ドイツの障害児教育改革

■特集■

 

ドイツの障害児教育改革

-ノルドライン=ヴェストファーレン州について-

ケルン大学治療教育学部博士号取得 小田 美季

 

1.はじめに

 特殊学校と普通学校、障害児と非障害児というような分離型の教育がドイツの学校教育の一つの特徴であった。しかし、1970年代からインテグレーションの試みが次第に始まり、1980年代半ば以降、各州ではインテグレーションを可能とする法的整備が進められてきた。つまり、これは分離型の教育の修正が行われつつあることを示している。
 ドイツでは、連邦主義に基づき、文化的諸決定に関する主権は州にあり、学校教育に関しての自由裁量が可能である(学校制度の大きな枠組みについては国の監督下にあり、州の独自の問題以外の共通事項は、各州の文部大臣からなる常設機関の文部大臣会議で審議調整される)。したがって、州によって教育施策には多少違いがある。そこで本稿では、ノルトライン=ヴェストファーレン州に対象を限定する。
 ノルトライン=ヴェストファーレン州では、障害をもつ児童・生徒が特殊学校だけではなく、普通学校で学ぶことを可能とする法制定及び改正が1995年に行われた。この前段階として1980年代初頭から障害児と非障害児の共同投薬に関する研究認可校での実験(以下「学校実験」と表記)が実施された。本稿では、この1980年代初頭から現在に至る状況を検討することにより、分離型教育の修正の過程を明らかにすることを主目的とする。
 なお、ノルトライン=ヴェストファーレン州の学校教育の場や法令では、障害児教育(Behindertenpadagogik)、障害児学校、障害児教育教員ではなく、特殊教育(Sonderpadagogik)、特殊学校(Sonderschule)や特殊教育教員(SonderschullehrerあるいはSonderpadagoge)という用語が使われているので、本稿の本文では後者の使い方をする。
 

2.1995年の法制定及び改正までの経緯

1.分離型教育とは

 ドイツ(ここではノルトライン=ヴェストファーレン州を例として)の分離型教育の特徴として以下の点を指摘することができる。

 1 特殊教育の場が特殊教育諸学校に限定され、障害種別に専門細分化されている。
 1960年代のドイツ(旧西ドイツ)では、できるだけ専門細分化された特殊教育制度が障害児の教育要求には最も適切であるという考えが優勢であった。現在でもこの「専門性」に対する信頼は根強い。たとえば、ノルトライン=ヴェストファーレン州の特殊教育諸学校は、盲学校、視覚障害学校、聾学校、難聴学校、知的障害学校、学習障害学校、言語障害学校、肢体不自由学校、教育援助学校(行動障害)、病弱学校というように障害種別に分かれている。

 2 普通学校の教員と特殊教育教員の養成が明確に分離されている。
 日本で養護学校の教員免許を取得するためには、小学校、中学校、高等学校または幼稚園の教員の免許状を有することが必要である。ノルトライン=ヴェストファーレン州では日本とは違い、特殊教育教員の資格取得のために普通学校の基礎免許が必要とはされていない。
 大学の特殊教育教員養成では、教育科学(教育学、哲学、政治学、心理学、社会学を含む)、初等教育段階(第1~4学年:基礎学校)の2教科か1領域もしくは前期中等教育段階(第5~10学年)の1教科、第1・2専攻の障害別の特殊教育(たとえば、知的障害児・者の特殊教育とリハビリテーションと学習障害児・者の特殊教育とリハビリテーションというような組み合わせ)によってカリキュラムが構成されている(文献1)
 第1次国家試験の合格(日本の大学卒業に相当)後の特殊学校での2年間の試補勤務を経て、第2次国家試験に合格すると正規の特殊教育教員の有資格者として認められる。その後、特殊教育教員として採用されると、ほとんどの場合は自分の専門領域に対応する特殊学校教員として勤務する。つまり、この州の特殊教育教員は盲、弱視、聾、難聴、知的障害、学習障害、言語障害、身体障害、教育困難(行動障害)の中の2領域に関する特殊教育の専門家として養成され、従事するというわけである。普通学校の教員資格をもち、さらに特殊教育教員の資格を取得した者を除けば、特殊教育教員(実際は特殊学校教員)は大学での養成教育の中での教育実習をはじめとし、一度も普通学校で教える経験をもたない(1995年以降は試補期間に授業実習の一部を普通学校での共同授業実施クラスで行うことが可能)。

 上記の状況の大筋は現在も続いているが、部分的な変化もみられる。その変化について以下述べていく。
 

2.障害児と非障害児の共同授業に関する学校実験 (文献2) (文献3) (文献4) (文献5)

 この州の基礎学校(日本の小学校の第1~4学年に相当)での障害児と非障害児の共同授業に関する学校実験は1981年に始まった。1981年から1989年までの期間がこの学校実験の第1期とみなされている。この期間の学校実験への参加認可校は徐々に増加し、1988/89年度(1988年8月~1989年7月)までに42校にのぼった。この学校実験の第2期は1989年から1993年までで、参加校は1989/90年度(1989年8月~1990年7月)には80校に増加した。共同授業に参加した障害児の数は1992/93年度(1992年8月~1993年7月)には約600名、1993/94年度には約1,330名と急増した。この背景の一つには、1992年から共同授業のための教員配置に対する特別予算が組まれたことにある。
 基礎学校の共同授業の代表的形態は、次の2つである。まず第1は、1学級に4ないし6名の障害児と15ないし18名の非障害児が属し、基礎学校教員と特殊教育教員が授業を行うタイプである。このタイプでは障害児が自分の住んでいる地域以外の共同授業を行っている基礎学校に通わなければならない場合がある。この欠点を避けるために、障害児が校区の基礎学校に通うことを試みる第2のタイプも1986/87年度から導入された。この場合は、原則として1学級の障害児数は1名か2名で、特殊教育教員の支援が部分的にある。上記の両者とも共同授業の対象となる障害は限定されなかったが、対象障害児は特殊学校入学措置基準に基づき、特殊学校での教育が必要であると地区学務局によってすでに判定された者に限定された。さらに、参加校の認可は、学校設置運営者の申請に基づき、州の文部省によって参加希望校の教員体制、教育的構想、設備等が審査されたうえで行われた。
 第1期の目標は、以下の問いに答えを出すことであった。
 1 障害児と非障害児の共同授業は可能か。
 2 障害児が共同授業で適切な促進を得ているか。
 3 共同授業が非障害児にとって何らかのマイナスの影響をもたらしているか。
 4 共同授業は児童が先入観にとらわれずに共に生き、共に学び合うことを可能にするか。
 5 共同授業はどのように組織されなければならないか。
 第1期の成果はこの学校実験の中間報告書で以下のように指摘された。
 1 障害児も非障害児も学校生活で共に学び合うことにより、人格発達に重要な刺激を受けている。
 2 共同授業によって非障害児の学習量が少なくなるのではないかという懸念は正当性がない。
 3 必要な条件がそろっていれば、障害児は共同授業でも、その児童に対応した特殊学校の教育目標に到達できる。
 4 特殊学校と普通学校の教員の間で共同作業が展開される時にのみ、共同授業は成功しうる。
 5 共同授業での経験が増すにしたがって、インテグレーションの考え方への同意が増す。
 また、多人数の学級では教育的効果がそこなわれること、特殊学校での教育を必要とする障害があるとはみなされていないが、かなりの支援を必要とする児童たちへの配慮が合同授業の際に求められること、特殊教育教員を主として人員の配置が不十分であることなどが、参加校や学務局によって批判点として指摘された。
 この第1期では、共同授業は可能であり、障害児にとっても非障害児にとってもマイナスではないということが確認された。これを受けて第2期では、どのような条件のもとで共同授業が可能か、共同授業を成功させるためにはどのような人的・物的条件が必要か、障害児にとって最適な学習の場や授業の形態はどのようなものか、どのような場合に障害児の特殊教育的促進の必要性と両親の意志が最高に一致するのかといったことが問われることとなった。
 第2期の最終報告書では、共同授業が障害児と非障害児の学業と社会性に肯定的な影響を与えることが述べられた。とりわけ現在の段階で意味のあることとして、障害をもつ人に対してどう関わってよいかわからない不確かさが取り除かれ、援助が必要な際に援助をする態勢や配慮が増すことが指摘された。この学校実験に参加した多くの教員は共同授業への肯定的な意見を述べているが、基礎学校と特殊学校の教員の恒常的な共同作業がなければインテグレーションは考えられないことを指摘するとともに、研修などによって実践の支援が行われることを希望している。
 個別的促進、社会性の涵養、自発的活動に重点を置いた授業はこの州の基礎学校の基本方針に添ったものである。共同授業はこの考え方のうえに築かれるとともに、個別的促進と社会的教育への取り組みに拍車をかけた。
 上述してきた基礎学校での共同授業に引き続き、前期中等教育段階(第5~10学年)へも共同授業の学校実験が拡大されていった場合もある。たとえば、1981年に学校実験を開始したボーテルシュヴィング学校(ボン市立プロテスタント系基礎学校)と1985年に学校実験を開始したボン・ボイエル総合制学校、1982年に学校実験を開始したぺ一ター・ぺ一夕ーセン学校(ケルン市立基礎学校)と1986年に学校実験を開始したケルン・ホルヴァイデ総合制学校といった組み合わせがある。両総合制学校とも共同授業を行っている学級では、1学級2名から5名までの障害児が学んだ。前期中等教育段階でも、障害に対応した促進がおろそかにはならなかったこと、非障害児に不利な面がなかったこと、社会性が特に培われたことなどが報告された。前期中等教育段階の参加校からは、共同授業を行っている学級での1学級の生徒数を22人までにとどめること、全授業の2教員体制(特殊教育と普通教育の教員、普通教育の教員同士)が必要であること、他の専門職(たとえば、理学療法士、社会教育士、臨床心理士、作業療法士)の配置と彼らとのチームワークが必要であることなどが指摘された。
 以上のような学校実験の過程を経て、1995年には「特殊教育的促進の発展のための法律」の公布・施行、それに伴う就学義務法等の改正、「特殊教育的促進要求の査定と教育の場の決定に関する規則」の施行があった。
 

3.1995年の法制定及び改正による変化

 一連の法的事項の制定・改正によってどのような点が変化したのかについて明らかにしておく(文献6)(文献7)
 第一は、障害児が特殊教育的支援を受けることのできる学校教育の場が多様化したことである。1973年に制定された特殊学校入学手続きによると、普通学校の授業に参加できない、あるいは普通学校の授業で十分に促進されていない児童・生徒は特殊学校への通学もしくは特別授業(病気や身体障害によって通学できない場合)への参加が義務づけられていた。しかし、今回の制定・改正によって、特殊教育的支援を受ける場は次のようになった。普通学校での共同授業、普通学校での特殊教育的促進グループ(対象児童・生徒の学籍と特殊教育教員の所属は普通学校)、普通学校での学校実験としての共同授業、普通学校での特殊学校クラス(特殊学校の一部として普通学校に設置される学級で、児童・生徒の学籍と特殊教育教員の所属は特殊学校)、特殊学校(障害種別に分かれた特殊学校だけではなく、一つの特殊学校に異なる障害種別の組織を含むことも可能)、特殊学校での学校実験。ただし、普通学校での障害児の教育には、受入れのために必要な人的・物的条件がそろうことと、学校設置運営者の同意を得ることが条件付けられている。
 第二は、障害児の特殊教育的促進の必要性を調べる際の教員の役割が明確になったことである。障害児の特殊教育的促進の必要性を調べるために学務局から委託された特殊教育教員は、普通教育教員(児童あるいは生徒の担任もしくは通学するであろう普通学校の教員)と共に、その児童あるいは生徒の個別的状況を配慮したうえで、必要な支援の方法と範囲について明らかにし、診断書を作成する。その際、学務局が指示した保健所での検査結果(既往症、視力、聴力、健康状態、障害、子供の状態とその子の学校での困難さとの間の医学的観点からみた関連)を含めなければならない。特殊教育教貝と普通教育教員との共同作業は授業だけではなく、診断書の作成においても必要となったわけである。
 第三は、障害のとらえ方が特殊学校への措置対象となる障害から特殊教育的促進の必要な障害というように変わると同時に、障害の定義も以前と比較すると包括的、簡潔になった。
 第四は、教育の場を決める過程への親権者の参与への配慮が増したことである。以前の特殊学校入学手続きでは、受入先になるであろう特殊学校による親権者の意見聴取が措置決定前に行われることになっていた。現在は、特殊教育教員が普通教育教員との連携のもとで診断書を作成する過程で、親権者が自分の意見を述べる機会が与えられる。この話し合いの結果は診断書に記載される。また、学務局は特殊教育的促進の必要性と場を決定する前に、予測される決定を親権者に伝え、親権者の了解を得ることができるように話し合いに招く。その話し合いの際に親権者は自分の信頼できる人物の立ち会いを求める権利を有する。ただし、特殊教育的促進の場の最終決定は学務局が行う。
 制限はあるが、上記の変化によって子どもと関わる者のあり方が今後より一層問われることとなった。
 

4.おわりに

 上述してきたように、障害をもつ子供の学校教育の中心は、特殊学校への受入れという問題ではなく、個別的促進の必要性の問題へと変わってきた。つまり、特殊教育と普通教育という分離した構図はこわれてきた。
 また、1980年代からの共同授業の学校実験や1995年の法的基盤の改正によって、特殊教育教員と普通教育教員の状況も変化してきた。この変化に対して、特殊教育教員と基礎学校教員の団体のこの州の両支部は次のような見解を示している。特殊教育教員と基礎学校教員は共同作業を行い、自分自身の仕事についてチームとしての理解をする。その一方で、今までのはっきりとした両者の役割が、見えにくくなり失われてきているのに、新しい側面が明確にはなっていない。おそらくは長期にわたる共同作業によって役割の輪郭は新しく、より柔軟となるであろうが、実際の特殊教育教員と基礎学校教員の状況はこの初期段階である(文献8)。このような見解を踏まえた上で、この両教員団体は共同作業に関する会議を合同で開くことによって、事例発表やワークショップを通じた建設的な対話の場を設けている。あるいは様々な種類の学校の学校長の会議では、共同作業を行ってきた教員の参加のもとで、自己体験学習、理論的省祭、実践経験についての話し合いによって共同作業に関する研修を行った場合もある( 文献9)
 共同授業などの実践経験によって、特殊教育教員と普通教育教員の分離は薄らぎ始めている。共同授業の学校実験に参加した教員は、新しい挑戦によって自分自身の能力が伸びることを肯定的にとらえていた。これがどのくらいの教員に浸透していくのであろうかということは一つの課題である。
 共同授業により特殊教育教員と普通教育教員の共同作業に焦点があてられてきたが、その他の共同作業として、異なった障害別の特殊教育教員の共同作業、他職種との共同作業もある。これらのどの共同作業も障害をもつ子供の教育には忘れてはならないことである。
 

<文献>

(1) Studienberatung der Heilpadagogischen Fakultat der Universitat zu Koln : Studium an der Heilpadagogischen Fakultat. Koln 1995. 本文へ戻る
(2) Kultusminister des Landes Nordrhein-Westfalen(Hrsg.) : Gemeinsamer Unterricht fur behinderte und nichtbehinderte Kinder. Duisseldorf 1990. 本文へ戻る
(3) Kultusministerium des Landes Nordrhein-Westfalen(Hrsg.) : Gemeinsamer Unterricht von Behinderten und Nichtbehinderten in der Grundschule und in der Sekundarstufe I. Dusseldorf 1992. 本文へ戻る
(4) Kultusministerium des Landes Nordrhein-Westfalen(Hrsg.) : Gemeinsamer Unterricht von behinderten und nichtbehinderten Kindern und Jugendlichen in der Sekundarstufe I der Gesamtschule Koln-Holweide. Dusseldorf 1993. 本文へ戻る
(5) Kultusministerium des Landes Nordrhein-Westfalen(Hrsg.) : Gemeinsamer Unterricht fur behinderte und nichtbehinderte Kinder in der Grundschule. Dusseldorf 1994. 本文へ戻る
(6) Landesverband Nordrhein-Westfalen des Verbandes Deutscher Sonderschulen : Weiterentwicklung der sonderpadagogischen Fdrderung in Schulen. In : Landesverband Nordrhein-Westfalen des Verbandes Deutscher Sonderschulen(Hrsg.) : Mitteilungen des Verbandes Deutscher Sonderschulen e.V. 2/1995, Bonn, S. 1-11. 本文へ戻る
(7) Schmidt, R.(Hrsg.) : Verwaltungsvorschriften fur Grund- und Hauptschule. Essen 1991. 本文へ戻る
(8) Verband beutscher Sonderschulen e.V.-Fachverband fur Behindertenpadagogik NRW u. Arbeitskreis Grundschule-Der Grundschulverband, Landesgruppe NRW (Hrsg.) : KongreB Kinder lernen gemeinsam. (1997年9月17日の会議のプログラム) 本文へ戻る
(9) Leyendecker, C. : Kooperation : Probleme und Chancen. In : Landesverband Nordrhein-Westfalen des Verbandes Deutscher Sonderschulen(Hrsg.) : Mitteilungen des Verbandes Deutscher Sonderschulen e.V. 1/1996. Bonn, S. 78-88. 本文へ戻る

 


 

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1997年11月(第93号)8頁~12頁
menu