国際障害分類におけるハンデイキャップの改訂作業について

■特集■

 

国際障害分類における
ハンデイキャップの改訂作業について

世界保健機関・ICIDHカナダ委員長 Patrick Fougeyrollas

 

ケベック分類法の歴史

 ケベックの社会的不利の形成過程(Handicap Creation Process)に基づく分類法は、1986年に発足した国際障害分類(ICIDH)ケベック委員会の分類法と密接に関係している。(ICIDHはWHOにて1980年に制定された)。この委員会の使命は、ICIDHに関する知識を広め、その適用と検証をすすめる一方で、最大の目的として、研究活動や共通の基準や疾患/外傷がもたらす影響について理解を深め、言語の統一を図ることに関心を持つケベック、カナダ国内、国際機関の専門家同士の交流を通じ、ICIDHの改善を図ることにある。
 ケベックで初めてICIDHモデルを本格的に取り入れたのは、政府が「対等(On Equal Terms)」政策を1985年に採択した時で、この政策はインペアメント(機能障害)の予防、リハビリテーション、障害をもつ人々の社会統合(インテグレーション)に関連するものであった(OPHQ、1984)。
 ケベック障害者局(OPHQ)との連携を通じ、ICIDHケベック委員会(QCICIDH)が設立され、1987年6月にはケベック市内でICIDHに関する国際会議を開催した。この会議を通じ、海外からの専門家、ICIDH利用者、消費者団体の代表(DPI〈障害者インターナショナル〉など障害をもつ人々の権利擁護団体)、世界保健機関(WHO)、国連、欧州会議(CE)などの国際機関の代表が初めて一堂に会することとなった。この会議をきっかけに、社会的不利の形成過程への理解促進、ICIDHの改善の可能性についての国際的対話の場が設けられるようになった。
 ケベック会議では、多くの見解が打ち出され、そのうちの一つは、ケベックの研究の根底を流れる考え方に関する見解であった。ケベックがICIDHの第3レベル(つまりhandicap社会的不利)に関する専門知識を有していることは、参加者も認めることとなった。ICIDHの「社会的不利」に関する部分は、不十分かつ未発達とみなされていた。さらに、ケベック側より参加者に対し、機能障害(impairments)、能力障害(disabilities)をもつ人々が経験する社会統合への障害、すなわち社会統合への障害のもつ社会的、物理的側面について考えて欲しいという公式の要請があった。またICIDHケベック委員会とケベック障害者局が、ICIDH第3レベルの改善案を作成することも決まった。これを受け、1988年より筆者率いる研究チームにより研究がICIDHケベック委員会にて開始された(Fougeyrollas, 1988)。
 1989年の冬、研究の第一段階が終了した。この時、関係する資料・論文、障害に関する総体的な概念の新しい定義ならびに生活習慣の分類についての提案が作成された。この時、初めて機能障害と能力障害の相関関係を示す概念モデルの中に環境という要素が取り入れられた。ハンデイキャップ状況(handicap situation)とは、これらすべての要素(機能障害、能力障害、環境)の相関関係の結果生じるものなのである。続いて、社会的経済的因子の分類に関する提案も行われた。最初に出されたICIDH試案は、概念的にみて区分がはっきりせず、重複する部分が認められた。その上、ハンデイキャップ状況の概念を明確にしようとしたため、さらに悪化されてしまった。そのため、機能障害と能力障害の分類の改訂努力を引き続き重ねる必要があった。
 今回新たに提案された概念アプローチによれば、その人のもつ機能と制約(限界)および生活習慣の遂行状況の相互作用によりハンデイキャップ状況が発生する。次に、その中味についてもう少し詳しく定義する必要があった。そこで、最初の身体機能の分類案(概略)が出された。この案は、国際審議会に提出された。(Fougeyrollas P., St Michel G., Blouin M., 1989)。1990年1月には、モントリオールで障害の概念見直しに関する専門家会議が開かれ、本提案がここでのいくつかの科学会議で発表された。
 1989年の冬から1991年の春という長い時間をかけ、この問題についての様々な意見、コメントを募り、分析を行った。その結果、機能障害と能力障害に関しては、器官系統分類と能力分類(能力障害の重症度をはかる尺度も用意された)が開発された。あとの二つの分類は既に改訂されている。ケベック「社会的不利の形成過程」分類法(案)は1991年6月に出版された(Fougeyrollas al., 1991)。これでICIDHの改訂に寄与するための実験開始準備が整った。
 WHOや欧州会議の国際専門家委員会や「国連・障害者の十年」に関する会議にICIDHケベック委員会やCSICIDHの代表が出席していたにもかかわらず、WHOが実際にICIDHの見直しに踏み切るまでにはかなりの時間がかかった。既存のICIDHに対する批判が増えたが、疾病、外傷によりもたらされる影響に関する研究と応用も増え、社会への統合化を図る上で、社会、文化、物理的因子が大きな意味をもつとの認識が広まった。
 時間が経過する中、ICIDHケベック委員会とCSICIDHは自分たちの研究の成果を広め、訓練のための道具を開発し、普及させることに注力するようになった。多くの研究者が率先して個別訓練の様々な応用方法の可能性を編み出し、さらに、政策やプログラム立案、評価、人口統計や調査の面でも多くの新しい応用方法が示された。「社会的不利の形成過程」モデル及びケベック提案は、カナダ、フランス、ベルギー、スウェーデンの多くの研究者や利用者から高い評価を得ている(Mautuit D. 1994, Castelein P and Noots-Villers P 1994, Sjogren O., 1995)。ケベック提案は、リハビリテーションや社会統合を含むすべての分野に大きな影響をもたらした(Beaulieu M 1992, Bolduc M 1995, Bouchard D 1992,Cote M Fougeyrollas P. Nooreau L. 1995, Fougeyrollas P. Majeau P. 1991, Gaudreault C. St-Amand H. 1995, Gaudreault C. Madon S. 1996, Gauthier J. 1996, Lacroix J. Joanette Y. Bois M 1994, Lalonde M 1994, Martini R. Polatajko HJ. WilcoxA. 1995, Muszynski L. 1994, RousseauJ. Potvin L. Dutil E. Falta P. 1995, Simard C. Berthouze S. Calmels P. 1996)。
 1992年にようやくWHOによる改訂作業が開始された。最初、ICIDHの序文が新しく書き変えられた(WHO、1993)。この中で、ケベックでの成果が明確に反映されることとなった。それ以外にも、いくつかの我々の提案の持つ特徴(例えば、人と環境の相互作用、その相互作用の結果として社会的不利が発生するとの定義、環境の様々の因子の重要性)も改訂文の中で取り上げられた。
 この頃、アメリカもこの改訂作業に加わり、Statistics Canadaをパートナーにワシントン全米保健統計センター(National Health Statistic Center)において北米協力センターを発足した。
 ICIDH改訂の計画段階は、1999年までの6年間続く予定である。1993年から1996年の夏までの間、WHOの様々な協力センター間の責任分担が行われた。フランスの協力センターが機能障害(impairments)を担当、オランダの協力センターが能力障害(disabilities)を担当、北米協力センターが社会的不利(handicap)を担当することとなった。1994年、多く圧力がかかる中、ようやく環境因子を検討するための正式の作業部会が発足した。QCICIDHならびにCSICIDHの責任者である筆者(カナダ側)とGale Whiteneck氏(アメリカ側)の二人が共同議長をつとめることとなった。これ以外にも、児童、精神衛生及び認知の発達、社会政策といったテーマ別の作業部会が発足された。
 ケベック分類案の検証を引き続き行い、その成果をICIDHの改訂プロセスに反映するため、改訂委員会はQCICIDHメンバーと協議を行った(Fougeyrollas P., Cloutier R., Bergeron H., Cote M., St. Michel G., 1995)。モデルの提案が出されてから4年経った段階で、我々は、この概念に基づく分類が適切かつ一貫性をもつものであるとの確信をもつに至った。これらの分類は、利用者の利用方法法やコメントを踏まえて開発されたものである。この分類法の検証作業は、国際作業部会の作業と歩調を合わせながら平行して行われたが、検証の成果は社会的不利や環境因子を担当していたWHOの作業部会においても非常に役立った。さらに、機能障害と能力障害に関する様々な提案を評価する上でも役立った。
 1995年9月、QCICIDHとCSICIDH主催の第2回北米ICIDH改訂専門家会議がケベック市で開催された。障害をもつ者の権利擁護のための社会政治運動を展開している団体の代表も出席した。この会議は、一つの大きな転期となった。それというのも、この会議を機に、第3レベルの障害(現在はsocial participation(社会参加)という言葉を使用している)と環境因子を明確に区分することとなったからである。会議にはアメリカとカナダの代表が集まり、社会的不利(handicap)と環境における障害物(environmental barrier)を混同して使っている問題が、「英語における能力障害(disability)」の概念の解釈にずれが生じているため強調された。このずれは、社会的にも一部影響が生じている。
 このようなコンセンサスが徐々に生まれつつあるなか、北米作業部会は社会参加の分類案を採択した。この案にはケベックの生活習慣分類法の影響がかなり色濃く見られる。環境因子については、QCICIDH委員会の改訂案がほぼそのまま作業部会により採択された。一方、機能障害(impairment)と能力障害(disability)提案は、現在のICIDHとかなり似通った内容になっている。逆に言えば、ケベックの分類法とはかけ離れた内容である。
 1996年5月、各作業部会の報告書がWHOのジュネーブ会議に提出され、話し合われた。この会議からその後にかけ、WHOチームがICIDH2(改訂版)の試案作りを手がけ、第3と第4レベルの分類法修正案を作成した。それに加え、ICIDH2案においては、機能障害(impairments)の中に器官のみならず精神機能も含めることとなり、能力障害(disability)も単純なものから複雑なものに至るまでのすべての人間の活動がカバーされることとなった。そのため、第3と第4レベルにおいてQCICIDHの概念がうまく反映されたとはいえ、結果的には叩き台となるICIDH2の素案は、概念的に大変わかりにくいものになってしまっている。
 我々はこの先、引き続き国際分類作業への働きかけを行っていく。それとは別にもう一つ、個人のアイデンテイテイというdisabilityの概念が、社会参加ないしは我々の言葉でいうところの生活習慣と重複する部分を含んでいることから来る問題もあるので、この問題にも取り組んでいくことになる。ケベックの分類法はWHOの目指している国際分類法とは違った方向をとるだろうが、ケベック側としてはこの先も作業を重ねる必要があると認識している。
 これからも我々の研究チームは、自分たちの提案の検証を続けていく。我々の見る限り、ケベックの分類法はとてもよく構成され、概念的にもしっかりしていて、1991年の試案と比べてもよくなっている。現に、この分類法はケベックで広く使われ、国際的にも支持を得ている。
 Handicap Creation Processへの理解を深め、科学的に役立てるためにも、我々はこれまで一緒に作業を進めてきたパートナーや専門家と共にこの分類法の開発実験を仕上げ、検証作業を完了しなくてはならないだろう。この研究成果を出版することで、当初から考えていたように、この分類法の適用、普及を図ることができるようにする。その上、ICIDHの改訂は早くても1999年までかかると見られ、それまでICIDHの改訂プロセスに何らかの影響をもたらすことも可能になる。いずれにしても、各国の調整を図ることは大変難しいことであり、時間もかかる。我々の作業もある程度終盤にさしかかっているのかもしれない。
 我々の分類法は、障害をもつ者の権利擁護運動の立場をきちんと踏まえた上で、概念モデルとしても社会的変化を促し、実施する上で役立つものとなっている。疾病、外傷、その他の健康異常による影響の分類以上に、我々が研究と推進活動において目指してきたのは、このことである。
 

ケベック分類法改訂後と改訂前試案の比較変更点ならびに変更の根拠となった理論について

人間の発達モデル

 教育学及び理論的観点から見ると、疾病、外傷、その他の異常による影響に関するモデル説明するとき(ICIDHやNagiなど)一番問題になるのは、その原因となった健康上の問題(疾病)である。従来のモデルは、すべての人間に当てはまる人間の発達に関する人類学モデルを使用していない。しかし、人類学モデルを使えば、個人因子(内的因子)と環境因子(外的因子)の相互作用のダイナミックスを表わすことが可能になり、その人の年齢、性別、社会的文化的背景と対比しながら、生活習慣の出来、不出来がどのような状況に起因しているのかを特定することができる。
 そのため、まず最初に基本モデルを構築する必要がある(図1)。この基本モデルは簡単なもので、すべての人に適用できる。この基本モデルを使った上で、次にいくつかの指標に沿ってその人の持つ特殊性、違い(病理学的因子ないし外傷に起因するその人特有の現象)を紹介する。
図1 人間の発達モデル
 Handicap Creation Processはこの人間の発達に関する一般モデルと完全に切り離して考えられるものではない。むしろ、この一般モデルから派生しているモデルといえる。Handicap Creation Processを明確にするため、生物学的、機能的、社会的基準と関連したいろいろな組み合わせ、可能性を見ていくというモデルなのである。
 我々の研究グループは、教育学的観点から、どのように人間が社会的存在として育つのか、またどのような原因から人はその「標準」路線(正常状態)からはずれ、そのことがどのような影響をもたらすのかといったことについて、主だった概念的次元について各々みていくといった、もっと広い観点から障害をもつ者の問題を捉えるべきだと考えている。この考え方は、近年世界的に見られる異なる特徴をもつ人をステイグマとして見ないようにする傾向と一致する。今、従来のようなすべての人に当てはまる分類法であり、なおかつ、疾病や外傷に起因する違い、そしてその違いをもたらす理由の説明がつくような個々の現象に対応するモデルを構築する必要性を唱える動きがある。この理論的見解は、人間の違いを尊重し、機能的、身体的違いをもった人でも最適の社会参加をし、平等を享受できるようにすべきという人権擁護や機会均等の考え方と一致しているように思われる。
図2 人間の発達モデル
 このような考え方をもとに、図2では、すべての人間に内在する二つの次元が取り上げられている。一つは器官/組織系統(つまり身体)であり、もう一つは、その人の能力である。能力というのは、肉体と社会的因子との相互作用により発達するものである。相互作用が働く部分は太い矢印で示されている。
 しかし、個人因子を構成するのは、この二つだけではない。個人因子はもっと大きく、包括的なものである。人と環境の相互作用や生活習慣の達成度を考えるに当たっては、その人の個性(アイデンテイテイー)にまつわるさまざまな要素も加味しなくてはならない。このような個性に関係する要素は、これまでの身体的、機能的異常を中心としてきた分類方法(その人の病理学的特徴のみを見て来た生物医学的モデル)では、ほとんど無視されて来た。
 今、疾病、外傷、その他の健康異常の原因と影響を明らかにするための要素を特定することにより、Handicap Creation Processを説明するモデル(図3)をもっと正確に示すことが可能になっている。
図3 Handicap Creation Process:疾病、外傷、その他健康異常の原因と影響に関する説明モデル

危険因子(rick factor)

 ICIDHの場合は結果のみが問題にされたが、1991年の我々のモデルなどでは、危険因子を特定する重要性が認められた。この因子は、人的及び環境因子の両方をカバーするため別個の分類項目と見なされることとなった。危険因子は、生活習慣に関連する環境因子で提案されているのとは別の分類構成とする必要がある。
 危険因子は、その人または環境に所属している因子で、その人の状態または発達に影響を及ぼすような病気、外傷、またはその他の異常を引き起こす可能性を持つものである。
 これらの危険因子が主因となって、その人の状態または発達に支障を来すような病気、外傷、その他の異常を引き起こす可能性がある。
 

個人因子 (human factor)

 内臓器官などの機能障害がなくても、その人の能力に何らかの問題、影響が認められることがあるとの指摘がある。分析の結果、我々は危険因子を器官/組織と直接結びつけず、「個人因子」群全体に結びつける方法を選んだ。このような方法を採ることにより、介助を行っている関係者の抱いている懸念に応えることができる。この懸念というのは、病的原因も内臓の異常も認められないにもかかわらず、知的または挙動上の能力障害が現われている人々の扱いをどうするかとの懸念である。概念または分類上のグループ分けをする場合、必ずしも理論上の微妙な問題をすべて解決する必要はない(現在の知識では解決できない問題は未解決のままで許される)。
 最後にもう一つ重要な点は、1991年モデルで既に説明しているように、ある特定の病気、外傷特有の領域、またはそれらの診断に基づく分類領域を設定することを避けることである。
 この問題は、国際疾病分類(ICD)とICIDHの関係をどのように示すかとのWHOの問題と直接関係している。このことは、過去何年にもわたり説明されてきていることである(Fougeyrollas P., St-Michel G., Bergeron H., Cloutier R., 1991 : Fougeyrollas P., 1995)。
 診断情報は役に立つが、病理過程が始まった途端に、内臓構造、内臓機能、能力レベルに異変が現われ、生活習慣を遂行する上でも影響が出ることがある。Handicap Creation Processモデルは、一般に考えられているように持続性のある現象のみに当てはまるものではない。いかなる病理現象のいかなる段階でも(慢性/一過性を問わず)適応できる。
 但し、結果が持続しているからといって、その病理現象が継続されているとは限らない。このことは、ICIDHマニュアルの中でウッド氏が既に明確に説明している(WHO, 1980)。
 このことから、機能障害や能力障害分類をする際、医学的診断に基づく分類(ICD)が持続しているとの前提で行うことはできない。ケベックの分類法で採用している。肯定的アプローチの場合は、尚更このことが当てはまる。ここでの論理基準は、従来のものとは全く別のものである。それは、回復を前提とした生物医学的診断評価(病因学、病理学、兆候)といった「全体」ではなく、「部分」毎に分類するというやり方である。但し、一般的な器官および組織に関する機能および能力障害プロフィールの場合、両者が一致することもある。
 個人因子は、その人の年齢、性別、社会/文化的アイデンテイテイー、内臓体系、能力など、その人固有の特性に対応するものである。
 前述の通り、Handicap Creation Processを説明するには、これらすべての要素(変数)の持つ重要性を認める必要があり、このことは最近の文献でも指摘されている(Verbrugge L. M., Jette A. M., 1993 )。
 概念上の分類については、1991年モデルの分類を支持する向きが強かったことから、そのまま改訂版でも同じものを採用している。
 

肯定的概念と(障害)の重症度評価尺度の明確化

 1991年モデルの改訂の中でも、特に目を引くのが肯定的要素(器官系統、能力、環境因子、生活習慣)を取り入れた点である。そして、これらに対比させるかたちでその下に機能障害、能力障害、障害物、ハンデイキャップ状況が列挙されている。さらに、それぞれの項目の重症度を示すため、両極を含んだ評価尺度(Assessment Scale)も示されている。従来、これらの項目は矛盾しているように見られがちだっただけに、このような表示にすることでもっと適切な内容になったと思う。我々は、器官系統が機能障害となるとは言わない。そうではなく、機能障害の重症度を測る評価尺度には、完全な状態(異常なし)から完全なる機能障害に至るまでのすべてのレベルが含まれている。
 

器官系統

 完全な状態(異常なし)から完全なる機能障害まで
 器官系統とは、共通の機能を果たす身体の部位を指す。
 器官系統の分類は、人体のすべての部位が対象になる。完全な状態(integrity)とは、人間の生物学的基準と比較して差が認められない状態を指す。一方、機能障害とは、解剖学的、組織学的、生理学的に見て、何かの異常、変質が認められる状態を指す。解剖学的機能障害とは、その器官が構造的に見て機能障害を来していることを意味する。組織学的機能障害とは、機能の障害が人体の最小単位である細胞のレベルで認められることを意味する。また、生理学的機能障害とは、器官の内的機能における異常というかたちで機能障害が現われていることを意味する。具体的には、神経系統の内的機能、眼神経機能、筋肉系統における情報伝達、筋肉の酸素化や腎機能などが挙げられる。
 多くの利用者、批評家は誤解しているようだが、ICIDH 1にも規定されている通り、器官系統の機能障害は、一時的ないしは非常に短い時間で終わってしまうことがある。例えば、一過性の病理段階の場合、急速に回復することがある。逆に、持続性、慢性ないしは永久的な機能障害もある。例えば、切断に代表されるような、実質的な全体的ないしは部分的な切除などは後者になる。
 1991年、我々が決めた概念的分類案は、WHOのICIDH 1そして1996年のICIDH 2試案とも異なる。我々のいう器官の機能障害には、体内の生理的及び器官/器官構成部位の構造的/質的問題の結果であると思われる機能的能力、すなわち機能的制約は含まれていない。このような定義を採用した結果、器官系統の次元から知的/心理的機能を切り離すことができた。こうして、これらの知的、心理的機能を機能を果たす能力に置き換え、病気の原因など特定することなく、客観的に観察することが可能になる。つまり、このような方法をとることにより、本来別々のレベルにあるもの(その二つの間に因果関係があるかどうかは、推測の域を出ない)を区別することができるようになった。別の言い方をすれば、これはすべてのICD診断を除いた器官系統に見られる影響(異常)のプロフィールであり、機能的能力のプロフィールとは明らかに別のものとなっている。後者は、初歩的な知的または身体的活動を行う能力の有無を表わすものである。
 

能力

 最適能力から完全な能力障害まで
 能力とは、その人が持っている、ある知的または身体的活動をなし遂げる可能性を言う。
 我々に寄せられた意見を見る限り、能力を一つの分類基準として使用し、さらに分類をする際に、能力障害の重症度を尺度として使うことに問題があるように思われた。評価基準(尺度)の中には完全達成能力も含まれていた。同時に、これは分類項目の記述概念の中にも含まれていた。いくつかの科学文献では、達成する潜在能力と一般の基準(その人の年齢、性別、比較対象グループとの対比から基本的/初歩的活動はここまで出来るはずとの基準)と照らし合わせた上での達成度は分けるべきとの指摘があった。それに加えて、肯定的アプローチへの支持も強かったことから、我々は、能力を一つの分類項目として選ぶことにした。我々はすべての人に適用できる人間の能力という分類を提唱しているのである。その能力の質は、最適能力から完全なる能力障害までの広い範囲を網羅している尺度でもって測定される。
 この観点から見てもわかるように、これは実用的(運用可能)な概念である。人が持っている先天的能力及び能力障害プロフィール(挙動を含む、肉体及び精神活動の実行能力をもとに分類)との整合性もある。ここでは、実生活における環境は考慮されていない。その代わり、リハビリテーションの専門家(人間の発達における心理学の専門家など)が使う機能評価プロトコールに定義されている標準化された条件が使用されている。
 この分類法の持つ強みは、関係者やリハビリテーションおよび社会統合支援サービス提供者が求めるプラス側面が含まれている点(肯定的アプローチ)と、もう一つ、社会活動を洗い出し、除外する必要性がある点である。社会活動は、いつも複雑で、その人の実生活特有の社会的、物理的因子を考慮する必要性を伴う。残念ながら、ICIDH 1そして今のところICIDH 2も能力障害という分類項目の中にすべての人間の活動を含んでいる。つまり、単純なものから複雑な活動に至るすべてが含まれている。極端な話が、1996年のICIDH 2試案の能力障害分類ガイドラインの中には「走る」や「サッカーをする」といった活動までもが含まれている。これだけを見ても、問題があることは明らかである。
 

生活習慣

 社会への完全参加から完全なるハンデイキャップ状況
 1989年と1991年の出版物同様、今回も生活習慣という概念を分類項目として設定した。そして、生活習慣がその人個人に属している要素と環境に属している要素の相互作用の帰結であることを明らかにした。このことは、大きな効果をもたらした。我々が、リハビリテーションにおいて日常生活動作(activities of daily living, ADL)と呼んでいるすべてのものを、新たに社会的役割というレベルに置き換えて考えなくてはならなくなった。
 現代の人間科学、社会科学において、「食事の用意」が、人間が本来持っている特質であるとは言い難い。「個人の能力」と「社会生活状況における行動(これは、その人の能力と環境因子の両方が絡んでくる)」の区別という観点から見ても、本来そなわっている特質とは言い難い。そのため、個人の活動(服の着脱、衛生、家を守るなど)を個人の特質として分類できないことを、この際、はっきりさせる必要があった。これらは、個人の特質ではなく、実生活環境における社会活動の一つのレベルなのである。社会的に決められ、期待されている行動に沿った人と環境の出会いなのである(Verbrugge L. M., Jette A. M., 1993:Bolduc M., 1995:Sjogren O., 1995:Fougeyrollas P., 1995)。
 従って、生活習慣はその人の特性(年齢、性別、社会・文化的アイデンテイテイーなど)に応じて、その人が社会的、文化的に認められている日常活動ないしは社会的役割と定義される。生活習慣または社会生活状況においてある行動を達成することにより、人は自分の置かれた社会において生存し、自己実現をし、存在感を持つようになる。生活習慣の達成度は、社会への完全参加から完全なる社会的不利に至るまでのすべての範囲をカバーしている尺度でもって測定される。
 「精神および身体的活動能力」(例えば、平衡感覚の維持、色の識別、騒音の激しい環境において聞こえる、抽象的概念が理解できる、記憶する)と社会的に決められた「生活習慣の達成能力」の概念的違いを明らかにすることは、能力障害の問題を抱える人々の要求に応える上で、根本を成す問題であり、これらの分類を適用する際の倫理的側面に応える上でも、重要である。(Rioux M., 1995)その人が本来持っている能力水準を表わす概念的基準が必要であり、その基準を用いて、能力(ability)ないしは能力障害(disability)レベルに置き換えられるようにすることが大切である。
 さらに、これらの能力と行動の結果を分けて考えなくてはならない。行動の結果というのは、ある能力を使った結果ではあるが、その社会活動または社会的役割が果たされた時の状況によって変わるものである。これらすべての要素は関連している。しかし、実生活における環境因子(変化する因子)を考慮せずに、単に機能的能力だけに基づいてハンデイキャップ状況を特定することは不可能である。このような観点から、環境因子こそが個人の能力と社会参加レベルでの行動を分けるかぎを握る。
 能力障害の重症度を測定するには、標準的、客観的、再現可能な環境設定(障害物の高さ、二つの文章の論理的関係、光の量など)をする必要がある。ある一つの基本的な活動を達成する能力の有無とその程度を見るのがその目的である。しかし、これは実生活における行動(達成度)とは異なる(複数の能力を活用する必要のある社会的活動または役割とは異なる)。
 さらに、環境の質(ある期待された結果を達成する上で、何らかの障害または達成を容易にするような因子の有無など)を考慮に入れると、もっと違いが出て来る。従って、大勢のひとを前に会議を進めたり、買い物をしたり、バスに乗ったり、仕事に従事したり、サッカーをしたり、セックスをしたり、課外活動をするなどといったことは、個人の特質を構成する要素とは言えない。そうではなく、二つの決定因子群の相互作用の結果決まるものである。その人自身、親族、介助サービス提供者、あるいは「社会」一般が決めた社会的規範との対比で決まる。生活習慣の達成は、定義上、常に変わるものであり、人的ならびに環境的因子によって修正される可能性を持つものである(Fougeyrollas P., 1995)。
 

環境因子

 最適な促進因子(optimal Facilitator)から
 完全なる障害物(total obstacle)に至るまで

 相互作用の関係図において環境因子を完全に組み入れた1991年のケベック・モデルを踏まえ(Fougeyrollas P. et al., 1991)、環境因子を社会の組織または内容を決定する物理的、社会的次元と定義することができる。
 この概念から、障害をもつ人々のみならず、すべての人に適用できるプラスの要素を含んだ分類分けを用意する必要がある。我々は、最適な促進因子から完全なる障害物に至るまでのすべての範囲を含んだ環境品質評価尺度(Environmental Quality Assessment Scale)を導入している。環境の質を評価することが有益なのは、唯一、期待された結果(例えば、ある仕事を達成するために必要な社会活動といった「労働」生活習慣)と、その人のもつ個人的特性(機能障害、能力/能力障害、個人的アイデンテイテイー)との間の相互作用(dynamics)が認められる場合に限られる。その上で、環境分類項目の有効性を測ることができる(例えば、社会的価値感:雇用主や同僚の態度、技術支援へのアクセス、建物へのアクセス、職場組織の受け入れ体制、気候変動への配慮、専門的訓練またはリハビリテーション・サービスの組織、労働関連法における機会均等措置、そして何といっても大事なのは、労働市場における雇用の機会)。
 重症度の評価の中に、肯定的因子(つまり、促進因子)も追加された。ここで言う促進因子とは、個人因子との相互作用を通じ、ある生活習慣を達成しやすくするような環境因子を指す。逆に、障害物は、生活習慣の達成を阻むものである。
 

人的、社会的、政治的変化との互換性をもったモデル

 ケベックの分類法は、Handicap Creation Processの社会/政治説明モデルとの互換性を持つ。ケベック法は、環境因子の重要性を強調し、人権と平等の権利行使を保障するとの観点から、環境因子を修正するべきであるとの立場をとっている。さらに、疾病、外傷やその他の健康異常から来る器官または機能的影響を考慮すべきとの要求(現実に、このような要求が挙がっている)との互換性を持つ分類法でもある。この器官、機能的影響の問題は生物医学、適応、リハビリテーション分野におけるサービス提供者の関心を呼んでいるのみならず、社会政策の中の支援、給付制度の受給資格の定義においても注目されている。この二つの互換性があれば、十分といえる。それと言うのも、そもそも機能または器官レベルのギャップがなければ、機能障害や能力障害(人間的違いの分類カテゴリーとしての定義)を抱える人々のこと、また彼等が社会参加やハンデイキャップ状況に与える影響などについて考える必要もなくなるからである。機能障害や能力障害は現実に存在する事実である。
 これらの問題を抱える人々を無視したり、彼等のもつ重要性を過小評価してはならない。彼等には、違ったアイデンテイテイがある。彼等が違うからといって、そのことが社会にもたらす影響について、彼等に責任を負わせてはならない。そのようなことを避けるため、そして彼等の問題を構成する様々な要素について考える機会をもつためにも、説明的な概念モデルと分類制度を設けなくてはならない。古典的生物医学モデルやリハビリテーション・モデルのように個人の人的要因ないしは個人の人的要因の修正を中心に取り上げるのではなく、再び説明的枠組みに立ち返って、全く違ったアプローチをとれるようにしなくてはならない。新しいアプローチにより、社会からの排除につながるプロセスを断ち切らなくてはならない。そこでの課題は、いかに社会、経済組織を変え、人々の態度、社会的地位、位置付けを改めさせ、すべての人々に受け入れさせるかということになる。さらに、これらの異なる機能をいかに生かし、彼等の生活習慣の達成方法を社会に適応していくかという課題もある。
 Handicap Creation Processの説明モデルならびに提案されている分類方法は、重症度の評価においてプラス(肯定的)項目を設け、現地化を図り、コンピュータ化のためのコード化(様々な因子、変数の分類のための)を図っている。このことからもわかるように、このモデルはとても複雑な性格を持っている。保健や社会保障憲章等をもとに、官僚、管理、社会統制の便宜上人工的に定義した特定の集団ではなく、すべての人に当てはまるような体系だった現実的な人間像をもとにモデルを作ろうとしているだけに、複雑な様相を呈してしまう。
 モデルの性格上、その人が補償や社会プログラムや政策の恩恵を受ける資格があるのかどうかの審査をする場合でも、直接的な診断または解剖学的、機能的基準を用いることは不可能である。このモデルは、個々のアイデンテイテイーと、生活習慣、人権憲章に謳われている社会参加関連分野における平等を実現するため、いかなる社会、政治的手段がとられるべきかとの認識を中心とした漸進的、動的観点に立って作られた。これは、世界のいかなる政治、社会体制の国家であっても実現しなくてはならないことである。
 障害をもつ人々の権利に配慮するのではなく、それらの人々のもつ違い(機能障害、能力障害に起因する違いも含む)にもかかわらず、その人々が自分たちの権利を行使できることを保障し、権利の平等が確実に行使できるための社会的、政治的基盤を整備することが社会の規範である。このモデルのおかげで、権利の平等を測定することが可能になった。ある一定の物理的、社会的、文化的環境の中で障害をもつ人とそうでない人の生活習慣の達成具合を比較することで、その測定が可能になった。そこで浮上した格差こそが、社会的変化をもたらすために必要な社会的、政治的政策課題であり、ハンデイキャップ状況の評価において社会レベルで是正すべき点となる。
 

(訳・小沼順子)
監訳 佐藤久夫

 


 

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1997年8月(第92号)17頁~26頁

 

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