大切である。障害者が自分は差別されていると考えた場合、人権委員会の事務所に自分のケースを説明し、人権委員会に訴えることが出来る。そして、人権委員会はその実情について調査を行うことになる。

 続いて、マックノートン女史は、ニュージーランドにおける、唯一の障害者(すべての種類の障害者)の職業訓練と雇用斡旋機関であるWorkbridgeについて説明した。この機関は今回のRI世界会議のスポンサーでもあるが、ニュージーランド国内に1991年以来、27のセンターを設置して、毎年約10,000人の障害者の職業訓練と雇用紹介をしている。創業以来、約20,000人の障害者がWorkbridgeを通して雇用の機会をえた。現在も約10,000人の障害者が訓練を受け、就業の機会を待っているが、その多くは統合教育を修了した障害者である。今日、医学の進歩と技術革新が障害者に多種多様な就業の機会をもたらすようになった。

 Workbridgeはニュージーランド国内の約20,000の企業のデーターベースを基に、就業を希望する障害者に1人ひとりの能力と希望に適した職場の開拓をしている。特に、EEOTを支持する雇用主と密接な連携をとりつつ、職場実習やパートタイムの職場経験を実施して、障害者雇用の促進を図っている。

 また、Workbridgeの障害情報センターは、技術革新を最大限に利用した補助具やコンピューター・ソフト(例えば、拡大文字、合成音、点字等を組み込んだもの)やその他の福祉機器の情報を障害者や事業主に提供している。

 就業支援(Job Support)基金は、障害者の就業のために必要な補助具の購入、通勤のための特別な経費、また、生産の低下を補うための賃金補助などに使われる資金である。この基金の他に、訓練支援基金と自営業基金がある。前者は障害者の能力開発のための教育、訓練、職場実習などのために使われ、後者は自営業を始める障害者に必要な設備資金や経営の援助を行うものである。

まとめ

 この「障害者雇用の成功を考える」分科会には世界各国から約150名の参加があった。3人の発表者が、1人は政治に携わる立場から、1人は行政に携わる立場から、そして、もう1人は経営者団体に携わる立場からと、それぞれの立場から障害者の雇用という1つの問題に対する意見を聞くことが出来て大変興味深いものであった。3人の発表の共通点は、障害者の雇用は機会均等の原則に基づいて、障害をもつ当事者の意志を尊重しつつ、その能力に適した労働の場を確保すべきであるということであった。

 障害をもつ人々が労働の市場に参加するとき、それを成功させるために必要な法律と制度、事業主の理解、そして、障害者自身の積極的な参加の必要性等について議論された。問題解決を提案した発表者のアプローチには幅の広いものがあった。

 香港の政治家は、政治の意志力と財源が障害者雇用の促進には不可欠であると強調した。アメリカの行政官は、障害者雇用促進には雇用主の配慮が一番大切であるとした。その配慮にはアクセス問題、ハイテクを利用した補助具の導入、そして障害者が働くのに適した職場環境であると説明した。ニュージーランドの経営者団体の代表は、障害者雇用の最重点は障害者の能力であるとし、市場に通用する技能と働く心構えが採用の第一条件であると主張した。

 技術革新と産業構造調整の波にのって、今世界中が大きな転換期に入っている。製造業のオートメーション化や産業ロボットの登場は、従来、障害者の大多数が就労していた単純作業や未熟練労働のポストを大幅に減少させた。しかしその反面、情報社会の発展と共にハイテク技術が導入されたため、新しいコンピューター機器や補助装置が生まれ、これが重度障害者にも雇用の機会を広げている。そして、パートタイムやフレックスタイム制度、また、ジョブ・シェアリング制度の導入で、働く時間にも柔軟性が許され、障害者それぞれの可能性に応じた就業ができるようになった。そして、社会環境が「完全参加の平等」の理念に向かって進展し、それが労働の世界においても一日も早く実現される日が来るだろう。

RIアジア・太平洋地域職業委員長


(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1997年2月(第90号)20頁~23頁

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