欧州における障害政策の概要:社会保障制度との関係における問題と今後の見通し

■特集■

 

欧州における障害政策の概要:
社会保障制度との関係における
問題と今後の見通し

国際リハビリテーション協会(RI)会長 Dr. Arthur O'Reilly

 

はじめに

 このたび日本障害者リハビリテーション協会のお招きで障害者保健福祉国際セミナーに参加できたことを名誉に思う。
 「欧州における障害政策の概要:社会保障制度との関係における問題と今後の見通し」と題して 講義をしてほしいとのことだが、まず最初にお断りしなければならないことは、私は、欧州における障害政策とこれまでの政策の進展についてはいくらかの知識をもっているが、社会保障制度に関しては専門家ではないということである。第二に欧州といっても、主に現在欧州連合(EU)の加盟国である15カ国(参考1)について話すことである。私が1992年から1996年まで副会長を拝命していた国際リハビリテーション協会(RI)の欧州地域には53カ国が加盟しており、そのうちのいくつかは、つい最近加盟したばかりである。
 以下の点について述べる。
(1) 障害者の社会保障プログラムの国際比較
(2) その他の社会保障制度と障害政策の具体的側面に関する国際比較
(3) 欧州の社会政策と障害政策の発展
(4) 欧州の社会モデルの一端としての欧州社会保護制度:そして、この制度については、どんな意味をもつのか、欧州はこのような制度を支えていくことができるか、改革は必要か、必要であれば、どんな改革か、障害をもつ人に主にどんな影響をもたらすのかという問題点を検証してみる。
 

(1) 障害者の社会保障プログラムの国際比較

 1987年出版の『障害者の社会保障プログラム:国際的観点にたって』(参考2)の序文の中で、モンロー・バーコヴィッツ教授は次のように述べている。

 「8カ国の障害保険制度を比較するのは……容易なことではない。歴史的、政治的、経済的また社会的な違いから、どんな比較をしても意味がないようである。たとえば、オランダの同業組合を通じた管理制度のモデルと同様の制度を探したとしても世界中のどこにも見つけることはできないだろう。公的セクター、民間セクターの双方の障害給付制度の記録を総合的に管理しているセンターがあるのは、フィンランドだけである。スウェーデンには授産施設の連合体を管理する単一の中央機関があるが、それ以外の国にはそのような機関はない。主婦の障害の程度を計るのに、台所でパンにバターをぬらせてみるのはイスラエルだけである。数百年の歴史をもつ同業組合の連合体が極めて大きな役割を果たしているのは、オーストリアとドイツ連邦共和国である。このようなことは、数え上げればきりがない。たとえばいちいち細かく例をあげるならば、各国により障害給付制度の複雑さも、働く能力の評価の仕方も違うし、障害認定の申請、再審査方法も違う。各国の制度は、それぞれの価値観、社会的、政治的構造、さらに経済的状況によって個別の特徴をもつのであるから、比 較をする意味はあまりないようである(参考3)。」

 同教授の研究結果について、ここで詳細を述べる時間はないので、教授の論文を読んでいただけると幸いである。もちろん、8カ国の障害事業の主な共通点や相違点を検証することで得るべきことはあり、教授の論文では、各国のデータを比較解釈する時の難しさや注意事項も明らかにされているので、比較研究をしたい人にとっては、まず一読すべきである。しかし、この論文の中で、教授が指摘しているように、一番の教訓は個々の制度の細部を検証することも大事ではあるが、次の引用文のように様々なプログラムの基となっている総合的な政策こそが重要だということである。

 「立法措置を取ろうが、行政措置であろうが、司法による決定を基としようが、早期に労働市場から撤退をする人々に所得を与えることを目的とするならば、その目的そのものがすべてのプログラムに影響を与えるのである……おそらく、世界のどこかに障害をもつ人ともたない人の区別をする技術技能レベルの基準や、知識の基準、また概念的基準があるのだろう。しかし、両者の境界線は、あらかじめ定められたものではなく、プログラムの目的によって大いに変わるものである。それは、技術的技能の問題ではなく、公的政策の問題である。各種プログラムの変革を急ぐ前に、どんな目的で実施したいのかという点で私達は考えを統一すべきであろう(参考4)。」

 バーコヴィッツ教授は、1990年に国際リハビリテーション協会の出版物で同様の性格の別のプロジェクトの結果をまとめて出している(参考5)。この論文集は、実は東京で開かれた第16回RI世界会議の分科会での発表論文をまとめたものである。この論文集で著者は、様々な国で障害を持つ人を職場復帰させるためにどのような試みが行われているのかを検証している。論文集の編集者はここでも、外国の試みを国内で取り入れるにあたっての注意を喚起しているが(参考6)、もちろん、各国のすぐれた様々な事業の紹介には豊かな知識と経験が盛り込まれていることは疑う余地がない。
 

(2) その他の国際比較

 国際比較の分析についての記述は数多くある。たとえば、欧州委員会では、EU加盟各国の社会保護制度や政策について最新の分析結果を公表するため、2年に一度「社会的保護に関する報告書」(Social Protection Report)を刊行している。また欧州委員会では、域内社会保障制度相互情報システム(MISSOCシステム;Mutual Information System on Social Security within the Community)を継続的に更新し、各国比較表や定期発行のニュースレターを通じて状況分析のためのツールを提供すると共に、欧州社会保護制度統計システム(ESSPROS;Eutopean System of Social Protection Statistics)をも更新している。
 欧州会議では、EU加盟国以外の加盟国の社会保障制度を比較する統計を出版している。この統計をEUの出版する統計と合わせて利用することで、簡単な比較はできるが、総合的に制度の詳細を比較することはできない。もう一つ、この種の比較をするのに役に立つ出版物としては、欧州会議加盟16カ国(参考7)の障害を持つ人々のリハビリに関する法律の比較をしたものがある。このような出版物が急速に陳腐化するのは常であるため、疑問があれば、当該のRIナショナル・セクレタリーに問い合わせをすることにしている。
 ヨーロッパ各国を比較する別の項目として、一般の労働市場では仕事をしていくことはできないものの、保護就労に近い形であればある程度の経済的生産活動に従事することはできる障害をもつ人のニーズを満たすためにはどのような具体的措置がとらてれいるのかについて触れておきたい。1990年~1991年間に欧州委員会のために実施した調査のなかで、SamoyとWaterplasは、当時のEU加盟国12カ国の保護施設における雇用を調査した。(以来この調査は新たにEUに加盟したオーストリア、フィンランド、スウェーデンにも実施されている)。その調査に関する報告書は、3部からなっており、第1部では国際労働機関(ILO)、欧州会議、国連、欧州石炭鉄鋼共同体(ECSS)とEUが実施した措置を簡単に検証し、障害をもつ人々の雇用促進のために取られた措置という枠組みの中で保護雇用をまとめている。第2部では各国の調査報告のまとめとその結論、第3部では各加盟国の国内調査について掲載している。
 雇用形態には、一般の競争労働市場以外にもいろいろな形態がある。この調査を脈略化するため、欧州職業訓練開発センター(CEDEFOP)が使用する類型化が行われた。それは障害をもつ人々のための雇用形態を保護の程度により分類するものである(参考8)。この調査は、障害をもつ人々だけが働く特別な状況に限って行われたが、強制的に障害をもつ人たちを一定の割合で雇用するという雇用率制度を除くと、この保護雇用措置がほとんどの欧州連合加盟国の中でもっとも数多い人々を対象に行われていると結論づけられた。この調査では、保護就労をする人々の法的立場、報酬の形や大きさなどなど、様々な点で各国間に広範な違いがあることが分かり、また多くの疑問点について答えが出ない状況であった。
 さらに、この問題についてのWaddingtonの研究では、欧州連合は保護就労に関する法律をまだ整備しておらず、政策、慣行上の決定は各国、また地方のレベルで行われているとの指摘がある(参考9)
 Waddingtonによると、ほとんどの加盟国では、少なくとも障害をもたない人の30%の生産性があることが授産施設での雇用の条件になっている。しかし、ドイツとフランスではこのような形での資格の評価はせず、両国の授産施設ではより障害の重い人たちの雇用機会も与えている。
 授産施設での訓練の主な目的の一つは、障害をもつ人々が一般の労働市場で雇用を得やすくすることだが、実際は、そうなる人は全体のおよそ1%しかなく、Waddingtonは、そのために、加盟国は財政負担に喘いでいると報告している。授産施設の財政については、各国ともに政府が主要な役割を担っているからである。
授産施設に対し、これらの施設は意味のある社会への統合を妨げており、障害者は一般雇用への転換もできていないという批判があった。これらの批判に応えるべく、これまでの施設に代わる様々な形態の保護雇用が次のように行われてきた。
 ・企業による積極的対応、たとえば生産性の普通より低い障害をもつ人を配置する特別部門を設置する
 ・授産施設による積極的対応、たとえば障害をもたない人を施設に雇い入れるとか、企業に障害者を送り込む、移動労働チームという作業チームを組む(注:通常5~6人で一組となり、各地域を巡回しながら作業(例:清掃など)を行うもの)
 ・新しい企業や共同組合を設立して障害をもつ人を雇用する。これは、ほとんどの場合、障害者の親や当事者の運動の結果、設立される。
 ・生産性の低い障害をもつ人たちの雇用促進のための財政補助(参考10)
 アイルランド全国リハビリ委員会では、最近「障害と雇用:アイルランドとオランダの比較」と題して、セミナーを実施した。このセミナーで、オランダ社会雇用省のR.M.Krug氏が「オランダにおける保護雇用:最近の動向」(参考11)というタイトルで興味深い発表をした。
 欧州12カ国(参考12)、オーストラリア、カナダ、アメリカの障害をもつ人々の雇用のためのさらなる総合的な法律、政策、サービスの概要については、イギリスのヨーク大学の社会政策研究所の研究がある(参考13)。一般的に言うと、大半の欧州諸国における障害雇用政策は、労働市場の問題として考えられており、その他の国では、社会保障や社会福祉の一環として考えられている。だからといって、これらの国々が障害をもつ人々の経済や社会への完全な統合の権利を認めていないということではない。
 多くの、おそらく大半の欧州諸国においては、雇用政策は歴史的な「強制の原理」に基づく法律的要件を伴っている。その良い例は、雇用率制度であり、雇用の留保である(参考14)。すべての国で生産性の低い従業員を雇う雇用主に経済的優遇策や補助金を与えたり、職場や設備の改造コストを一部補助するなどの財政制度をとり、障害者の雇用を促進している。
 多くの国においては、雇用や職業的リハビリ政策は、戦争で怪我をした人々のニーズを満たす必要から生まれたものであった。それらの政策が近年になって、あらゆる種類の障害をもつ人を含め、また働く権利という概念を包含する形で変わって来たのである。LuntとThorntonは、国家の温情的介入から独立を促す政策へと変わって来ていると指摘している。また責任の所在を国家から雇用主へと移す試みも見られる。その理由の一つは、おそらく脱施化の増進、および社会福祉支出の高騰が懸念されていることにあるようである。
 政府内部のどこの部署に障害をもつ人たちの雇用に関する政策についての責任が与えられているかを見ることで、その国の考え方が分かると言えるかもしれない。たとえばアイルランドでは、保健省にその管轄権があるが、スウェーデンでは労働省にある。その他の国では、しばしばいくつかの省庁に管轄が分割されており、その省庁の中で、通常は特別なニーズを満たすためのサービスを提供する部署と一般市民の大半にサービスを提供する部署とに分かれている。この部署間の調整はなく、政策が重複していたり、ばらばらでまとまりがなかったり、さらには相対立する場含もある。オランダとアイルランドでは、これまで国家と雇用主、そして従業員組合の三者の間で政策立案について一定の協力が行われてきた。
 公共サービスの提供の仕方には、その国の社会構造や伝統また経済発展の段階が反映される傾向はある。たとえばアイルランドでは、サービスの提供が法律基盤のないボランテイア団体によって行われて来たという伝統がある。一つ欧州全体について言える興味深いことは、障害当事者の団体自体がサービスの提供をし始めたということである。
 

雇用割当て

 1920年代、複数の欧州諸国において、障害をもった退役軍人の雇用を義務づける法律が導入された。ドイツがまず、1919年1月に行政命令をもってこれを実施した。その後には、1920年にオーストリアが、1921年にはイタリアとポーランド、そして1923年にフランスが、同様の雇用割当てを行う法律を導人した。イギリスでは、任意の割当て制度の方がよいとして、強制的割当ての制度は導入されなかった。 1940年代になると、この雇用率制度は民間人にも適用されるようになった。今日では、ほとんどのEU諸国が何らかの形の雇用率制度を実施している。例外はスカンジナビア諸国、ポルトガルおよびイギリスで、イギリスでは最近差別撤廃法を導入すると同時に、雇用率制度は廃止された。
 現行の様々な雇用率制度にはよいところはあるものの、同時に障害をもつ人々の雇用を促進する上ではかなりの弱点もあると考えられている。どこの加盟国でも、障害をもつ人から見ても、雇用主から見ても、雇用率制度が満足のゆく形で機能しているとは言えない。
 1981年以来、全欧州に適用する雇用率制度の導入について議論が行われてきた。しかし、実際の導人については、個々の加盟国のこれまでの経験から、また一つの制度導入には複雑な問題があり、運営も難しいことから、いずれの国もあまり熱心ではない。
 この問題には、さらにもっと根本的な反対の理由がある。それは、EUにおいては加盟国独白では十分な目的が果たせず、EU全体で取り組んだ方がよりよい結果がもたらされる時を除いては、EUは加盟国に対し補足的な役割を果たすという”Principle of Subsidiarity”(「補足の原則」)が採択されたからである。各国の国内雇用率制度は、これまであまり成果を上げていないものの、EUが全体として取り組んだならばよりよい成果が上がるという証拠もない。実際のところ、たとえば、一般企業が同じ割合で障害をもつ人を雇う義務を負わされれば、たまたま操業する地域に資格のある障害をもった人が数多くいる企業の方が割当てを満たしやすいという競争上のゆがみをもたらすことにもなり得るわけである。
 となると、EUが全域共通の割当て制を導入するという自体はほとんど有リ得ないということになるだろう。実際、各国で異なる割当て制度があることで、加盟国間の競争がゆがめられていると考えられれば、EUとしては、将来こうした制度の運営上の基準を設定しなければならないということにもなるだろう。
 

(3)欧州の社会政策と障害政策

 最近の欧州における社会政策と障害政策の進展について簡単にふれる。
 EEC(欧州経済共同体)を創設した6カ国の社会制度は比較的よく似た形で、経済の発展レベルも大体同じようなレベルであったから、社会政策が大きな相違点として問題視すべきであるとは考えられなかった。従って1957年から、EECが最初に拡大した1973年(参考15)までは、社会政策については特に取り上げられなかった。例外は、労働者の移動の自由と、機会均等という2つの問題であった。
 しかし、機会均等法の焦点は、主に男女間の均等にあった。積極的社会政策の必要性についていろいろと考えられるようになったのは、1981年にギリシャが、そして1986年にスペインとポルトガルがEECに加盟してからのことである。しかしながら、その理由については、本セミナーの趣旨から外れるので説明しないが、欧州全体として積極的な社会政策を確立しようとすることにはいろいろな間題があった。
 現在では欧州共同体から欧州連合に移行し、その欧州連合内では、障害の問題は大体が社会政策の問題であると考えられるようになっている。1994年の欧州委貝会の「成長、競争、雇用」と題した白書には、障害をもつ人々についての言及は、私が記憶している限り、その167ぺ一ジに、たった一度しかなかった。
 もちろん、白書の中で取り上げられている教育や職業訓練など、様々な間題が多くの障害をもつ人々にも関係することであることは言うまでもないが、欧州連合の障害政策について関心のある人のほとんどは、この白書ではなく、1994年7月発行のもう一つの白書である「欧州の社会政策-欧州連合前進の道」と、これに基づいて欧州委員会が1995年に採択した「社会行動計画」を参考にすることだろう。
 欧州委員会は、社会政策白書の中で
 ・欧州連合の政策に機会均等を基本的人権の一つとして盛り込む必要性を認め、
 ・適切な手段を講じて、障害をもつ人々のニーズが関連する法律、プログラム、構想の中で配慮されるよう確約するとし、
 ・国連の「障害をもつ人々のための機会均等に関する標準規則」に準拠する適切なる国際文書を準備するとし、
 ・委員会自らも、障害をもつ人々の人事政策ならびに人事慣行に関する基準を設けるとし、
 ・次の欧州連合創設条約の見直しの機会には、人種、宗教、年齢、障害による差別との闘いについて具体的な言及を導入すべく、真剣に検討すべきである、とした。
 以上のような公約が欧州委員会の白書に盛り込まれてはいるものの、これについての決定を行うのは欧州委員会ではなく、欧州連合の加盟国会議であるところの欧州理事会(参考16)(the European Council/訳者注:1975年からもたれるようになったEC加盟国首脳による会議。閣僚理事会で未解決の問題を討議するため年3回以上開催)である。欧州連合加盟国のRIナショナル・セクレタリーは、欧州内の連合体であるRI-ECA(RI-European Communities Association)を形成しており、この4年間私はその組織の会長も拝命してきたが、この組織は、欧州委員会が白書を作成中に意見と提案を出した。欧州委貝会がもっと踏み込んだ公約をしてくれることを希望しているが、この白書はとにかく正しい方向への第一歩であると考えて、これが受け入れられるよう加盟各国政府の説得に努めた。
 我々がどんな努力をしたのかについてはここでは詳しく述べないが、我々の努力は1990年12月欧州連合加盟国政府による2つの重要な決定となって実を結んだ(私は特に、この決定が、アイルランドがEUの議長国であった時に行われたということを大変嬉しく思う(参考17))。
 1996年12月4日、the Social Council(社会問題担当相理事会)は、以下の事柄に関する加盟国のコミットメントを再確認する決定を採択した。
 ・国連の「障害をもつ人々のための機会均等に関する標準規則」の原則とそれに盛り込まれた価値観を尊重すること、
 ・欧州会議の1992年4月9日の「障害をもつ人々のリハビリに関する一貫性のある政策に関する決議(参考18)に盛り込まれた思想を尊重すること、
 ・リハビリ分野の総合的政策立案に当たって、機会の平等性の原則を尊重すること、
 ・障害のみを基とした差別はいかなる形のものも回避もしくは排除すること。
 この決議では、この他にも各国政府があらゆる障害関連政策や行動を実施し、またその実施を確認する上で、障害をもつ人々の代表を関与させるべく努力をすることなどを約束した。
 第二に、重要な決定は、1996年12月欧州連合設立条約の再検討と修正のためにダブリンで開かれた政府間会議、すなわち各国政府の首脳会議の決定で、障害もしくはその他の理由で差別することを禁ずる新しい条項を修正条約案に盛り込むという決定であった。しかし、この条項が、修正条約に関する最終決定がなされる今年6月のアムステルダム会議でも、条約の最終案に残されるという保証はない。
 このような欧州の社会政策の中の障害をめぐる最近め動きは、経済的、社会的また文化的に様々な特色をもつ多くの国が合意をすることの難しさを示している。あるEUの委員会のメンバー(参考19)は、次のようなコメントをしている。
 「誰かが社会的に調和のとれた単一欧州を夢見たことがあるとすれば、過去10年間の出来事を振り返れば、15カ国の多様な国々からなる欧州では、その実現は可能でもなく、好ましくもないことを見せつけられたはずである。ましてや20カ国、25カ国と増えたならば、そのような夢はまったく愚かな夢である。しかし、欧州全体で社会政策の主要部分で最低基準を設け、加盟国が標榜する個人の社会的、経済的権利を保障することは必要である。完全に市場経済原理のみの観点から統合を推し進めるだけでは、個人の権利は侵食を余儀なくされてしまうからである。」
 ここで簡単に欧州連合の雇用政策について述べておきたい。欧州連合では雇用の創出を第一優先事項としている。ただ、新しい仕事を作リ出すだけでは、かなりの数の雇用を創出したとしても、社会的排除の間題はなくならないと考えている。
 欧州委員会では現在、障害をもつ人々の雇用状況を改善することを全体的な目的とした様々な短期的プログラムや構想を持っているが、この雇用問題は構造的なものなので、ただ単に各種の短期事業を実施するだけではなく、加盟各国が具体的な目標やその実現スケジュールを定めて、各国政府、欧州委貝会、また障害をもつ人々の社会支援団体やNGOの掲げる目標と相互に補完できるような一貫性のある戦略に合意することが必要である。実は、欧州委員会にはこのような中長期の対応がずっと以前から求められていたのである。
 この分野でのEUの対応の一例として上げられるのは、Employment-Horizonという構想である。この構想は、欧州連含全体でいろいろな新しい試みが実施されるよう触媒として機能すると同時に、加盟各国に専門知識と優れた事業の実施方法を組織的に移転し広めることをねらったものである。国境を越えた交流や協力を重視する事業の提案、革新的提案、訓練の効率性や雇用制度の改善を目的とした提案、地方公共団体や社会支援団体、NGOを含めすべての関係者をローカルなレべルで積極的に、そして協調的に関与させることを奨励する提案、労働市場との統合を進める提案、および実行にあたって柔軟性をもった提案などを童視している。
 Horizon構想は、優れた構想だと思う。この構想では、指導とカウンセリング、遠隔双方向のコンピューターによる学習、職場や輸送システムの状況に応じての改変、アドバイザー、トレーナー、ソーシャル・ワーカー、一般企業や保護雇用・援助つき雇用で働く人事担当者のトレーニング、地方レベルの雇用促進、啓蒙活動などなど極めて広範な支援の提供を包含しているからである。
 この点について最後に申し上げたいのは、欧州連合の多くの加盟国は、連合全体としては導入を考慮することが難しいものの、それぞれ、障害をもつ人に対する差別を禁止する法律や政策手段などを制定しているということである。しかし、真の意味で欧州の障害政策というべきものは、まだ生まれたばかりである。
 

(4)欧州社会保護制度 (参考20)

 社会保護制度は、欧州社会モデルの一構成要素である。欧州連合加盟国はすべて、保護を必要とする人々に何らかの支援を提供しているが、その程度には違いがあり、所得連動の給付と所有する資産に応じた給付の実施方法にも、国毎に違いがある。Larsson氏は、これをスカンジナビア方式、英国-アイルランド方式、大陸ヨーロッパ方式と地中海方式の4つの社会保護制度に分類している。
 ・スカンジナビア諸国では、社会的保護はすべての市民に認められた権利の一つである。すべての人が同じ基礎給付を受ける権利をもっている。有給の雇用についている人も、所得連動型の給付を追加的に受けることができる。失業保険は任意で、国家が運営する制度とは別立てになっている。
 ・アイルランドと英国では、給付範囲はほぼ一定である。基礎給付額は、スカンジナビア諸国同様、一率であるが、金額はもっと低くなっている。両国ともに、かなり広く資産調査を行っている。
 ・保険の原則を適用しているのは、ドイツ、オーストリア、フランスとベネルックス諸国である。給付は、おおよそが所得に連動している。社会保護は、他の国と比べ雇用と強く関連づけられており、職業によって社会保護の内容が異なる。しかし、給付制度でカバーされない部分については、他に様々な社会的支援制度が用意されている。
 ・地中海諸国では、最近すべての状況に適用する皆保障制度の確立が試みられているが、まだ統一のとれたものではない。あらゆる状況下で、最低レベルの支援を保証する段階には来ていない。
 欧州では、多様な国が集まっているので、各国制度の調和を図るというよりは、各国が協調を深め、同じ目的を定めることが必要だとされている。ほとんどすべての欧州連合加盟国において、最低レベルの財政的支援と日常生活上の支援が保証されている。受給者が制度に拠出をしているかいないかは、問われない。
 

欧州は 現行の社会モデルを維持できるか?

 欧州の社会保護制度は、気前が良すぎて高くつきすぎるとか、企業には負担が大きく、競走上不利な立場に立たされていると批判されてきた。GDP国内総生産比でみると、社会保護制度の支出は、すべての加盟国で増大する傾向にある。
 ・この支出は、1980年には、平均するとGDPの24%であったが、1993年には28%になった。
 このように支出が増大したのけ、支援を必要とする失業者が増えたからであり、看護や医療を必要とするお年寄りが増大し、ヘルスケアの需要そのものが増えたことや、社会的排除の問題が深刻化していることも、その原因である。この制度が導入された時点では予測されなかったほどたくさんの人が長期支援を必要とするようになったことも原因である。
 ・50年前にさまざまな制度ができた当時の平均寿命は、法定退職年齢よりも短かったので、退職後も長生きをする人はわずかであった。
 ・欧州の失業は、長期にわたることが典型的である。1995年に長期失業をしていた人々は、失業者全体の42.9%であった。アメリカでは10%、日本では、15.4%であった。
 ・1980年以来の欧州の就業増加率は平均でわずか、0.15%である。この数字は、日本では、1.26%、アメリカでは1.54%であった。
 ・1995年の欧州連合内の就業率は、およそ60%で、20年前のレベルと比べても、また1970年代半ばから雇用率が伸びてきたアメリカや日本と比べてもかなり低いレベルであった。
 欧州連合加盟国の社会支出は、国によって大体GDPの16%から35%であるが、当然公共予算のかなりの部分を占めている。社会保護制度のコスト増大で、このところ厳しい監視の目にさらされるようになった。EU対とその他の経済圏、またEU加盟各国間の経済的状況を比較すると、社会保障支出と社会支援支出の低い国の方が、より強力な(従ってより費用のかかる)安全ネットをもっている国よりも競争力において優れているという分析結果はでていない。逆に、弱体で、お金をかけていない社会保護制度の場合、厳しい社会的状況が発生し得るということを示唆している。
 Larssonは、以下のような状況分析をしている「社会的保護は、負担ではない。それは、個々の人々に安心を与え、経済変化の影響を社会的に受容可能にする基本的に生産的なプラス要因である(参考21)。」
 しかし、このことは、社会保護制度を改革する必要がないということではない。制度の構造と運営方法と欧州の高齢化を考えると、制度の改革は不可欠である。
 しばしば、実際のニーズをまったく反映しなくなった形で給付が行われている。長期にわたる給付の支払いは、その支払いを効果的に実施することで人々を労働市場から締め出してきたようなものである。このような制度は、失業者を労働市場に戻す上でも、働くことを望んでいる障害をもつ人々に仕事へのアクセスを与える上でも、ほとんど効果を上げてこなかった。現行制度は、雇用第一の原則に基づくものではなく、失業手当は最後の手段であるという原則」をも無視している。
 Larssonは、次のようにのべている。
 「仕事が失われると、それは永久の失業である。新規雇用の創出は、ただそれだけのことであって……新しい需要のあるところに創出される。つまり、より高い生産性のあるところ、新しい技能のあるところ、別の会社、別の産業界、そしてしばしば新しい地域に創出されるのである。
 我々の社会保護制度は個人の想像力や可能性を増大させ、新しい出発を可能にし、新しい技能を身につけたり、新しい事業を始めさせるようには造られていないのである。
 労働市場政策にかけられる公的予算の3分の2以上が所得維持のための事業にまわされており、人々を再就職させるための積極的措置に投入されているのは、3分の1以下である。これに個人と団体の保険制度による支出を加えるならば、受動的所得補助に拠出される資金の額も、割合もさらに膨らむのである(参考22)。」
 こうして見ると、欧州の労働市場の参加率がなぜ低いのかが分かる。また働きたいと思っているし、その能力もある障害をもつ人々が、なぜ「給付の罠」から抜け出すことが難しいのかが分かる。この状況は、障害をもつ人々に提供される訓練の基準が不適切であったり低いがために、さらに悪化する傾向にある。
 社会保護については、様々な側面からの議論がこの12ヶ月欧州各地の広い範囲で行われてきた。そして欧州では、市民に対し、次の4つの保証をする必要があるという一般的なコンセンサスが生まれている。
 ・まともな生活水準を確保する手段としての有給雇用への公正なアクセスの保証
 ・個人の生活を支える上で必要なだけでなく、また単なる安全ネットとしてだけでなく再就職を動機づけするような最低限の所得の保証
 ・疾病や怪我の防止、治療、リハビリ、看護を含む医療サービスへの平等のアクセスの保証
 ・職業生活の全般を通じての質の高い教育と訓練の保証
 欧州委員会はこの問題について、議論の結論をまもなく出し、いくつかの変革提案を出すことになっている。改革すべき点はいろいろとあるが、中でも一番重要な問題の一つは、社会保護制度をより雇用を重視した形に変革することであり、それと相互補完的な欧州雇用政策を確立することである。
 これらの制度が積極的な統合の措置を伴うものでないならば、社会排除の手段になってしまうリスクがあり、社会の崩壊や、社会に貢献するものと一方的受益者との間の分断を招くことになるだろう。そのような2階層の社会は、社会的に受け入れることができないばかりでなく、障害をもつ人々やその他の排除されたグループの人々の基本的社会的権利を否定することになる。
 

おわりに

 欧州では、この20年間社会的排除の問題の性格が大きく変わってきた。この間題は、今では社会の最上級と最下級の階級の格差(すなわち上下の格差)の問題であるばかりではなく、社会のなかで安住の場を与えられた人々と、片隅に追いやられた人々(すなわち中と外)の格差の問題なのである。
 差別に関する法律やアクセスが可能な住宅や交通手段、統合的教育、そして障害についての意識の点でも、欧州各国には大きな違いがある。いくらか希望がもてる兆候はあるものの、全体としては、進歩は遅く、散逸的であり、今後もそれは変わらないだろう。
 今、一番欠けているのは、政治的ヴィジョンと政治的意志のようである。
 このような状況では、RIのような国際的NGOと、地域や国内の障害当事者NGOと協力NGOが今後とも重要かつ不可欠な役割を果たすだろう。
 

《参考/出典》

1)オーストリア、ドイツ、オランダ、ベルギー、ギリシャ、ポルトガル、デンマーク、アイルランド、スペイン、フィンランド、イタリア、スウェーデン、フランス、ルクセンベルグ、英国(本文へ戻る)
2)国際リハビリテーション協会および世界リハビリ基金の共同出版(本文へ戻る)
3)国際リハビリテーション協会および世界リハビリ基金の共同出版 9ページ(本文へ戻る)
4)国際リハビリテーション協会および世界リハビリ基金の共同出版 48ページ(本文へ戻る)
5)Forging Linkages: modifying diability benefit programs to encourage employment(本文へ戻る)
6)さらに難しい点は、制度の変化のスピードであり、事業の記述が急速に陳腐化することである。(本文へ戻る)
7)欧州会議が出版。ここでカバーされている16カ国は、オーストリア、ベルギー、キプロス、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコ、英国。(本文へ戻る)
8)障害をもつ人々に一定の保護を与えている新しいタイプの授産施設。CDEEFOP1989年の欧州共同体加盟国における画期的措置の分析。(本文へ戻る)
9)Waddington, Lisa:「ECにおける保護および援助雇用」(Sheltered and Supported Employment in the European Community) Rehab Network, Winter, 1992, 12-14ページ(本文へ戻る)
10)Waddington, Lisa:「ECにおける保護および援助雇用」(Sheltered and Supported Employment in the European Community) Rehab Network, Winter, 1992, 12-14ページ(本文へ戻る)
11)1996年10月14日ダブリンで開催(本文へ戻る)
12)ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ポルトガル、スペイン、スウェーデン(本文へ戻る)
13)Lunt, Neil, Thoronton, Patricia,「障害を持つ人々の雇用政策」、1993(本文へ戻る)
14)Lunt, Neil, Thoronton, Patricia,「障害を持つ人々の雇用政策」、1993(本文へ戻る)
15)1973年に英国、デンマーク、アイルランドが加盟(本文へ戻る)
16)欧州会議とは異なるまったく別の組織であることに注意。(本文へ戻る)
17)すべての加盟国は6ヶ月毎に交代でEUの議長国を務める。アイルランドは1996年7月から12月まで務めた。(本文へ戻る)
18)この勧告には、リハビリプログラムの計画立案において各国政府が従うべき原則および取るべき措置が網羅されている。(本文へ戻る)
19)P Flynn委員。European Documentシリーズ13 1996春号(本文へ戻る)
20)このセクションの一部は、1995年12月6日オランダで行われたセミナーで発表された欧州委員会のAllan Larsson氏のペーパーにかなり依拠している(本文へ戻る)
21)このセクションの一部は、1995年12月6日オランダで行われたセミナーで発表された欧州委員会のAllan Larsson氏のペーパーにかなり依拠している(本文へ戻る)
22)このセクションの一部は、1995年12月6日オランダで行われたセミナーで発表された欧州委員会のAllan Larsson氏のペーパーにかなり依拠している(本文へ戻る)
 

(訳・石黒弓美子)
 監訳日本障害者リハビリテーション協会

 


 

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1997年8月(第92号)2頁~10頁

 

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